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バビロン脱出



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バビロン脱出の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
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No.1:
(7pt)

ドミル版「伊東家の食卓」?

ネルソン・デミルならぬドミルの1978年の作品である本書は当時最新鋭の飛行機だったコンコルドがスカイジャックされるというルシアン・ネイハムの『シャドー81』を想起させる作品。当時アメリカでは『シャドー81』はほとんど話題にならなかったとのことだが、ドミル自身はその作品を読んでいたに違いない。

しかしスカイジャックのコンコルドだけを舞台に物語は終わらない。テロリストにスカイジャックされたコンコルドの乗員は誘導されたバビロンの地で混成の即席の軍隊としてテロリスト一団と戦いを挑むのだ。

政府要人を含んだ一行は不時着したコンコルドを資材にしてアラブ人テロリストたちの攻撃に対抗すべく、要塞を作る。この辺りは昔ながらの冒険サバイバル小説の風合いがあり、懐かしくも楽しく読んだ。

機内の戦争映画の戦闘シーンのヴォリュームを大きくして、イスラエル側の戦力が多いように偽装したり、エアゾール缶に火をつけて火器に見せかけたり、さらにはブラジャーを投石器代わりにしたり、窒素ボンベの先にコンコルドのシートを付けた爆弾を作ったりと、日用品を使った生活の知恵ならぬ戦闘の知恵がそこここに挟まれていて面白い。

しかしバビロンの遺跡に今なお2000年の悠久の時間を経てもなお住んでいるバビロンの民、ユダヤ人の末裔が住んでおり、その人たちが脱出したドブキン将軍を助けるというのはいかにもハリウッド映画が好みそうな時代と異国のロマンティックな邂逅という演出で失笑を禁じ得なかったが、この流浪の民がそこにいてまだ留まろうとするユダヤ人の血が伝える民族意識の強さを示すのにこの設定は必要だったのだ。

現在でも存在するかは解らないが、イスラエルには帰国法というのがあり、世界各国に散らばるユダヤ人がイスラエルへの帰国を望めば誰であれ受け入れる国策を講じている。砂漠の地バビロンで文明利器の恩恵から程遠い生活を送る彼らがイスラエル政府が差し伸べる手を敢えて拒み、その地に留まろうとするのは遠き地であってもユダヤの精神は受け継がれるという遺伝子レベルで刻まれた民族の絆という強固な繋がりがあるからだ。
日本人である私でもその見えない強き繋がりの存在は理解できる。私が海外赴任していた頃、一緒に働いていた日本人と感じていたのはやはり私たちはどこへ行こうが日本人であり、仕事に対する意識や文化は他国のそれを理解しても根っこの部分は日本人であることを変えられない、そしてそれが誇りになっていた。この時感じた思いはユダヤ人の持つ民族意識に近いものではないだろうか。

従ってそんな全世界に散らばるユダヤ人で構成された代表団であるから一概にイスラエル人と云っても多種多様。アメリカ系ユダヤ人、ドイツ系ユダヤ人と様々だ。
彼らにはそれぞれの国民性が色濃く根付いていて、価値観の違いからしばしば衝突が巻き起こる。そんな混成チームの内部ドラマも本書の読みどころだ。

そしてイスラエルやムスリムなど中東を舞台にしているせいか、アクション大作である本書にはどこか神が介在している翳のような物を行間に感じてしまった。最果ての地にユダヤ人の末裔がおり、将軍を助けるなど、偶然を必然とする見えざる導きの手がイスラエル代表団の周りには存在しているかのように感じられた。

だからといってイスラエル政府が行方知らずとなったコンコルドの行方をまさに天啓とも呼べる、近い神のお告げが降りてきたようなラスコフ准将の根拠なき直感でバビロンと選定する展開にはいささか疑問。もしこの薄弱な根拠でバビロンに進攻していたら本書の面白さは半減していただろう。ドブキン将軍の決死行がなかったら、私は本書を読んだことを後悔していたに違いない。

本書の主人公ハウズナーはエル・アル航空の保安部長でありながらテロリスト、アメド・リシュの因縁の相手でもあるが、本書をハウズナーとリシュの決着の物語とするのはいささか安直に過ぎるだろう。
ではハウズナーとリシュをリーダーにしたアラブ人テロリストと素人武装集団の戦い、つまり代理戦争であるというのもまた足りない。
これは我々イスラムの民でない者が理解できない彼ら民族間の根深い抗争の物語であり、民族の誇りのためには命を投げ出すことも厭わない民族の物語なのだ。アメリカの冒険小説である本書のメインの登場人物がイスラエル人とアラブ人なのも特異だが、この対立が23年後アメリカ人とアラブ人という構造に変わり、全く違和感のない世界になっていることが恐ろしい。
ドミルは9.11以前に既にアラブ人テロリストがアメリカに侵入して次々と元軍人たちを殺害する『王者のゲーム』を著しているがその萌芽は既に本書にあったのだ。

さらに作者がトマス・ブロックと共著で発表した航空パニックの大傑作『超音速漂流』の元ネタも本書には見受けられる。そういった意味で本書は後にベストセラー作家ネルソン・“デミル”になる源泉だと云える。

そして忘れてはならないもう1人の主役がテロに遭うコンコルド機だ。今はもう生産されず営業航行されていない幻のスーパージェット機コンコルドが満身創痍になりながらも再び空へ旅発とうとする姿は映像化すれば魂宿る気高き鳥として映るに違いない。
後世にコンコルドという音速を超えるジェット機が存在したことを知らしめる詳細な資料としても貴重な一冊となっている。

しかし昨今のデミル作品と思えぬほどアメリカン・ジョークの少ない作品だ。確かに本書の登場人物はイスラエル人ばかりだが、作家としての余裕がまだ感じられないことの証左でもある。
初々しさの残る作品だった。


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