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第三閲覧室



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【この小説が収録されている参考書籍】
第三閲覧室
第三閲覧室 (創元推理文庫)

第三閲覧室の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

書物に魅せられし者たちの闇

紀田順一郎氏と云えばビブリオミステリだが、今回は今までの神保町を舞台にした古書収集に纏わるミステリではなく、大学の図書館で起きた殺人事件を扱っている。しかも狂的な古書収集趣味を持っているのは学長の和田凱亮のみで、周囲の人間は大学の費用を稀覯本収集に公私混同して費やす学長に反発する教授たちが取り囲み、学内では派閥争いが起こっているという珍しい設定だ。

しかし事件はなかなか起きない。
主要人物の図書館運営主任の島村、誠和学泉大学の創設者和田凱亮、その養子で図書館情報学部助教授の和田宣雄、そして事件の犠牲者である結城明季子らの関係がじっくりと描かれ、事件が起こるのは100ページを過ぎたあたりだ。それまでは彼らの関係性に加え、大学の図書館の実情と誠和学園大学々長のコレクションが陳列された第三閲覧室なる秘密の図書空間について語られる。この第三閲覧室は大学の施設なのにその閲覧室は学長の許可がないと入れないという、まさに巨大な私的書庫となっている。

まず面食らったのは本書の被害者となるのが結城明季子であることだ。通常上述されたような人物構成の場合、アクの強い人物が殺害されるというのがミステリの定石だろう。つまり本書ならば大学の施設を一部私物化している学長が第三閲覧室で殺害されるという流れになるのが普通ではないか。

しかし被害者は結城明季子。彼女は妻を亡くし、娘が外国で暮らし、そして不肖の息子を抱える島村が大学の図書館運営主任となったことを機に鶴川の自宅から聖和学園大学の教員寮に引っ越しするのに、彼の有する約1万5千冊もある蔵書の梱包と運搬を手伝うために大学の助教授で島村を引っ張ってきた和田宣雄によって派遣された元司書の女性。アラフォーだが、容姿端麗で障害者の子供を持つ母親に過ぎない彼女が燻蒸後の図書館で遺体となって発見される。

一見事故死に見えるこの事件に不審な点を警察が見出したことを聞きつけた新聞記者が古書店主である岩下芳夫に調査を依頼するというのが本書の流れだ。

今回の探偵役を務める岩下の登場も実に遅く、100ページ辺りで登場する。それからは古書に纏わるエピソードと共に事件の調査が進む。
この独特の世界の話がまた面白いのだがそれについては後述するとしよう。

密室殺人、ダイイング・メッセージと本格ミステリの要素を放り込みながらも新本格ミステリ作家たちが描くようなトリックやロジックの追求といったガチガチの本格という空気は実に薄く、正直私自身はそれらのトリックについては読書中ほとんど考慮しなかった。

なぜかと云えば登場人物たちのディテールの方が実に濃密で面白かったからだ。

例えば岩下の調査が進むにつれて、単なる一介の元司書だと思われた結城明季子の存在に謎が生まれてくる。
島村が大学から借り受けて論文をしたためようとしていた『現代日本文学全集』がいつの間にかすり替えられていたこと。そして有休を利用して梱包を手伝っていたはずなのになぜか梱包作業当日も勤務先である福祉科研修センターに出勤していたことなどが明らかになってくる。
一体結城明季子とは何者だったのか?
幻の古書を巡る殺人事件の謎を探る一方で被害者である結城明季子についても謎が深まってくる。

また主要人物たちに関するディテールがとにかく濃い。
容疑者である島村が誠和学園大学の図書館運営主任になった島村が現職に至るまでの和田宣雄との縁について書かれた内容や和田凱亮の生い立ちなどは、かなりのページが割かれて描かれ、一種実在の人物の伝記かと見紛うほどの濃さがある。昭和の混乱期を生きてきた人間の逞しさや強かさを行間から感じるのである。この濃度は戦前生まれである紀田氏のように戦前戦後の混乱期を知る作家の強みというものだろうか。

また本に纏わる蘊蓄も豊かで知的好奇心をそそる。稀覯本の真贋鑑定に関係して紙博士なる府川勝蔵なる人物が登場するが、そこで披瀝される紙やインクに関する知識は実に興味深い。戦前戦後それぞれの時代背景からパルプ材として使用されていたのが針葉樹から広葉樹に替わったこと、繊維と繊維を繋ぐ方法などそれら技術の進歩により、例えば昔の書物の紙は経年変化で茶色に変色しやすいが現在ではそれも解消されつつあること、光に透かして見ることでムラがあるなどの豆知識が得られる。

また書物に淫した人々の話であるから、私も数々の本を所有する者のはしくれとして大いに共感するところもあった。
例えば書庫を見た時に陳列された書物以上に空きスペースがあることを羨ましくなったり、もしくは新しい書庫を手に入れた時の空きスペースの多さに驚喜するといったこと、さらに引っ越しの時に家にある蔵書をいかに理想的に移すかなど、身に覚えのある事柄もあり、面白い。
また昔の文庫などを読んでいると非常に字が細かいことに気付かされるが、作中人物の島村が昔は高齢の読者が少なかったからではないかと述懐するところがあるが、これもなるほどと思わされた。つまり時代が下るにつれ、教育を受けた高齢者が増えてきた今だからこそ高齢者も活字を読むのが当たり前だろうが、昔の人々はまだ教育が不十分であったから書物を読むという習慣がなかったため、出版社は老眼などを気にする必要などなかったのだろうとも推測される。

更にこの作者ならではの古書購入に関する意外な知識も今まで同様に盛り込まれ、例えば昔大ベストセラーになった全集などは古書として出回っているため、高価で取引されない上に嵩張るため、反って古書店が積極的に取り扱わないこと、また全集は後期になればなるほど発行部数が少なくなるため、揃えにくいことなど、私自身がその分野に今後手を付けることはなくとも、興味を覚える内容が盛り込まれている。

さて結城明季子を殺害したのは誰か?
これは意外な人物だった。

曖昧と云えばもう1つ。本書のメインの登場人物である島村の私生活の問題だ。
生前の妻が勝手に不動産の名義を夫婦両名にしたことでやくざ者となった放蕩息子から遺産分配を強要され、おまけに彼の一味の者と思われる地上げ屋に付きまとわれ、電気なども勝手に切られる始末。今回の事件解決に駆り出されたものの、これら私生活の問題は一切解決しない。
正直このエピソードは島村が最有力容疑者として連絡不通になった理由のための話であるのだが、それが意外にも重くて無視できないほどの内容になっている。

これらを踏まえると意外な犯人を設定しては見たが動機はさほど練られてなく、またミスディレクションの演出のために余計な設定を持ち込んでしまったように思えてならない。上にも書いたようにディテールが濃いだけに逆にミステリとして犯人の動機という肝心な部分や登場人物のエピソードがなおざりになってしまった感があるのは正直勿体ない。

私も本好きで、できれば図書館などで借りるのではなく、自分で所有したい人間。しかも新刊であることに拘り、読むために手に入れた古本は読了後手放している。従って本とは読むために所有する物と考えており、決して集めて悦に浸る物として考えていないから、これらコレクターの境地が解りかねる。
本は読まれてこそ本であり、保管されているだけでは書物本来の意義がないではないかと思っているので、逆に云えばまだこのような境地に至っていない自分は正常であると改めて認識できた次第である。
ただ絶版を恐れて買ってはいるものの、読むスピードとつり合いが取れていないため、関心のない人から見ると私も大同小異だと思われているのかもしれないが。

紀田順一郎氏のビブリオミステリは一ミステリ読者として自分がまだごく普通のミステリ読み、書物購入者であることを再認識させられるという意味でも良著だ。
このような本に魅せられ本に淫した人々のディープな世界を見ることはしかしなんと面白い事か。どんな世界でも人を狂わせる魔力はあろうが、書物に関しては派手さがないだけに闇の如き深さがあるように思われる。
最近絶版の本は古本を購入して読むようになってきた私も本書に描かれた人々のような闇に囚われないよう気を付けねば。


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