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人質の朗読会
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人質の朗読会の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.23pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全8件 1~8 1/1ページ
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現代の御伽噺。設定が悲惨なのに、悲惨さはまったくない。 それぞれが語るのは、日常の中の、一風変わった、それでいて静かな物語ばかり。 それはそれで心に染み入ってきて心地よかったが、自分が同じ立場になったらもっと血なまぐさい話をする気がして、物足りなさも残った。 | ||||
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「もっとも個人的なことは、もっとも一般的なことである」。 いつか、誰かがそんなことを言った。本書を読んで、その言葉を思い出した。 | ||||
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人質になった日本人8名が、拘束されている間に 自分達の「とっておきの過去」「自分を語る上で欠かせない話」について ひとりひとり語っていくという設定で物語は進んで行きます。 一章一章が独立しているため余計な伏線もなく、 人質同士の会話もありません。 どのお話も、現実に存在していそうで、まるで誰かの大切な過去を預かったような感覚になります。 | ||||
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「完璧」な「病室」、「薬指」と「標本」、そして「人質」と「朗読会」。小川洋子さんの作品は、タイトルから不穏で、静謐で、寂しくて、惹きつけられてしまいます。 | ||||
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一つ一つのエピソードは心打たれた。私の人生に入ってくる感じがした。人が生きることは人にとって最重要だけれども、宇宙のような規模から見ればあまりにどうでも良いことである。どちらも知って知ってしまった現代の我々は、どちらにもうまく折り合いをつけていたりいなかったりでいきている。それは明確に結論が出るけれど納得のできない事実であり、そんな場面はどこにでもある。ハキリアリが切り取った様に。 | ||||
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異国で反政府ゲリラの人質となり爆死した日本人達が、 生前に囚われの日々の中でそれぞれ印象に残った思い出を記し、それを互いに朗読し合う、というのが本書の設定である。 冒頭にその設定が淡々と書かれ、人質たちが残した思い出が後続の各章で明かされる、といった構成だ。 (最後の章だけ人質以外の人物が語っている。) それぞれの思い出が綴られる個々のエピソードは非常に良かった。 病気の母に食べさせるスープを一心に作る女性の話や、怪しいぬいぐるみを売る老人など、 不思議な登場人物との不思議な出来事がどこか覚めた語り口で描かれていていて、 その文体は最後まで飽きない魅力を感じさせてくれる。 個人的には整理整頓好きのおばあさんとクッキー工場に務める女性との交流が印象深かった。 やり投げの青年の話は、おそらく女性ならもっと共感するところがあるだろう。 しかし、それぞれのエピソードは秀逸でも、 私にはこれらのエピソードがなぜ『人質の朗読会』という設定の上で語られるのか、その必然性を感じる事はできなかったし、 『人質の朗読会』という設定の存在意義も感じられなかった。 理由は二つある。一つは個々のエピソードの文面が思い出を淡々と語ることに終始しているため、 人質に取られ明日には殺されるかもしれない、という極限状態に置かれているはずの当事者の気持ちに関する描写がほとんどない事。 もう一つは、これが大きいのだが、思い出として語られるそれぞれのエピソードはどれも『他人との交流』を描いたものばかりであるという事。 普通こういう状況なら家族とか恋人とか親しい友人とか、もっと自分と近い人たちとの思い出を語るものと思われるのだが、 物語の中心となる登場人物はみんなこぞって「自分」と「他人」である。 アパートの管理人、普段交流の少ない隣の人、見知らぬ槍投げの青年、公民館の受付嬢、とかそんな調子である。 『人質の朗読会』という設定の中で語るには少々不自然に感じる。 『人質の朗読会』。この設定そのものは十分刺激的だし、読者にさまざまな想像や思考を喚起させる上でもプラスになると思う。 だが、本書は結局それどまりである。個々のエピソードと『人質の朗読会』をつなげる決定的な糸はどこにもなく、読者の想像に丸投げされているだけだ。 他のレビューでは時期的に『東日本大震災』と結びつけて評価している人がいるけど、それはとんでもない話である。 もし本書が本当に『東日本大震災』を背景にして、日常生活の中で起こったどこか非日常的な人間同士の交流と、 知らない異国でゲリラの人質になるという非日常の全てを結びつけようとしているのなら、 卑怯だし短絡的だし平和ボケもいいとこだと私は思う。思いませんか? (初版は大震災の直前なので実際にそういう意図は本書には無いはずだけど。) さて、ここまで書いてしまうと私は本書がすごく嫌いだと思われるかもしれないが、実は決してそうではない。 私はこれが例えば『小川洋子短編集』だったら普通に良い印象を持ったと思う。 それだけ一つ一つの物語は面白いものであったし、とても良かった。 刺激性を売りにするため『人質の朗読会』という余計な添加物を加えた結果、 それによって作品が本来持っているはずの味わいが損なわれてしまったのが本書の姿なのだと私は考えている。 | ||||
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地球の裏側の名もない村からもたらされたのは、日本から遺跡観光に出かけた人たちが拉致されたと いう衝撃的なニュースだった。そして、事件から100日以上経過したとき、犯人そして人質全員が 死亡するという悲劇的な結末が訪れた。命を落とした人質8人が遺したものとは・・・。 今はすでに亡くなってしまった8人。その8人の声がテープから聞こえてくる。静謐な時間の中で、 それぞれが自分自身のことを冷静に語っている。幼い頃の思い出を語る人、人生の転機になったでき ごとを語る人、自分が遭遇した不思議な体験を語る人・・・。彼らはどんな想いで語っていたのだろう。 少しは未来に希望を持っていたのだろうか?けれど、読み手である私は知っている。朗読している人 たちに未来がないことを。いつもの日常生活に戻れないことを。その過酷な現実が、心に突き刺さって くる。胸が痛い。 彼らがどういう状況下におかれていたのかについては、まったく描写がない。けれど、描写がない分、 よけいに悲惨さや哀切さが強く伝わってくる。今はいない彼ら。朗読会の声だけが、彼らの生きていた 最後の証だなんて悲しすぎる。人は生きなければだめだ。生きて生きて生き抜かなければだめなのだ。 どんなことがあっても。そのことを強く感じた。「命」について考えさせられた、余韻が残る作品だった。 | ||||
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地球の裏側の国でツアー中の日本人旅行客8人が拉致される。犯人グループによって小屋に閉じ込められた8人はやがて、一人一人が想い出話を語り始める。人質救出を目指して盗聴をしていた捜査当局のもとには彼らの物語を録音したテープが残されることになる。 これは“9人”それぞれが紡いだ物語だ。 9つの個々の物語には横のつながりはまったくありません。 一人ひとりが残した物語は、幼き日に名も知らぬ人々との間でかわされた束の間の出会いと別れ、社会のとばくちに立ったばかりの若き頃にすれちがっただけの人との忘れかけていた想い出などです。 淡い記憶の中で原型をとどめないほど形を変えてしまっているようなうろ覚えの回想もあれば、もはや幻想と呼ぶ方がふさわしいような浮世離れした追想もあります。 誘拐という限度ぎりぎりの状況下で被害者たちはこれまでの来し方を思い出しながらも、語る内容というと人生を大きく意味づけたというにはあまりに柔らかな事柄ばかり。当人たちにとっては大きな意義があったとしても、読者がそこに何かを見いだすには少しばかり感応力を必要とするかもしれません。 それでも私は、「第六夜 槍投げの青年」には素直に心動かされました。 30代で夫を亡くした女性が、槍を投擲練習する見ず知らずの青年の姿を目にします。その槍を投げる姿の描写と女性が思う胸の内の心模様。言葉の入念な選択によって作者が紡いでいく文章には感服しました。 この物語を読みながら私は、アメリカ人のアーサー・ビナードが日本語で綴った『釣り上げては』という詩にあった、「記憶はひんやりした流れの中に立って、糸を静かに投げ入れ釣り上げては、流れの中へまた放すがいい。」という言葉を思い出していました。 まさに青年の投げる槍とは女性が亡くした夫の暗喩なのです。 この一編を読めただけでも私はこの本は価値があったと思いたいのです。 | ||||
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