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ハーモニー
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ハーモニーの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.15pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全198件 61~80 4/10ページ
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ヒトの健康すら完全に管理された世界、その世界の仕組みを作った一端を担った父親、そしてその世界の憎しみかたを教えてくれた友の間で、ゆれる女性の話です。 近未来の描写は初めはイメージするのが難しいですが、そこまで難しい用語は多くなく、読み進めるうちに問題なくなります。 また結末に向けての展開はスピード感もあり一気読み、さらにその結末には裏をかかれました。 | ||||
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個人的には『虐殺器官』と比べて物語に説得力があると感じたが 意識についてなど、やはり物事を単純化しすぎなところがある。 問題意識とアイデアは良いと思った。投げかけている問いが大事だと思う。 色々なことについて考えるきっかけになり、 そこが伊藤氏の作品が影響力を持つ理由の一つなのかもしれない。 個人的には、物語の説得力は星三つ、アイデアとメッセージ性は五つ。 | ||||
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ずっと読みたかったので、購入しました。中古本なのに、綺麗でした。 | ||||
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『虐殺器官』『屍者の帝国』と比べるとだいぶ読みやすいし、話の展開が理解しやすい。世界観的には『虐殺器官』と同じ世界の、時系列的には後の話に位置づけられるのだろうか。ストーリー的には大したことはないが、ほかの作品同様、テーマとそれに対する深い洞察がおもしろい。ただし、後味は何とも悪い作品ではある。 | ||||
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ここ最近になって人気が出てきた伊藤計劃作品だが、かくゆう私も大衆につられて読んだには違いない。話としては虐殺器官の後の世界軸だ。虐殺器官とは対極の世界観があり、ユートピアを謳っているところが逆にエグくサイコパスを感じた。 結果的に良作だとは思うのだが、ただ一つだけ惜しいのがラストのくだりがあまり好きではない。トァンがミァハを殺す動機が"父親とキアンの復讐"というのには少し落胆してしまった。 トァンは高校生の頃に圧倒的カリスマ性を持つ御冷ミァハという少女に惹かれていた。インテリジェンスで危うい美しさを秘めていたミァハに対し、恋愛感情のような尊敬のような、あやふやな想いを確かに抱いていたはずだ。それなのにここまで来て掌を返したような殺す動機。ミァハに対するトァンの想いやトァンとミァハの関係が希薄に感じられてしまった。話の筋的にも、ここにきてキアンと父親のことを出すのか………という感じだ。 話の繋ぎの文章があまり巧みに感じられなかったが、とりあえず良い作品ということは間違いない。 | ||||
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「人類は試されている。幸福を追求するのか,真実を追究するのか」という長老たちの言葉(DVDのセリフ)が全編を貫いています。 もし病やストレスから解放され長寿が保障されるなら,たとえ自らが社会の資源として国会に管理されることに,あえて異を唱える人は少ないかもしれません。身の引き裂かれるような痛みや悩みに苦しんだ経験のある人にすれば,こんな苦しみはないに越したことはありません。そのために自らの自由を手放したとしても,それを誰が責めることができるでしょうか。 しかし,この小説に登場する主人公の霧慧トゥアンやその父親の霧江ヌァザは,彼らが暮らす社会で実現された過剰に他者を慈しみあう諍いのない健康社会にさえ,息苦しさや不安を感じ,あえてその社会から抜け出そうとする感受性をもっています。 自ら危険に飛び込み,タバコやアルコールなどの不健康な嗜好品をたしなみながら,痛みや苦しみを自ら受け止めることに生きがいさえ感じているようです。どちらが幸せなのかを決めつける権利は,おそらく誰にもないでしょう。小説では,主人公を取り巻く情勢は,個人のそうした選択の自由さえ許しません。かつて死んだと思い,生き残ったことに負い目を抱いていた幼ななじみが,健康の究極の形ともいうべき意識のない世界(ハーモニー・プログラムが起動した社会)を急がせるべく,罪のない多くの人の命を奪っていきます。 主人公の行動原理には,どんな大義名分もありません。ただ身近で親しい人間の死について,痛みや苦しみを抱えた人間への共感から,その真実を見極めるために行動を起こしていきます。幸福は押し付けるものではないというテーマとしてのディストピア小説ともいえそうですが,人間の本質の一面について考えさせられる内容を含んでいる気がしました。 主人公の父親は研究者で,極端な健康社会を作るきっかけとなった「Watch Me」の開発にも携わり,やがて家族からも姿を消し,人間の意識すら消滅させ,葛藤や精神的不安をも取り除く「ハーモニー・プログラム」を開発します。しかしその起動方法をめぐって,対立する組織の「挟間」で,国際的な医療センターのあるメソポタミア地方に隠れ家を持つようになり, 主人公の娘と13年ぶりの再会を果たします。 「なぜ,この一帯をメソポタミアと言うか知っているかね」「メソポタミアとは,二つの河の挟間という意味だ」まるで「挟間」で生きることが本来の人間であるかのようにして,主人公霧慧トゥアンに問いかける父親の霧慧ヌァザの言葉が印象的です。 | ||||
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ラノベ風に書かれた本格SFと言う感じで、意外と読者を選びそう。JK3人組の会話で始まる軽さや中二病みたいな登場人物の名前だけで読む気をなくす人もいるだろうし、逆にラノベ的に気軽に読もうと思ったら内容のハードさに耐えられないかも知れない。個人的にほぼ冒頭の場面で「涼宮ハルヒの憂鬱」と同じようなセリフがあって(パクったに違いない)ニヤリとしてしまったのだが、あのアニメの世界観とかやたら小難しそうな長門有希の設定とかを面白いと思える人なら大いに楽しめる作品だと思う。問題の場面は次の通り。 ミァハはそんな社会を憎悪していた。親は子を選べないかもしれないけど、それを言うなら幼子は何ひとつだって選べやしないわけで、せめてセカイひとつぐらいはどうにかならなかったのか、とミァハは口癖のように言っていた。だからそうやって親切に近づいてくる男子女子に対し、最初は丁重に断りを入れ、あまりにしつこいと最後は、「ただの人間には興味がないの」とあっさり言い放つ。まるで、宇宙人や超能力者でも持ってこなければ話にならん、と求婚者に理不尽を告げるかぐや姫のよう。 舞台は多発するテロや核兵器使用により汚染された地球に生き残った人類の暮らす、病気が一掃されたユートピア社会。ある年齢まで成長した人は皆医療監視装置を埋め込まれ、健康を害するような行動は予防の段階から忌避されるため、事故や老衰以外で死ぬ人はいない。さらに幼時から人は一人ひとりが大成な社会の中のリソースであると徹底的に教育され、お互い同士を優しく気に掛けてやるのが体に叩き込まれているため、諍いも争いも起きようのない文字通りの理想的社会。 が、そんな社会に息苦しさを感じた女子校生3人組が一緒に自殺を試みるのがストーリーの始まり。首謀者のミァハは目的を達成するが、主人公を含めた後の二人は生き残ってしまう。それから10年以上経った世界に未知の存在から恐怖の宣告が。これから定められた期間内に誰かを殺せ、さもないと自殺することになる、と。この宣告がただの脅しでない事を示すかのように、これを全世界にTVで伝えたニュースキャスターは突然ペンを眼球に突き立て脳内をかき乱して自殺してしまう。ここはエロゲ創世期の怪作「雫」で毒電波にやられた女子高生が自分の喉にハサミを突き立てて死ぬバッドエンドを想起した。 この辺りから物語は大きく動き、死んだはずのミァハと主人公がチェチェンの山奥で再会して衝撃的なエンディングを迎えるまで息も付かせぬ面白さ。変な先入観を持たず読んで欲しいもの。 この完璧医療ユートピア社会が行き着く果ての恐怖を描いた伊藤計劃が、自身余命いくばくもないガンとの闘病生活の病室で執筆していた、と言うのは嘘のような事実。完成後間もなく亡くなってしまうのだが、自分の病魔も治してくれるはずの未来社会がユートピアでなくより深い絶望に繋がるディストピアだと喝破した彼こそ本物のSF作家と言えるのではなかろうか。 | ||||
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■エヴァンゲリオンの「人類補完計画」は、個人の自我境界を破壊することで、魂の同化を、対立軸の無い理想世界と置いた。差別化/交配による環境適応ミッションが必要のない世界として、環境変化の適応のためのシステムとしての「寿命」すらないような世界感が、「シン/エヴァンゲリオン」では、展開されている。環境変化もない世界が前提だ。そもそも「変化する環境に適応する」ということが、常識ではなく、ヒトによって創作されたドグマのような、もの言いである。 ■確かに、ヒトが、どれだけ環境適応しても、宇宙レベルの物理的な崩壊に適応できるほど、タフでもなく、高速に進化を遂げることは、難しいだろうことは、誰にでもわかる。彗星が衝突する前に、彗星に核爆弾をしかけに行くほどのカウボーイが、ヒトの代表として、ぞくぞくとあらわれ、世界のヒトの税金を使って、宇宙ミッションに地球資源の多くを結集すれば、そのような奇跡の物語も、「変化する環境に適応する」という文脈を守りつつ、つづることができるかもしれない。 ■しかし、いかんせん、宇宙とヒトとでは、スケールが違いすぎる。ヒトにとって、宇宙と呼ばれる「何か」は、とてつもなく大きく、深い。「POWERS OF TEN」の途中途中にある空白地帯のように、宇宙とヒトは、交わることのできないほどスケールが違うようにみえる。だか、核分裂に成功したヒトのこと。高速/光速で、宇宙の果てに飛び出すことができるかもしれない。そんな意志が、必要なのか。必要ないのか。この「ハーモニー」という物語は、ヒトに問うている。 ■個人の意志/自我があるばかりに、ヒトは、お互いを傷つけ、信頼性の下に築かれたシステムを破壊することで、社会を破滅させる衝動/カタルシスを望んだりする。格差、ねたみ、恨み、不安、欲望、怠惰・・・・・。これらは、ヒトの重要な感情表現の一側面である。その反対側には、平等、自由、平和、博愛、エコロジー、美学、合理的な洗練がある。この二つの面は、同じものの表裏である。愛するものを守るために、何かを敵として規定し憎むのである。そのようなヒトの社会で、核兵器が散逸し、権力の集中が起きている社会。 ■「ハーモニー」の世界は、すべて、今ここの、ほんの少しだけ先の世界に揃っている。伊藤計劃が、われわれよりも、少しだけ早く死んだ。というだけだ。死の不安を感じながら、すでにこの世にいない伊藤計劃の紡いだ物語/今語りを楽しむ恍惚。これは「小説」ではない。という事実が、ここ数年で、ニュースのヘッドラインとして、次々とリスト化されるだろう。ノストラダムスの予言詩よりも、洗練された巧緻な言語として。私たちも、準備をはじめなければならない。「自らの意志」と、どう折り合いをつけながら、社会を、環境を、生きていくのか。と。 ■伊藤計劃。素晴らしい物語を、今、ここに、残してくれて、ありがとう。今、必要なのは、あなたのように世界に問いかけるカウボーイだ。 | ||||
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他に言うことはありません。とにかく読んでください。話はそれからです。 | ||||
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物語の本筋はSFミステリーだが、世界観がとにかく凄い。 すべての人間が健康管理され、寿命以外では死ななくなった世界。 そんな世界では、みんなが親切になり怒ることもなくなる。 自分の意思とは一体何なのか。 私も心理学の本を何冊も読んだけど、この作者も結構詳しい。 すでに起こり得る現実だと思う。 糖尿病は進化の過程で生まれた 糖尿病は寒冷期に人類が獲得した貴重な形質のひとつ。 糖分を含んだ水分は氷点がゼロ以下になる。 たとえ肝臓がいかれても、死亡するのは十数年経ってからだ。 それまでに子孫を残せれば遺伝的にはよい。糖尿病は進化の一部だ。 進化とはつぎはぎで、前向きな言葉ではない。 すべての生き物は膨大なその場しのぎの集合体である。 深い話だ。 私はメーカーで働いているが、続く製品には何か変な特徴がある。 どの製品にも設計ミスが出る。これを例に考えを見直そうと思った。 善悪の善とは 家族、幸せ、平和が続くこと。内容は何でもいい。 何かが続いていくようにする。その何かを信じることが善。 私も思い当たることがある。続ける自体が目的になってること。 続けることが善だから、善か悪の議論に意味は無い。 もしやめさせるなら、悪人になるべきなのかな。 | ||||
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劇場アニメにもなったこの作品は、著者の最高傑作だと思う。 SFに少しでも興味がある方にはぜひ読んでほしい。 | ||||
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素晴らし過ぎる。まさにハーモニー。現実の世界もこうなるべきだと心から思う。 私も一刻も早く神の元へ行きたい。 | ||||
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初めて読んだ時は図書館で借りた。 その翌々日くらいに3.11が起きて、生々しい気持ちで読んだ忘れられない作品。 たまに無性に読みたくなるため、いつでも読めるようにkindleで購入。 伊藤計劃さん、もっと生きていてほしかった。 | ||||
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伊藤計劃氏のデビュー作「虐殺器官」の中でアレックスは「地獄はここにあります。頭のなか、脳みそのなかに。大脳皮質の襞のパターンに」と言っていました。リーランドの「天国もそこにあるのかい」という質問の答えは、地獄を知っているアレックスにも分からないままでした。 「ハーモニー」を読み終えた後、「虐殺器官」の地獄について語る場面を思い出しました。「虐殺器官」の中で天国がどこにあるのかは語られることなく終わってしまい、ストーリー全体から見れば天国の在り処に大した意味はないように思われます。 しかし、伊藤計劃氏は亡くなる前に答えを本の中に残してくれました。 地獄は頭の中にある。なら天国はどこにあるのか。 答えは本書にて語られています。 | ||||
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現在新版が出回っていますが、個人的にはこちらの方が世界観にあっていて好きなデザインです。 ラストを思うとこれだなあと思います。 実は「虐殺~」の前にこちらを読んでしまったのですが、時間軸的には「虐殺器官」→「ハーモニー」が正しいようです。 虐殺器官の世界観をご覧になったうえで、その未来がこの世界観だと知っておくとおかないとでは 受け取る側の意識がかなり変わりますので できれば順番どおりにご覧になるべきかと。 (私は個人的に失敗したなと思いましたし、できるなら一度記憶を失って読み直したかったくらいです。) トァン、ミァハ、友人のキアン、三人の少女と彼女たちの末路の話ですが、 普通の子に近いと言える人物はおそらくキアンのみで、 視点者であるトァン、ミァハはそれぞれがそれぞれの対極に立つ非常にとんがった子です。 この前提で話を見て行かないと、最後の方でおいて行かれます。 自分自身さえ公共物として扱われ、息をすることさえ苦しく感じるほどのディストピア。 事実を知ろうとするトァンとともに、劇中で物語を紐解き、最後にミァハにたどり着いた時、 読者は人の心というものが本当に必要なものだったのか、という物凄い問いを突きつけられます。 究極すぎる二択……これはきつい。 おそらくこの話の先に、究極のディストピアの先があったのだと思うのですが、 筆者がすでに逝去なさっていることもあり、先を読むことは永久にできなくなってしまいました。 そのことが本当に残念でなりません。 もしこの先があったとしたら…… 管理されていない世界の人達は少なくとも心を失わずにいるでしょうから、 彼らの中から事態を打開する人が現れて……とかなんでしょうか。 それとも何らかの原因により管理社会に穴が発生するなどして、また人類が別の形の進化を 模索する話になったのでしょうか。 凡人が考えても分からないんですけど、 この先にこそ本当は意味があったと思うので、そこを考えると難しい作品ですね。 文体の仕掛けもすごいと思います。 愛憎入り乱れた世界の終わり系SF。続編がないという点を念頭にどうぞ。 | ||||
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思ってたよりも綺麗な状態でした。とても満足です(^^)内容も期待通りでした | ||||
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友達に薦められて購入しましたが、どんどん、進んでいくにつれて引き込まれていくようで読んでいてとても楽しかったです。 | ||||
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人間が心体ともに健康であるべく完璧に管理されている未来の高度医療社会で、少女たちは自殺を試みる。 どんなに完璧に管理しても、人間の心にはどうしても制御できない部分があるのだ。 それでは一体どうすることが人類の幸福なのか?というストーリー。 私はSFとは作者の夢であると思うが、解説によると作者は死病に侵され入院したままこれを書いたらしい。 となると、これはただの絵空事ではない。 やがて物語はユートピアとディストピアがイコールになる、というか、論理的にそうならざるを得ない結末を迎える。 そうならざるを得ないのだが、これを描いた伊藤計劃の心情を想像すると、とても切なく、哀しい。 | ||||
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劇場のアニメを見た後で購入しました。 アニメより小説の方が面白かったです。 | ||||
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作者が若くして闘病中だったからこそ 書くことができた小説だと思います。 一度も大病をしたことがなかったり、 身近にそのような人が全くいないと わからないと思いますが 「社会的にお荷物でしかない」 という状態は精神的に非常につらいものです。 集団から求められるのは 「社会に適合し、社会の役に立つ人間になりなさい」 ということです。そして、その先には 「それができないのなら、 存在価値がないのだから死になさい」 という暗黙の了解が存在します。 そのような現実をストレートに書いていあり、 非常に好感をもちました。 ラストは上手くまとめていると思います。 「死ななくていいからロボットになりなさい」 という身もふたもないラストですが。 | ||||
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