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隕石誘拐-宮澤賢治の迷宮-



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隕石誘拐-宮澤賢治の迷宮-の評価: 7.00/10点 レビュー 2件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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No.2:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
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隕石誘拐-宮澤賢治の迷宮-の感想

宮沢賢治さんに限らず、ゴッホなど生前は貧困で悲惨な生活を送ったとされる人が多いのが芸術の世界と思っているのですが・・・偏見ですかね?確かに画家に関しては当時の流行及びアホな評論家に左右される世界なので報われない人が多い気もします。
ただ、小説自体はどの時代においても胸を撃つ作品というのは不可変な物のような気が個人的に思われます。
童話自体は幼児期も記憶に無く、現時点でも無関心なので多くは語れないのですが、小説とは違うのでしょうか?
純真な子供に刺さる作品は簡単なようでもあり、奥深い作品に仕上げるには難しいジャンルであると思います。

mkaw11
HAAP6CBX
No.1:2人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

昭和要素満載の伝記ミステリ

デビュー作である奇想天外な歴史観を綴った連作短編集『邪馬台国はどこですか?』を読んでその面白さを堪能し、その後読んだのは古事記を下地にした鯨版古事記伝の2冊と、異色の近未来小説『CANDY』と、どこかキワモノ感が濃い鯨作品を経て、読んだ本書は比較的まともなミステリであったことにほっとした。宮沢賢治の諸作と生涯をモチーフにした誘拐ミステリである。

私が抱いていた宮沢賢治は死後評価された童話作家・詩人というイメージで、有名な『雨ニモマケズ』の詩のイメージから朴訥かつ誠実な、清貧の人と思っていたが、それは全く違った。

質屋の息子として生まれ、裕福な暮らしをしながら、一方でそんな人に借金をさせて取り立てて生計を立てている父親の仕事を忌み嫌っていた。その明敏な頭脳で鉱石の研究から農業指導者、学校の先生に童話作家と様々な分野に手を伸ばし才能を発揮する。しかし農業指導では農家の有機肥料の設計書を無償で作成して渡したり、羅須地人協会なる農民のための勉強会を開いて土壌学、肥料学、植物生理化学から宇宙論にエスペラント語などを無料で教えていたりしていた。更に右翼に傾倒したり、浄土真宗の父親に対抗して熱心な日蓮の法華経信者になったりと特に父親に対しての反抗心が強い一方で逆に東京に出てからは宝石商を始めるために忌み嫌っていた父親から金の無心を何度もしていたというかなり矛盾の孕んだ人物である。

また禁欲主義者で、特に抑えきれない性の衝動と戦っており、代表作『春と修羅』は春、即ち回春、売春といった性欲との戦い、“修羅”をテーマにしているとの解釈がなされる。性欲を抑えるために童話を次々と書いていったが、晩年は禁欲主義は誤りだったと認めている。
そんな宮沢賢治の暗黒面がつぶさに描かれていく。

本書では宮沢賢治とは自分の理想と常に戦っている人と読み解かれる。父からデクノボーと呼ばれ、そのことを自覚しながら、不器用ながらも正直で誠実でありたいと書いた『雨ニモマケズ』は実はデクノボーである自分を讃えた詩であると解釈され、そして父親の強欲に対抗しながらも父のお金に頼る、禁欲と戦いながらも最後はそれを後悔する、童話を次々と発表するが世間には認められない、といった具合に常に内なる自分と戦いながらも結局敗れていった男なのだ。
明晰な頭脳で色んな分野に深い造詣を持ちながらもそれを活かさないばかりに不遇に見舞われた天才。その溢れる才能の使い道を間違った男というのが生前の宮沢賢治だろう。
今や国民的詩人、国民的童話作家と評されているがそれは彼の死後のこと。今なお彼の諸作が読み継がれ、信奉者を生み出していることから最終的にはその才能の使い道は間違っていないようだったが、当時生きていた宮沢家誰一人知らない事実である。

そして思うのはそんな多才ぶりを発揮するほどに昔の人は斯くもよく働いたものだということだ。常に知識に対して貪欲でそれを人に啓蒙することに情熱を燃やす宮沢賢治の意欲たるや、寝る時間をも惜しんで生きていた、そんなヴァイタリティに溢れている。

タイトルにある隕石は宮沢賢治が知っていたとされる七色のダイヤモンドの鉱脈は隕石ではないかという推察による。つまり隕石が持っているだろう幻のダイヤモンドを巡る誘拐事件、隕石誘拐というわけである。隕石から採れる鉱石・宝石は実際にあるようで、本書も一概に夢物語と一蹴できない真実性を孕んでいる。

その誘拐のターゲットにされる中瀬稔美の境遇はなかなか同情すべきところがある。
山師の父親に育てられ、上京して就職した損保会社で中瀬研二と社内恋愛の末、結婚し、主婦業に専念するが、突然童話作家になりたいと夫は会社を辞め創作講座にアルバイトをしながら通う。勿論それだけでは生計が成り立たないからSOHOでホームページ作成などを行っているが、生活は苦しく、下着も変えずにすり切れてボロボロになった物をずっと使っている。しかしその容姿は周囲が振り返るほど美しい。

そんな毎日に嫌気が差し、夫とは口論が絶えない。そんな中、宮沢賢治を信奉するカルト集団に拉致され、監禁され、潜在意識下に刷り込まされた七色のダイアモンドの在処を打ち明けるよう強要され、拉致グループにクスリを打たれ、レイプされてしまう。

ここまで書くと中瀬稔美の境遇には憐みを覚えてならないが、数々の薬を打たれ、性の奴隷に堕しながらも人一倍強きな性格で、どこかあっけらかんとした明るさを保っている不思議なキャラクターである。

そんなどこかエロティックで艶めかしい展開は昔の土曜ワイド劇場のような俗物的サスペンスドラマを彷彿させる。
その一方で稔美を拉致する十新星の会の面々は宮沢賢治を信奉し、<オペレーション・ノヴァ>というアルミニウムを摂取させることで全国民にアルツハイマー病にし、痴呆化を図り、日本全国民を支配下に置くという、秘密結社物のテイストもありと、なんともいびつな設定の下で物語が進んでいく。

いびつと云えば主人公の中瀬研二を助ける面々もまたいびつだ。
彼の隣人で妻稔美にコンピュータの扱い方を教えていた在宅勤務の児玉恭一、中瀬と同じ創作童話講座に通う白鳥まゆみは宮沢賢治に詳しいがゆえにメンバーに加わるが、夫を別れる決意をし、一方で中瀬研二に惚れている。
高校時代の同級生でフリーライターの伊佐土茂は昔中瀬の妻稔美を取り合った仲であり、稔美の窮地に助太刀を買って出る。
そしてもう1人の藤崎優次郎は昔からケンカが強く、今は武術の達人で忍者ショーの忍者を演じるほどの運動神経の持ち主で手裏剣で敵を攻撃する腕前を持つ。彼は中瀬の窮地に仕事を辞してまで協力する。
つまり中瀬を中心に隣人、片想いの女、かつての恋敵、そして仁義に厚い忍者と、通常ならば考えられないメンバー構成で話が進む。

本作が発表されたのは世紀末の1999年。つまりこのような世間に不安感が漂っている時代にオウム真理教に代表される新興宗教が蔓延っていたように、本書もそんな宮沢賢治を信奉し、国民総痴呆化を企むカルト集団による犯行というのは今読めば荒唐無稽だと思われるが、当時の世相を実は如実に反映した作品であると云える。
特に童話作家、詩人として名高い宮沢賢治の諸作を紐解くことで内なるコンプレックスを読み解き、そこから彼を神と崇める<十新星の会>なる狂信集団を案出したアイデアは鯨氏ぐらいしか思いつかないものではないだろうか。

誘拐物でありながら、宮沢賢治の文献から隠された秘宝の在処を読み解く冒険小説的妙味、さらに秘密結社による日本征服計画、そして拉致された人妻の凌辱劇とサスペンスにアドヴェンチャーにオカルトにエロと思いつくものをどんどん放り込んで物語を作った鯨氏の離れ業。その全てが調和し、バランスを保っているとは云い難いがこのような芸当に挑んだ鯨氏のチャレンジ精神は評価に値するだろう。
もう1つ忘れてはならないのは夢を追いかけて家族に貧乏を強いた夫婦の不和からの再生の物語であることだ。現在単身赴任中の我が身に照らし合わせても思うのだが、案外夫婦は距離を置くことでお互いの存在に改めて思いを馳せ、そして大切さに気付かされるのだ。いつも一緒にいると、やはり人間同士、どこか疲れて嫌なところばかりが目に付くようになる。中瀬夫婦のように誘拐されるような事態はごめんだが、離れることで絆が深まる気持ちは実に今ならよく解る。

そしてやはり鯨作品の妙味は過去の文献、史実から読み解かれる鯨流新事実の開陳にある。
本書で描かれる我々の知らない宮沢賢治の世界は本書のサブタイトルにあるようにまさに迷宮である。自由な発想と突飛な設定。次回もこの作者独特の物語を期待したい。


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Tetchy
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