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探偵はひとりぼっち
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探偵はひとりぼっちの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.84pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全3件 1~3 1/1ページ
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本書は、映画観客動員ランキング(興行通信社調べ)で初登場1位となり、興行的にも大ヒットした映画『探偵はBARにいる』〈2011・9・10公開、監督:橋本一、主演:大泉洋〉の原作であり、<ススキノ>探偵のシリーズ第4弾! 本作は前作で好評を博した続編となる映画『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』〈2013・5・11公開、監督:橋本一、主演:大泉洋〉の原作である。 北海道の最大の歓楽街であるススキノ(東京だと歌舞伎町、福岡だと中州といったところ)を舞台にその街で生活し、日々起こるトラブルを解決するために今日もススキノの街を奔走するススキノの便利屋と称される〈俺〉が街の仲間から愛されている(時には頼りにされている)探偵で普段はだらしなく女と酒の自堕落な生活を送り、ズボラでいい加減だったりするのだがここ一番決める時はバッチリ決める様子に『探偵物語』や『私立探偵 濱マイク』と同じ匂いを感じ、また、『俺たちは天使だ!』的な展開(要所要所にアクションとコメディが合わさった展開)にも面白く、ラストにシンミリする件は『傷だらけの天使』を思わせる設定から展開までまさに昭和の探偵ドラマの王道を受け継ぐ作品であり、本作から昭和テイストの懐かしい探偵モノを感じ取る人は少なくないだろう。 街の仲間であり、みんなから愛されていたオカマのマサコちゃん(演:ゴリ)が何者かに殺害された。やがてそれは北海道の大物代議士との深い関係にあった事から醜聞封じのために殺されたのではないかとの噂を耳にした〈俺〉が周囲が口を閉ざすなか調査に乗り出すが、やがては〈俺〉の身辺にも危険が及んでくる……。 今回の事件の鍵を握る大物代議士・橡脇(とちわき)厳蔵(演:渡部篤郎)を相手に真相を突き詰めるために危険な調査に挑むというおおまかな展開は映画の本筋そのものであり、敵が巨大(デカ)すぎるためかこれまで以上に〈俺〉の身辺に危険が迫り、クールで頼りになる空手の師範代である北大院生・高田(『ルパン三世』における次元と五ェ門を足したような雰囲気の頼れる相棒で映画で高田役を演じた松田龍平がピッタリくる)が負傷し、さらには〈俺〉に協力的である妻子がいながら同性愛者という新聞記者・松尾や反目的な立場にあるが時には支援する道警の刑事・種谷(タネヤ)のふたりは非協力的(消極的!?)であり、同じく積極的ではないものの協力時には支援する桐原組組長・桐原に至っては敵に回るという(その側近・相田に関しては影ながら支援している)凄まじい展開になっているので面白いといえば面白いし、常に危険が迫りながらもどこかユーモラスな〈俺〉は読んでいて面白い。 他にもマサコちゃんの知り合いで調査に協力する占い師・聖清澄、今回の事件に興味を持って〈俺〉に近づく市民団体道政ウォッチング・センター主任・堤芳信、そして、橡脇のきな臭い身辺に暗躍する後援会連合会長・新堂忠夫、といった一癖もふた癖もある人物が錯綜する。 ただ、本作に関していえば、先に映画を拝見したイメージで読んでいたので映画では重要なヒロイン(キーマン)であるはずの事件の依頼人である美人ヴァイオリニスト・河島弓子(映画ではガサツな関西弁を話す尾野真千子の熱演&怪演が印象的!)が登場しない事にビックリΣ(゚Д゚)し、さらには本作における事件の真相(これは映画も同じ)について明かされても何かしら尻すぼみのような印象を受けて残念に思った。(・ω・) それでも一人称小説を味わいながら作者の分身ともいえる〈俺〉の軽妙なやりとりや事件に渦巻く複雑な人間模様などどこか昭和の探偵モノ(ドラマ)の醍醐味が味わえるこの〈ススキノ探偵〉シリーズはオススメです。 | ||||
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原作の時代(1980年代)を今の時代の置き換えたばかりでなく、後半、特に最後の部分は原作はなにかあっけなかったが、映画の方は劇的な結末で見応えがあった。 | ||||
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ストーリー自体は悪くない。 『オカマの友人が殺され犯人は不明。大物政治家による醜聞隠しのための口封じが疑われ、事件後その配下とおぼしき連中が街をうろつきはじめる。 警察・新聞・ススキノの住人達も火の粉を恐れて事件の追求に二の足を踏む中、主人公の<俺>は単身真相に挑む』 結構面白そうなのだが、問題はストーリーが展開して行くにつれて薄っぺらになっていく主人公のキャラクターである。 主人公はススキノのトラブルを解決する何でも屋のような存在だが、基本的な収入源はイカサマ込みのバクチであり、酒ばかり飲んでいる遊び人である。それでも自分なりのスジは通すというならアウトローなキャラクターとして十分にアリだと思うが、彼は違う。 調査も行き詰まる物語中盤、政治家の手先によって行き場を無くした主人公に新聞記者の友人が自分はもとより家族を危険にさらしながら潜伏先を用意してくれる。 そこで政治家を糺弾する記事について問う主人公に友人は「今、政治家の不正を取り上げることは難しい。大物過ぎて政治的な空白が埋まれ、政治・経済や北海道の環境にどんな悪影響があるかわからない。時期が来るまで待って欲しい」と懇願する。 悪罵と侮辱で主人公は答える。 このあたりで主人公のどうしようもない軽さが明らかになる。 「路頭に迷う人が出てもいいのか?環境がどうなっても構わないのか?」という友人の問いには「そんな話じゃないだろ。そういう問題じゃないだろ」とけして答えず、「真実が知りたいだけ。犯人を捕まえたいだけ」と逃げてしまうのである。 何の責任も負っていなければ、負う気もない人間だけが振りかざせる幼稚な正義感を武器に社会正義の実現と真実の追究を叫ぶ遊び人の主人公というのは刊行された当時は斬新であったかもしれないし、現在においてはもの凄く深い意味を持つ隠喩のようである。 ある種の資料的価値は確実にある点と当時の政治状況において双璧といっても良かった自民党、社会党を比較的公平に描写している点、殆ど見なかったことにされていた左派政党による権力の乱用について触れられていることも鑑み、★★★です。 | ||||
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