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雷桜
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雷桜の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.61pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全46件 21~40 2/3ページ
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読後の清々しい思い。面白かった。初めての作家 この本で知りました。 | ||||
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切ない気持ちにさせられます。行方不明となったヒロインの成長の謎が解き明かされたあとは、ある程度予測できる展開ですが、それでも読み進ませるものがあります。普段は読まないジャンルですが、たまにはいいですね。 | ||||
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「 雷桜」は「らいおう」と読む。この小説に出ていくる、銀杏の木に接続した桜で舞台となった瀬田山の象徴である。 主人公は、「遊」という女性。庄屋の瀬田助左衛門の娘として生まれたが、初節句の夜に何者かにさらわれ、以来、行方がわからなくなる。実はこの女の子は、隣接し、対立する2つの藩の確執の犠牲になってさらわれたのだった。ある男が利用され、女の赤ん坊は拉致された。 それから15年、男はこの女の子を瀬田山の隠れ家で育てた。15年たって、娘は山から降りてきた。東雲という名の馬に乗って。里に帰ってきたものの、山のなかで育てられたため、人間として生活にするにたる躾がされていず、作法は身についていないばかりか、言葉もぶっきらぼうで狼女と渾名された。 遊には助太郎、助次郎という兄が二人いて、下の助次郎は斉道を当主とする御三家清水家(江戸)に中間(チュウゲン)として雇われていた。斉道はすぐに癇癪を起し、狂気的な発作にみまわれるという病気をもっていた。助次郎は不眠の斉道に行方不明になった妹の話を時折し、それが斉道の気をひくこととなった。話はその後、遊と斉道とが出会い、心が通い合うが、斉道は紀州の殿様となり、遊は側室になれる可能性もありながら、それを拒否したため、当然ながら生き別れて別々の生活をしていく。実は遊は斉道の子を宿していて、そのことがまた次の展開につながってい。 ストーリーを書くとみもふたもないが、江戸という時代を背景に、当時の村での人々の生活、個々の人々の細やかな人情が、格調高い文章でつづられ、読み始めから一気にこの世界に引きずりこまれた。この小説は映画化された。遊役は、蒼井優さん。 | ||||
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宇江佐真理の小説は多く読んでいるかこれは異質。 若い男女のラブストーリー。 イントロの渋い場面からの移り変わる展開が自然で 登場人物の個性も際立っている。ただ一点、雷雨の 夜の出来事の必然性は疑問だが。 映画を見たが、小説の方がお殿様の個性が強調されていていいし、 遊の生き様も清々しい。 (原作を先に読んで、後で映画を見た。映画は映画で盛りだくさんの 内容をよく表現していると思う。) 知り合うことのないはずの二人が知り合い、お互いが 惹かれあう様子が悲しくも嬉しい。 最後まで一気に読めてしまうはず。 なお、表紙が桜のものは文庫本の厚みはあるが文字が大きく 行間がゆったりしていて読みやすかったと思う。自分は こちらを読んだ。蒼井優と岡田将生が表紙の方は厚みは薄いが 文字が小さく行間が狭く読みにくかった。 | ||||
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もともと読書で簡単に泣いてしまう方だが、ここまで泣いた本は近年なかった。 クライマックスのあたりを飛行機に乗っている時に読んでしまい、涙を堪えられなくなって慌てて本を閉じて毛布を頭から被ったが、次々溢れ出る涙を止めることが出来ないばかりか、酷い嗚咽でしゃくりあげてしまう始末で、「規則的に動く怪しげな毛布の物体」になってしまった程。 展開と描写によってストーリーに引きずり込まれ、登場人物に感情移入することを止められない。そして、本当に切なく美しい物語。個人的には、終わりを告げた恋のその後が描写されていることも良かった。その結果が納得いくかどうかは個人差があると思うが、それを描写するための展開も含めて読み応えがあり、自分の中で、「これからもずっと傍に置いて時々読み返したい作品」に堂々ランクインする本となった。 | ||||
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映画を見ないで本だけを見たのですが、本当によかったです!雷桜を読んだあと、何か残るものがありました。結末はせつなさを感じさせ、涙が出てきました… ぜひ読んでいただきたいです! あと、歴史が好きだと少し読みやすいかもしれません。 | ||||
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大名と百姓という身分格差に阻まれながらも、 美しく燃え、時をこえ昇華してゆく恋の物語です。 ネタばれになるので、語り手がだれかは書きませんが、 語り手の設定もすばらしく、ミステリー風な展開になっています 単調な恋物語にならずに、謎解きを楽しみながら読めます 恋をしていうる当人に語らせるより、物語も豊になっています。 雷のように瞬間的に激しく光輝き、桜のように美しく儚い恋が、 タイタニックのローズとジャックの恋のようでもあります。 その時々の情景も、絵のように美しく描かれています。 桜散り敷く山上の草原に佇む東屋に待つ思い人のもとへと通う姿や 森の湖水のほとりを馬でゆく二人の姿は、名画のように美しく印象的です。 豊かなビジュアルなイメージとともに、 美しい人の心を描いたこの小説は、 一生忘れられない小説になりそうです。 | ||||
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時代小説をあまり読んだことがなかったのですが、 読み始めたら、一瞬にして、小説の中に入り込め、美しい桜の情景が広がり、 無償の愛のストーリーに、胸を貫かれました。胸が音がするぐらいに・・・ 一生のうちに何冊か出逢えるか、そんな特別な一冊になりました。出逢えてよかった! (映画は少し原作と違いましたが、見事にこの世界観が美しく表現されていて素敵でした。) | ||||
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他のレビューを読んで、確かに農民・山暮らしの生活感が足りないと気付いた。 ただ、いっぱしの読書人として恥ずかしいことに、そんなことに気付かないほど、純粋なラブストーリーなのだ。 不幸な生い立ちのヒロイン「狼女」・遊のキャラクターがまぶしい。 運命を受け入れ、しかし不屈の精神力で生き抜く姿がりりしい。 運命にもてあそばれながら、成長していくバカ殿いや若殿・斉道に次第に共感していく。 象徴的な「雷桜」が美しく、妖しく想像に浮かぶ。 私がベスト・シーンに挙げたいのは、馬上のキスシーンではない。 ラスト近く、老臣・榎戸が助三郎に「殿…ごめん」と暇乞いをするシーンだ。 万感にむせぶ榎戸の胸には、おそらく「生きていてよかった」と一筋の温もりがともされたことだろう。 | ||||
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この物語は、生まれてまもなく拐かされ、文明と隔絶した山中で社会性とは無縁に奔放に育った娘・遊と、徳川将軍・家斉の息子で封建社会の上層に位置し、それこそ窮屈な社会性にがんじがらめにされた環境の中で育ち、そのために気の病に罹った清水家の当主・斉道の恋物語である。一言で言えば、身分の違う二人の恋、道ならぬ恋とは言わないまでも、ままならぬ恋である。そして、雷桜とは下半分は銀杏、上半分は桜という樹のことです。遊が拐かされた日に山に落ちた雷によって折れた銀杏に芽をつけて育った桜の樹なのです。身分が全くかけはなれた二人が寄り添う姿を象徴する樹といって良いでしょう。華やかに咲き誇る桜は爛漫たる春(人生最高の時)をシンボライズする。しかし、花は一陣の風、一夜の雨にはかなくも散ってしまいます。宇江佐氏が「雷桜」をこの物語の象徴とした意図はそのあたりにあるのでしょう。 あらゆる意味で美しい物語です。瀬田村という田舎の情景、なかでも里の者すら深く分け入ることのない瀬田山に咲く桜の美しさ。生まれて間もない歳で拐かされた遊を想う両親の心、兄弟の心、三人の子を孫のように慈しむ奉公人吾作の心、そして何よりも物心つかぬうちから山中奥深くで人とほとんど交わることなく育った遊の純真な心。晩秋の瀬田山の夕刻、馬上に茜色の光をあびて浮かび上がる斉道と遊。斉道は背後から遊を掻き抱き、遊は首をねじ曲げて斉道の唇を受けている。この情景がなんとも美しく印象深い。寄り添う二人の絵のような美しさは、二人の住む世界の違い故、幻のごとくはかない。しかし、それだけに至福の刹那に違いない。 | ||||
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公開直後の映画を見て、即、本屋に向かいました。 主人公の遊のなんとブッキラボウな事! 相手役の斉道の、なんと我儘な事! と思いつつ見ていると 徐々に雪が解けるように、それぞれの人物の芯が見えてくる。 遊と斉道をつなぐ人々の二人に寄せる思いが、時には怒りとなり 時には涙となり現れて、読者を「せつなく」させるのです。 本書では”二人だけ”についての描写は少ないけれど、それ故に 二人の会話が忘れられません。 斉道が遊に思いを遂げる時「許せ、遊」という・・・ この一言だけで、 その何十倍、何百倍の思いが伝わって来るようでした。 冒険物や歴史書的な物が好きな私ですが、一読後、即、読み返した本は 初めてでした。 是非、読んで頂きたい一冊です。 | ||||
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ドラマティックな展開に寝る時間を惜しんで一気に読んだ。 映画化になったことで小説の存在を知り購入。 ただの恋愛小説ではない、それぞれの思惑が交錯する読み応えのある一冊。 | ||||
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読み終わった後も涙が止まらず、ずっとひきずってしまう作品に出会ったのは 初めてでした。 率直な感想は「せつな過ぎる」です。 庄屋の娘に生まれながらも、かどかわしにあって狼女のように育った遊という女性と 将軍の息子という地位に生まれついても、孤独で哀しい斎道という男性。 お互いに身分の差という越えられない壁はあっても 「側女(そばめ)になれ」と殿は遊を求めているし 遊は「殿がほしい」と思ってる。 お互いが純粋に愛し合っているのに 結ばれないことってあるのかな、理不尽じゃないかなと ずっと涙が止まりませんでした。 血が湧き立つような恋、二人を見ているとそんな気がしました。 添い遂げられなかったけれど、たった一度結ばれただけで 二人は幸せだった、そう信じたいです。 二人を取り巻く人々が温かく、優しい気持ちにもなれました。 | ||||
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宇江佐先生の作品は初めて、といか時代小説自体初めて読みました。1人1人が細かく、生き生きと描かれていたので話に入りやすく、どんどん読み進められました。 が、私があまりにも恋愛恋愛と期待したせいか、実際の二人の恋模様は一瞬で、前置きが少し長い気がしました。(そこがいいのかもしれないけど…) 長編だった割には遊の魅力もあまり書かれておらず、斉道の思いの変化もよく感じ取れなかったのが残念です。 とはいえ、その時代にタイムスリップするように引き込む技術は圧巻でした。 | ||||
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乳飲み子の時に藩の確執によって拉致された庄屋の娘・お遊がヒロインです。 拉致に携わった親父様と云う男の手によって山小屋で育てられます。 お遊拉致後の当家の悲劇の様子にも胸が痛みます。 ある時武家に奉公していた次男が山越えの時にお遊を見つけ 山を下りて実家に戻る様に促しお遊15歳の時に実現します。 その時のお遊は馬(東雲という名前)に乗り どこからどこまで垢まみれで恰好も物言いも男そのものの少女になっていました。 そしてお遊の実家(特にお母さん)の喜び様は大変なものでした。 そこから本格的なストーリーが始まります。 ある日、次男の奉公先の殿がお忍びで村を訪れます。 それと云うのも殿は今で云うストレス性の心の病気で 度々、攪乱を起こしては家臣を悩ませていたのです。 そして偶然ともつかない殿とお遊との出逢い。。 そのお遊の武骨で気取らない口調に殿はいささか面喰いますが まんざらでないご様子。。 次第に惹かれ合う二人には立場上、身分上の避けられない別れが…。 殿は側室になれと遊に言いますが遊は誰か(この場合正妻) が不幸になるのはいやだとキッパリ否定します。 離れ離れになった二人は各々の道を生きていくのですが いつも心の底には殿には遊が遊には殿がいました。 最後のシーンはとても感動的です。 悲しい別れを受け入れた遊は助三郎と云う忘れ形見を得て幸せだったのだろうか… としみじみ思いました。 | ||||
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何とも「爽快感」満点のラヴ・ストーリーです。 この「爽快感」がどこか来るのか考えてみると、主人公の遊の「潔さ」から来ているように思えます。 徳川御三家の側室になることを言下に拒否し、その落としだねである助三郎を一家の秘密にし一切語らず、斉道の想い出として育ててゆくと言う、その心根にある様な気がします。 作者は、そうした遊の人物造形のために、庄屋の一人娘が一歳の初節句に誘拐され、山の中で育ての親の手一つで育てられ、しかも里人との接触を禁止されると言う、非常に特殊な環境で育った「おとこ姉様」として描いています。 その男勝りの気性が、そうした「潔さ」に説得力を与えているように思います。 ラヴ・ストーリーとしても、二人の出会いと別れのシーンが実に美しく、唯一のラヴ・シーンとも言える馬上の接吻のシーンも綺麗に描かれています。 この小説の素晴らしさは、そうした人物造形・状況設定だけではなく、「謎」と伏線を張り巡らせた、完成度の高い作品と言うこともあります。 なかなか読後感の良い、素敵な小説でした。 | ||||
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時代小説のロミオとジュリエット版が映画化される本に興味を覚え読破。号泣です。遊の愛しい人・斉道が37才の若さで亡くなった事を読んで知るとせつなさで涙が溢れて…。遊が瀬田村に残る選択は正しかったのか?斉道は遊のいない江戸の世界は幸せだったのかと…。斉道が亡くなる前に言った[遊はどこじゃ]の言葉が私の胸にぐっと突き刺さりました。純愛すぎます。今年の秋に遊を蒼井優ちゃん 斉道を岡田将生クンで映画公開されます。映像でたっぷりと堪能したいと思います。 | ||||
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私が時代小説に惹かれるのは、もはやこの世界でしか存在しないかもしれない「潔さ」にあるのだと思う。 この小説には、江戸時代を生きる人のきっぱりとした潔さが貫かれている。 嵐の晩にかどわかしにあって行方しれずとなった遊と、山で生き抜いていることを信じ抜いた家族の絆。 また、遊を育てた親父様のことは数行でしか語られていないが、その数行に親父様の壮絶で愛に生きた生き様を見ることができる。 兄弟の愛情、母の愛情、また、兄嫁の思い。 数奇な運命に翻弄された遊と、2つの藩の狭間で翻弄される瀬田村。 背景となるできごともうまく構成されていて、ドラマティックに物語は進んでいく。 一度きりの契りを交わした遊と殿の清らかな姿は、文章に描かれたように美しい名画となって迫ってくる。 文章も美しく江戸の凛々しい人間像がすばらしい。 映像化できたら、それも素晴らしいと思った。 この人の作品は初めて読みましたが、他にも是非読みたいと思う。 一力の「あかね空」以来の感動作品だった。 | ||||
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一言で言うと美しい物語だ。数奇な人生を送る一人の女性の物語。恋愛物語でもあるが、この女性の人生の物語でもある。脇役もいい役割を果たしていて、ストーリーとしてもなかなか面白い。派手過ぎず、かといって淡々としすぎず、この作家は微妙で不思議な空気を持っている。なかなかいいバランスを作り出していると思う。描かれる山の風景が美しく幻想的であるばかりでなく、物語そのものが幻想的な余韻を残す。 とても繊細な作品だ。例えば最近僕が特に高く評価している宮城谷昌光は、人生を如何に生きるべきかという主題を正面において、ある意味哲学を論じている。非常に高尚だし自分の生き方を振り返ったり、ヒントを与えてくれるものだ。無論それは素晴らしいし、文学と言っていいレベルだろう。一方で、哲学であるからやはり堅い。真摯に生を見つめる厳しい姿勢に感動する。それはそれで僕は大好きだし、深く感動し人生を思うことはある充実感をもたらす。 しかし小説には色々なものがある。ハリウッド映画のような娯楽小説もあるし、淡々と雰囲気を味わうものもある。どきどきするサスペンスや推理小説もあれば、何気ない日常を描いて心を癒してくれるものもある。 この人の小説はとても繊細だ。女性ならではの繊細なポイントがあるのだろう。理屈じゃない、割り切れない、白でも黒でもない、でも確かに存在するポイント。それを表現するために作者の筆力が駆使される。説明的になりすぎず、ほのかな感情の機微や、心もとなさ、僅かな寂寥感、一瞬の笑顔。通り過ぎる一瞬の感情を見事に描きながら、しかも誰もがあこがれる永遠を描いてみせる。 純文学ではない。サスペンス調の味付けも入り、読むものへの期待を持続する。娯楽小説としても上質である。が、この本は娯楽小説ではない。その手法を排除しない作者の精神の自由が伝わるし、描かれた世界全体が清涼な清水のように読者の心を洗う。 読了感が良い。少し物悲しい切なさを伴ってしんみりとする。しかし透明で清廉な風が心の中を洗う様だ。ひとつの完成された世界を作り出しているといえるだろう。「凄く面白かった!」という感想ではなく、「ああ、これはいい作品だわ」と思う。この作品は長く心に残り、折に触れ記憶の中から蘇るだろう。甘く切なく、でも朗らかで愛おしい。そんな心象風景を読者に描かせるこの作品は名著と言っていいだろう。 | ||||
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感動のために読後虚脱感にとらわれる本はめったにないが、久々にそれを味わった。 この作品は、宇江佐作品にはめずらしく、田舎の野山が中心の舞台となっている。 しかも、愛し合うふたりが、山で育った「狼女」とお殿様、それも将軍の息子という、 実に極端な設定。 入ってはならない山という舞台設定が、ファンタジーの世界へ一気に転換させてくれ、 ありえない出会い、純愛を納得させてくれる。その力量はさすがである。 実は山の情景や遊の生活の描写には少々不満も残った。動物や、桜以外の植物が ほとんど登場しないし、遊と親父様は山に潜んで暮らしているというのに、獣を 捕らえて食べるでもなく、木の実・山菜を主食とするでもなく、畑もつくらない。 炭を売って里から食料を仕入れるとだけしか書かれていないのはちょっと不自然に 感じてしまう。山のにおい、山の音がいまひとつ立ってこない。 しかしながら、事の起こり方の必然性、人物の活写、気を逸らせずぐんぐん引っ 張っていく展開など、気持ちよく乗せられていく力強い舟といった感じで、忘れら れない一書となった。 | ||||
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