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完全無欠の名探偵



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完全無欠の名探偵の評価: 8.00/10点 レビュー 3件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:2人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

好きなんだなぁ、こういうの

バラバラ殺人事件ばかりを扱った連作短編集『解体諸因』でデビューした西澤保彦氏はその後特殊な設定の下でのミステリを多く輩出していく。それらは読者の好みを大きく二分し、賛否両論を生むようになるが、作者2作目にしてまさにその特殊設定ミステリ第1弾であるのが本書である。

本書の主人公は山吹みはる。SKGという会社の警備員をしている凡庸とした青年で特徴としては2mに届かんとする巨漢の持ち主。しかし身体は大きいが性格は至って温厚、というかちょっと鈍く、どんな女性も奇麗に見え、また敢えて喋ってはならないことも思わずポロっと喋ってしまう、社会人慣れしていない男である。

しかし彼にはある特殊能力があるのだ。それは話している相手の潜在意識を言語化させることができるのだ。

つまり簡単に云うと山吹みはると話している相手はいつしか自分の記憶の奥底に眠っていた、当時気になってはいたが、そのまま忘却の彼方へと消えてしまったとある出来事を想起させ、案に反してみはるに喋ってしまうことになるのだ。

それは彼と喋ると突然不思議な浮遊感に襲われ、たちまち立て板に水の如く、話してしまう。そして当の山吹みはる当人は相手に異変が起きていることに気付かず、単に話を聞いているだけなのだ。

さらに話し手の方はみはるに話すことで当時の違和感を思い出し、推理を巡らし、相手の隠されていた真意、もしくは当時は気付かなかった事の真相に思い至るのだ。
つまり山吹みはるが相手の話を聞いて事件を解決するわけではなく、あくまで真相に辿り着くのは話し手自身なのだ。つまり山吹みはるは話し手が抱いていながらも忘れていた不可解な出来事を再考させ、新たな結論へと導く触媒に過ぎないのだ。

作中では人は勝負において勝ちたいという願望があるのと同じく負けたいという願望も同時に抱く、それを自己放棄衝動と云い、山吹みはるはその衝動を活発化させる能力を持っていると説明されているが、私としてはもっと解りやすく解釈した。

例えば私の場合、いつもは話そうと思わなかったことを思わず話してしまうことになるのはお酒を飲んでいるときである。思わず酒杯が重なるとついつい口が、いや頭の中の引き出しに掛けていた鍵が開けられ、話し出してしまうことがよくあるが、山吹みはるはそんなお酒のような存在なのだ。

物語の本筋は白鹿毛源衛門の孫娘が高知大学を卒業してもなお高知に留まり、就職した理由を山吹みはるが探ることで、一応長編小説の体裁を取っているが、山吹みはるが遭遇する登場人物たちの抱える過去の不自然な、不可解な出来事が短編ミステリの様相を呈しており、それらが実に面白い。

それらのエピソードの数々は時に忌々しい思い出が思いもよらない善意を知り、逆に胸に仕舞っておいた良き思い出が秘められた悪意を悟らせる。
まさにネガはポジに反転し、ポジはネガに反転するのだ。

そしてこれらのエピソードは次第に蜘蛛の巣に囚われた餌食のように関係性を帯びてくる。

また山吹みはるの能力も万能ではなく、例えば話そうとしていた矢先に他人から話しかけられると意識がそちらに向いて浮遊感は雲散霧消するし、強い意志があればその力に抵抗できるようだ。

一方山吹みはるの登場するメインの物語とは別に1人の少女が登場するfragmentと題されたサブストーリーが節目節目に挿入される。それは一種幻想小説のようで、主人公の少女が慕っていた家庭教師の“彼女”がある日差し入れで持ってきたケーキの箱を開けるとハトの死骸が入っており、その日を境に少女は“彼女”に少しだけ嫌悪感を抱くようになる。そして“彼女”との関係が悪化したハトの死骸をケーキの箱に入れた犯人を捜すことを少女は決意する。

このサブストーリーを間に挟みながら、やがてメインの物語は次第にそれぞれの登場人物たちの繋がりを見せ始める。

本書は日本の本格ミステリの歴史の中でもさほど評価の高い作品ではなく、ましてや数多ある西澤作品の中でも埋没した作品である。しかし個人的には面白く読めた。

それは私がこのような複数の一見無関係と思われたエピソードが最後に一つに繋がっていく趣向のミステリが好きなことも理由の1つだ。

そう、私がこの作品を高く評価するのはデビューして2作目である西澤氏の野心的で意欲的なまでのミステリ熱の高さにあるのだ。それは明日のミステリを書こうとするミステリ好きが高じてミステリ作家になった若さがこの作品には漲っているのだ。

上に書いたように山吹みはるが遭遇する登場人物たちそれぞれのエピソードが1つのミステリとなっている。

この設定が作中のショートショートがメインの殺人事件の解くカギとなっている泡坂妻夫氏の傑作『11枚のとらんぷ』を彷彿させたのだ。

また1つ、私の偏愛ミステリが生まれた。好きなんだなぁ、こういうの。

▼以下、ネタバレ感想

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