【安部龍太郎】
迷宮の月
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明治維新そのものが持つ思想と制度の欠陥に根本原因があるのではないか―1932年、イェール大学で歴史学を研究する朝河貫一は、日露戦争後から軍国主義に傾倒していく日本を憂えていた。
能登七尾の畠山家に仕える武士の家に生まれた信春は、10歳で長谷川家の養子になる。
「その日を死に番と心得るべし」との覚悟で幾多の合戦を生き抜いた藤堂高虎。
反乱、暗殺、裏切り、虐殺、謀略。栄耀栄華を極めた者は、明日は無残な敗者となった―。
小田原の北条氏を滅ぼし、天下統一の総仕上げとして奥州北端の九戸城を囲んだ秀吉軍。その兵力はなんと15万。
関ヶ原合戦が終わった。天下分け目の大戦に勝利した東軍徳川方では恩賞問題に苦悩していた。
平安時代末期、末法の世。貴族たちの権力抗争は、皇位継承をめぐる骨肉の対立と結びつき、頂点に達した。
戦国時代、朝廷から金掘り御免の認可を得ていた三島家は石見銀山から莫大な収益をあげていたが、近隣勢力によって家を滅ぼされる。
天文年間、小土豪が群雄割拠する中国地方で没落した宇喜多家の嫡男・八郎は、その器量を見込まれ、豪商・阿部善定のもとで父母とともに居候していた。
武士道と云うは死ぬ事と見つけたり 武士道の神髄を描く、圧巻の歴史巨編!藩内の諍いに巻き込まれた佐賀藩士の田代陣基は、武士の意地を見せるために切腹を決意した。
すべてに裏切られても、己を信じて生きる江戸から明治へ。人々の哀歓を描く本格時代小説ご一新から五年。
織田信長軍団の若武者・長岡与一郎(のちの細川忠興)は、仲間の万見仙千代、荒木新八郎らとの勝負を経て、彼らの友情に支えられ、信長の養女にして重臣・明智光秀の娘・玉(のちのガラシャ夫人)を娶った。
「天下布武」―武力を背景に世を変革してゆく信長は、天正九年、安土を中心に磐石の体制を築いていた。
主家を乗っ取り、将軍を暗殺し、東大寺大仏殿を焼き払う。悪名高き武将・松永久秀は、織田信長に二度目の謀叛を起こしていた。
鳥羽・伏見の戦いに敗れ、旧幕軍は窮地に立たされていた。
藤原氏が設立した施薬院の仕事に、嫌気が差していた若き官人・蜂田名代だったが、高熱が続いた後、突如熱が下がる不思議な病が次々と発生。
本能寺の変より四年前。織田信長に叛旗を翻し有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起こる難事件に翻弄されていた。
なぜ、人と人は争わねばならないのか?日本史上最大の危機である元寇に、没落御家人が御家復興のために立つ。
【第166回直木賞受賞作】どんな攻めをも、はね返す石垣。どんな守りをも、打ち破る鉄砲。
「世を、人の心を変えるのだ」「人をあきらめない。それが我々の戦いだ」――平安時代「童」と呼ばれる者たちがいた。
一俵でも禄高が減れば旗本に格下げになる、ぎりぎり一万石の大名、下総高岡藩井上家に婿入りすることになった竹腰正紀はまだ十七歳の若者だ。
時は天平宝宇年間。藤原清河の家に仕える高向斐麻呂は14歳で大学寮に入寮した。
直木賞作家が描く、珠玉の短編集。清水寺の稚児としてたくましく生きる花月。
倉橋長五郎政重は、徳川家御先手組にあって、無敵の大業“鬼落とし”で知られた槍の名手。
かつて一刀流道場の四天王と謳われた勘定方の瓜生新兵衛は、上役の不正を訴え藩を追われた。
雪の夜、木挽町の芝居小屋の裏で、菊之助なる若衆が果たした見事な仇討。白装束を血に染めて掲げたのは作兵衛の首級。
五百万両の借金をかかえる破綻寸前の薩摩藩の財政建て直しを島津重豪から命ぜられた調所笑左衛門広郷。
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白昼、老人が渋谷のスクランブル交差点で何もない空を指さして絶命した。正光秀雄96歳。
日本国存亡の危機に真の英雄現わる!かつてなき国難に立ち向かった実在の貴族の闘い!時は平安中期、朝廷きっての貴公子でありながら、「さがな者」(荒くれ者)と呼ばれた藤原隆家は、花山法皇や藤原道長らとの「闘乱」(喧嘩)に明け暮れる日々を送っていた。
将軍の首が消えた!尼将軍・政子の深謀とは?『銀漢の賦』『秋月記』『花や散るらん』で時代小説界を席巻した新鋭が挑む、鎌倉幕府最大の謎。
列強諸国に蹂躙され荒廃した清朝最末期の北京。その混乱のさなか、紫禁城の奥深くでひとりの妃が無残に命を奪われた。
「この本を読めば、読者の皆さんは〝中国〞と〝中国人〞の本質を知ることになるでしょう。
備中松山藩(現・岡山県高梁市)にて藩校・有終館の学頭(校長)を務めるかたわら私塾「牛麓舎」を開き、弟子たちの指導に当たっていた陽明学者・山田方谷は、借財10万両を抱える藩の財政を司る元締役とその補佐役である吟味役の兼務を命じられる。
奥多摩の、太古から神を祀ってきた霊山・御嶽山の上にある村。そこにある神官屋敷は浅田氏の実家である。
安政七年(1860年)。笠間藩士・小野友五郎はサンフランシスコを目指す咸臨丸の船上にあった。
大宰府が朝廷に贋物を献上!? 都から配流中の道真は、疑惑を晴らす秘策を……。左遷暮らしをユーモラスに描く歴史小説。
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