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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数529件
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ドイツ警察ミステリーの大ヒット作「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第10作。出版業界の人間関係から生じた複雑で難解な殺人事件を追う、重厚長大な謎解きミステリーである。
ドイツ文壇で名を知られた編集者であるハイケと連絡が取れないとの通報を受けたピアがハイケ宅で発見したのは、室内に残された血痕と足首を鎖で繋がれた老人だった。老人は認知症になったハイケの父親で、血痕はハイケのものと判明。単なる失踪ではなく事件と判断した警察が捜査に乗り出すと、ハイケの周辺には様々なトラブルが発生していた。最初の容疑者は、最近ヒットしたばかりの作品が盗作であることを暴露された、ハイケが担当する作家だった。さらに、ハイケは所属する会社からの独立と作家・社員の引き抜きを画策したとして即時解雇され、会社と対立を深めていた。しかも、新会社の資金を確保するためにハイケが40年近くも付き合ってきた友人たちを巻き込んでいたこともわかった。容疑者は次々に増えていくにも関わらず、動機も証拠も見つけられないピアたちが迷路に迷ってるうちに、第二の殺人事件が発生した…。 出版業界という狭い世界でのドロドロした人間関係に、家族経営の企業ならではの対立と軋轢、数十年来の友人関係、親友という幻想から生じる愛憎が重なり、話の展開はなんとも表現し難い重苦しさがある。登場人物も多くて簡単には読み進められない作品だが、真相が分かった時にはなるほどと納得する。また、オリヴァーの結婚生活に起きた変化、エンゲル署長の意外な一面、ピアの元夫で法医学者であるヘニングの華麗なる変身など、シリーズ・ファンを喜ばせるエピソードが満載なのも楽しい。 シリーズ・ファンにはもちろん現代的な警察ミステリーのファンに、頑張って読み通すことをオススメする。 |
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グレーンス警部シリーズの第10作、というか、グレーンス&潜入捜査員ホフマン・シリーズの第5作。ネットの闇に隠れた小児性愛グループを壊滅させるために二人が手を組む、アクション・サスペンスである。
十年前に亡くなった愛妻の墓前でグレーンスが出会った女性は「我が娘」と銘された墓に参って来たのだが、そこに遺体は入っていないという。三年前に誘拐され姿を消したという少女が気になったグレーンスは捜査資料を読み、担当者と話をするうちに、同じ日に同じ4歳の別の少女が誘拐されていたことを知った。35年前の愛妻の事故で流産してしまった自分の娘と重なり、少女のことが頭を離れなくなったグレーンスは自ら再捜査しようとするのだが、娘の死亡宣告を申請した両親からは関与を拒否され、警察内部でもグレーンスの体調、それ以上に精神状態を憂慮する上司から休暇を取るように強制された。一切の警察力を使えなくなったグレーンスだが独力での捜査を決意し、天才的なIT専門家のビリー、デンマーク警察のIT専門捜査官ビエテの協力でダークネットに暗躍する小児性愛者グループの存在をつかんだ。グループを壊滅させるにはリーダーの正体を暴く必要があり、グレーンスは「家族のために、二度と潜入捜査はしない」と宣言したピート・ホフマンを必死で口説き、小児性愛者を演じて会合に出ることを承諾させた。だが、ホフマンは素性を暴かれてしまい・・・。 これまでもずっと意固地で偏屈で怒りっぽく、全く協調性がないグレーンスだったが、本作での壊れっぷりは凄まじい。こんな同僚がいたら絶対に一緒に仕事したくないだろうが、被害者の思いを取り込み、犯罪を憎み、全身で怒りを現しながら進める捜査には絶対的な信頼を寄せるだろう。この特異なキャラクターがいかにして形成されたのかというのが明らかにされたのも、シリーズ愛読者にとっては読みどころである。 本作だけでも読み応え十分だが、登場人物のバックグラウンドが分かっている方がさらに面白いので、是非ともシリーズとして順に読むことをオススメする。 |
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「ウィル・トレント」シリーズの第11作だが、「グラント郡」シリーズの主役であるサラ・リントンが主役、さらにウィルのパートナーであるフェイスも重要な役割を果たすという豪華メンバー揃い踏みの傑作サスペンス・ミステリーである。
サラは、当直医として担当したレイプ被害者から「あいつを止めて」という最期の言葉を受け取った。この残虐な暴行殺人で起訴された大学生は、研修医時代のサラの先輩で、大成功している心臓外科医の妻であるブリットの息子だった。敵対証人となったサラに対し、ブリットは「今回の事件は、15年前のあなたの事件と繋がっている」と口走った。研修医だったサラがレイプされた忌まわしい事件が、なぜ、どういうふうに今回の事件と繋がるのか? 息子を庇うためにブリットが口を閉ざしてしまい、闇の中に放り出されたサラだったが、ウィル、フェイスの協力を得ながら真相に辿り着く。だがそれは、信じがたい悍ましさに包まれたものだった…。 いつものことながら、事件、被害の様相が残酷すぎて読み続けるのが息苦しくなる。何もここまでと思うが、これぐらいの怒りを込めないと被害者の無念を代弁できないということだろう。苦く重苦しい物語だが、サラの気丈なサバイバル、ウィルとフェイスの絆など心温まる側面が救いになっている。 シリーズを読んでいても読んでいなくても読み応えがある傑作サスペンスであり、多くのミステリー・ファンにオススメする。 蛇足ではあるが、全体を通してWordのスペルチェックでも発見できそうなミスが散見され、校閲不足の印象があるのが残念。特に主要な人物の名前をタイプミスしているのはいかがなものか。 |
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処女作ながら2010年エドガー賞最優秀新人賞にノミネートされた長編ミステリー。1980年代、テキサス州で権力犯罪に立ち向かう黒人弁護士の苦悩を描いた、ビターでパワフルな社会派ミステリーである。
妻の誕生日祝いでナイトクルーズに出かけた黒人弁護士・ジェイ夫妻は河岸からの銃声と女性の悲鳴を聞き、川に落ちた裕福そうな白人女性を助け上げた。女性の首には絞められたような傷跡があったのだが、一切の説明を拒否し頑なに黙っていた。若い時の経験から警察との関わりを避けたいジェイは女性を警察署の前で車から降ろし、そのまま立ち去った。しかし、悲鳴が聞こえた場所から射殺死体が発見され、ジェイは否応なく事件に巻き込まれて行く…。 公民権運動やブラックパワーの台頭はあるものの冷酷な人種差別が横行する80年代のディープサウス。弁護士とはいえ黒人のジェイが人間としての誇りと圧倒的な白人社会の差別のはざまで苦しみ、葛藤するところが読みどころ。60年代後半から70年代にかけて公民権運動に深く関わり逮捕、投獄された経験を持つジェイの骨身に染み込んだ公権力への恐怖がリアルで心を打つ。当時から40年以上が経過しても、さほど変わったように見えないアメリカの恥部の恐ろしさを突きつけてくる、怒りに満ちた作品である。とはいえ、謎解きミステリーとしての面白さも失われてはおらず、上質なエンタメ作品と言える。 社会派ミステリーのファンにオススメする。 |
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本国のイギリスで大ヒットし日本でも高い評価を受けた「木曜殺人クラブ」の第二作。盗まれた2000万ポンドのダイヤモンドを巡る殺人事件を、前作でも活躍した老人たち四人組が解決するユーモアたっぷりの謎解きミステリーである。
木曜殺人クラブのエリザベスが受け取ったのは、かつて同じ仕事をしていたのだが死んだはずの男から「同じ施設に転居して来たので旧交を温めたい。自分の部屋を訪ねてくれ」という手紙だった。不審に思いながらエリザベスが訪ねると、現れたのはMI5の諜報員でエリザベスの元夫のスティーヴンで「調査対象者の家から2000万ポンドのダイヤを盗んだとして、マフィアから狙われている」という。大事件に好奇心いっぱいのクラブメンバーは奮い立ち、消えたダイヤモンドの捜索に乗り出した。だが、メンバーの精神的支柱であるイブラヒムが暴漢に襲われて怪我をし、外に出ることを怖がり引きこもり状態になったことで、新たな悩みも抱えることになった。それでも事件を解決したいという熱意が損なわれることはなく、残りのメンバーは前作で仲良くなったドナとクリスの警官コンビや家族の力を借りながら難事件の真相を暴いていくのだった…。 前作に比べると物語の構成や展開が派手になり、おやおやという場面が多いものの、老人の知恵としたたかさを生かしたユーモア・ミステリーとしての持ち味は保っている。また謎解きミステリーらしい伏線や複雑な動機などにも説得力があり、本格英国ミステリーのファンにも満足できる仕上がりとなっている。すでに3作目の邦訳が出ており、シリーズは6作まで続く予定というから期待して待ちたい。 前作が気に入ったファンはもちろん、本格謎解きミステリーのファンにオススメする。 |
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垣根涼介の言うところでは、代表作「ワイルド・ソウル」と対をなす、コインの裏と表のような作品。南米コロンビアで麻薬マフィアのボスに成り上がった日系二世の男が、自分の「信」を貫くために日本の警察を襲撃するという、痛快なノワール・アクションである。
政治的暴力組織に両親を殺害され、貧民街で育ちながらコロンビアの新興マフィアのボスに上り詰めた日系二世のリキが幼い少女・カーサを伴って来日した。その目的は、日本で共存するコロンビアマフィア間のいざこざでライバル組織に裏切られて警察に逮捕された仲間の奪還だった。仲間を守るためなら徹底的に冷酷非情になれるリキは壮絶な血と暴力でライバルと決着をつけ、日本の警察が想像もできない手段で仲間を奪還しようとする。それと同時に、もう一つの来日目的である「カーサに日本で教育を受けさせる」ために手を尽くす中でリキは自分と同じ目をした、退職したばかりの刑事・妙子と出会う…。 麻薬マフィアのボスとして暴力が全ての世界を生き抜きながら、路上をさまよっていた浮浪児のカーサを保護し育て上げることに心血を注ぐという、リキの二面性、人間の性の奥深さが強烈な印象を残す。日本のハードボイルドとは思えない圧倒的な暴力が支配するノワールでありながら、人間は捨てたものではないという、しみじみとした情感を持つヒューマン・ドラマでもある。 「ワイルド・ソウル」と重ねて読めば、さらに面白さが増すだろうが、本作だけでも十分に楽しめること間違いなし。オススメだ。 |
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日本でも好評を得た前作「森から来た少年」の続編。自身の家族を探すためにDNA鑑定サイトを利用したワイルド(前作の主役)が実の親を見つけるとともに、血縁者と思われる人物からコンタクトがあり、思いもよらぬ事態に巻き込まれていく社会派ミステリーである。
血縁者探しのDNAサイトにサンプルを送ったワイルドは父親と思われる人物を特定し、会いに行ったのだが、そこで父親から「母親が誰かは分からない」と告げられた。さらに、母親の血縁と思われるPBと名乗る人物から連絡があり、ワイルドがその身元を探ってみると、現在行方不明になっていることが判明した。唯一の友人だった亡きデイヴィッドの母である著名な弁護士・へスターの協力で母親とPBの身辺調査を進めたワイルドだったが、思わぬことから殺人事件に巻き込まれていく…。 ワイルドの過去、家族が判明するプロセスがメインで、サブとしてテレビのリアリティ番組の虚実の闇、ネット社会ならではの匿名グループによる私的制裁、ワイルドとヘスター家の家族の関係性が絡んでくる。物語の構成は複雑だがエピソードの関係性はわかりやすく、話の展開もスピーディーで読みやすい。だが、読み進めるとともにネット社会の便利さと怖さ、ネットのパワーに追いつけない人間の脆さがひしひしと伝わってくる、恐ろしい作品である。 「森から来た少年」を堪能した方はもちろん、単なる勧善懲悪では終わらない、コクのある社会派ミステリーのファンにオススメする。 |
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28歳、しかも長編2作目となる本作で2023年のエドガー賞最優秀長編賞受賞という快挙を成し遂げた、新進女性作家の傑作ミステリー。死刑執行直前の死刑囚と、死刑囚に関わった三人の女性の過去から現在までの人間ドラマを描いた心理サスペンスである。
4人の女性を殺害したアンセルは死刑執行の12時間前、女性刑務官を抱き込んだ逃亡計画を実行に移そうとしていた。脱走に成功したら、獄中で書き継いできたエッセイを出版し世間の注目を集めるつもりでいるのだが、死刑へのカウントダウンは止まらない・・・というのが、死刑囚のパート。そこに、幼いアンセルを遺棄して逃亡した母親・ラヴェンダー、アンセルの元妻の双子の妹・ヘイゼル、アンセルと同じ里親の下で育った州警察捜査官・サフィという3人の女性の回想のパートが重なってくる。4つの視点からの物語が絡み合い、積み重なることでアンセルの人間性、事件の誘因、事件が引き起こした波紋が徐々に浮き上がってくる。構成は複雑だが主要人物がくっきりと書き分けられているので、リーダビリティは悪くない。 シリアル・キラーの犯行と逃亡、警察による追跡のミステリーではなく、アンセルという殺人犯が誕生したのはなぜか、どこで歯車が狂ったのか、どこかの時点でアンセルが違う選択をしていたらアンセルや3人の女性は違う世界を生きていたのだろうかという人間ドラマとして評価したい作品である。 人間性にこだわったノワール、心理サスペンスのファンにオススメする。 |
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本邦初訳となるアメリカの新進作家の長編ミステリー。オカルト、ホラーかと思わせておいてきちんとミステリーになっている巧妙な構成のページターナーである。
薬物依存症から回復し、社会復帰を目指していたマロリーは高級住宅街に住む裕福な夫妻の一人息子・テディのベビーシッターとなる。自分に懐いてくれる5歳の男の子・テディは可愛いし、良く気がつく夫妻から邸宅の離れを専用の住まいとして提供され大満足のマロリーだったが、ある日、テディが奇妙な絵を描いていることに気が付いた。森の中で男が女性の死体を引きずっているという絵は、昔、マロリーが住む部屋をアトリエにしていた女性画家にまつわる殺人事件を暗示しているようだった。さらに日を追うごとにテディが描く絵はリアルさを増し、何かを訴えているようになる…。 タイトルが示すように、テディが描く奇妙な絵から隠された事件が解明されるというストーリーは謎解きミステリーとして完成されている。そこに味付けされるのが、奇妙な絵のゴッシックとホラー要素で、折々に挿入された絵がサスペンスを盛り上げて行く。物語の構成に加えて装丁(これも構成の一部だが)の仕掛けの上手さが成功した作品である。最後のどんでん返しには賛否両論がありそうだが、そこまではどんどん積み重ねられる謎の渦に読者を引き摺り込む強力な引力をもっており、謎解き、ホラー、オカルト、サスペンスと、様々な楽しみ方ができる。 巻末の解説にもあるように、読む前には絶対に挿入されている絵を見ないことをオススメする。 |
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2012年から14年に雑誌連載された、著者の長編第4作。先輩ケースワーカーが殺害されたことをきっかけに、若き職員たちが生活保護不正受給の闇を暴く社会派ミステリーである。
意に沿わない職務に回された臨時職員の聡美を励ましてくれた先輩ケースワーカーの山川が受給世帯訪問中に火事に遭い、焼死体となって見つかった。翌日、職場を訪ねて来た刑事から山川が殺害されたことを知らされた。仕事熱心で人望があり、常に受給者に寄り添っていた山川が、なぜ殺されたのか。聡美は、先輩だがケースワーカーとしては同じく新人の小野寺と二人で山川の担当を引き継ぎ、現場を回るうちに、山川が何かを隠していたのではないかと疑念を抱くようになる。受給者の裏に暴力団の影がちらつき、しかも山川はその不正を知っていただけでなく、自らも関与していて殺されたのではないか。聡美と小野寺は公務員としての職分を越え、犯人探しに奔走する…。 これまで何度も報道されてきた生活保護不正受給、貧困ビジネスの実態をリアリティ豊かに描き出すだけでなく、善意の塊のようなケースワーカーが暴力団と組んで公金を掠め盗っていたのではないかという設定と謎解きは殺人犯探しのミステリーとしても一級品で、まさに王道の社会派ミステリーである。 文庫解説にある通り、佐方貞人シリーズから虎狼の血シリーズへの転回を告げる力作であり、柚月裕子ファンは必読。時代を映す社会派ミステリーのファンにも自信を持ってオススメする。 |
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1949年に発表されたフレンチ警部シリーズの一作で、2011年の創元推理文庫新訳版。殺人事件の容疑者、犯行様態、動機などがすべて明らかにされているのに、最後まで緊迫した推理が楽しめる倒叙型ミステリーの傑作である。
恋人と定めたフランクに体良く操られ、勤務する外科医から金銭を搾取する犯罪に手を染めてきたダルシーは、フランクが転職して行った先の引退貴族が死亡したことを知った。亡くなった貴族の一人娘は莫大な遺産を相続することになり、フランクはその娘との結婚を目論んでいるようだった。あまりにもフランクに好都合な展開を疑問に思ったダルシーは、事態の真相を探ろうとして著名な弁護士に相談したのだが、依頼の奇妙さを訝った弁護士はフレンチ警視に自分の疑問をぶつけた。検視審問では自殺とされ、一件落着のしていたのだが、一連の流れに違和感を抱いたフレンチ警視は再捜査に乗り出すことになった…。 前半の三分の二まではフランクとダルシーの置かれた状況、犯行への流れ、殺人の現場の様相がすべて読者の前に開示され、ただ一つ犯行の物証だけが見つからないという、倒叙型ミステリーの王道の展開で、フレンチ警視が登場してからは一気に波乱に満ちた謎解きミステリーとなる。そして最後、う〜んと唸るクライマックスが待っている。どんでん返しの妙と人間ドラマの濃密さのバランスがよく、読み応えがあるエンタメ作品である。 75年も前の作品とは思えない、少しも古びていない倒叙ミステリーの傑作として、多くの方にオススメしたい。 |
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ミステリー史上に輝くコン・ゲーム小説の大傑作。最後までハラハラ、ドキドキが持続し、最後にニヤリとさせられる、良質な傑作エンターテイメントである。
移民から大富豪に成り上がった詐欺師・ハーヴェイが仕掛けた罠にかかって大損させられた四人の男が集まり、失った合計100万ドルを取り返すためにチームを組んだ。メンバーはオックスフォードの数学教授、富裕層相手の医者、フランス人の画商、イギリス貴族の若き後継者で、それぞれが得意とする分野の知識を生かした4つの作戦を企画し、全員が協力して実行する。しかも、騙し取られた100万ドルをきっちり、多くもなく少なくもなく取り戻すという、極めて厳しい制限を自らに課した作戦である…。 騙す相手を徹底的に調査・分析し、相手が自らかかってくる罠を仕掛け、想定外のピンチも当意即妙の対応で乗り切るストーリーは波乱万丈、スピーディーで、殺人や暴力とは無関係にサスペンスが盛り上がる。詐欺師はもちろん、挑戦する四人もキャラクター設定も絶妙で、読むほどに惹きつけられていく。そしてクライマックスでは、そう来たか!と唸ること間違いなし。 1976年という半世紀ほど前の作品だが少しも古さを感じさせない傑作エンターテイメントであり、年齢・性別・好きなジャンルを問わず、多くの人にオススメしたい。 |
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2023年度の国内ミステリー3冠に輝いた、警察ミステリーの新シリーズ。雑誌掲載の5作品を収めた連作短編集である。
群馬県警本部捜査一課の葛警部は上司にはおもねず、部下に配慮することなく、真相解明のためには一切の妥協を排し組織に馴染まないのだが、かと言って日本の警察が守るべきルールを破ることはない。その卓越した能力には周囲も文句のつけようがなく、一たび捜査に入ると、わずかな違和感や疑問も軽視せず徹底的に考え抜く鬼刑事になり、まさに寝食を忘れて没頭する。何せ文中で口にするのはカフェオレと菓子パンだけなのだから・・・という主人公の設定が効果的。派手なトリックや過激な言動はなく、ただひたすら「なぜ?」を追求することで事件の背景、真相を暴いていくストーリーは、地味だが力強い吸引力を持っている。 日本の警察ミステリーのファンならきっと満足させる、一級品のエンタメ作品としてオススメする。 |
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ロンドン警視庁警察官「ウィリアム・ウォーウィック」シリーズの第4作。警部に昇進し、新設の未解決事件特別捜査班の班長となったウォーウィックが宿敵・ワトソン弁護士と死んだはずの美術品詐欺師・フォークナーのコンビと対決する警察集団ミステリーである。
ウォーウィックの班が再捜査することになった5件の事件のうち4件は永遠の宿敵・ワトソンが弁護を担当し、無罪や微罪にしたケースだった。班のメンバーが再捜査を進めていると、かつてスイスで死亡し火葬されるのを確認したはずのフォークナーが実は名前も外見も変えて生きていて、再びワトソンと組んで悪事を企んでいることが判明する。永遠の仇敵・フォークナーの出現に闘志を燃やすウォーウィックはメンバーとなった元囮捜査官のホーガン警部補とともにフォークナーを追い詰めて行く…。 死んだはずの仇敵との知恵比べ、辣腕弁護士によって刑を免れたり、微罪で逃れたりした犯罪者へ正義の鉄槌を下すほとんどアウトローな作戦という二つの物語が同時進行するストーリーは波乱に富み、一瞬たりとも気を抜けない。こんなスピーディーで緊迫感のある物語を書く81歳の巨匠に、ただ圧倒されるばかりである。シリーズの第4作なので前3作を読んでいるに越したことはないが、著者が「一作一作を異なるテーマの独立した作品にする」と語っている通り、本作だけでも問題なく楽しめる。 警察ミステリー、中でも群像劇、人間ドラマに惹かれる方にオススメしたい。 |
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深夜勤務刑事バラード・シリーズの第3弾。ボッシュとバラードがタッグを組んで二人組のレイプ犯とロス市警に巣食う悪徳警官を暴き出す、警察ミステリーである。
新年を祝う銃声に紛れて発射された銃弾による殺人事件が発生。現場に駆けつけたバラードが捜査を始め、残されていた薬莢が10年ほど前に起きた殺人で使用されたのと同じ銃から発射されたものだと判明した。当時の捜査を担当したのが現役時代のボッシュだったため、バラードはボッシュにコンタクトし、力を貸してもらうことにする。またバラードは深夜に女性宅に侵入する二人組の強姦犯ミッドナイト・メンの捜査も担当しているのだが同僚が役立たずで、ほとんど一人で不眠不休で走り回ることになる。バラードの上司は片方の事件を他部署に任せようとするのだが「自分の事件を取り上げられる」のを嫌がるバラードは、市警内部のルールを破ってでも犯人探しを止めようとはしなかった…。 組織内トラブルから他人が嫌がる深夜勤務に回されているバラード、最後は市警と対立して辞職したボッシュ、スネに傷を持つはみ出しもの二人が不屈の精神と使命感で難局を突破するスピーディーな捜査活動が一番の読みどころ。ボッシュ・シリーズの胸熱は健在である。2020年の大晦日から物語が始まるので、背景にあるコロナのパンデミックに対するアメリカ社会の反応も興味深い。 バラード・シリーズ、ボッシュ・シリーズというよりコナリーのファンには絶対のオススメ作。警察ミステリーのファンにも自信を持ってオススメする。 |
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2022〜23年に小説誌に連載された長編小説。女性が主人公のシリーズに実績がある著者の新たな代表作になりそうな、ポテンシャルの高い警察エンタメ作品である。
居所不明になった容疑者の捜査が専門の警視庁捜査共助課に勤務する二人の女性刑事。犯人の顔を記憶し、街頭でひたすら一致する顔を探す「見当り捜査班」の川東小桃、地縁や人脈などのわずかな手がかりを手繰って容疑者に迫る「広域捜査共助係」の佐宗燈。捜査手法も年齢も違う二人がそれぞれの持ち味を生かして容疑者を確保するエピソードが交互に繰り返され、最後は捜査共助課全体で犯人逮捕のクライマックスとなる。一般的にはあまり知られていない部署の興味深い捜査手法の詳細がメインの物語であり、また二人のヒロインの仕事と家庭の両立をめぐる葛藤というヒューマンドラマでもある。ノン・シリーズではあるが、ヒロインを始めとする登場人物のキャラクターや人間関係の面白さ、ストーリーの躍動感を考えると、これだけで終わるのはもったいない。本作の最後も後を引く終わり方で、シリーズ化への期待が持てそうだ。 犯人追求のスリリングな展開と人情味がある仲間関係の心地よさのバランスが取れており、警察集団小説、そう佐々木譲の「道警シリーズ」などのファンなら大満足間違いなし。オススメだ。 |
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2022年〜23年の週刊誌の連載に加筆・修正した長編小説。カルト教団が引き起こした事件に関与して指名手配された女性の逃亡と生き直しを、徹底的に女の視点から描いた桜木紫乃ワールド満開のダークなロマン・サスペンスである。
母親に強制されてバレエダンサーを目指しながら挫折した岡本啓美は母の支配から逃れるためにカルト教団に入信し、自覚がないまま教団が引き起こしたテロ事件に巻き込まれ、指名手配されることになった。何の罪に問われるのか分からないまま逃亡し名前も変え、外見も変えて17年後、結婚写真を撮った直後に逮捕された。追われるから逃げたのか、逃げるから追われたのか、哀し過ぎる逃亡記である。 どこに逃げようとも常に見つかる危険に気持ちが落ち着かないはずなのに、妙に達観して流れ着いた場所で根付いていくヒロインの太々しさがユニーク。人間としての弱さと女としての強さが同居し、次々に現れる様々な顔を見ているだけで面白く、ストーリー展開にどんどん惹きつけられていく。実にパワフルな物語である。 スリリングな読書体験が得られる物語として、サスペンス、ミステリーのファンにもオススメしたい。 |
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ロス・トーマスが日本で人気を博するきっかけとなった1984年の作品。生まれ育った町の刑事だった妹の爆殺事件の真相を求めて兄が地元の闇を探っていく、エドガー賞長編賞にふさわしいハードボイルド・ミステリーである。
ワシントンの立法府関係の顧問を務めるベン・ディルは刑事だった妹が車に仕掛けられた爆発物で殺害されたため、故郷に帰ってきた。そこでベンは、正義感が強く人望もあった妹が実は謎の多い生活を送り、賄賂をとっていたのではないかと知らされる。そんなことが信じられないベンが調査を始めると、妹は何かを隠すために二重生活を送っていたのではないかと思われた。さらに、ベンが帰郷した目的にはもう一つの理由があった。それは幼なじみで地元の有力者に成り上がっているジェイクのスキャンダルの証拠を掴むことだった…。 妹の死の謎を解くことと幼なじみのスキャンダルの証拠を掴むという、二つのテーマが複雑に絡み合ったストーリーは前半はわかりにくいものの中盤以降ははっきりと見えてきて、数多い登場人物もキャラクターが分かってくると判別しやすくなり、物語はどんどん盛り上がっていく。登場人物たちの言動はPIものハードボイルドのテイストで、そこに政治謀略ものの胡散臭さが加味され、まさにロス・トーマスの世界が満開の作品である。 少しも古さを感じさせない作品として、ハードボイルド好きならどなたにもオススメしたい。 |
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独自の視点から警察小説の新ジャンルを牽引する著者の2005年の作品。県警組織の要となる総務課長が失踪した不祥事をきっかけとする幹部たちの権力闘争を描いたヒューマン・ドラマである。
阪神淡路大震災が発生した日、遠く離れたN県警にも激震が走った。事務方のトップである総務課長の不破が行方不明になったという。幹部からも部下からも人望厚い不破は、なぜ姿を消したのか? この事実が警察庁の知るところになれば一大不祥事であり、県警上層部は全力で行方を探すとともに事態が外部に漏れるのを必死で防ごうとするのだが、ことの背景には県警本部長の失態があり、さらに幹部の間の権力闘争が重なり、解決への道は複雑になるばかりだった…。 総務課長が蒸発しただけでも大問題だが、そこにキャリア組と地元叩き上げの確執、同じ職階の幹部同士の利害対立が重なり警察上層部はバラバラになる。さらに過去の選挙違反摘発事件、殺人犯の逃走、交通違反もみ消しなどスキャンダルになりかねない出来事が次々に起き、次第に各人の本音が露わになるプロセスがスリリング。謎解きミステリーの要素より人間ドラマに重点が置かれているのだが、下手な謎解きより格段に面白い。 横山秀夫ファンはもちろん、警察群像もののファンにオススメする。 |
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「マンチェスター市警エイダン・ウェイツ」シリーズが好評な著者のシリーズ外長編。友人であるイヴリンの遺稿を基に、著者・ノックスがノンフィクション作品に仕上げたという体裁の物語だが、全体が大きな虚構であり、読者は迷宮に誘い込まれるという斬新過ぎるミステリーである。
19歳の女子学生・ゾーイが大学寮から失踪した事件から6年、事件に興味を持った作家・イヴリンは関係者への取材を進め、ノンフィクション作品を書いたのだが、原稿完成の直前に亡くなってしまった。執筆中のイヴリンから相談を受けていたノックスが遺志を継ぎ、一冊の書籍に仕上げたというのが、物語の大枠である。ストーリーの中心はゾーイ失踪の謎解きで、これだけでも読み応えがある長編なのだが、さらにイヴリンとノックスのやり取りがミステリアスで、どこまでが真実か、誰が嘘をついてるのかが分からなくなるという、もう一つのミステリーが重ねられてくる。しかも、作品の中にノックスが事件関係者として登場してくるのだから、ますます混乱させられる。まるでミステリー読者の固定観念を破壊するのが目的のような、野心的な作品と言える。 迷宮に誘い込まれるような読書体験だが、ゾーイ失踪事件だけでも一級のミステリーとして楽しめるし、それを包み込む作者からの挑戦も知的興趣を呼ぶ面白さがあり、誰もがそれぞれの楽しみ方ができる作品としてオススメしたい。 |
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