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(短編集)
白痴
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【この小説が収録されている参考書籍】
白痴の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.12pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全81件 1~20 1/5ページ
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初期の小説は自分にはぶっ飛び過ぎてるが、黒田如水を主人公とする「二流の人」は講談調の語り口がグイグイと心地良い。文禄・慶長の役の展開、軍議での諸将の葛藤、特に不本意ながら突出せざるを得ない小西行長の苦しい立場などはフィクションなんだろうが、とてもリアルで、私は坂口説を採りたい。小学校の代用教員経験を綴った「風と光と二十と私と」では、生徒への接し方が実に子ども目線で、まさに生徒に寄り添った教育者。案外良い父親だったんじゃないか。 | ||||
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昔活字で読んだらわからなかったんだけど。 世相もあってか良く腹に落ちた。また読み直して見ようと思った。 | ||||
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普通です。 | ||||
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これを読んで、あらすじを知り自分がもとめていたものならば購入します。 | ||||
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思っていた堕落とは違いました。 しかし現代日本は、本書に書かれている戦時中の日本にダンダン近づいてきてますね。 この30年あまり無貯蓄世帯が増えていくなど国民の生活は苦しくなり続けているのですが、その一方で内面的な美しさが奨励・賞賛され、外国人から「日本人はなんて良い人たちなんだ!」と言われると「てへへ」と喜んだり。 人間、貧困化すると生活に手一杯で政治について関心を持てませんし、ある研究では貧困が知能指数を下げるという結果を示したものもあります。 1991年のバブル崩壊直後から投票率は一気に下がりました。 投票所を激減させているのでなければ、経済状況と政治は関連ありそうです。 (ちなみに投票所は年々減らされ続けています) 政治とマスコミが結託し、テレビ・新聞からは政府のプロパガンダが流され続けています。 間違った経済政策を続け、政治権力はその支配を容易にしています。 しかしその結果、日本の貧困化は深刻化し、平均年収は韓国やイタリアに抜かれ、平均賃金はスロベニアやリトアニアに抜かれ、部長クラスの年収はタイにも抜かれました。 日本だけ25年間もGDPが変わっていませんから、当然の結果です。 経済について詳しく知りたい方は、 『どうする財源』『奇跡の経済教室』(いずれも中野剛志著) 『国の借金は問題ないって本当ですか?』(森永康平) 『現金給付の経済学』(井上智洋) 『財政破綻論の誤り』(朴勝俊・シェイブテイル) などの本を読まれることをオススメします。 本書『堕落論』の最後のほうは、サルトルやフロム的なことを言っていますね。 | ||||
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桜の森の満開の下は素晴らしい。もっと長生きして作品を残してほしかった。 | ||||
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簡単に読めて、エッセンスを得られるので、とても良いと思いました。 このシリーズの他の本も読んでみたくなりました。 | ||||
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普通 | ||||
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良い点は時代背景やその当時の社是がよくわかる。悪い点はその当時の社会秩序や世界観の批判が時代もあって描かれていないためである。本当に山口県の毛利などのチンピラに作られただけのゾンビがこの国の根本から腐らせてきた一部が垣間見える。 | ||||
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坂口安吾は読んでいてとても難しいです。この本は漫画。それでも簡単ではありません。ただ、僕達が経験していない戦争から何を見る事が出来るか?何回か繰り返して読みたいです。 | ||||
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人生の戦争の美しい面と堕落した面が生々しく描かれていて原作にも触れたいと思わせる一作でした。やはり時代が変わっても、人間は変われないし、人間の愚かさを描き色あせない古典は面白い。読んだ人は最高の読後感が得られるでしょう | ||||
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美品でした | ||||
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半藤一利さんの「文士の遺言」を読んで興味を持ち購入しました。坂口安吾さんの本は難しいですが、何か心に響くものがありました。 | ||||
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"あかりをつけると奇妙に万年床の姿が見えず、留守中誰かが掃除をしたということも、誰かが這入ったことすらも例がないので訝りながら押入をあけると、積み重ねた蒲団の横に白痴の女がかくれていた。"1946年発刊の本書は敗戦間近の奇妙な同棲生活からニヒリズムが伝わる著者の代表作。 個人的には『堕落論』に続く2冊目として、観念的私小説ともいえる表題の『白痴』含む7編が収録された本書を手にとりました。 さて、そんな表題の『白痴』は敗戦直後に、戦時中の価値観を逆説的に解体することで、どこか【どん底からの前向きなメッセージを感じる】『堕落論』の後に書かれた作品として、戦争末期の【怒涛の時代に美が何物だい、芸術は無力だ!】といった全体主義的な重苦しい空気の中、情熱もなくただ生きている伊沢のもとへ、近所の白痴の女が逃げ込んでくることから奇妙な同棲生活が始まるわけですが。 韻を踏んで【流れていくようなテキストこそ魅力的】とはいえ、タイトル含めて今だと差別的な表現として【問題になる言葉を多用した偽悪的な内容】は同時代ならともかく、現在においては賛否がわかれるのではないかと思いました。(このあたり、同じ無頼派でも普遍的に読める太宰治作品とは違った印象があります) ただ、当時の戦後の荒廃した状況下、焼け野原の中から自分たちで立ち上がるしかなかった人々、空虚なスローガンに左右された事に疲れていたであろう人々にとって『白痴』の伊沢他の登場人物たちの姿は【自分たちを代弁してくれるような親近感があったのではないか?】とも想像する所もあり、読み終わった後に言語化はしにくいものの【何とも刺さり、残る感覚】がありました。 戦後文学を代表する一冊として、また流れるようなテキストに魅力を感じる人にもオススメ。 | ||||
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幸せな、今をくれたのは、神様です♪,ナクシテ全ては、ありませんでした。人間は優しい、気持ちを、見つけたかったのでしょう。時代が、かわっても、心を、大切に、シナイト、愛は、難しい、(゜〇゜;)????? | ||||
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なんかグダグダでイヤ。これのどこが名作なんだ。 | ||||
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敗戦後したたかに、悩みながら、力強く、着実に復興を遂げてゆく日本人の表と裏の姿を実に生々しく描写している。文字のみでは表現困難な部分をまんがで見事に表現しており、あっという間に坂口安吾の世界を体験できる。大人が読んでも子供が読んでも、感じ方はそれぞれだろうが面白いと思う。 | ||||
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「桜の森の満開の下」は、あまりにも内容が凄絶で、私の人生のトラウマとなっている。 不気味で美しく、残酷で哀しい、人生の喜怒哀楽を全部突っ込んだような小説。 心に刺さったまま、抜けなくなっている。 | ||||
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白痴から始まる。 このシリーズでないとなかなか読み始める機会のない作品。 堕落論、このエッセイを書く時代を思い浮かべた。 | ||||
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奥付に、昭和四十九年三月十日 初版発行改版、昭和六十三年十月三十日 改版二十九版発行、とある。1988年に購入し「白痴」を読み始めて投げ出した記憶がある。読み続けるのは厳しいと感じたからだ。改めて読み始めたが、やはり読み続けるのは厳しいと感じながらも、我慢して読了した。 「賤業」、「会社員的」と面白い言葉も飛び出すが、文体が統一されているわけではなく、幾つかの文体で書かれていて、概ねスッキリしない叙述である。ゆえに読み続けるのが厳しい。 太平洋戦争で日本の戦況が極端に悪化していく中で、蒲田辺りの路地のような町内会に住む27歳の伊沢。気違いと白痴という美男美女夫婦、そのうち婦の白痴が、伊沢の部屋に転がり込んできて肉体関係をもってしまうが、伊沢はそのことを町内の連中に知られたくないがための行動をとる。一方で、伊沢は文化映画の演出見習い勤務であり、芸術と戦意発揚映画製作とのはざまで葛藤する。また空襲が迫る中、伊沢は生き延びるために白痴の手を引いて必死に逃げながらもどうにでもなれとも開き直る。 ただ伊沢にとって、犬でしかない、肉の塊でしかない白痴という女の存在は何なのか、最後まで分からない。それは伊沢自身の何かであったり、伊沢自身の一部、あるいは、くだらない人間というものを暗喩しているのかもしれないが、読了後も分からずじまい。 戦時下での状況と心持ちを表現するには、白痴という仕掛けが必要だったのか、白痴という存在が必要だったのか、戦時下での状況と心持ち自体が白痴なのか、定かではない。 「白痴」にも出てくる、安吾の談論風発は痛快である。だが、文学が主張するためだけにあるのではないとすれば、白痴が何であるかを主張するのではなく、白痴のありのままを書き綴った「白痴」は、まさしく文学である。 | ||||
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