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日御子
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日御子の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.11pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全37件 1~20 1/2ページ
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「三度の海峡」で帚木さんのファンになり、彼の著作を多く読んできました。 今回の日御子は帚木さんには珍しく、冗長というか水増しされたというか、はっきり言って駄作です。 彼もこのようなものを著していたのだな、とちょっとガッカリしました。 これ、著す必要あったのかな? ファンの方には手に取って欲しくなく、レビュー投稿します。 ちょっと作者に対するイメージが変わるほどの冗長な作品です。 | ||||
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作者の生きるための提言が少しくどく、また北部九州に対する愛着が伝わりました。 …が、歴史小説としてはもう少し起伏に飛んだ、のめり込むことができるような展開が欲しかったです。 | ||||
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金印から卑弥呼を挟んで中国の漢王朝の衰退と晋の誕生時代までの九州北部国家群を使驛(通訳)の家系を通して語る内容ですが、長い時の流れの描写のためか起伏に乏しく、伝承体の部分も多く、もっとワクワクさせて欲しかったです。日御子シリーズとして3部作に分けた方がいいかもと途中で思いながら読み終えました。 | ||||
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日御子(卑弥呼?)の歴史と、安曇の家族歴史、さらに当時の帝国中国に、朝貢外交と最後は中国(魏)からの北九州へ視察?(情報収集)がリアルに表れております。当時の世界にスリップしてしまします。 作者の作品は多くは農民、庄屋、が中心描かれており最後までドキドキして読みます。(最初は平凡な小説みたいで飽きてしまいやめてしまう?) | ||||
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綺麗で問題なし | ||||
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構想自体は面白いが人物も物語も描かれ方が魅力的でなく、作中に全く引き込まれない 作者の訴えたいところであろう教えの数々が心まで届かない、残念。 | ||||
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興味ある本でした。 | ||||
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倭が小国に分かれていた時代の話。上巻は、卑弥呼の時代よりも数10年前の話です。伊都国の使譚(通訳)として漢へ朝貢の旅をする主人公・針。祖父の教えを忠実に守って生きる姿に魅かれます。”人を恨んだり、戦いを挑んだりすると、天の恵みを受けられない。戦う人間は、天から見えなくなってしまう。”淡々と物語りが進みますが、最後に大きな感動に包まれる。邪馬台国が何処であろうが、倭人のルーツが何人であろうが、そんなことはどうでもいいという思いに駆られる。倭人としての誠実さに魅かれるお話です。 | ||||
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知人から勧められ読んでみた。この時代を舞台にした小説は初めてだったので、当時の背景を想像しながら いい時間が過ごせた。 当時、文字がなく、文献資料が残ってない中で、漢書や作者の想像を取り入れながら、 使譯一族の何代にも渡る活躍が描かれている。 老いた使譯が若い使譯に、漢への朝貢の経験や、一族で伝えられる生き方の教えを語り継いでいく。 その教えの中で、二つ目の「人を恨まず、戦いを挑まない」というのがある。 個人生き方ならわかるが、国家レベルだとどうだろう。国民の安全が侵されつつあるときに、いいなりに なるわけにはいかないのではないかな。そうならない為に、真摯に話し合うことは勿論大前提だが。 三つ目の「良い習慣は才能を超える」もいいですね。日々の行動が少しづつ自分を変えていき、気がつけば、 当初思いも寄らなかったレベルに達するということだろう。人材育成にも使えそうだ。 | ||||
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「ヒミコ」の治世あれこれの小説だとばかり思って手を付けたんで、そういう点では当てが外れた。 しかし、↑だと思わなければ、見聞録は楽しい ンでも4つ目の教えは…酷だよ…。要は「いい奴隷」への教えだからこそって話だろうが… 「便利な道具」である事を目指して己を律すのは美しいんだけどさあ。3つ迄でいいよ…。それでもう十分に清廉だからさらに上乗せすんなよ…と、思わんでもなかった | ||||
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『後漢書』や『魏志倭人伝』などの中国の史書と弥生時代の遺跡(朝鮮半島を含む)からの出土遺物(前漢鏡など)以外は、謎の紀元後1世紀半ばから3世紀後半までの日本(倭)を、著者は強靭な想像力と創造力で、いわばそれらの点を線、面、時空間へと構成し、そこに読者を感動させるだけの人物像を造形しています。いやほんとに凄い!たとえば、この物語の主人公達といえる使譯について『倭人伝』には「今使譯所通三十國=使者や通訳の往来があるのは30か国」しか出てこず、それらの使譯が倭人、漢人、韓人のいずれだったかさえ現状不明なんですからね。 私は、この小説の主眼は、題名の日御子(おそらく卑弥呼)の物語というよりも、使譯一族の歴史という作者の想像・創造によって、57年の奴国王の後漢への朝貢(漢委奴国王印)、107年の倭国王帥升等の後漢への遣使、そして239年以降の卑弥呼、台与の魏への朝貢を一つの線で結び、その当時の倭人の思いや中国に渡った人たちの思い、あるいは漢人や韓人の思いなどを想像することにあったと思います。 なお、「漢字の伝来」は5世紀(400年代)初頭という説が有力で、出土遺物としては、木簡は現在640年代(7世紀)までしかさかのぼれず(竹簡の発見例はない)、漢字が記されたものとしては「漢委奴国王印」や東大寺山古墳で発掘された「中平」年号(184年から189年)を記した鉄刀などがありますが、これらは中国側で製作されたもので日本人が理解できていたかは不明で、また稲荷台1号墳などで発掘された鉄剣の銘文記載が日本で自覚的に漢字が使用された初期の例ですべて5世紀とされていて、また『宋書』などに記された倭王武(雄略天皇)の上表文(478年)は漢字で書かれていますが、これらも渡来人が記したと考えられています(江田船山古墳の鉄刀の銘文には「書者張安也」とあり「張安」は中国人と想定されている)。つまり、弥生時代の木簡などの発見例はもちろんなく、倭人の使譯がいたとしても、(漢語、倭語は話していたでしょうが)漢字を書けたかどうかは不明なんですね(ただ、倭人が漢人や韓人から漢語を習ったとすると、漢字を使って教えられた可能性は非常に高いですね。)。そういった意味で著者はかなり大胆なんですが、歴史学者や考古学者ではなく、作家なので十分許されると思います(この頃の日本の歴史は、文献資料や考古資料がだんだんと多くなる飛鳥時代以降よりも、作家的想像力が一番要求される時代だと思います(だからこそ、作家は想像・創造したくなるのかもしれませんが)。)。 ちなみに、この作品の発表後の2016年に福岡県糸島市の三雲・井原遺跡(伊都国があったとされている場所)で弥生時代の硯が見つかったんですが(楽浪郡からもたされた土器片が含まれた層から発見された)、著者の想像力はなんか先取りしてますよね。はたしてその硯を使っていたのは、漢や韓からの使者だったのか?交易商人だったのか?はたまた (「あずみ」一族の?!) 使譯だったのか? | ||||
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『後漢書』や『魏志倭人伝』などの中国の史書と弥生時代の遺跡(朝鮮半島を含む)からの出土遺物(前漢鏡など)以外は、謎の紀元後1世紀半ばから3世紀後半までの日本(倭)を、著者は強靭な想像力と創造力で、いわばそれらの点を線、面、時空間へと構成し、そこに読者を感動させるだけの人物像を造形しています。いやほんとに凄い!たとえば、この物語の主人公達といえる使譯について『倭人伝』には「今使譯所通三十國=使者や通訳の往来があるのは30か国」しか出てこず、それらの使譯が倭人、漢人、韓人のいずれだったかさえ現状不明なんですからね。 私は、この小説の主眼は、題名の日御子(おそらく卑弥呼)の物語というよりも、使譯一族の歴史という作者の想像・創造によって、57年の奴国王の後漢への朝貢(漢委奴国王印)、107年の倭国王帥升等の後漢への遣使、そして239年以降の卑弥呼、台与の魏への朝貢を一つの線で結び、その当時の倭人の思いや中国に渡った人たちの思い、あるいは漢人や韓人の思いなどを想像することにあったと思います。 なお、「漢字の伝来」は5世紀(400年代)初頭という説が有力で、出土遺物としては、木簡は現在640年代(7世紀)までしかさかのぼれず(竹簡の発見例はない)、漢字が記されたものとしては「漢委奴国王印」や東大寺山古墳で発掘された「中平」年号(184年から189年)を記した鉄刀などがありますが、これらは中国側で製作されたもので日本人が理解できていたかは不明で、また稲荷台1号墳などで発掘された鉄剣の銘文記載が日本で自覚的に漢字が使用された初期の例ですべて5世紀とされていて、また『宋書』などに記された倭王武(雄略天皇)の上表文(478年)は漢字で書かれていますが、これらも渡来人が記したと考えられています(江田船山古墳の鉄刀の銘文には「書者張安也」とあり「張安」は中国人と想定されている)。つまり、弥生時代の木簡などの発見例はもちろんなく、倭人の使譯がいたとしても、(漢語、倭語は話していたでしょうが)漢字を書けたかどうかは不明なんですね(ただ、倭人が漢人や韓人から漢語を習ったとすると、漢字を使って教えられた可能性は非常に高いですね。)。そういった意味で著者はかなり大胆なんですが、歴史学者や考古学者ではなく、作家なので十分許されると思います(この頃の日本の歴史は、文献資料や考古資料がだんだんと多くなる飛鳥時代以降よりも、作家的想像力が一番要求される時代だと思います(だからこそ、作家は想像・創造したくなるのかもしれませんが)。)。 ちなみに、この作品の発表後の2016年に福岡県糸島市の三雲・井原遺跡(伊都国があったとされている場所)で弥生時代の硯が見つかったんですが(楽浪郡からもたされた土器片が含まれた層から発見された)、著者の想像力はなんか先取りしてますよね。はたしてその硯を使っていたのは、漢や韓からの使者だったのか?交易商人だったのか?はたまた (「あずみ」一族の?!) 使譯だったのか? | ||||
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上巻同様日本の歴史に興味を覚えました。これからは歴史小説を読もうかと興味を惹かれた作品でした。 | ||||
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歴史小説を読むことは少ないが作者の描く歴史的出来事が日本人として、感銘を受けた。 | ||||
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夜長の読書の糧としてリクエストあったので。面白かったとのこと。 | ||||
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夜長の読書の糧としてリクエストされ、プレゼント。面白かったそうな。 | ||||
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邪馬台国九州説に寄り、邪馬台国(弥摩大国)を佐賀近辺、博多を奴国(那国)、狗奴国(求奈国)を熊本県北部と仮定して数代に亘って時代を下る物語です。登場人物が多く、慣れない名前のため久しぶりに関係図を書きながら読み進めました。 当時の中国(漢、魏、晋)と日本(倭国)の差を感じ、「墨攻」(ビッグコミック、小学館)を思い出しました。 設定に少し強引な感じはしましたが、ずっと読みたかった本でしたので楽しめました。 漢人が祖とされるあずみが何故、人を裏切らない、人を恨まず戦いを挑まない、習慣は才能を超えるということを伝え続けたのかについて理解するには、僕はもう少し勉強が必要なようです。 | ||||
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大帝国漢の末期から魏呉蜀のころの倭の人々を描いた作品。逆張り的魏志倭人伝。 島国である倭国に住む人々が外の国に向けて資源や文明情報を渇望してる姿がありありと描かれている。 この渇望は現在に至るまでずっとわれわれ倭・ヤマト・日本の人々が抱かざるを得ずに抱いてきた宿命のような感情である。 このことを文面から感じた時に心が動いた。 営々と引き継がれて来た先人達のこの気持ちがあればこそ19世紀末〜20世紀初頭にこの国がアジアで最初の近代国家になりえたのだなと思った。 これほど古代の倭の人々を描きながらその息使いや鼓動が聞こえて来るような臨場感。 淡々と多くの人物を描きながらその心持ちはちゃんと伝わって来る。 「水神」と同じように充実した感動を味あわせていただいた。 この作品を読んでる間は早良国と那国の国境あたりに住んでる幸せを感じた。 とは言いながら日本中の人に読んでもらいたい作品です。 | ||||
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まだ完読ではないのですが、通訳の方々の苦労をはじめ、安曇族、宗像族などの航海術に長けた人たちが活躍したことがわかりました。 | ||||
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外観はきれいでした。でも、ページの中に端を折った箇所が半端なくありました。前の読者の癖なのでしょうが、興醒めでしたね。 販売する側もせめて折り返してあった箇所はきちんと戻した上で、商品説明にもその旨記載すべきだったと思います。 | ||||
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