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悪人
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悪人の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.01pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全64件 41~60 3/4ページ
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| 感動するラストを期待していたんですが、逮捕される直前から一気にプシューっと気持ちがしぼんでしまいました。なにこれって感じですね。終わり方に異議あり。こういう終わり方しかなかったんでしょうか? それともラストがこれだからいいとか…。微妙でした。 | ||||
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| 吉田ファンとして発売早々に読みました。彼の持ち味である突き放したような現実味のある話が私は好きです。今までの吉田テイストと違うと思うのは私だけでしょうか。彼はこんなにも社会派なストーリーを書く人だったか。こんなにも使い古され、説教くさい話を書く人だったろうか。内容はよくできていて、一気に読んでしまうパワーを充分に持ちえていますが、どうもどこかで読んだ話であり、罪とは一体なんなのか・現代の闇、みたいなありきたりで昔読んで心痛んだ話としか思えません。彼には、彼にしか書けない話や題材があるのにあえてこの手の題材について書く意味は薄く、他の作家のそれに比べてしまうと劣っていると言わざるをえないです。悪くない。でも吉田修一がこの手の話を書く必要があったのだろうかと非常に非常に残念な気持ちです。映画も筆者が脚本を書いているということで見ましたが、小説より更に味気ないストーリーになっています。映画公開により、小説も映画も絶賛されていることが疑問でレビュー書いてみました。 | ||||
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| 『悪人』というタイトルが作品としっくりきません。確かにいろいろな人の悪の部分を垣間見ることはできましたが、この作品の中に出てくる「悪人」と呼べるような人は、催眠商法で人を騙し、漢方薬や健康食品を売りつける人達ぐらいだったように思えます。 作者としては、人の中の「垣間見えた悪」の連鎖によって起きた群像非劇の中で、「結果としての殺人」を起こしてしまった清水祐一を象徴として『悪人』としたのかもしれませんが、私の中では主要な登場人物達の憐れさを総括できる『哀しい人々』のようなタイトルの方がこの作品にはしっくりきた気がします。 | ||||
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| わからない.....どうしてここまで評価が高いのか全く理解できない。確かに悪い作品ではないし、サクサク読める。でもそれだけ...。ありきたりで、他の小説や映画で既に見知った内容だ。 | ||||
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| 読んでなくてこういうことを書くのも気が引けましたが、興味があってレビューを読むと、>「強姦したと警察に訴えてやる」と騒がれただけで、カッとなって殺害するような犯人。で、殺された女もロクな女じゃなかったから 結論として誰が被害者か分からないし、人の善悪なんて誰にも断言できない、といったようなレビュー多し。でも、「強姦したと警察に訴えてやる」と女に脅迫されても、事実がそうでないのなら一般的な人間はもし誣告されても敢えて警察に捕まってそこで真偽を争うべきだろうと考えるのが普通だろうし、脅迫した相手をいちいち殺していたら日本は殺人事件だらけになってしまうことだろう。こういう娯楽小説を読むのも結構だが、物事の善悪がすぐぐらついてしまうような人が多いことに恐怖すら感じる。 | ||||
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| 外出先で待ち時間ができてしまい、軽く読むことができ、話題のものをと購入。あまり期待していなかったが、退屈で、いつか劇的な展開があるのかもと自分を騙し騙し読み続けた。しかし最後まで心を揺り動かされることなく終わってしまった。何故退屈なのか。事実は小説より奇なりを地で行く事件が毎日のように報道されて、私自身が擦れてしまっているのか。「悪人」というタイトルからは、登場人物の誰もが悪人になり得るという設定が容易に推測できた。主人公の最後の行動も、どんでん返しを狙ったのかもしれないが、逆に定石通りで驚きはなかった。地方の閉塞感は上手く表現されていると思った。北九州の寒々とした冬の情景が主人公の心象風景と重なった。主たる登場人物には感情移入できなかった。増尾の友人鶴田の言葉に一番共感できたくらいで。宮部みゆきの『模倣犯』を思い出した。被害者と遺族の無念さを痛いほど感じたし、犯人を追うライターも魅力があったし、犯人の底知れなさにもぞっとした。わかりやすい魅力ある登場人物で読者を引っ張っていくことはもしかしたら簡単なことで、この著者は敢えて、貧しく希望がない弱者の若者を主人公にすることに挑んだのか。被害者も然り。それならそれで、もっと描きようがあるだろうと思う。ストーリーも平板に流れ、大きな山場もなかった。平凡な小説だと思った。特に友人に貸したいと思うような本ではなかった。 | ||||
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| 前半は、人物描写・設定とも魅力的で、夢中で読みました。 ところが、光代と祐一が会って数分で安く結ばれたあたりから、失速感が。 2人とも、現実の世界から逃避したかっただけで。相手は誰でも良かったんじゃないの? コレのどこが純愛なんだろう? いかんせん光代が退屈な女性で読んでいて辛かったです。頭が悪いうえ、自分の都合で祐一の自首のチャンスを奪うような、自己中な女だったりで。涼香や美保みたいな、現実世界を逞しく生きる女子に、もっと絡んでほしかったです。 | ||||
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| 結構な長編なのですが、読了させるだけの文章力があって良かったです。内容に関しては、評価され過ぎのような気がする。・まずユウイチがヨシノの首を絞めた理由が、何となく弱い。とくに強い憎しみの無い状態なので、ユウイチの短絡性、頭の弱さとしか結び付けようがないが、後からの描写で実はそうでもないんだ、思考回路や情緒のある男なんだというような展開になっている・なんで光代はユウイチと逃げたの?どれだけうだつの上がらない孤独な人生を送ってきたか、どれだけ自分を抱きしめてくれる存在が欲しかったか、というのは分かるけど、出会い系サイトで知り合って、まずホテル行こう、と言って来るような男に、そんなのめり込めるでしょうか。しかも人を殺したと言われて一緒に逃げられるでしょうか。ちょっと頭悪いとしかいいようが無い。それぞれの登場人物の視点から、みんな寂しい、立場は違えど一生懸命だ、悪いヤツに見えても純真なところもあるんだみたいなことを物凄く主張してくるような小説でしたが、上記のような矛盾がしこりになってどこかシラけながら読んでしまいました。そして・・・・「ユウイチが男前」という設定からどうも・・・映画化を目論むにおいがプンプンして。。とりあえず最後まで読めたので☆3つ | ||||
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| 引き込まれて一気に読んでしまう本ではあります そうではありますが・・・・ 自分の気持ちを的確に相手に伝えられない人間 相手の気持ちや考えを読めない人間 自分の行動が引き起こすであろう諸事を考えられない人間 自分はそんな人間には同情の気持ちは持てません そんな人間は疎ましいと思ってしまいます、 相手を思いやるのなら相手にその思いやりが伝わらなければ何の意味もありません 相手を思いやる気持ちがある人間なら相手が自分をどのように思っているのかが当然わかるはずで、相手の言動によって感情の揺れが引き起こされたにせよ、その感情に支配されるならどこまで支配されていいのか、その結果どの程度の不利益が自身に降りかかるのかそこまでの最低限の計算が瞬時にできてしかるべきです 思いやる人間がいるのならその思いやる人間への影響までもある程度は考えて自身の行動に責任を持たなければなりません 作者は不器用だけど生真面目で思いやりのある人間がおこしてしまった殺人事件を通して物事には表面には出てこない、上っ面では計り知れない深いものがあるんだとそんなことをいいたかったのでしょうか 祐一はきっと優しくて思いやりのある人間なのでしょう でも、美保の気持ちを確認することもできない 佳乃に疎まれていることも感じとれない 光代に本当の気持ちを伝えたうえで演技させることもできない そんな人間はただの愚か者なだけです あの人は悪人だったんですよね? そんな言葉を問いかける光代も所詮その程度の女だと思うし祐一はその程度の女にまたも自分勝手な思いやりをかけただけの愚かな男だということです 人間関係に不器用であることは現代社会においては弊害である 僕はそう思っています 作者が感じて欲しいことはわかっているつもりですが、純粋な良心は小さな悪意にさえ勝てないのが現実です 悲しい現実だとは思いますが・・・・ | ||||
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| この小説の舞台は著者の出身県も含む九州北部の三県だが、小説のページが進むにつれ都市ではなくそこであったということが物語上の意味を帯びていく。現実に地方格差は、高齢化や過疎化、経済不況の文脈で盛んにとりざたされているが、この小説で描かれるのはそういった地方の「閉塞」と、その中に取り残された人々の「孤独」だ。 これまでも「地方」は「おもしろくない場所」として描かれてきた。「おもしろくない場所」だからこそ「女」は、どうでもいいウソを、それもちゃんと驚いてくれる同僚にだけ話し、その反応をもって悦に浸る。その他にも、この小説に出てくる人間はみな、事件のこと他のことに関わらず、言葉の節々で自分に都合のいいような合理化を加えていく。 小説が描くのは、そんな「地方」に閉じ込められた人間たちが、自己の実存を辛うじて保つためにちびちび他者からせしめようとする「承認」である。くだらないと思う。どうしようもなく、中身がないとも思う。でもそれしかすることはないから、それが「地方」なのだ。多角的な視点で物語るこの作品では、それによって事態が複雑になっていくというよりも、むしろ人間の「醜悪さ」が鮮明になっていく。 だがそれは「地方」に限った問題なのか、疑問は残る。承認への飢餓感は、ネットを開けばすぐに見つかる。他者への理不尽な敵意から、無意味な自己顕示、それらはみんな自己への承認欲求が形を変えたものに過ぎない。おそらく誰しもが自己への承認を担ってくれる他者がいないからゆえに、ネットの向こうをのぞくのだから。にも関わらず、そこを選んだのは、作家のねじれた郷土愛の証か。 | ||||
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| これだけの長編を一気に読ませる、飽きさせない構成は流石。また、登場人物の人間臭さを嫌味なく浮かび上がらせる描写、文章力は、中だるみもなく最後までとても丁寧で、これがこの小説の最大の美点だと思う。しかし、所々挿入される、登場人物たちの独白などは、(勿論これがあるからこそストーリーが成り立ち、人物描写の補助となるが)少々安易で、その効果よりもわざとらしさが感じられてしまう。全体的には完成度が高いのだから、せっかくならもっと違う方法で固めていってほしかった。同じような手法を使い、作品全体の重さや文体なども似ている角田光代の『八日目の蝉』とつい比較してしまい、その点では『八日目の蝉』の方が押し付け感もなく秀逸と感じてしまう。また、祐一の回想で、フェリー乗り場にいた小さい女の子に竹輪をもらうシーンは蛇足。一気に安っぽくなってしまう。そこまでの運命の皮肉はいらない。方言に関しては、自分は吉田修一と同じ中学校卒で世代も近いのでよくわかるが、火曜サスペンス劇場に出てくるような長崎が舞台のドラマにありがちな違和感が多少ある。これは読者が長崎弁を理解しない人が圧倒的に多いことを想定して加減されているのだろうから、致し方ないとは思うが、同じ方言を使っている作品では、さだまさしの『精霊流し』の方が上手い。こちらは地の文が会話の前後で工夫されているので、かなり忠実な長崎弁で書かれているのにも関わらずわかりやすい。吉田修一作品は、大体読んでいるが、技術・センスでは『最後の息子』を超えることは難しいのかな、と感じる。それが今回の最大の感想。とはいえ、『横道世之介』、『7月24日通り』、『パレード』、『初恋温泉』などそれぞれ全く別の作家が書いたのではないかと思わせるほどの多彩な文体や雰囲気を操り、かつ、それぞれ必ず一定以上のレベルに仕上げてくる作家は、吉田修一以外にいないだろう。『悪人』は、この作家の新たな分野を見せつけた一冊となると思う。 | ||||
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| 書店で見かけ、アマゾンレビューが良かったので読んでみました。一気に読み終えられる作品でした。希薄な人間関係と満たされぬ心、それを埋める為に出会い系を利用し、売春を行う者、繋がっているように見えてどこか繋がりきれていない家族の絆、騙す者騙される者…特別善良ではないが悪人と言うわけではない普通の人々の誰もが、僅かなボタンの掛け違いから、被害者にも加害者にも成りうる可能性を示唆しています。この作品の様に偶然(必然か?)起きた事件に際して、悪人とはなんだ?被害者に落ち度は全く無いのだろうか?と考えさせられはしますが、昔から良くある、その時代の話題・流行りの事象を散りばめた作品にしか思えませんでした。 | ||||
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| はじめは、とっつきにくい感じでした。場面も人物の主観もころころ変わるし、いちいちその人のバックボーンから始めるので、またか・・・と思って少しきつかったです。それでも前半は、「事件の真相」、後半は、「展開はどうなるのか?」で読まされました。ただ、事件の情報を小出しにして、ミステリーにしたわりに、結局事件は予想を超えるものではなかった。というよりも、予想より、はるか下だった。もっとなにかありそうという、期待をさせすぎ。車から突き飛ばした・・・って・・・それじゃ足りない。心理的にも。後半も読めてしまった。主人公の行動も美化しすぎた。でも、とにかく何日かで読ませる力はあるし、最後の着地点は個人的には好きでした。単なる愛で終わったら、嫌でした。懐疑で終わったのは、良かったです。最後に残念だったのは、それぞれの人間像が浅かった印象が強いことでした。特に佳乃と増尾。典型的すぎる。 | ||||
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| テンポよく進む展開に回想、登場人物それぞれのインタビュー形式の語りを織り交ぜグイグイと最後まで一気に読ませる。こういう小説はそんなにない。でも、終盤が弱い。パレードもそうだったけど詰めが甘い。え?って思わせたい作者の狙いは分かるけどここまで読んできた読者に作者の狙いの先は伝わらない。最後の最後でいきなりモザイクをかけるような終わりかたではっきり言って納得いかない。なんか中途半端な読後感だけが残る。途中までは間違いなく楽しめる。それだけにとても残念な印象が残る。 | ||||
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| 終章のクライマックスに至って「本当の悪人は誰なのか、何かのか」という問いかけが鮮明に出てくるようになる。それに伴い内容も俄かに濃いものを帯びるようになる。悪人とは実は法律上は無実で、実際に殺してもいない増尾であり、房枝のような弱者を食い物にする健康食品会社の男たちであり、娘を失った父親に残酷なFaxを送りつけてくる見えない相手なのだ。「あの人は悪人やったんですよね?」という実に人間的な哀愁にあふれた問いかけをしているその対象である祐一は、恋人の光代を庇うべく殺意を装い、自分を捨てた母親が「十分罰を受けた」と思えるよう、「敢えて」金をせびって「やる」ような人間だ。出会い系で出会った相手から金をせびる佳乃は、霊の姿になって父親に謝罪する。何もない人生ゆえに、一時的に好きになった相手の自首を思いとどまらせ、一緒に逃げる光代は、自分が脅して逃亡の道連れにしたという祐一の証言で、世間的には堂々たる「善」に回れる。このように善悪がきっぱりと決められない人物像の中で、私にとって明らかに善だった唯一の人間は、孫、祐一の行いに心を痛め、弱者であり続けた人生を思い知らされる房枝に「ばあさんは悪かわけじゃなか、しっかりせんといかんよ。」と声をかけるバスの運転手だ。彼が完全な「善」たり得ているのは単にこの小説の中でほとんど「不在」だからだ。一番好きだったシーンの一つは、光代が祐一と逃げながら何もなかった去年の正月を思い浮かべるところだ。自分には欲しい本もCDもない、行きたいところも、会いたい人もいない・・・。また、重厚なのは、自己犠牲ということをきちんと知りながら不幸な展開で殺人に至る祐一の「でもどっちも被害者になれんたい」(単行本、p.413)という言葉である。読み始めた時は、ルポルタージュのような展開からカポーティの「冷血」を思い出したが、あっちの方はどういう「善悪」の分け方をしていたっけ?忘れてしまった。 | ||||
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| 出会い系で出会いそれが純愛であるみたいな設定にかなり疑問が残った。一番いいたいのはこの二人の心情なのだろうが、被害者や被害者の父親の増尾への行動などは中途半端な説明に終わっている気がする。まあ全体として人は他人によって悪人と善人に見られうるということを言いたいのかなと思いました。 | ||||
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| 確かに大変よくできた作品である。ぐいぐい引き込まれ一気に読めてしまった。寝食忘れて読み進めた小説は久しぶり。構成力・表現力・人物像の作り方・その他もろもろのテクニック・・・素晴らしい出来だと思う。でも何かひとつ、あとひとつ、決定的なものが足りない気がするのは何故だろう。外側の表現力的なことではない。読み終わった瞬間、自分の中に残ったものが・・・・・・なかった。バンバン読み進めているときのあの期待していたものが・・・なかった。確かによくできた小説だった。テクニック的には素晴らしかったし、終わり方も悪くはない、と思う。悪くはない。でもその終わり方は・・・その残し方は・・・既にどこかの誰かが使ってきたものだし、私達の心の中で、既に経験済みのものだった。この路線が好きな人が、「くーーーーーっこれだよね、これ。このツボなんすよ」という気持ちを強化したいならよい。ただ、今の私達はもう、この感覚に飽きているのではないか?この手の悲しさにも、この手の矛盾にも、この手の人間「らしさ」にも、飽きているのではないか? この手の「ゆだねられかた」にも。この題名、この題材、そして人間の業みたいなものを今の時代に表現したかったのならばもう一歩、オリジナルな「哲学」が必要だったはずだ。ゆだねるのもよい、ただ、ゆだねられた哲学に、もう一歩新しさがほしい。一定レベル以上のテクニックを持った作家だからこそ書ける、何か・・・新しい「救い」の形が、ほしい。(ああ「救い」なんて陳腐な言葉をつかってしまうような私に言われたくないとは思うが・・・)よくできた小説だからこそ内実のひと味の足りなさが際立ちすぎて残念さが残った。 | ||||
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| 難解な表現や抽象的な概念が全くなく、筆者が表現する世界にすっと入っていける。その一方で、観察力、表現力は静謐であるが豊富であり、誰もが情景や心情を容易にかつ詳細に思い浮かべることができる。最近この手の作家が多いような気がするが、その中でも人物描写は一流だ。 ストーリーのテンポや展開もいい。特に前半は読者に半歩先に何かあると思わせる『思わせぶり』のところがいいし、人物と時間が多少前後するところも1つのことを多様な角度から見ている感じがしていい。 でも、題名をみて選んだ読者を納得させられているのか?犯罪の温床で魑魅魍魎が跋扈していると思っていた『出会い系サイト』が実は田舎の孤独な若者で構成されているかもしれないと思わせる辺りにはリアリティを感じたが、とうてい祐一の言動をもって『悪人』が表現されているとは思えない。 文章のテクニックに惚れ惚れするし、1つ1つの場面は読んでいながらそこにいるような錯覚を覚えさせられる。『加害者や被害者の縁者ってどんな心境だろう』って疑問に対する1つの解を得た気もする。しかしながら、そのリアリティによって何を言いたかったのか?表現力と表現したい内容のギャップを感じる。 | ||||
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| 人の犠牲になってでも 愛を貫き通す強さを持ちながら、人を殺めてしまった男(悪人)。その彼を取り囲むのは、ねたみ、嫉妬、猜疑心、卑屈な心 など暗黒な心を押し隠し、巧みに人当たりが良い人間を演じる 心弱き人間(悪人)たちだった。他には比べ物にならないほどの深い愛情をもちながらも、犯罪をおかしてしまう人間と、邪悪な心をもちながら、かろうじて犯罪をおかしてはいない人間。『良くない心を持った人、または 良くない事をする人を “悪人”という(国語辞書より)』のなら、どちらの種類も悪人といえるのではないか・・・・。全編、むせかえるほどドロドロとした人間の暗黒面をみせつけられる内容です。問題を直視することができない心の弱さと、傲慢な心が、人を傷つけ、取り返しの付かないような邪悪な念を生む、という悲劇を見せ付けられました。ギリギリの中で彼らのみせた底力が、涙を誘う。人間て、想像以上に、実は強いんだ・・・と。 | ||||
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| 前もって言いますとこんなに評判がよくなければ書かなかったと思います。小説として見たときの率直な感想としては、まずまずかなあと。なので星は三つ。ただ世間の評価と自分の感想の齟齬がとても大きくなってしまったのでちょっとだけ。これで、悪を書いた、と言えるのか。悪とは何かと突き止めたのか。実のところそんなものは期待していなかったのですが、次。それでも必死に手を伸ばそうとしてあがいた真剣さ、切実さがこの作品にあったのか。そういうのが伝わってこなかったので、失望した面がやはりありました。やはり「悪」とか「悪人」なんてテーマがテーマですから、最初からそこまでは期待していないのですが、せめて作品の中でそれでも必死に模索しつづける何かがあれば納得できたと思いつつも(おそらくそれは著者の意気込みというか激しさだったと思います)、読んでみてあまりにあっけらかんな感じがしました。こんなテーマに挑んだ以上、小説として失敗してもいいから、息遣いを感じたかったなあ。一言でいうと迫ってくるものが何もありませんでした。 | ||||
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