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ビロードの悪魔



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ビロードの悪魔の評価: 7.00/10点 レビュー 3件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:6人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(10pt)

物語作家カーが本領発揮した冒険活劇

カーの歴史ミステリの中、いやカー全作品の中においても屈指の面白さを誇るのが本作。私的カーベスト5、いやベスト3に入る作品と断言しよう。
本書では『火よ燃えろ!』同様、現代の人間がタイムスリップして中世に行き、その時代の事件を解決するという手法が採られている。しかし、作品が書かれた年代から云えばこちらが先なので、逆に『火よ燃えろ!』が同様の趣向を取り入れたと云えよう。しかし本書のタイムスリップの仕方は一風変わってて、なんと主人公を務める歴史学者は300年前の殺人事件を調べるために悪魔と契約して、自身の魂と引換えに1675年のロンドンに送ってもらうのだ。悪魔と契約というところで、非常に読者を選ぶと思うが、これを深く考えず、単なる物語の設定と寛容に捉えていただければ、後は目くるめく物語世界が眼前に広がることになる。

歴史学者ニコラス・フェントンは300年前に自分の家の近くで殺人事件があったことを知り、そのときの家主が同姓同名の人物であること、当時の事件の詳細を記した文書が秘書ガイルズ・コリンズによって書かれていたが、抜けがあり犯人が解らなくなっていることに好奇心を書き立てられたニコラスは悪魔に魂を売り渡し、当時のロンドンへタイムスリップする。
ニコラスはニコラス・フェントン卿になりすまして毒殺された妻リディアの治療に専念する。その甲斐あって、リディアは回復し、そして犯人であった女中を追い払うことに成功する。しかしリディアが死ぬ6月10日にはまだ日があり、しかも悪魔の話では歴史は変えられぬという。そんな中、ニコラスは国を揺るがす陰謀に巻き込まれていく。果たしてリディアの命は救えるのか、そしてニコラスは窮地を見事に脱することが出来るのか。

数多くの密室トリック物はじめ不可能犯罪を取り扱ってきたカーはその作品性からトリック重視の作者と捉えられがちだが、実は物語作家としても定評がある。ただカーの場合はトリックを成立するために人物を配置させたような意図が見えてしまうのと、過剰なまでのサービス精神でドタバタ喜劇を展開してしまい、その濃度の高さから好き嫌いが分かれてしまっているのは認めざるを得ないだろう。しかし本書は歴史ミステリということでフェル博士シリーズ、HM卿シリーズとは趣を変え、不可能趣味よりも娯楽小説としての側面を前面に押し出しており、なおかつサプライズもあるというカーにしては稀有なまでの出来栄えとなっている。
『火よ燃えろ!』では過去に戻ることでの読者への先入観を利用した錯誤をトリックにしており、歴史ミステリである必然性があったが、本書も同様に現代の人物が過去にタイムスリップすることが最後のサプライズに大きく寄与している。あまり詳しく書くと未読の方にヒントを与えてしまいがちになるので、この辺で止めておくが、策士としてのカーの側面が活かされた内容だ。
そしてそれに加え、本作では物語自体が非常に芳醇である。タイムスリップしたニコラス、つまりニコラス・フェントン卿を取り巻く人物達と築かれていく信頼関係、特に日増しに募るニコラスのリディアへの思いなどロマンスの要素もさることながら、特に本書では剣戟場面が迫力満点で、単なる比喩でなく手に汗握ること間違いない。カーの筆も乗りに乗っていることは行間から明らかに窺え、数あるカー作品の中で最も躍動感に満ちたシーンといえよう。興奮冷めやらぬ体で読み終えた私は物語が終ることを惜しく思ったくらいである。

本書を手に入れたきっかけは当時山口雅也氏が早川書房の企画で作家お勧めの1冊かなにかで本書を取り上げたことから当時絶版だった本書が復刊されたことによる。この企画で山口氏が取り上げなければもしかしたら未だに手に入らなかったかもしれない。こんな傑作が絶版になっていることこそ出版社の怠惰だと思うが、それを発掘し、世に知らしめてくれた山口氏に感謝したいと思う。

Tetchy
WHOKS60S

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