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egut さんのレビュー一覧

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レビュー数738

全738件 41~60 3/37ページ

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No.698:
(8pt)

推しの殺人の感想

扱われる要素の数々が無駄なく配置されており、完成度の高い作品でした。若い世代向けの表現がライトなクライムノベルであり、文章も読み易く面白いです。読後感が良いのもポイントです。

物語は崩壊寸前の3人組の地下アイドルのお話。メンバーの1人が人を殺してしまい、相談の結果、3人は死体を山中に埋める事を決意するという流れ。本書はこの犯人視点の倒叙ミステリです。

アイドルが犯人という倒叙ミステリにおいて、読者が犯人に共感できるように芸能の闇を扱う点が上手かったです。その闇の表現がドロドロしたものではないため、嫌な気持ちにならずに読めるのもよいです。また、感情の扱いや表現がとても巧みで、アイドルを応援したい気持ち、同情や共感したい気持ちが芽生え、3人組の物語に惹かれていくのを感じました。

ミステリー的な仕掛けを期待する作品ではないのですが、配役や設定や、ちょっとした驚きなど、作品のまとめ方がとても巧くラストの切り方も好みでした。
推しの殺人 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
遠藤かたる推しの殺人 についてのレビュー
No.697: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

アンデッドガール・マーダーファルス 1の感想

予想以上にかなり好みの作品でした。(☆8+好み)
吸血鬼ドラキュラ、フランケンシュタインの人造人間など異形のものが存在する世界での怪奇小説であり、しっかりとした推理を行う本格ミステリでもあり、バトルあり、落語のような笑いありと、いろいろ混ぜ込んでいながら破綻せず面白い物語になっている独特な作品。

第一章吸血鬼については、銀の杭に貫かれた吸血鬼夫人殺害の謎。
読書前はライトノベルのファンタジーものくらいの気持ちで手に取ったのですが、手がかりや推理をするロジックなど、本書の題材を用いたしっかりとした謎解きミステリであることに驚かされました。本書がミステリであることに気づき、期待以上の面白さに嬉しい悲鳴でした。

『怪物専門の探偵』と名乗る『鳥籠使い』という二つ名もカッコよく、かつ今まで体験した事がない探偵設定なのが個性的でよい。探偵役と戦闘担当というコンビも、怪物相手の物語においてバトルの見せ所が生まれるなどで見所が豊富でした。今後も期待のシリーズです。
アンデッドガール・マーダーファルス 1 (講談社タイガ)
No.696:
(6pt)

自由殺人の感想

社会的な風刺があるエログロ系ではない方の大石作品。
物語はビルを吹き飛ばす程の爆弾がプレゼントされたらあなたはどうするか?という話。複数人に配られた爆弾を受け取った者達の姿を描く群像劇。まずは疑心暗鬼に始まり、はなから悪戯だと信じない者、警察に届ける者など様々。社会への不満、格差による嫉妬、幸せな奴らを吹き飛ばしたい悪意など、負の感情が渦巻く姿を描くのはいつもの作者の持ち味で楽しめました。
爆弾が爆発するシーンや社会が混乱する所など、世の中を描くシーンは作者には珍しい場面で新鮮でした。いつもは個対個や犯人や被害者の異常性を読むことが多いので珍しいと思った次第。作者の作品は人には薦め辛い内容なのですが個人的に好みが多い。なかなか面白かったです。

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自由殺人 (角川ホラー文庫)
大石圭自由殺人 についてのレビュー
No.695: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

黄土館の殺人の感想

シリーズ3作目。このシリーズは1作目から順に読む事が必須です。
1作目は少し好みと違う作品でしたが、その後の2作目、3作目は期待通りの面白い作品となっています。4部作なので、次巻も楽しみです。

シリーズを通して感じる「名探偵とは」のテーマは今回も健在です。さらにそのテーマに負けないくらいミステリ要素が豊富なのが魅力的でした。地震&落石によるクローズド・サークル、交換殺人、序盤は片側の犯人視点による倒叙ミステリ、後半は館で起こる連続殺人。ミステリ好きにはたまらない展開です。ただ、豊富なミステリ要素は大好物ですが、数が多すぎて事件の把握に難航しました。加えて、600ページ超の長さなので読了までかなりの時間がかかったのが少し大変でした。読みやすく面白かったのですが、読書中は先が気になる面白さというより、犯人や結末をなんとなく予感してしまい、答え合わせまでの道のりが長く感じました。

とはいえ、3人組のキャラや元名探偵との間柄も好みですし、近年のミステリの新作の中では期待のシリーズです。次巻の災害は嵐をテーマにしたものでしょうか。とても楽しみです。

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黄土館の殺人 (講談社タイガ)
阿津川辰海黄土館の殺人 についてのレビュー
No.694:
(6pt)

クリスマスの4人の感想

あらすじやタイトルから感じる期待感と中身が合ってないと感じました。
発売月が11-12月なのでその時期に合わせたタイトルとしてクリスマスにしたのかなという印象。たしかにクリスマスの奇跡ととらえる事もできる内容ですが、ちょっと安易な気がしました。

物語は4人の若者がドライブ中に交通事故で人を殺してしまうという始まり。夜で誰も見ていない為、事故を隠蔽し4人の秘密とします。それから数年後、10年ごとのクリスマスの日に何故か轢き殺してしまった男性が生きて姿を現します。一体何が起きているのか。という物語。

著者の作品は読みやすい為、物語に没入できるのが良かったです。事故を起こしてしまった不安や何故か現れる男性の姿によるパニック。不安な気持ちによるホラー模様で序盤は楽しめました。ただ中盤以降や真相についてはちょっとアンフェアに感じます。良い意味では予想外の物語へ展開したとも言えますが、悪い意味では突然の設定変更みたいな気持ちで腑に落ちませんでした。

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クリスマスの4人 (光文社文庫)
井上夢人クリスマスの4人 についてのレビュー
No.693:
(6pt)

きこえるの感想

小説を用いた新しい読書体験作りを感じた一冊でした。

『いけない』シリーズでは最後のヒントとして写真画像を見せて読者に真相を推理させる話となっていましたが、本作はそれの動画バージョンです。小説中にYoutubeへのURLが書かれたQRコードがあり、そこからYotubeにて最後の手掛かりとなる音を聴くわけです。
ちょっと悩ましい所は音を聴けばすぐに真相がわかるという訳ではありません。あくまで最後のヒントとなるもので、音を聴いてそこから読者が真相を推理する必要があります。ゲームブックや謎解きゲーム/イベントに参加している感覚なので自分で謎を解くのが好きな人向けです。言い換えると『いけない』シリーズと同様に真相は描かれていないので、結末が分からずスッキリしない作品でもあるのでそれが好みではない人には不向きです。
他、普段読書をどこでするのかが影響する作品です。私は電車移動中や外出先で読書をする事が多い為、外では結末の音が聴けず家に帰ってから動画を見るという手順だった為、没入感が途切れました。『いけない』シリーズだと読書のまま画像が見れたのですが、本書は動画を再生する必要があるので悩ましい所でした。本書は家でじっくり読むのに適してます。

5作の短編集ですが、個人的には『ハリガネムシ』が一番良かったです。本書の音に関する物語と仕掛けがマッチしていますし、抑揚のある音声を聴いたからこそわかる真相や心情が見事です。物語の内容は作者らしく重苦しいのがちょっと苦手ではありますがミステリと本書の音のテーマには一番マッチしていると感じました。

その他本書のおもしろい所はYoutubeの再生数ですね。ある意味読者数の集計ができるわけです。出版部数に対しての再生数の動きをちゃんと解析していけば、読者の広がり、中古や図書館での読者数、著者のファン数の推測値、文庫化した時の動きなど、分析に活用できるなと思いました。
きこえる
道尾秀介きこえる についてのレビュー
No.692:
(6pt)

デルタの悲劇の感想

読後に感じたのはミステリの仕掛けを施した技巧本という印象でした。こういう作り方の物語だったのかという感覚。技術的な視点で見ると面白い構成なのですが、物語としてはあまり好みではなかったです。
物語は過去のいじめの真相を追う話。鬱々とした話が続き、特に興味がわかない話の進み具合に退屈な読書でした。
終盤解説があるのですが読んでも凄いとか驚くとかそういう感情は沸かず、ただ分り辛いという気持ちでした。

本書が神がかった印象を受けるのは物語が著者の遺作設定である事が挙げられます。著者作品の特徴として自身の本名を登場人物として作品内に登場しますが本書もその1つです。著者の遺作としての設定の本書なので物語中で亡くなったのですが、現実に著者が急死してしまった為、本書の物語が虚構なのか現実の事なのかと奇妙な感覚を得る次第でした。
デルタの悲劇 (角川文庫)
浦賀和宏デルタの悲劇 についてのレビュー
No.691:
(7pt)

パワー・オフの感想

96年に書かれたコンピューターウィルスを用いたサイバーミステリー。
MS-DOSやパソコン通信時代が描かれており、その時代ですでに人工知能を巧く絡めた作品となっているのが驚きでした。
90-00年代のパソコン好きやエンジニアの方にとても楽しめる作品となっております。ミステリーやサスペンス的な要素や構成については今読んでも十分に面白く、コンピューターやウィルスの進化の目的は今読んでも違和感がないのが素晴らしいです。著者の当時からのコンピューターの知識量が垣間見れる作品でした。
MS-DOSやフロッピー、モデムなど、機材や環境については古い単語である事は否めませんが、それを気にしなければコンピューターのベーシックな要素で物語が進むため、ネットワークやコンピューターの原理など初心者エンジニアの方にはそういう面でも楽しめそうです。

ウィルスは何故広まるのか、どこへ到達するのか、終盤の1つの解については現代のAIとの関りの考え方と違和感のない道を示しています。著者の先見性に驚かされました。

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パワー・オフ (集英社文庫)
井上夢人パワー・オフ についてのレビュー
No.690:
(8pt)

ダレカガナカニイル…の感想

かなり好みの作品でした。92年の作品ですが今も問題なく楽しめます。

冒頭は宗教施設や反対運動の過激なデモ模様がレトロな村を舞台とするホラーを感じさせました。そこから監視カメラで囲まれた宗教施設の火災の謎、教祖の死、そしてそれを切っ掛けに生まれた主人公の頭の中に入り込んだ意思。という具合にどんな物語に展開するのか予想できないワクワク感のある読書でした。
あらすじにある通り、SF、ミステリー、恋愛、など当時には珍しいジャンルミックスの作品です。所々に生まれる奇妙な違和感がホラーやSFでの演出と思いきや、ミステリー的な解法で巧く繋がるスッキリ感もあり、かなり巧妙な作品だと感じました。

恋愛要素についてはとても好みなのですが、惜しむべきはもう少し男性と女性が惹かれ合う切っ掛けを描いて欲しかったです。あまり説明がないので一目惚れ感が凄くて、そんなご縁でこの行動力は違和感です。ベタですが男性側に頼りがいがあったり、知的な要素があったり、女性を助けたとか何かしらのエピソードがちゃんとあれば個人的に非の打ち所がないと感じる作品でした。
ダレカガナカニイル… (講談社文庫)
井上夢人ダレカガナカニイル… についてのレビュー
No.689:
(7pt)

プラスティックの感想

2024年の本屋大賞超発掘本に選ばれたきっかけで読書。
1994年の作品であり、その年代を考えればやはり先駆け的存在の1つだと感じます。思い返せば90-00年代ごろこのネタが流行りました。そのままの単語が使われている映画も頭によぎるぐらいです。とはいえ本書のテーマが分かってしまっても先が気になる面白さの作品である事は間違いありませんでした。

読者はワープロで打たれた54個の文書ファイルを読み進めるという構成です。
複数名によって書かれた文書を読み進めるうちに奇妙な違和感が起きてきて、序盤は誰かの勘違い?こういう事なのでは?と思ったらそんなの想定済みですよと言わんばかりにその考えをボツにする展開が発生し、この作品はホラーなのか?SFなのか?一体これはどういう事なのだ?と先が気になる物語で楽しみました。

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プラスティック (講談社文庫)
井上夢人プラスティック についてのレビュー
No.688: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

可燃物の感想

5編の本格ミステリ。捜査資料として事件の概要を知り、追加の捜査や取り調べで得た情報から事件の構造がわかる警察小説を用いた本格ミステリでした。
率直な感想として、かなり丁寧な物語で細かい所まで気を使って描かれていると感じます。大きな派手さはなく、一発ネタの仕掛けで盛り上がるようなものでもないのですが、細かい手掛かりを元にちゃんと考えれば真相が見えてくる謎解きの面白さがある内容でした。
まぁ、、、個人的な好みの問題なのですが、地味かなと。キャラクターも事件もあまり印象に残らないというか、そういう風に描いているのでここは好みの問題です。なんというか丁寧で嫌な所がない上品な警察小説だなというのか個人的な感想でした。
可燃物
米澤穂信可燃物 についてのレビュー
No.687:
(6pt)

優雅なる監禁の感想

著者の作品に期待する通りではありましたが、本書の場合はただひたすらに陵辱シーンのエロを描いたという作品でした。著者の作品ラインナップによってはホラー/官能/暴力/テーマ性/の成分が振り分けられ、たまに名作になるバランスが存在するのですが、今回の作品に関しては暴力とエロです。

物語はあらすじ通り二部構成。
第一部はエリート医者の双子に監禁され陵辱されるという、ある意味安定のいつも通りの大石圭作品。ただ他の作品との違いとしては犯行に至るまでの過程や思考を描くのではなく、プレイ内容を主に描かれていると感じました。読み進めていく中で、あぁ今回の作品はそこを描くのがメインなのかと思った次第。そういう内容なのですが文章はサラッとしていて読み易く、そこまで具合悪くなるような気持ち悪い表現もないという、ここもいつも通りの著者の文章なので楽しめました。
ただ第二部からの復讐についてはちょっと残念でした。あまりにも上手く行き過ぎており、ターゲットも急に頭が悪くなるような感じで違和感です。恋は盲目なのかもしれませんが、ちょっと残念な展開でした。船上のシーンは著者が復活して目覚めたようなノリの良い展開で好みではあります。

ホラー小説における暴力等の嫌なシーンの対比ともなる、幸福となる食事のシーン。ここら辺のシーンがいくつかあり印象に残りました。なので本書のテーマは性欲や食欲、人間の内面に抑圧されている暴力的な欲求。「監禁」されているのは実はそういう暗黒面の欲求の事を比喩しているのではないか。とか勝手に深読みしながら著者の作品を楽しんだ次第でした。内容はアレなんですが謎の中毒性がある作家だなと感じます。
優雅なる監禁 (角川ホラー文庫)
大石圭優雅なる監禁 についてのレビュー
No.686:
(8pt)

正解するマドの感想

本書は事前の予習が必要な作品。
対象読者は野﨑まど作品が好きな人、そして野﨑まどが脚本を手掛けた『正解するカド』を視聴している人向けとなります。その内容を知っている人に向けて仕掛けられた予想外の展開の物語となります。狭い読者層向けの作品なのですが、該当する方に楽しめる作品です。ファンの期待に応えている作品と言えるでしょう。

本書はアニメオリジナル作品となった野﨑まどの『正解するカド』のスピンオフ作品を、野﨑まどファンである作者の乙野四方字が依頼を受けて執筆するという物語です。アニメのストーリーを小説化した作品ではなく、完全オリジナルの物語です。

物語の主人公は乙野四方字自身。大ファンの野﨑まど作品に関われる依頼に喜ぶ一面もあれば、その期待故にプレッシャーでまったく書けなくなる悩みが描かれます。登場人物や出版社とのエピソードが本当の事のようにリアルに描かれているのが面白く、どこまでが本当の事でどこから創作なのか不思議な感覚での読書でした。その雰囲気が続いていく中で、まったく執筆できずに病んでいる作者の前にアニメ作品に登場するキャラクターが現れるという流れです。

ジャンルとしてはSFメタフィクション小説。現実や虚構やその他いろいろな要素が入り混じる作品です。そして要素として何を混ぜているかというと、野﨑まどの作風や、アニメの『正解するカド』の内容なので本当に読者は限定的です。ただそれらを知っている人にはわかると思いますが、野﨑まどが最後にどんでん返しのように仕掛ける構成やユーモアを本書特有の世界で行われているのが見事でした。

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正解するマド (ハヤカワ文庫JA)
乙野四方字正解するマド についてのレビュー
No.685:
(6pt)

贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚の感想

著者の作品は幽霊や怪異が存在する事が前提のミステリーの作品が描かれます。本作もその系統の1つ。死者が見える霊媒師が主人公のミステリー。
短編集であり、1話で解決していくスタイルなので気軽に読めました。著者の作品のよい所はちゃんと題材となる幽霊が存在する事を活用したミステリー仕掛けをしてくる事。特殊設定ものとして新しい謎解きや仕掛けが楽しめました。
幽霊が見えるだけでなく、会話ができ、事件の概要を直接聞ける。そんな状況なら謎なんてないじゃないと思う所なのですが、各話巧いミステリー作りをしていたのが良かったです。

キャラクターとして胡散臭い主人公の性格はあまり好みではなかったのですが、洞察力を用いた推論を一気に語るセリフは好みでした。相棒となる助手の美幸の存在もよくコンビものとして良かったです。著者の那々木悠志郎シリーズが怖いホラーよりで、こちらは気軽に読めるライトな幽霊ミステリーといった所です。
シリーズ2作目が既に発売していて気になるのですが、PHP文芸文庫の値段がちょっと高めなので内容に対してこの値段設定は購入を悩むのが正直な気持ちかな。
贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚 (PHP文芸文庫)
No.684:
(7pt)

一線の湖の感想

メフィスト賞受賞の『線は、僕を描く』の続編。前作は必読。本作は完全に非ミステリの青春小説です。

前作同様、文章の表現力が凄まじく素晴らしい読書体験でした。
物語の好みとしては良い面と悪い面があり、ちょっと悩ましい方が強かったのが正直な気持ちです。

1作目はサクセスストーリーの展開でゴールが綺麗に決まっていた為、その続きとなる本書はどう始まるのだろうと手に取りました。あらすじにありますが序盤は主人公の苦悩が描かれたスタートでした。進路に悩み優柔不断な主人公の姿が描かれます。正直な気持ちとして、読んでいてあまり良い気持ちではありませんでした。ウジウジした主人公の姿を見て、一作目のあの姿はどこに行ったんだと思う次第。きっと1作目で盛り上がったゴールを描いたので、一度その雰囲気をリセットする為に主人公を逆境に立たせたんだろうという構成の都合を感じてしまった次第。1作目と2作目の物語の繋がりが弱く、急に逆境だったから変に感じたのかもしれません。その感覚だった為、終盤近くまではどんよりした気持ちを感じながらの読書でした。1作目のような水墨画での新しい知的好奇心は得づらく刺激を変える事が少ない為、読者は最初に得た気分のまま読み進めるんじゃないかなと思いました。

と、気になる事はありましたが、その苦悩が伝わるぐらい文章表現が巧い。関わる人のちょっとした全てを語らないセリフや想いなど、読書体験としては素晴らしかったです。好みと合わない点は多いのですが作品の水準はとても高いです。逆境からスタートである構成も相まって終盤の力強いシーンは圧巻でした。揮毫会や水墨画家達の大団円も見事で映像化が期待されます。

主人公の決断は好みと違うものだったり、ラストから感じる画家たちとの関係性もなんだかピンと来ないので、個人的には物語は1作目で完結な気持ちでした。
一線の湖
砥上裕將一線の湖 についてのレビュー
No.683: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

鏡の国の感想

まずは小言を。帯や宣伝コピーが意図しない内容で過剰です。
「反転」やら「伏線」やらそういうのを期待して読むと思っていたのと違うという感想になりますのでご注意を。
売る為とはいえ作品が不当な評価に繋がるので残念な気持ちになりました。作品に罪はないので評価はちゃんと別扱いです。

正しい作品のテーマをお伝えすると、本書は身体醜形障害という自分が醜いと思い込んでしまう精神障害を扱った青春ミステリです。SNSの誹謗中傷により自分がブスで醜いと思い込んで悩む姿が描かれています。アイドル活用やSNSや動画配信など、顔を出す活動の現代的な要素を絡めていきます。
物語は大御所ミステリ作家の遺稿を読むという作中作の構成であり、遺稿では何を伝えたいのかが読者に考えさせる謎となります。ミステリーとして上記のテーマをちゃんと絡めた内容であったのが見事でした。

帯で感じるような一発ネタの仕掛けを楽しむ作品ではなく、障害を含むルッキズムをテーマとして扱い、それがどのようなものかを読者に伝え、悩みや希望ある物語へ変化していきます。読後感は良く面白い作品でした。

▼以下、ネタバレ感想
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鏡の国
岡崎琢磨鏡の国 についてのレビュー
No.682:
(7pt)

僕が君の名前を呼ぶからの感想

『僕が愛したすべての君へ』/『君を愛したひとりの僕へ』のスピンオフ作品。
別の並行世界を描いた作品であり、SFやミステリ成分は特になく物語の補完的位置づけです。

3作品を通して一番印象に残り良かったポイントは、別の並行世界の幸せを描いた事だと思いました。
世の中にこの手の作品は豊富にありますが、これ系の愛読者には隠しテーマが存在します。それは並行世界の恋愛もの作品もしくは恋愛アドベンチャーゲームにおいて、選ばれなかった側はどうなるのかという事です。作品によっては選ばれなかった側の不幸を描いたり、メタ要素で読者やプレイヤーを悩ませる作品の方が世に多い中、全てをハッピーエンドのように描いているのは中々の特徴的な要素だと思いました。著者の優しさかと感じます。
小説2作品と映画も観てから本書を読みました。描かれなかった所を優しい雰囲気で補間された内容です。新たな展開というのは無いのでシリーズ作品が気に入った人向けの作品。本書だけや最初に読むのはオススメしません。
3作どれも面白く物語を堪能しました。良かったです。
僕が君の名前を呼ぶから (ハヤカワ文庫JA JAオ 12-5)
乙野四方字僕が君の名前を呼ぶから についてのレビュー
No.681: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(5pt)

あなたが誰かを殺したの感想

んー……個人的に期待し過ぎてしまった。。。という気持ちです。

仮に著者の名前や加賀さんの名前を隠すか変えて読まされていたら平凡で評価し辛い作品になるのではないかと。著者の名前補正で面白く感じるような。。
文章の読み易さはさすが東野圭吾といった印象でスラスラ読めました。ただ著者を感じるのはそのぐらいでした。

本書は解答編がちゃんとあります。
タイトルから『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』を想起させます。未読の方に簡単に説明しますと、この2作は最後の謎解きを読者に推理させる作品として当時話題になりました。解答編を読めないように袋とじにするなど面白い試みだったのです。本書はタイトルが似ていて同シリーズな為、過去作を知る人程、その再来、もしくは読者に対して何らかのアプローチがあるのではないかと期待をさせる本なのです。ですが本書にはそういったアプローチはありませんでした。勝手に期待していた個人的な問題ではあるのですが、そういう思わせぶりで無いのは残念でした。解答を書かない事や読者に考えさせる本は今の時代に合わないと判断されたのでしょう。そして本書は世の中や読者層からは評価が高いので、著者はちゃんと求められているものを描いているわけです。私のようなものを期待する人は少数派と感じました。

物語は良い意味で古き良き時代のミステリです。90年代の感覚での最新刊という所。富豪の集まる別荘での連続殺人です。何となくですがドラマの脚本をイメージされているような見せ場が用意されています。古き良き著者作品のトリックや殺人事件の異常性や深みがあるテーマというものはありませんでした。あるものは映像化した時の映え。芸能人に合うキャラ設定、別荘宅や調度品、プレゼントの高級な品、高級レストランでの食事のシーンなど、映像用かなと思うシーンが強く印象に残った次第です。本作は映像化前提を意識しすぎてしまった作品に見えました。ドラマ化する上での妥当なプロモーションとして加賀シリーズが選ばれたような気持ち。小説としての加賀シリーズらしさは特に感じない作品でして、加賀さんである必要もなかったです。最後の最後の場面だけ思い出したような加賀シリーズの一文があったという所でした。
東野作品の中では万人向けの汎用的ではありますが、これと言った心に残る特徴がない作品だったというのが正直な気持ちです。
あなたが誰かを殺した
東野圭吾あなたが誰かを殺した についてのレビュー
No.680:
(8pt)

僕が愛したすべての君へ/君を愛したひとりの僕への感想

並行世界の存在が実証された世界におけるSF恋愛小説。☆8(+1好み)

2つの作品『僕が愛したすべての君へ』/『君を愛したひとりの僕へ』で1セット。上下巻という意味ではなく、どちらから読んでも楽しめる作品です。
私の読書順序は『僕愛』→『君愛』の順で読んだ後、→もう一度『僕愛』を読みました。

どちらから読むかの参考として
『僕愛』の方は作品の構造を曖昧とし、登場人物達のドラマをメインで楽しめます。
『君愛』の方は作品の構造が明確になり、世界設定を把握して楽しむ作品となります。

ミステリ―好きの人は『僕愛』→『君愛』の順序が良いかと思います。普段から序盤は謎で最後に真相がわかるような作品を読み慣れていますのでこの順序の方で問題なく楽しめます。一方、よく分からない事が苦手で全容がわかった上で作品を楽しみたい方は『君愛』→『僕愛』となります。

時間ものの恋愛作品において、本書の特徴として面白いなと感じたのは、並行世界が全員に認識されている事です。その設定で恋愛要素が含まれると、違う世界線での恋愛に抱く感情はどのようになるのかが興味深く読めました。今の時間軸の恋人と、違う時間軸の恋人を大切にした場合、並行世界を認識している恋人の視点からは嫉妬や羨みの感情はどのような形で納得するのかとか、夜の関係や結婚の瞬間に対してはどうかなど、なかなか踏み込んだSF作品として楽しめました。表紙はライトノベルっぽいですがしっかりと早川書房のSFだなと感じた次第です。

全てを読んだあとでハッピーエンドなのか、そうではないのか、読者に委ねられます。読者がどの世界やキャラをメインで考えるのかで変わる事でしょう。恋愛アドベンチャーゲーム(ある意味平行世界)やSF作品、特に某有名なSF映画の結末に近しいものもあるので、この手の作品はそういう所に落ち着くのかなと感じる次第でした。何はともあれこの手の作品は好みなのでとても楽しい読書でした。
単体でそれぞれ2作品の結末を楽しみ、両方を読むとその関係性をメタ的に俯瞰できる面白い試みの作品でした。
僕が愛したすべての君へ (ハヤカワ文庫 JA オ 12-1)
No.679: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

Ank: a mirroring apeの感想

圧巻の作品でした。
単純なパニック小説かと思いきや、人類の進化論に関する著者なりの説を描いた作品。
デビュー作の『QJKJQ』は好みに合わなくて著者の作品を敬遠してしまっていたのですが、その後数々の賞を受賞している事から改めて作品に触れた次第。著者の作品イメージが変わりました。凄く面白かったです。

ジャンルはSF+パニック小説から始まり、その原因に触れる一端として、チンパンジーの霊長類研究やAIの研究まで範囲を広げていく流れ。知識的欲求が降り注いでくる物語なので文庫600ページの厚い本ですが飽きさせない読書でした。ただ万人向けではなく人により好みが分れるかと思います。人によっては論文に近しい固い物語を読まされているように感じてしまうかもしれません。

ざっくり傾向を他作品で例えると、軽いライト向けの鯨統一郎『邪馬台国はどこですか?』のような著者なりの新説を伝える中、描き方はジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』の様に帰結するイメージ。ちょっと誇大かもしれませんが、少しでも興味を持ってもらえればと。そんな新説をミステリとして体験できた内容でした。

人類の進化はこのように起きたのではないか。今のなお人間の無意識に起きている反応はこういう事でないか。神話の物語は実はこういう事ではないのか。などなど、著者なりの説とそれを面白く体験できる物語が素晴らしかったです。
読んだら誰かに話したくなる。そんなエピソードでした。

▼以下、ネタバレ感想
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Ank : a mirroring ape (講談社文庫)
佐藤究Ank: a mirroring ape についてのレビュー