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春にして君を離れ
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春にして君を離れの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.48pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全195件 101~120 6/10ページ
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人生の節々で読み返すであろう本。 主人公のことを「いるいる、こういう人」と思った瞬間、自分がそうでない保証はどこにもないことに気づく。「自分は違う」と思うことこそ、主人公と同じ過ちを犯しているのだから。 精神の底のなさを切り取れるから、彼女の書くミステリーは単に「犯人捜し」で終わらないストーリーなのだろう。 誰も死なない、何の事件も起こらない、一人の女性が旅行して戻るだけの話なのにこれほど恐ろしいテーマがあるだろうか。 敬服します。 | ||||
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たぶん、この本は手放さないです。 読んだ際に、自分にもこんな所があると意識できました。同時に危ないと思いました。意識していないと、自分も「こう」なってしまうと思ったからです。 | ||||
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遠く離れた異国の砂漠の地で汽車を待つ数日間に、 深い自己内省をせざるを得なくなり、やがて明らかとなる真相。 自分や家族をよく知っており、愛していたはずの自分が、 自分のことも家族のことも何も知らず、愛してもいなかったと気づいてしまう。 これは、自己再生に向う旅だった・・・・しかし、結末は。。。 古風な女性らしいジョーンの心の動き、彼女をとりまく家族、とりわけ、夫のロドニーの 彼女に対する憐憫、思いやりにのあらわし方が1940年代のイギリスらしさ、 また、クリスティらしい上品さがあり、とても楽しめた。 | ||||
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興味があったが、いいいのかなあって思っていたら、娘が買ったのですぐ読ませてもらいました。さすがクリスティーって感じの作品。こういった話って巷にいっぱいあるのに、口に出して語られることがあまりないところが怖いのです。きっとアガサが長年生きてきて、ふと感じた夫婦や家族の在り方をスパイスを利かせて書いたのでしょう。最初のつかみがおもしろくないと、すぐに投げ出してしまうこの私が、一気に読みました。珍しいです(笑) | ||||
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事件は何も起きない。 一人の初老の主婦の心の旅に付き添っているような感覚。 自分探しの長い旅の末にたどり着くのは、自分。 心温まる家族ものが好きな人には向かないお話。 | ||||
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ロドニーとジョーンと子どもたちの関係性は、 私が育った家庭にそっくりでした。 アダルトチルドレン的なパーソナリティである優等生的な性格の母親ジョーンは、(我が母に酷似しているのですが) 自分以外の家族を精神的に抑圧し続けていることにまったく無自覚です。 家族は何度もジョーンと人間らしい健全な関係を結ぼうと試みますが、ジョーンはことごとく的外れな受け止め方と反応をして、そのチャンスを潰し続けます。 ロドニーや子どもたちの絶望は限りなく深まりました。 幸いだったのは、ロドニーがジョーンを無理やり「制御」しようとしなかったこと。 ロドニーは人としてでき得る限りの粘り強さと、 慈しみの心を発揮して、ジョーンとの「共依存的な関係」を回避しつづけます。 もし、ロドニーがジョーンを「改心」させようなどと、躍起になってしまっていたら、ロドニー自身が深刻な共依存性者になってしまったでしょう。 (ここが、解説の栗本薫先生と私の見解の相違するところです) ロドニーはギリギリのところでジョーンと家族関係を構築し維持しつつ、毒親である母親ジョーンの暴威から、子どもたちを守り抜きました。 (私事ですが、残念なことに、私の父親は毒親の母親と共依存関係に深くはまり込み、家庭全体が殺伐とした機能不全家族になってしまいました。 それは私の父親もまたアルコール依存症の父親を持つアダルトチルドレンだったからでしょう) ロドニーは自分の人生の全てを捧げて、「かわいそうで哀れなジョーン」を見捨てずに共に生き、なおかつ子どもたちもなんとか大人へと導きました。 (ロドニーが我が子エイヴラルを諭したときの結婚観は、まさにロドニー自身が貫いていることでした) わたしはできればロドニーのような父親が欲しかった。でも、我が父も、自分自身の家庭内に一体何が起こっているのか分からない修羅場の日々を、二十年も耐えて働いて、私を育ててくれました。私は父親に感謝しています。 そして我家のジョーンたる、我が母親は…。 ジョーンと同じく「回心」の機会を前に逃避し続け、一生を終えようとしています。底知れず悲しいし、やりきれないです。 人生というのは、なぜこんなにも酷薄で恐ろしいものなのでしょうか。 人生を前にして人ができることは、レスリー・シャーストンやロドニーのように、「自分のなし得ること」の限界を見定め、粘り強くやり抜いていくことだけなのです。 | ||||
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読者の評価が分かれる内容です。推察するに女性の方が共感する方が多いような気がします。私も娘として母親として、この主人公の立場や状況を考えるととても他人事には思えない切迫感を感じました。子供に良かれと思ってしていることも実際は独りよがりの子供の気持ちや性格をきちんと把握できていない、しようとする努力もない、愚かで鈍い母親。 夫に寄り添うことなく、揺るがない出世と生活の基盤を求め、夫の夢の実現より社会的な地位に固執する妻。子どもたちにも見放され、夫の心ももはや妻の元にはない。孤独と迫ってくる老いだけのこれからの虚しい生活は、考えれば打ちのめされそうなほどなのに、その現状から目を背け、嘘に満ちた日常に何食わぬ顔で戻っている。娘夫婦には侵害者として嫌がられ、送り出されてほっと安堵され、貴族の夫人には無知と劣等感をさらけ出し、夫にはもう見放されている。 クリスティの設定した悟りの現場は不毛の砂漠、迷ったらもう戻ってこれない堂々巡りの砂の迷宮。ジョーンがこんな哀しいところにまできてしまったのには、多くのすれ違いと時間の経過があったはず。それなのに修復してこなかったこの夫婦、夫の妻に対する仕打ちはひどすぎる。ジョーンも夫を愛していないのか。この繋がりが虚しすぎて寒気がした。こういう鋭い洞察はクリスティならではだと思う。おそるべし。 | ||||
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物語の舞台は小さな宿泊所からほぼ変わらず、幸せな1人の女性の妄想と回想で進んでいく。 事件も起こらず、人も死なない。 これまでもこれからも変わらない日常生活が続いていくだけなのに、最後には主人公の女性の恐いくらいの不幸せに気づく。 見方が変れば、こんなにも世界は歪む。 こんな自分にも起こり得そうなことだからこそ、ぞくっとするほど怖かった。 これからの人生の教訓にしたいエッセンスがいっぱい詰まっていました。 | ||||
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アガサクリスティーが別名義で発表した、殺人のない話。 昔も今もこんな人、こんな状況は世界中であまり表に出ずに続いていることなのだと思う、日常に潜むホラーです。 ある初老の夫人の、回顧録的な話。良い妻、母だと疑いもしなかった自分の人生について、一時、時間を待つだけの状況になり暇を持て余し、過去の他者との会話を思い出し、相手の意図を今更ながらに再考して、そういう意味だったのか!と気づいたりするが、最終的には自分を変えようとはしない。 深く関わらなければ世間的には良い人、立派な人、模範的な人、ごく普通の人とされるのかもしれませんが、近くで深く関わるとヤバさが分かる。ジワジワと周囲を蝕み、潰し、腐らせる。 1番怖いのは、誰でもこの主人公の立場になりえる事です。生きるという事は、他者と関わっていく事、常に加害者、被害者であり続ける事はあり得ません、誰かから被害を受けても、他者には加害者である場合もある。或いは共依存という事もある。普遍的な内容だと思います。 特に「私は頑張ってます!こんなに頑張ってるんだから他人から何も言われたくない!」といっぱいいっぱいな状況を経験したことがある人が落ち着いて読んで見たら、その時のご自分の独善的な所と被って背筋がゾッとすると思います。 | ||||
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「あ~、今度、ヒッコリーロードの殺人やるんだ。。。あ、どんな話だっけ?」と思ってアマゾンに来てみて、ついでにアガサのいろんな作品のレビューを見ると割れている。。。これもそうだろうかと思いきや、高評価が多くてうれしいです。 私がこの作品を読んだのは高校生ぐらいの頃だったと思います。その時に受けた衝撃は、今もどこかに刺さったままです。 ミステリー小説よりもミステリーなのに!なぜこれがアガサの最高傑作と評されてないのか!!と思ったものです、笑。 平凡な主婦が旅先で「意識下での正面衝突事故」に遭う。特別な事件などなにも起こらない。でも、どんなミステリーよりもミステリー。 アガサは、この作品をたった1週間で書き上げたそうです。そして、一字も訂正しないままに原稿を提出。 パソコンなどない時代の1週間。 アガサという、ストーリーテラーとして一級品の「器」と、神がかり的な「なにか」との共同傑作とでも評せばよいでしょうか。 深淵を覗く者は深淵に覗かれる、まさにそんな感じです。 「バグダッドカフェ」という映画が、やはり平凡な主婦が旅先で光明を見るという感じで、好きな作品なのですが、光明を見る「バグダッドカフェ」が明るい感じなら、こちらは深淵なので、それなりに重いです。 でも、光明も深淵も、究極的には変わりありません。 一番衝撃を受けた小説を一冊だけ選べと言われたら、迷いに迷うでしょうけれど、やっぱりこれを選ぶしかないと思います。 もし私が作家で、こんな作品を生涯で一度でも書けたら、もう悔いはないと思います。 | ||||
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小説もさりながら、栗本薫の解説も面白いです。が、あの解説に対して思うのは、主人公ジョーンの夫ロドニーはああでなければならなかった(ストーリー上)し、それこそ彼が勇気を出してジョーンの性格を改心させようと戦い、あまつさえジョーンが心を改めたら、この物語は絶望的につまらなくなってしまうということです。 確かにロドニーは彼女の傲慢とうわべだけの愛を受け入れ、現状を放置しているダメな夫かもしれませんが、それこそがこの小説をリアルにしている仕掛けの一つなのですから。 ジョーンを視点にしながら、彼女の欺瞞に満ちた生活を読者に察知させる、この手腕さすがアガサクリスティです。しかし砂漠でのクライマックスで、ジョーンが改心しかけたとき、私の中にあったのは軽い失望でした。そして、電車の中でのサルム夫人のジョーンの改心への冷めた視線を感じた時、やはりクリスティは現実を知っていると思いました。人はそんなに簡単には変われないということを。そしてロドニーの心情を現した最後の一行を見たとき、やられたと思いました。あの一行が、この話をロマンス小説にしたて、そして人間の自己愛を現す最高の仕掛けになっているのですから。 ここでいう自己愛とはジョーンのものではありません。ロドニーの自己愛です。彼はジョーンという口うるさい妻を盾にすることで、子供の信頼を得、安定した職業を得、さらにジョーンを孤独にすることで自分だけのものにしているのです。実に人間的な男です。この話はミステリではありませんが、もしミステリだったと仮定するなら真犯人はジョーンではなくロドニーなのです。 | ||||
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クリスティの推理小説もたくさん読みましたが、私はこの作品が一番好きです。 中学時代に出会い、それから6、7回は読み返しています。 殺人事件はおろか、大きな展開はありません。主人に勧めましたが、彼にはイマイチでした。 内面的な動きが好きな人には、「はまる」でしょう。 主人公は、世間体が大事。嫌な女だが、理想的な自分を保つために彼女なりに努力しているところは評価できる。しかし、人を見下したり、相手のためだと言いながら、実際には自分のために物事を進めて周囲の人を傷つけ、落胆させているところは腹が立つばかり。 そして自分の都合のいいように解釈し、うすうす気づいている真実が顔を出そうとするのを必死で抑えつけている。 偶然、一人きりで思いを巡らす時間を得たことによって、少しづつ真実に目を向ける主人公。 いろんな人の発言や、折々に感じていた違和感、なんとなく見過ごしていた場面などのちりばめられたピースが繋がっていく感じは、推理小説のよう。 最後に真実は暴かれ、家族は長年の苦痛から解き放たれるのか…。終盤、加速度的に引きつけられていく感じも好きです。 この主人公は一体、幸福なのか不幸なのか考えさせられます。 真実から目を背けている限り、本当の心の平安は得られないのだと思えます。 すがすがしく生きたレスリーのようでありたい。 | ||||
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これほど根源的な恐怖を感じた作品はありません。普遍的なテーマであらゆる人に薦めたいけれど、身近な人には薦めにくい難しい本です。 | ||||
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クリスティは普通ポアロ、ミスマープル、特にポアロの作者として有名な推理探偵小説家で、その知名度はコナンドイルに匹敵するものがあるだろう。 しかし、この作品では殺人事件は起こらない。 子育てを終えた婦人が旅行中にふとしたきっかけに途中駅で釘付けになり、今までの自分の人生を振り返る、そういう構成。 しかし、例えば有名どころで言えば「そして誰もいなくなった」などと比べても断然こちらの方が怖い。 彼女はラストシーンの二択でなぜあの選択をしたのか、そして最後に夫のロドニーが心の中で放った一言。 読者次第でどうとでも取れる最後の選択、そしていずれにしてもその言葉を受けて夫の妻への評価。 最初は掴み所がなく読みにくい印象で最後までダラッとした展開が続くが、読了後のどうしようもない気持ち悪さは哲学的な感覚さえ覚える。 | ||||
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愛する人たちのために私はこんなにも尽くしていると信じて疑わないヒロイン。 彼女の独善的な考え方に周りの人達は実はうんざりしているにも関わらず、私は必要とされていると思い込んでいる。 その姿はとても悲しく、恐ろしい。 旅の途中一人の時間を何もないところで過ごさねばならなくなった時に、彼女は自分自身と向き合い、彼等に悲しい思いをさせてきた犯人は実は自分であったと気づきかけるのだが・・・ 昔より旅に時間がかかった時代足止めを食わずとも、ミステリーの一冊でも持っていたらよかったのにと思うが、ヒロインは推理小説は嫌いだという。 どうりでちょっと推し量れば見えてきそうな真実も見逃してきたヒロインである。 ヒロインの女学生時代の校長先生は語る。 「安易な考え方をしてはいけません人生は真剣に生きるためにあるのでいい加減なごまかしでお茶を濁してはいけないのです。なかんずく自己満足に陥ってはいけません」 「自分のことばかり考えずに他の人のことも考えなさい。そして責任を取ることを恐れてはいけません」 これらの言葉は人として生きるために大切な言葉として心に残る。 この本では家族のほかにとても重要な一人の女性が出てくるが、ヒロインに「お気の毒に」と憐れまれながらも、自分の思いをを貫き、見た目はともかくその生き方は美しい。 ヒロインは幸運にも自分自身の暮らしが脅かされるほどの不幸な運命にはあってこなかった。この時までは・・・ しかし、旅の最後に出会った夫人のことばによれば、近いうちにナチスドイツとイギリスが戦争になるという。 それに対してヒロインは驚き、「ナチズムもそう悪いことないと聞きますわ」と答えるのである。 彼女はこの先どう生きたのだろうか. 追記します。身近な人に「これ読んだ方がいいわよ」と勧められたら、ショックを受けそうですから、誤解を受けないために友人に勧めてはいません。 でも痛みを感じながら、この本を読むことによってものごとがもっと立体的に見えてくると思います。 世の中を一面的に見ることはとても危険ですから・・・ 世の中が急速に動いていく今の日本で、主人公に「気の毒な方、ああでなくてよかった」と言われた女性たちの生き方は、今後も私に希望を与えてくれると思います。 | ||||
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主人公ジョーンは作者の分身ではないでしょうか。後半からは作者の魂の叫びが聞こえてくるようで何度も涙してしまいました。 あの灰色の脳細胞を持つ名探偵達を生み出した作者はあえて分身たるジョーンを愚かで嫌らしく描く。その真の姿は本人にはわからず読者だけがわかる。そのように自分の姿を提示することは自分自身への罰であり作者の痛々しいほどの苦悩が表れているように思われます。 そしてエピローグ。それは作者のささやかな復讐あるいは弁明ではないでしょうか。 ジョーンの最後のセリフは作者の赤裸々な姿を表わしており、それは自分の口からは決して語りたくなかった。だからこそ作者はロドニーの口から語らせたのではないでしょうか。 いずれにせよクリスティの最高傑作の一つと思います。 | ||||
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アガサ・クリスティーの推理小説でない本。春にして君を離れは、詩の一節。人って悲しいなぁーーーー。。。理解しているつもりが、自己中だったり、自己中だと思ったら、愛だったり、愛って、自己中の裏返し、かなとか、これ本について語るとしたら、一生かかるくらいすごい本です。 | ||||
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砂漠で中年女性が自分の過去の振る舞いを回顧する中で、徐々に不安恐怖感に囚われていく描写が素晴らしい。 あくまで自分の善意に従って結婚生活や育児をやってきたことが、本当に正しかったのか?主人公の女性が追い詰められて行く緊張感と砂漠の開放感の対比印象に残りました。 誰かを物理的に殺害することはありませんが、精神的な殺人?を味わえます。 | ||||
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アガサクリスティーの「事件」の起こらない小説ですね。 ある事がきっかけとなり、自分自身を見直す女性の話なのですが、結局のところ、 自分を一番知らないのは自分自身なのかも知れませんね。と、自分を見つめ直す自分を見つけた様な・・・・ | ||||
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ミステリーではないクリスティー作品。けれど、私の中ではある意味最も「怖い」作品です。本質を容赦なく見つめる目に、我が身を振り返り、確かめずにいられません。初読は高校時代で、読書仲間だった母に唯一勧めることができなかった一冊でした。彼女を傷つけそうで怖かったのです。 | ||||
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