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春にして君を離れ
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春にして君を離れの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.50pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全207件 121~140 7/11ページ
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| アガサクリスティーが別名義で発表した、殺人のない話。 昔も今もこんな人、こんな状況は世界中であまり表に出ずに続いていることなのだと思う、日常に潜むホラーです。 ある初老の夫人の、回顧録的な話。良い妻、母だと疑いもしなかった自分の人生について、一時、時間を待つだけの状況になり暇を持て余し、過去の他者との会話を思い出し、相手の意図を今更ながらに再考して、そういう意味だったのか!と気づいたりするが、最終的には自分を変えようとはしない。 深く関わらなければ世間的には良い人、立派な人、模範的な人、ごく普通の人とされるのかもしれませんが、近くで深く関わるとヤバさが分かる。ジワジワと周囲を蝕み、潰し、腐らせる。 1番怖いのは、誰でもこの主人公の立場になりえる事です。生きるという事は、他者と関わっていく事、常に加害者、被害者であり続ける事はあり得ません、誰かから被害を受けても、他者には加害者である場合もある。或いは共依存という事もある。普遍的な内容だと思います。 特に「私は頑張ってます!こんなに頑張ってるんだから他人から何も言われたくない!」といっぱいいっぱいな状況を経験したことがある人が落ち着いて読んで見たら、その時のご自分の独善的な所と被って背筋がゾッとすると思います。 | ||||
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| 「あ~、今度、ヒッコリーロードの殺人やるんだ。。。あ、どんな話だっけ?」と思ってアマゾンに来てみて、ついでにアガサのいろんな作品のレビューを見ると割れている。。。これもそうだろうかと思いきや、高評価が多くてうれしいです。 私がこの作品を読んだのは高校生ぐらいの頃だったと思います。その時に受けた衝撃は、今もどこかに刺さったままです。 ミステリー小説よりもミステリーなのに!なぜこれがアガサの最高傑作と評されてないのか!!と思ったものです、笑。 平凡な主婦が旅先で「意識下での正面衝突事故」に遭う。特別な事件などなにも起こらない。でも、どんなミステリーよりもミステリー。 アガサは、この作品をたった1週間で書き上げたそうです。そして、一字も訂正しないままに原稿を提出。 パソコンなどない時代の1週間。 アガサという、ストーリーテラーとして一級品の「器」と、神がかり的な「なにか」との共同傑作とでも評せばよいでしょうか。 深淵を覗く者は深淵に覗かれる、まさにそんな感じです。 「バグダッドカフェ」という映画が、やはり平凡な主婦が旅先で光明を見るという感じで、好きな作品なのですが、光明を見る「バグダッドカフェ」が明るい感じなら、こちらは深淵なので、それなりに重いです。 でも、光明も深淵も、究極的には変わりありません。 一番衝撃を受けた小説を一冊だけ選べと言われたら、迷いに迷うでしょうけれど、やっぱりこれを選ぶしかないと思います。 もし私が作家で、こんな作品を生涯で一度でも書けたら、もう悔いはないと思います。 | ||||
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| 小説もさりながら、栗本薫の解説も面白いです。が、あの解説に対して思うのは、主人公ジョーンの夫ロドニーはああでなければならなかった(ストーリー上)し、それこそ彼が勇気を出してジョーンの性格を改心させようと戦い、あまつさえジョーンが心を改めたら、この物語は絶望的につまらなくなってしまうということです。 確かにロドニーは彼女の傲慢とうわべだけの愛を受け入れ、現状を放置しているダメな夫かもしれませんが、それこそがこの小説をリアルにしている仕掛けの一つなのですから。 ジョーンを視点にしながら、彼女の欺瞞に満ちた生活を読者に察知させる、この手腕さすがアガサクリスティです。しかし砂漠でのクライマックスで、ジョーンが改心しかけたとき、私の中にあったのは軽い失望でした。そして、電車の中でのサルム夫人のジョーンの改心への冷めた視線を感じた時、やはりクリスティは現実を知っていると思いました。人はそんなに簡単には変われないということを。そしてロドニーの心情を現した最後の一行を見たとき、やられたと思いました。あの一行が、この話をロマンス小説にしたて、そして人間の自己愛を現す最高の仕掛けになっているのですから。 ここでいう自己愛とはジョーンのものではありません。ロドニーの自己愛です。彼はジョーンという口うるさい妻を盾にすることで、子供の信頼を得、安定した職業を得、さらにジョーンを孤独にすることで自分だけのものにしているのです。実に人間的な男です。この話はミステリではありませんが、もしミステリだったと仮定するなら真犯人はジョーンではなくロドニーなのです。 | ||||
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| クリスティの推理小説もたくさん読みましたが、私はこの作品が一番好きです。 中学時代に出会い、それから6、7回は読み返しています。 殺人事件はおろか、大きな展開はありません。主人に勧めましたが、彼にはイマイチでした。 内面的な動きが好きな人には、「はまる」でしょう。 主人公は、世間体が大事。嫌な女だが、理想的な自分を保つために彼女なりに努力しているところは評価できる。しかし、人を見下したり、相手のためだと言いながら、実際には自分のために物事を進めて周囲の人を傷つけ、落胆させているところは腹が立つばかり。 そして自分の都合のいいように解釈し、うすうす気づいている真実が顔を出そうとするのを必死で抑えつけている。 偶然、一人きりで思いを巡らす時間を得たことによって、少しづつ真実に目を向ける主人公。 いろんな人の発言や、折々に感じていた違和感、なんとなく見過ごしていた場面などのちりばめられたピースが繋がっていく感じは、推理小説のよう。 最後に真実は暴かれ、家族は長年の苦痛から解き放たれるのか…。終盤、加速度的に引きつけられていく感じも好きです。 この主人公は一体、幸福なのか不幸なのか考えさせられます。 真実から目を背けている限り、本当の心の平安は得られないのだと思えます。 すがすがしく生きたレスリーのようでありたい。 | ||||
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| これほど根源的な恐怖を感じた作品はありません。普遍的なテーマであらゆる人に薦めたいけれど、身近な人には薦めにくい難しい本です。 | ||||
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| クリスティは普通ポアロ、ミスマープル、特にポアロの作者として有名な推理探偵小説家で、その知名度はコナンドイルに匹敵するものがあるだろう。 しかし、この作品では殺人事件は起こらない。 子育てを終えた婦人が旅行中にふとしたきっかけに途中駅で釘付けになり、今までの自分の人生を振り返る、そういう構成。 しかし、例えば有名どころで言えば「そして誰もいなくなった」などと比べても断然こちらの方が怖い。 彼女はラストシーンの二択でなぜあの選択をしたのか、そして最後に夫のロドニーが心の中で放った一言。 読者次第でどうとでも取れる最後の選択、そしていずれにしてもその言葉を受けて夫の妻への評価。 最初は掴み所がなく読みにくい印象で最後までダラッとした展開が続くが、読了後のどうしようもない気持ち悪さは哲学的な感覚さえ覚える。 | ||||
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| 愛する人たちのために私はこんなにも尽くしていると信じて疑わないヒロイン。 彼女の独善的な考え方に周りの人達は実はうんざりしているにも関わらず、私は必要とされていると思い込んでいる。 その姿はとても悲しく、恐ろしい。 旅の途中一人の時間を何もないところで過ごさねばならなくなった時に、彼女は自分自身と向き合い、彼等に悲しい思いをさせてきた犯人は実は自分であったと気づきかけるのだが・・・ 昔より旅に時間がかかった時代足止めを食わずとも、ミステリーの一冊でも持っていたらよかったのにと思うが、ヒロインは推理小説は嫌いだという。 どうりでちょっと推し量れば見えてきそうな真実も見逃してきたヒロインである。 ヒロインの女学生時代の校長先生は語る。 「安易な考え方をしてはいけません人生は真剣に生きるためにあるのでいい加減なごまかしでお茶を濁してはいけないのです。なかんずく自己満足に陥ってはいけません」 「自分のことばかり考えずに他の人のことも考えなさい。そして責任を取ることを恐れてはいけません」 これらの言葉は人として生きるために大切な言葉として心に残る。 この本では家族のほかにとても重要な一人の女性が出てくるが、ヒロインに「お気の毒に」と憐れまれながらも、自分の思いをを貫き、見た目はともかくその生き方は美しい。 ヒロインは幸運にも自分自身の暮らしが脅かされるほどの不幸な運命にはあってこなかった。この時までは・・・ しかし、旅の最後に出会った夫人のことばによれば、近いうちにナチスドイツとイギリスが戦争になるという。 それに対してヒロインは驚き、「ナチズムもそう悪いことないと聞きますわ」と答えるのである。 彼女はこの先どう生きたのだろうか. 追記します。身近な人に「これ読んだ方がいいわよ」と勧められたら、ショックを受けそうですから、誤解を受けないために友人に勧めてはいません。 でも痛みを感じながら、この本を読むことによってものごとがもっと立体的に見えてくると思います。 世の中を一面的に見ることはとても危険ですから・・・ 世の中が急速に動いていく今の日本で、主人公に「気の毒な方、ああでなくてよかった」と言われた女性たちの生き方は、今後も私に希望を与えてくれると思います。 | ||||
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| 主人公ジョーンは作者の分身ではないでしょうか。後半からは作者の魂の叫びが聞こえてくるようで何度も涙してしまいました。 あの灰色の脳細胞を持つ名探偵達を生み出した作者はあえて分身たるジョーンを愚かで嫌らしく描く。その真の姿は本人にはわからず読者だけがわかる。そのように自分の姿を提示することは自分自身への罰であり作者の痛々しいほどの苦悩が表れているように思われます。 そしてエピローグ。それは作者のささやかな復讐あるいは弁明ではないでしょうか。 ジョーンの最後のセリフは作者の赤裸々な姿を表わしており、それは自分の口からは決して語りたくなかった。だからこそ作者はロドニーの口から語らせたのではないでしょうか。 いずれにせよクリスティの最高傑作の一つと思います。 | ||||
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| アガサ・クリスティーの推理小説でない本。春にして君を離れは、詩の一節。人って悲しいなぁーーーー。。。理解しているつもりが、自己中だったり、自己中だと思ったら、愛だったり、愛って、自己中の裏返し、かなとか、これ本について語るとしたら、一生かかるくらいすごい本です。 | ||||
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| 砂漠で中年女性が自分の過去の振る舞いを回顧する中で、徐々に不安恐怖感に囚われていく描写が素晴らしい。 あくまで自分の善意に従って結婚生活や育児をやってきたことが、本当に正しかったのか?主人公の女性が追い詰められて行く緊張感と砂漠の開放感の対比印象に残りました。 誰かを物理的に殺害することはありませんが、精神的な殺人?を味わえます。 | ||||
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| アガサクリスティーの「事件」の起こらない小説ですね。 ある事がきっかけとなり、自分自身を見直す女性の話なのですが、結局のところ、 自分を一番知らないのは自分自身なのかも知れませんね。と、自分を見つめ直す自分を見つけた様な・・・・ | ||||
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| ミステリーではないクリスティー作品。けれど、私の中ではある意味最も「怖い」作品です。本質を容赦なく見つめる目に、我が身を振り返り、確かめずにいられません。初読は高校時代で、読書仲間だった母に唯一勧めることができなかった一冊でした。彼女を傷つけそうで怖かったのです。 | ||||
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| 不可解な出来事を不可解なまま放置して終わるのがホラーならば、不可解な出来事に何かしらの説明をつけるのがミステリーだろう。アガサ・クリスティーの『春にして君を離れ』は、イギリス中産階級の中年女性が娘に会うために中東に赴き、帰路の途中、一週間程、中東で足止めをくらう物語だ。その一周間、主人公の女性は自分と向き合い、今まで、あえてやり過ごしていた過去を顧みて、新しい事実を発見していくのが本書の筋である。だから、本作もミステリーと言えばミステリーだろう。わだかまりのある過去に新しい真実を見つけるのだから。 ある程度年数が過ぎ去ってから昔のことを思い返し、新しい事実を発見すること、あるいは今まで見ようとしなかった都合の悪い真実と向き合うことは、誰にでもあるだろう。しかし、そのとき気付いた新しい真実も果たして、真実なのだろうかといった疑問も同時に湧くものである。アガサは本作で、回答を用意しているが、果たして、それが真実だろうか。殺人事件の犯人当てのような歯切れの良さが本作には見当たらないと思うのは、私だけだろうか? なお、物語の時代設定は、第二次世界大戦前のヨーロッパと中東だが、小説の最後のほうでナチスの言及があるのが気になるところだ。 | ||||
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| 「春にして君を離れ」、 原題はシェイクスピアの詩の一節、 「Absent in the spring」。 クリスティのタイトルの付け方はホントに天才的で、こちらも、名は体を表すのお手本みたいな作品。 過去に三回くらい読み、家にはなぜか二冊あり… そして読み直すたび新鮮。主人公に年齢が近くなるほど、恐ろしさが迫り来る、生きている本です。ああ怖い。 どうしてクリスティは、このテーマで、こんな構成で、この小説を書いたのだろう。 主人公の自己中心性、自己保身性、小市民性を、高みの見物でせせら笑う事が出来るのは、青春真っ只中の青二才くらい? たいがいの人は、背筋が凍るのでは。ジョーンにも、ロドニーにも。加害者も被害者も、共に自己欺瞞の当事者で。結局、似た者同士で共依存しているようにも読めるし、真に孤独なのは、「君はひとりぼっちだ。これからもおそらく。」と言うロドニーの方かもしれない。 自分で選んだ伴侶だろうと、自分が作った家族だろうと、永遠に埋まらない、人間関係の距離感。 一度気付いてしまえば、底無しの孤独感に引きずりこまれるような怖さがあります。 | ||||
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| あらすじもレビューも読んで、だいたい中身は分かった上で読みましたが、 面白かったです。 読みやすくて惹き込まれました。 主人公の心の中だけで、謎が解き明かされていきます。 主人公みたいな人、いるいる。 こういうこと、あるある。 という感想です。 主人公には理解できない出来事でも、読者にはだいたい分かるように書かれているのが 面白かったです。主人公に対して相手はこういう気持ちだったのだろうな、と想像できました。 (以下、ネタバレ) 主人公が家族に良かれと思ってしたことは、家族の為にならず、家族から距離を置かれる。 主人公は鈍感のようで居て、心の奥では分かっている。 今まで気づかないようにしていたが、あるきっかけで気付いてしまう。 でも、せっかくの気づきが勿体ない結末になってしまったのが残念。 主人公の夫は、見方次第で、良い人にも嫌なヤツにも見える。 最後に書かれた夫の思い… 良い人である場合→夫は主人公がつらい思いをすることを避けて欲しいと思っている、という解釈。 嫌なヤツである場合→夫は主人公の成長を手助けするつもりがなく突き放して見ている、という解釈。 (「かわいそうな人」であることを主人公に続けて欲しいと思っている、という解釈) | ||||
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| 今の年齢になって、親との関係などあって、偶然巡り合った有名なこの小説。やはり出色の出来栄えだった。作者の凄みをあらためて感じた。 | ||||
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| アガサ・クリスティの作品はミステリーもノンシリーズも沢山読んだが、この作品には人間の愛情の心理が読んでいる自分を不安にさせられるほど迫力があった。人を愛することの良い教訓になったと思う。 | ||||
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| そこそこの上流階級に身をおき、子育てを終えた中年女性の話。 主人公の女性がとにかく人を馬鹿にしていて、読んでいて腹立たしい。 一番腹がたったのが、貧しく病気持ちの友人女性が困難にも負けず、前向きに生きている中で、その女性の子供と泥だらけで遊んでいる姿を、主人公が「まるで動物みたい」と嫌悪感を抱くシーン。 その他何かにつけて上から目線で人を馬鹿にした考えばかり描写されていて、「こんな考え方する人いるの?」と、恐くなりました。 | ||||
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| クリスティーの作品ですが、事件も、殺人も、探偵すら出て来ません。つまり、表面的には最初から最後まで何も起こらないのです。そんな話の何が面白いのか…。でも、一気読みです。そして怖い……>_<… ホラーとか、スリラーの怖さではなく、心理的な不安。全く気づかなかった、もしくは自分の思い込んでいた世界に対する疑問がじわじわと膨れ上がる恐怖。自分の愛する人達が、実は自分をどう見ていたのか…。自分知っていると思っていた家族の事を、本当に自分は知っていたのか? 主人公のジョーンは、優しい弁護士の夫、三人の良き子供にもめぐまれ、理想の家庭を築きあげた事に心から満足している裕福なイギリスの中年の主婦。 彼女が、新婚の末娘の病気見舞いに、はるばるバグダッドまで行き、そこから陸路でイギリスに戻る途中で今は落ちぶれた友人と出会います。その旧友から、彼女の知らない末娘の噂や、忘れていたむかしの事などを聞いても、自己満足に浸っている彼女は友人に軽蔑と哀れみを感じるだけでした。 その後、雨季のため砂漠のレストハウスに足止めを食った数日間、暇を持て余しながら、旧友の言葉を思い出すうちに自分自身を見つめざるを得なかった彼女が悟った真実とは。全ての出来事はジョーンの頭の中で回想され、憶測され、彼女の認識が変化するだけで何かが変わるわけではありません。 然し、善良極まりないと自他共に認める主婦の、ある種の独善性、自己満足の形を戦慄する程に描き出し、最後のラストで読者を呆然とさせる事が出来るのは、この作家だから出来ることだとつくづく思った作品でした。 | ||||
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| もう既に多くの方々が的確なレビューを書いておられるので、内容に関しては省きます。 私がこの小説を読んで思ったことは、こんな凄いものを書いてしまった時の、クリスティ自身の心の内はどうだったのだろうか、ということです。私は評伝をあまり読まないので、そこのところを良く知らないのです。 彼女自身が前半生の家庭生活に問題があり、様々な辛い思いをしたことは、広く知られている事実ですが、その時心に負った傷が、この作品を書くに当たって深く影響しているのは、確かなことだと思うのです。 しかし、それではその自身の心の傷を、客観的に、冷徹に見つめて書いたものなのか、それともどうしようもなく、心の中のわだかまりを何とか吐き出したいという気持ちで書いたものなのか、はたまた自身とは関係なく、全くの他人をモデルとして書いたものなのか(クリスティともあろう人が、この主人公のように鈍感な人物であるとは、どうしても思えないので、やはり身近にそういう人がいた、ということなのでしょうか)、あるいはイギリス社会そのものを告発しているのか。おそらく半分は自分で、半分は他人、ということなのではないかと思うのですが…。 いずれにせよ、大変な精神的エネルギーを使って書いたものなのだろうな、と思います(それとも、さらっと書いたのでしょうか)。何だか作者の心が心配になってしまうほど、凄い作品でありました。 | ||||
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