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(短編集)
ならぬ堪忍
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ならぬ堪忍の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.50pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全3件 1~3 1/1ページ
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| 戦前の短編13作を収めて、1996年の刊行。士道ものを中心に、山本周五郎ならではの爽快な読後感に浸れる名作ぞろいだ。後に比べれば粗削りなのが幸いしたか、主人公が口にする名言から作者の人生観がストレートに伝わる。 面白いのは、「五十三右衛門」(1940年)と「宗近新八郎」(1941年)の2作で、藩の「奸物」を斬るつもりで乗り込んだ刺客が対面して話を聞いて、逆に「斬れ」と命じた側こそ理がないことを悟って、考えを覆すところだ。両作品ともその場面が読みどころの一つ。三右衛門は、「こなた様はご当家にとって忠臣ですか、悪臣ですか」と真っ正直に尋ねる。あまりにも単純な問いに、尋ねられた側は三右衛門を信用して藩の秘事を明かして、判断を委ねる。「縁もなき浪士を雇って死地に行かしめ、自分は口を拭って身を保とうとする、それが君家に忠たる武士のすべきことであろうか」。実に分かりやすい。信用に足る人物かどうかは、言葉ではなく、行動に現われる。新八郎は「…斬りにまいったな、宗近」といきなり看破されて驚く。記録をもとに藩政の内情を知るや、これまた考えを改める。そんな新八郎に家老は不臣の名のもとに死ぬ恐れのある遣い役を依頼する。なぜ、ゆかり薄い私に、と問われて家老が、言う。 「十年ちかくしても知己ならぬ者があるし、一面の識で生死を誓う場合もある。あい知ることの長きと短きとで、人間の値うちが決まるものではあるまい」 「千本仕合」でも作者は和泉三郎兵衛に「人間は十年つきあっていても、見ず知らず同様で終わることが多いものだ。またそれと逆に、相見た刹那に生涯の知己をみつけることもある。朋友の値打は、つきあいの長短で定められるものではないよ」と言わせている。兄を信じる一方で、戸惑いも拭えない妹のお志保もやがて、「兄上さまは正しかった」と確信する。結末は紀伊大納言、頼宣の颯爽とした計らいが心地よい。 「浪人走馬灯」は卓越した手腕と人柄によって伊達をはじめ名だたる諸侯からぜひ当家で召し抱えたい、と請われながら、「二度と主取りは仕らぬ所存」と固辞する浪人、来馬辰之介の物語。「武道ひと筋の奉公をするには、悪い世の中になりました」と語るに至った過去の忌まわしい出来事が再び、辰之介の身にふりかかる。 「津山の鬼吹雪」は滑稽小説の好篇。「米の武士道」は大政奉還後の、正邪の判断が難しい時代に、信念を貫いて百姓を守る甲府城郡代の料治、新兵衛の心意気と貫かれた「武士道」が痛快な物語。誤解や汚名を覚悟、いずれ本当のことは分かるし、わららずともいい、という山本周五郎得意の人物像が躍動する。新兵衛は言う。 「拙者を信じながら、拙者のすることが信じられないのですか」「人を信ずるということは軽率ではない筈だ、あなたにとって、いま拙者のしていることが疑わしいのなら、拙者を信じていたというあなたの眼は狂っていたのだ、ただそれだけのことですよ」 藩の最高権力者にいささかも臆することなく主張する若き勘定奉行を描いた「湖畔の人々」や「鏡」「ならぬ堪忍」は短いながら、読み応えは十分で、後味が清々しいだけでなく、現在につながる示唆に富む。 「鴉片のパイプ」は、こういう作品も書いた、というだけの印象しか残らなかった。 | ||||
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| 超短編の表題作が、含まれ13作品、短編集、読む価値ありますよ。 | ||||
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| いい本です!! 皆さんにもおすすめします!!! 自分を見つめるいい機会になればと思います!!! | ||||
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