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騎士団長殺し
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【この小説が収録されている参考書籍】
騎士団長殺しの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.46pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全211件 101~120 6/11ページ
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読むだけで疲れる。 ただ疲れる。 テンポが悪い。 ようやく楽しい!と思ったところで無駄な比喩表現が入って止まってしまう。 久しぶりにこんなにのめり込めない作品に出会った。 | ||||
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突然姿を消したまりえを巡り、物語が急速に展開する第2巻。 騎士団長の導きで、「私」はまりえの行方を必死に探る。 まるでロールプレイングゲームを見るようだ。 しかも、自分でプレイしないロールプレイングゲーム。 バッハもヘンデルもドストエフスキーも、さまざまの引用は何のためだろう。 そして、まりえの腕時計は何故、カシオのGショックなのだろう? それまで誰の腕時計も「腕時計」としか表現されていないのに…。 そして不思議な隣人・免色。 ピアノでモーツァルトを弾き、必死に練習する姿を見せる。 あまりに強烈な印象を残す登場人物でありながら、今までのところ大した働きは していない。 不思議さと危うさを醸し出しながら、さりげなく流して第2部を終わらせてしまった! これらがすべて、次への伏線となるのだろうか? 読者がついてきてくれるのか、他人事ながら心配だ。 | ||||
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小田原に住んでいます。 この作品で彼のノーベル賞受賞はかなり遠のいてしまったと思います。 今まではそれほど気にならなかったのですが、この作品では表現がとても白々しいと思うことがしばしばでした。安っぽいメタファーが多すぎます。まるで現実の苦悩のようなものが感じられません。それから、伊豆高原の療養施設から地下通路を通って祠まで戻ってくる記載は、現実のものとして描かれています。これはいかがなものでしょうか。どんなにファンタジーが織り込まれていてもいいと思いますが、それを現実の世界の出来事と混同するのはどうでしょうか。この小説で一体何が言いたかったのでしょうか。本当につまらない小説で、その舞台に小田原を使うな、と感じました。 | ||||
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この本のテーマは、ドンファンが騎士団長を殺す話。ドンピシャではないの。監視団がいつもいる。その監視団長に命令され、大虐殺を書く。 | ||||
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日本大嫌いな、大江健三郎に与えられたノーベル賞。この小説の「南京大虐殺40万人」の語りで、受賞確実ですね。こういう作品にこそ権威を与えてしまう白人至上主義の狡猾さや、それをまた利用しかねない(いや、絶対利用する)中共など、ヘドが出てしまう。純粋な作品批評ではないという思われる方もいるかもしれないが、(少なくとも)著名な作家の作品が、書かれた時代背景と共に語られることは、多くの文学の歴史において当然であり、この先のこの作品のありようが、現代社会において、このような影響を与えるかもしれないことを予測的に、また批判的に書くこと自体は許されると思う。 | ||||
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第1部を、えっ、これは何だ? 本当に村上春樹さんの作品?とつらい思いで読み終わって、第2部を読み始めた。 きっと、第1部をひっくり返すような展開が待っているはず、ここで読み終わってはいけない。 そして、第2部を読み終わって、もう、悲しい気分しかない。 ただ、通り過ぎのようにに出会っただけの白いスバル・フォレスターの男に対して、かくも敵意を持って描かれるのか? なぜ、あれほど少女の胸のふくらみに言及しているのか? 免色さんが描き切れていないから満足感がないのかも。 まったくもって残念としか思えない。 なんとか、村上春樹作品に期待を持っている読者に対して、第3部を書いてほしい。 あまりに、刹那的に描いたようにしか思えない第1部、第2部を救ってほしい。 | ||||
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死体はなまずが食べたとかw 村上大先生の体を張ったジョーク、大いに笑わせて頂きました(笑) しかし大先生、抽象主義も安倍公房の足元にも及ばず、エロ描写も三島由紀夫のエロティシズムどころかエロ同人以下。 むしろラノベ作家に弟子入りしては? 真面目な話、ライトノベルだってこれよりは内容が密だと思いますよ。読んでいる間、あまりの軽薄さに吐き気さえ覚えました。 ちなみに昭和の文豪と言うと谷崎潤一郎、川端康成、石川淳、安倍公房、三島由紀夫、遠藤周作、安岡章太郎など思い浮かびますが、これらの著作と騎士団長を読み比べてごらんなさい。 あるいはカフカ、サルトル、カミュなど海外の文豪、そして現在ノーベル賞候補とされるミラン・クンデラでもいい。あまりの内容の落差、文章の密度の違いに愕然とすることでしょう。こんな薄い内容でよく一冊二千円もふんだくれますね。お金返してほしい(笑)。これに高評価つけてる方々は共〇党や民〇党にお金でも貰っているのかな(笑)。同時に買った皆川博子コレクションのほうがずっと文芸小説として成立してる気がします。 | ||||
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「そうです。いわゆる南京虐殺事件です。日本軍が激しい戦闘の末に南京市内を占拠し、そこで大量の殺人が行われました。戦闘に関連した殺人があり、戦闘が終わったあとの殺人がありました。日本軍には捕虜を管理する余裕がなかったので、降伏した兵隊や市民の大方を殺害してしまいました。正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます。しかし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?」 (第二部 P36) このセリフを喋る人物は、主人公に次ぐ重要なキャラクターで、知識が豊富で社会的な地位もある周囲から尊敬される年配の人物という設定。 話はファンタジーとして読めばまずまず面白いのですが、この一節で全て台無しです。 | ||||
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「色彩を…」を読み終えたときも感じたが、そのときは「まあ、中編だし」と思っていた。が、今回ばかりは物語のグリップ力がなくなったと思わずにはいられない。 上巻の途中までは、著者がよく語っていた「物語の力」を信じていた。登場人物達も魅力があるように思えた。でも、下巻に入る前にはもう、期待したものはないな、と予想がついた。 井戸や壁抜け、へんてこキャラなど、おなじみのモチーフが使いまわされても、セクシャルな描写が多めでも、そこまで胸の大きさに拘るか?!…という女子中学生が出てきても受け入れられる…なんとか。でも、どれもこれも功を奏してない。読み通すのが苦痛といった批判ではない。ただ、「1Q84」や「ねじまき鳥」や、それ以前のすべての作品からいつも受け取ることができた、「読み終えたときちょっとだけ世界がずれたような感覚」はもうなかった。 | ||||
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あまりに冗長です。 物語はドラマ性に欠け、希薄な印象だけが残ります。 再読すれば良さがわかるのかしら。 でも、だったら他に読みたいものが仰山あるし、、、 個人的には、この人の「中国行きのスローボート」とか「貧乏なおばさんの話」等のポップで切ない小噺の方が好きです。 | ||||
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もしこの作品が、ぽっと出の新人のものだったなら、 「ものすごい!」と驚くかも知れないのですが、、 初期及び中期の作品に夜を徹して没頭した者として、、退屈に感じました。 あくまでも、著者の作品群内での相対的な満足度として、☆1つでしたm(__)m (以下、ネタばれ含みます) なぜ、あえてイデア(プラトンの「理想」・・地上の万物をその「影」とする)を抹消しなければならないのか。 その下で、横軸としてのメタファー及び二重メタファー(暴力と不条理を孕んだ行き当たりばったりな現世)をどうやって生き抜くべきなのか。 よほどのストーリーテリングでなければ語ることができないテーマかと思うのですが、 、、肝心の物語性が希薄に思えました。 たまたま一枚のイデアな「絵」をみつけてしまって、メタファーな「通路」をクリアしちゃうだけで良いんでしょうか、、 あいまいな幻想世界に走りすぎているように感じられてしまうのです。 残念ですが、アーヴィングの足元にも達していないかと、、、、 それとも、斯様な愚痴を一蹴するような「第三部」があるのでしょうか? | ||||
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南京大虐殺は事実として存在しない。毛沢東や鄧小平は、架空の南京大虐殺をネタにして日本を非難したことは一度もなかった。南京大虐殺は、1980年以降に朝日新聞の本多勝一がでっち上げた日本発のねつ造事件である。 書名は忘れたが、村上春樹のかなり前の小説にも、参考文献を示して南京大虐殺を素材としてとりあげたものがあった。そのときには、旧日本兵はなんという残虐なことをしでかしたのかと思い込まされたものだった。しかし、調べていくうちに、南京大虐殺がでっち上げであり、むしろ、旧日本軍の規律正しさや、欧米列強からの植民地の解放などの歴史的事実を知るようになった。村上春樹は、中国共産党のプロパガンダを支持しているのだろうが、中国共産党によるチベットやウイグルの大虐殺の事実に目を向けるべきだろう。 『騎士団長殺し』は本多勝一の『中国の旅』とともに、子々孫々にわたり後世の人々から誹りを受け続けることになるだろう。 | ||||
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第1部、第2部をそれぞれ半分の分量にして、1冊にすべき作品であった。そうすると不倫関係の人妻との情事や、行きずり情事や、不思議少女への不届き妄想はすべてカットし、アクセサリー的な商品説明や音楽うんちくもカットし、そして何よりも3行に一度は顔を出すレトリックもやめて、簡潔な物語にする必要がある。ここはぜひ、1Q84の冬吾君を起用すべし。 | ||||
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友人の父が使っていた小田原郊外のアトリエに管理人代わりに住むことになった、 肖像画家の「私」。 向かいの山の豪奢な邸宅にすむ男から高額な謝礼の肖像画を依頼されて以降、 それまでの静かな暮らしと打って変わって「私」の周りで不思議なことが起こり 始めた…。 しかしノーベル賞に手が届く大作家にしては、日本語が硬くないか。 …枝がまるで盆栽のように美しく整理され、病気にかからないように丁寧に 処置が施されている。… 「病気にかからないように丁寧に処置…」とはどんな処置なのか。 こんな言い方、まずしないだろう。 ドンジョバンニの騎士団長、オペラや音楽、映画、いかにも翻訳しやすそうな 日本語。 作者は、日本の読者にきちんと向いているのだろうか。 | ||||
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今回の『騎士団長殺し』も非常に読みやすく、一気に読めた。 つまりは、何も考えず読めるという事で、 当たり前だがこの小説から得るものは何一つとして無い。 相も変わらず、人生を舐めきった登場人物と、 どうでもいいようなファンタジーめいた ストーリーをこれでもかというくらいの言い回しと比喩で続けていく。 特に3.11の震災については、 信じられないくらい一人よがりの話に終始して、 彼の3.11に対する思いが、よく理解できた。 この小説を理解できない人は馬鹿というのは きっとそうなのだろう。 しかし、少なくとも私は小説を読み終わった後は、希望、勇気、絶望それら何でも いいから・・・感じたいのだ。 何もないというのは一番困る。 ムラカミハルキを読んだ、この作品もそれだけだ。 それだけできっといいのだろう。 | ||||
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旬は今月(2017年3月)中と考え、第一部に続いて更に読み進める。 前巻にも増して、サクサク読める感は更に加速。凡そ24時間で500頁あまりを読了。例によって、取って付けたような“ポスト311"な終章まで、面白くもなんともないのにハイピッチが緩むことなかったのには自分でも吃驚! そこにはページをめくり、活字に目を走らす心地よさ=“読書の快感"が確かにあった…。 しかしながら、本書が無人島に持参した只一冊であろうと、騎士団長御自らのオススメであろうと、 再読することは “あらない" と思う。 | ||||
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とりあえず読んでみました。 かなり時間がかかりました。 といっても、まだ、第一巻だけで、第2巻にはこれから取り掛かります。 とにかく、性描写が多すぎます。 必要性などないと思えます。 まあ、作家ではないので断定はしませんが。 子供には薦めることはできません。 | ||||
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読み通すのがかなり苦痛でした。少なくとも私にはもう興味がある文体では無くなりました。お互いに年をとったということでしょうか | ||||
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なんでこの人の作品がここまで評価されるか謎 図書館で借りてフルで読んだけど、1Q84同様不快になるだけだった | ||||
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学生時代から40年近く、村上さんの小説は長編、短編ともに全て読んできましたし、単行本も文庫本もKindle版も全て購入している読者です。 最近の村上さんは長編より短編の方が、未だに何度も繰り返し読みたくなる作品が多いですね。 女のいない男たち、も素晴らしかったし新鮮さがありました。今でも何度も読み返します。 長編では、色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年、はやや消化不良感はありましたが、村上さんの中でまだ新しいものが現れていると思います。 本作はどうでしょうか?余りにも過去作品のツギハギではないですか? どうしたのですか?ノルウェイの森の冒頭の、あの美しい文章はもう読むことは無理なんですか? 本作は流石にちょっと如何なものかと思います。 初めて村上春樹の小説を読む人には兎も角、これはない。 | ||||
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