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充たされざる者
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充たされざる者の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.09pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全54件 41~54 3/3ページ
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素晴らしかった。 100人いれば100通りの捉え方をする作品であろうし、 その評価も分かれるだろうが、ひとつの小説としては完成されていると思う。 私にとっては読み終わったあと、長い夢から目覚めて、なんだか凄い夢を 見たんだけど断片的にしか思い出せない。 といった感覚でしょうか。 どのページを開いても場面場面が短編小説のようでもあり、 心地よい不協和音はまさに夢の世界でした。 | ||||
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まず主人公が異国の地に到着するところから始まる。そこでホテルに泊まるとすぐにエレベーター係と直ぐに親しくなりその家族とも親しくなり、色々パーティーなどに行き他にも親しくなり何かあれこれ頼まれたり、遊んだりなんだりが延々続くという小説。 そこで語れる会話も曰くありげだったり、全然意味がなさそうだったり、謎めいた展開が900ページにわたって繰り替えされる話。 中心のプロットもなんら解決しないまま主人公も何処かに去っていきます。一般の小説を読んだ際のカタルシスも一応ありますが、何だか多少はぐらかされた印象は否めませんでした。 他に読んだ方にたような感想をもたれたとでしょうが、この小説の場合謎めいた不条理な小説を書こうという旨、そういう話を書いた作品のようなので全ての解釈が成り立ちかつ全て成り立たないと言えると考えられると思いましたがいかがでしょうか。働いてみたりしてみると世の中、不条理なことが多いのでそれを本の形にして表現したようにも感じましたが、安易でしょうか。 個人的にはカリンティ・フィレンテ「エペペ」やヘンリー・ジェイムス「大使たち」を思い出しました。 これだけの分量を文庫にしたのも驚異的。最近は造本技術も発達したのでしょうか。 | ||||
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一見日常性から離れた不条理が満ちている内容である。しかしよく読んでみると、我々普通人が、自分の意図やイメージと異なる思いもよらない事象が次から次へと襲って来たときに感じる際に「日常的」に感じる「訳が判らない事象」への「不安心象」を一人称で巧みに描いている。際立つ主人公とストーリー性がある従来の小説から一歩はみ出た異色の文学である。 | ||||
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この著者の本を1作目から愛読しているが、これは4作目の異色のともいうべき作品。ライダーという世界的な天才ピアニストがある町に到着するところから物語は始まるが、そこからすでに不思議な、尋常とは思われないものが入り込んでくる。例によって様々な人物による会話が中心に物語が展開するが、いくつものパラレルワールドが錯綜する、息の長い小説である。今までのイシグロのリアリズムから一転した、画期的作品といえよう。ただし、読み切るのに相当の覚悟がいる。 | ||||
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ブッカー賞を受賞した「日の名残り」に続くカズオ・イシグロの第四作目の作品。 この小説はかなりシュールだ。 舞台はドイツ?オランダ?オーストリア?はっきりしない。とにかく読者に情景を思い起こさせない中欧の架空の都市。時間もなんか混乱している。いったい今読んでいる場面は朝なのか昼なのか夜なのか。地理的な位置関係もまったく想像できない。遠いところかと思っていると近い場所であったり。人間関係すら他人なのか家族なのかわからない。 しかし、決して駄作ではない。絵画や音楽にシュールなものが許されるのであれば、こんな小説もありかな。「何だこれは!」と思いながら、いつの間にかストーリーに引きずり込まれていき、先へ先へと読み進んでしまう。 読後感は?なんとも形容しがたい。ただ面白かった、というところか。ウィットに富んでいる。 かなりの長編だが、カズオ・イシグロの真髄を知りたければ是非一読を。ちなみに私は現代の作家の中でカズオ・イシグロが一番おもしろいと思う。 | ||||
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中欧のある小さな町から、 往年のピアニストであるわたし(ライダー氏)はコンサートと講演のために招待されます。 町中の人々は音楽による癒しを求めているそうなのですが、 その町のとあるホテルに着くやいなや、 彼と接触しようとする関係者が後を絶ちません。 単に接点を持ちたいという下心の許容範囲を大幅に超え、 それぞれ自らが抱えている不満や過去・現在の解決の着かない問題、 心情を次々に吐露します。 あるいは家族の頼みごとを持ちかけてきます。 なんて勝手きわまる人たちでしょう。 ライダー氏はコンサートに備えるべくピアノに向かい、 会場を下見し、会場のピアノのコンディションを把握し、 十分なもてなしを受けて座っているはずの両親の前で 堂々と演奏をする日のために集中したいはずです。 目的にたどり着けないまま、タイムリミットは近づいてきます。 出番の直前、我慢しきれずにライダー氏自身の不満を コーディネーターに延々(気持ちは痛いほど分かる)訴えますと なんと予定の出演時間はとうに過ぎて・・・。 読み始めてから2週間、 わたしも目的に永遠にたどり着けないという悪夢に襲われ、苦しみました。 最初は陽の目を見ることのない小市民の内面を代弁している話なのかなと思いましたが、 ポーターのあまりの饒舌さにすぐに異常を察知しました。 今は、カズオ・イシグロの世界に遊んだ充足感に満たされています。 一方で、人間の独善性と自己正当化をうたっているといわれるこの作品から 開放される幸せをも感じています。 本文だけでも上巻434ページ、下巻361ページ、計795ページの大作です。 | ||||
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ISHIGUROの作品の中で最も長いこの小説を実を言うと、途中で投げ出してしまおうかと思った。ありえないことが次々と起こり、結末が見えてこないので呆れてしまったのだ。こう言ったことは彼の作品を読み始めてから初めてのことである。これまで読んだISHIGUROの作品と余りにもかけ離れている。けれどもISHIGUROらしく、最後には救いを与えてくれる。 しかしここまでよくも“THE REMAINS OF THE DAY”の作者がまったく傾向の違う本を書いてしまうとは、恐れ入った。例えば片脚のかつての名指揮者が、事故に遭ってヤブ医者に義足を切断されたにもかかわらず、これだけでもありえないことだが、アイロン台を脇に抱えて指揮台に上がるなんてことをよく考えついたものである。ここまでひどくなくとも、“あれ”、“えっ”と思うことはいくらでも出てくる。 ISHIGUROの他の作品と傾向がだいぶ異なるとは言え、彼の文章はいつもどおり精緻である。途中で諦めかけたので偉そうなことはいえないけれども、ぜひとも挑戦していただきたい。最後の描写は、“THE REMAINS OF THE DAY”に似ているんだよね。 | ||||
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今年、2011年はまだ折り返し地点だが、恐らく本作は今年に読む小説のベスト5に入る作品になるだろう。小説という表現形式を可能な限り高い地点まで推し進めたこの作品は、語り手=人称という設定自体が野暮に思えるほどすこぶる幅と広い懐も持った小説だ。一応、主人公として設定されているライダーの主観と現実はたちどころにズレ始め、ありとあらゆるガジェットの混交の中に織りなされてゆく。この作品に分析はいらない。カズオ・イシグロ氏の卓越した才能と技術の中に身を委ねれば、不条理も条理も、言いかえればリアリズムも非リアリズムもどうでもよくなり作品の中に吸い込まれてゆく。文庫で900ページを超える大著だが、僕はこのめくるめく作品が終わってしまうのが残念でならなかった。 | ||||
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イシグロは寝てる時に見るおかしな夢をそのまま表現できるすばらしい作家だと思う ストーリーそれ自体より、この幻想的な悪夢を見ているような感覚に嵌ってしまいます 「わたしたちが孤児だったころ」もそうですが、読者までもこの迷宮に巻き込んでしまい、危ない。 うまく表現できないが、とにかくヤバいな。これから読む人は気をつけた方がいいぞ そして訳者泣かせですね。この世界観を損なわずにうまく表現するのは結構大変な仕事だと思った | ||||
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カズオ・イシグロの初心者として、3冊目のこれを読了し、今その面白さと美しさに“圧倒”されている。 著名なピアニスト、ライダーの行く手に、人の心そのものと、人の縺れた関わりの間にある迷路が次々にたち現れる。出口を失って彷徨い、また道を発見したかと思うと、さらに新たな迷路に迷い込む。 物語はcaricature仕立てで、曲りくねった心象の連鎖が延々と執拗に辿られるにもかかわらず、その心象が投影される不思議な建築や空間の描写の美しさには意表を衝かれる。 現代音楽のマレリー、カザン、ヤマナカなど架空の作曲家がたびたび登場するが、カリカチュアライズされているにも関らず、不思議にそのゴシック的空間の中から、“垂直線”の透明かつ不協和な音がリアルに聴こえてくるから不思議だ。 ・・・いつかこの続編をぜひとも読んでみたい。深い心の迷宮と東欧風の風景が交錯するシックな闇と、精緻に彫りこまれた建築空間の内部に響き渡る、光のようなカザンのカデンツアを聴いてみたい。 | ||||
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主人公がある町にやってきて起こる出来事。 一見何の変哲も無いような小説に思えるが、読んでみるとこれがどうして・・・。 これでもかこれでもかと主人公の前に立ちはだかる不条理な出来事。 救われる結末なのか?いったい事態は好転するのか!?と思い始め、ページをめくるのがもどかしい。 「いったいどうなるんだ!」と叫び出したくなりながら、それでも本を投げ出さずに読んだ。 ハラハラする長い小説だが、私が読み終えた後発したのは「充たされなかった・・・」という言葉であった。 タイトルは小説を読んだ人も含まれるのか? 私自身も「充たされざる者」?と思い、つい笑ってしまった。 読後の「充たされない度」は満点である。挑戦するつもりで読むのがおすすめ。 パラドックスのようであるが、「読んだ!」という充実感とともに、カズオ・イシグロの小説に益々興味が湧いたのであった。 | ||||
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読み進めているとドップリと作品世界に巻き込まれ、日常的な意識に霞がかかってくるような「危険な」作品だ。これこそ小説であり、大部の文庫本の半分も読んでくれば、それは心地よくなる。とは言え、作品世界は不条理の連続。しかも、主人公のピアニストは次々と現れてくる不条理をその都度肯定していく。また、主人公に関わる登場人物たちは、主人公の過去に関わったことのある人物たちであると、主人公は「思い出す」ようになる。それは欺かれているのか、幻想世界の錯覚なのか・・・・。過去にあらざる記憶。それは本来、矛盾なのだが、主人公は彼の周りに立ち現れてくる人びとによって、様々な期待をかけられることで、過去を想起し、彼らとの過去があったかもしれないという想念に落ち着き、彼らのために生きようとするのだ。 そう、この不可思議な世界、これこそ小説にしかなし得ない世界であり、しかもこれこそリアルな作品ともいうこともできるだろう。 松浦寿輝の『半島』にも、本作と似たようなテイストがあるが、主人公が右往左往しながら、それでも事態を肯定的に受け止めてしまうという究極の不条理(これこそ現代社会ではないか)の描写において、イシグロよりはロマンチックに過ぎる。つまり不徹底なのだ。 | ||||
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ブッカー賞を受賞し、映画化もされた『日の名残り』に続く、 日系イギリス人作家カズオ・イシグロの長編第四作。 デビュー作と二作目では、戦後間もない時期の日本を舞台に、 価値観の転変に適応できずに苦しむ人々の姿を丁寧に描き、 三作目となる『日の名残り』では、一転して舞台を英国に取り、 英国人以上の緻密さで執事の人生を描いてみせたイシグロ。 その彼が次の作品の舞台に選んだのは、 場所はもうひとつはっきりしないが中欧のどこかではあるらしい、 芸術熱の盛んな中小都市であり、 主人公のピアニスト、ライダーはそのキャリアの節目となるような 重要なコンサートを目的にこの街を訪れることになる。 冒頭、ホテルのエレベータに乗る場面で、 ライダーの荷物を手にする初老のボーイ、グスタフが、 自らに課した職業上の倫理を口にし始めるところで、 読者の誰もが思わず微笑みを浮かべずにはいられないのだが、 そんな読者をよそに思わぬ方向へと逸れ始めたストーリーは、 もはや正統的な純文学の枠組みに復帰することはなく、 逸脱に次ぐ逸脱を重ねたかと思うと、 何とも寝覚めの悪い悪夢の連続のような世界を紡ぎ出していく。 あれほどの成功を収めた『日の名残り』の次に、 失敗作と呼ばれることを恐れるどころか、 読者の期待を絶対に裏切ってやろうと言わんばかりの 変化球の極みのようなこの作品を持ってくるあたりに、 イシグロの作家的悪意を感じ、なぜか嬉しくなってしまった。 | ||||
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長くて、わけが分からない。高名なピアニストがある街を訪れ、公演の前の数日をその街の正体不明で極めててわがままな人達に振り回されながら過ごす、というお話。相当のイシグロ通じゃないと読み通すことは出来ないんじゃないか、という気がします。でも私はこの作品が一番好き。 彼の作品の主人公はほとんどが、それがどのような職業であれ、自分の仕事については相当に完成度の高いプロフェッショナルなのですが、それでいて内面的にはある矛盾を抱えていて、しかもそれに対してのアプローチがお茶目と言うか幼いと言うかちょっと変な人物、というのばかりです。その一番極端な例がこの作品の中のピアノの先生でしょう。だから面白いんですよね。 抑制の効いた、冷静で知的な語り口が売り物のイシグロさんが、とうとうその箍を外して好きなように書いちゃいました、って感じがして、嬉しかったです。それでいて感じ入ったり、思わず考え込んでしまうような部分もたくさん。イシグロ初心者には向かないかも知れませんが、イシグロ通になりたいなら、しっかりと読破して味わって見るべきです。 | ||||
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