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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数538

全538件 41~60 3/27ページ

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No.498: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

時代を越える文句なしの名作。新訳も良い。

黒澤明監督「天国と地獄」の原案として有名な古典的名作の堂場瞬一氏による新訳版。自分の息子と間違われて誘拐された運転手の息子の身代金を要求された富豪の苦悩を描いたヒューマン・サスペンスであり、警察小説でもある。
社内の権力闘争を勝ち抜く資金を準備してきた製靴会社幹部のダグラス・キングのもとに「息子を誘拐した。50万ドルを支払え」との脅迫電話があった。しかし、誘拐されたのは彼の息子に間違えられたお抱え運転手の息子だった。50万ドルは用意できるのだが、それを払うと、キングは社内闘争に敗北してしまう。人情としては運転手の息子を助けたいのだが、自分の生涯をかけた野望も捨てられない。87分署の警官たちのサポートを受けながら交渉するキングだったが、犯人探しは難航し、刻々と交渉期限が迫ってくる・・・。
人間としての情と人生が崩壊する恐怖の板挟みになったキングのジレンマがホットに、ヒリヒリと伝わってくる。事件発生から解決まで、わずか二日間の密度の濃いストーリー展開は実にスリリング。87分署シリーズではあるが本作の主役はキングで、警察捜査ミステリーというよりキングと周辺人物たちとの心理サスペンスに力点が置かれている。
映画「天国と地獄」とは異なる傑作ミステリーであり、時代を越えたテーマ性を持つ名作として多くの人にオススメしたい。
キングの身代金 (ハヤカワ・ミステリ文庫 13-11)
エド・マクベインキングの身代金 についてのレビュー
No.497: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

予備知識なしで読むことをオススメ!

フランス人ミステリー作家の本邦初訳で、フランスの文学賞・ランデルノー賞ミステリー部門の受賞作。フランスの山岳地帯の村で殺害された女性の事件を巡り、関係者5人の独白を繋げて真相が明らかにされる凝った構成のミステリーである。
フランスの山岳地帯の小さな村で、家業(畜産業)を嫌って都会に出て成功し、豪邸を建てて帰郷した実業家の妻が行方不明になった。トレッキングにと言って家を出て、車がトレッキングコースの入り口あたりで発見されたため、当日に発生した猛吹雪に巻き込まれたのではないかと見なされた。だが実際は殺害され、死体が思わぬところに隠されたのだった。その謎を解いていくのが、畜産業者を訪ね歩く福祉委員の女性、その不倫相手の羊飼い、村に移ってきた若い女性、アフリカでなりすまし詐欺を働いている男性、最後に福祉委員の夫という5人の関係者の愛と欲望、孤独と執着の物語である。語り手が変わるたびに事件の真相が違った絵柄になり、最後に愛することの悲喜劇が読者を嘆息させる。
何と言っても、物語の構成が見事。犯罪ははっきりしているのだが、動機、様相が全く見えていない状態から思わぬ結末に導かれるまで有無を言わさず引っ張っていく力強さがある。5人の心理描写、愛と孤独の考察も読み応えあり。暴力やサイコが登場しなくても高レベルな心理サスペンスが書けることを証明する作品である。
単なる謎解きではない、心理サスペンスのファンにオススメする。
悪なき殺人
コラン・ニエル悪なき殺人 についてのレビュー

No.496:

悲鳴 (ハルキ文庫)

悲鳴

東直己

No.496: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

キャラ立ち度、最高の心優しきハードボイルド

探偵・畝原シリーズの第3作。浮気調査のはずが意味不明の事態に巻き込まれた畝原が、札幌を牛耳る行政と警察、業者の利権構造を暴いていく傑作ハードボイルドである。
浮気の現場写真を撮るために待機していた公園で畝原は奇妙な事態に巻き込まれ、調査を依頼してきた女の身元を調べ始めた。すると常軌を逸した嫌がらせが始まり、さらに札幌市内の数カ所に死体の一部が投げ込まれる事件が発生し、畝原の親友・横山の家にも死体の右足が投げ込まれた。危険を察知した横山は息子の貴を畝原のもとにやり、事件の情報集めを依頼して来た。誰が何のために死体をバラバラにして投棄しているのか、また奇妙な浮気調査を依頼して来た女の正体、狙いは何なのか?
浮気調査とバラバラ死体の投げ捨て、2つの事件を調査するペースはゆったりで、前半はややまどろっこしい。だが事件に関係しているらしいホームレスの捜索辺りから話のペースがぐんと加速し、どんどん盛り上がってくる。もちろん、事件解明の本筋が充実していることは確かだが、それ以上にキャラクターが際立つ人物たちの言動、エピソードが面白い。レギュラーメンバーはもちろん初登場の人物もなかなかの曲者揃いで、この辺りの筆者の筆の運びは素晴らしい。
シリーズ愛読者はもちろん、日本のハードボイルドのファンに自信を持ってオススメする。
悲鳴 (ハルキ文庫)
東直己悲鳴 についてのレビュー
No.495: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

移民として女性として、タブルのマイノリティを生きることからの脱出

ベトナム戦後にオーストラリアに移住し、現在はL.A.在住のベトナム系女性作家のデビュー作。シドニーのベトナム人街から抜け出しジャーナリストとして活躍する女性が弟が殺されたために帰省し、事件の真相を探るうちに自分の過去やオーストラリア社会の人種差別に向き合っていく、文芸色の濃いエンターテイメント作品である。
メルボルンで記者として活躍するキーが久しぶりに帰郷したのは、5歳下の弟・デニーが殺されたからだった。生まれた時からオーストラリア育ちで家族の希望の星でもあった優等生のデニーが友人たちと高校卒業を祝っていたレストランで殴り殺されたという。大きなショックを受けた両親は茫然自失状態だし、警察は若者同士の違法薬物がらみのトラブルだとして軽視しているようだった。しかも、現場にいた同級生、他の客、店のスタッフたちは全員が「何も見ていない」と言っているという。納得できないキーは真相を探るために、現場に居合わせた人々を一人ひとり訪ね歩くことにした…。
誰も何も喋ってくれない。その背景には開かれた国・オーストラリアに潜在する人種差別のみならず、移民家族の世代間のギャップが広がっている。現在、世界中で起きているマイノリティ差別とそれに対する怒り、絶望的なまでに細い融和への道を著者は信念を持って歩んでいるように見えた。非常に重苦しいテーマだが、殺人事件の動機探しというミステリー仕立ての部分もよくできているのでエンターテイメント作品としても一級品である。
ミステリーというよりも、マイノリティ文学、シスターフッド文学として読むことをオススメする。
偽りの空白
トレイシー・リエン偽りの空白 についてのレビュー
No.494: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犯行を自供し弁護も断った女の無実を信じた女が辿り着いた真実は・・・

英国ミステリの女王が1995年に刊行した第2長編。猟奇的な殺人と醜悪な外貌が似合い過ぎる犯人に違和感を抱いた女性ライターが事件の真相を探り出す、サイコ・ミステリーである。
母と妹を殺害して切り刻み、なおかつそれを人間の形に並べ直すという異常な犯行で無期懲役に処せられ、刑務所内では「女彫刻家」と呼ばれているオリーブ。彼女の物語を書くことを命じられた女性ライターのロズは、最初の面会でオリーブに圧倒された。自供と犯罪現場の状況に矛盾はなく、本人が弁護士を拒否したこともあって誰もが異常者だと断定し、有罪を疑っていないのだが、複数の精神鑑定では正常と判断されていた。さらに、面会の場でロズはオリーブに理性の閃きを感じ取り、オリーブの犯行ではないのではと疑問を持つ。だとすると、なぜやってもいない犯行を自供し、唯々諾々と服役したのか? ロズは事件の関係者へのインタビューを続けて真相を探ろうとする…。
犯行はサイコ・サスペンスだが、隠された真相は古典的なミステリーで、そのアンバランスが面白い。MWA最優秀長編賞を受賞しただけのことはある傑作で、サイコもののファン、犯人探しもののファン、女性探偵もののファン、いずれにもオススメしたい。
女彫刻家【新装版】 (創元推理文庫)
ミネット・ウォルターズ女彫刻家 についてのレビュー
No.493: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

性犯罪者を産んでるのは誰か、無知・無自覚は免罪符なのか?

2022〜23年に雑誌連載された長編小説。著者の出世作「永遠の仔」から25年、時代と社会の意識変化を反映した社会派ミステリーである。
暴行殺害された中年男性の遺体には「目には目を」というメッセージが残されていた。しかも被害者は、3年前に集団レイプ事件を起こした少年の一人の父親だと判明。当然のこととしてレイプ被害者の家族、加害者仲間の少年たちが容疑者と目され警察は監視、証拠固めを進めるのだが、事件の筋を読みきれないうちに次の殺人が起きてしまった。
タイトルから想定できるように性犯罪の加害、被害の問題を追及するストーリーで、犯罪を犯したものの罪はもちろんだが、犯罪者を誕生させた社会が根源的に持ちながら一向に改善されようとしない無知、無自覚を鋭く突き、読者に深く考えさせる。実際に起きたあれやこれやの事件を想起させるエピソードが多く登場するのもリアリティを高めている。ジェンダーという言葉さえ使われていなかった25年前から社会はどれだけ進歩できたのか、ただ年月が流れただけなのか、著者の問題提起が強く印象に残る作品である。
「永遠の仔」が面白かった人はもちろん、天童荒太のファンには絶対のオススメだ。
ジェンダー・クライム
天童荒太ジェンダー・クライム についてのレビュー
No.492:
(8pt)

主人公の悲哀がヒリヒリと伝わる歴史警察ミステリー

英国の歴史小説作家によるナチ時代のベルリンを舞台にした初の歴史ミステリー。連続女性殺人事件の捜査を中軸に虚実交えて、犯人探し、ナチ政権下の生きづらさを鮮明に描いた傑作エンターテイメントである。
1939年12月、戦時下のベルリン。元レーシングドライバーで切れ者の国家保安警察の警部補シェンケは突然、ゲシュタポの局長に呼び出され強姦殺人の捜査を命じられる。被害者は元女優でナチ党の古参党員の妻だが、生前の行状に問題があったという。事件が党内の勢力争いに利用されたり党の体面を汚すことを恐れる党幹部が、党員ではないシェンケを選んだらしい。政治に距離を置くシェンケは刑事の本分を全うすべく淡々と捜査を進めるのだが、まもなく同様の手口の事件が発生。さらに事故として処理されてきた過去の案件の中に関連性がある事案が見つかり、連続殺人の疑いが濃くなった…。
単なる連続殺人(この本筋もよくできている)だけでなく、ナチ党内の勢力争い、戦時下、ナチ政権下の閉塞感がリアリティ豊かに描かれた歴史ミステリー。警官として愚直に任務を果たしたいシェンケが否応なく権力闘争に巻き込まれ苦悩する姿は、今の時代の閉塞感にも通じるものがあり、多くの読者の共感を呼ぶだろう。
歴史ミステリーファン、警察小説ファンのどちらにもオススメする。
ベルリンに堕ちる闇 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ス 22-1)
サイモン・スカロウベルリンに堕ちる闇 についてのレビュー
No.491:
(8pt)

力強くて切ない、アンチヒーローな傑作ハードボイルド

グラスゴーを舞台にした「刑事ハリー・マッコイ」シリーズの第二弾。連続殺人事件を捜査することになったハリーが否応なく、忘れたい過去に直面させられるノワール・ハードボイルドである。
建設中のタワー屋上で発見された惨殺死体は地元のプロサッカー選手で、彼はギャングのボス・スコビーの一人娘・エレインの婚約者だった。すぐに容疑者として、スコビーの汚れ仕事を担当していたコナリーが浮上した。コナリーは精神的に不安定になり、エレインにつきまとっていたという。ハリーたちはコナリーを追い詰めたのだが、すんでのところで逃してしまう。さらに、コナリーはエレインの周囲に出没し、ボスのスコビーまで襲おうとする。そんな中、前作(血塗られた一月)でハリーの命を救ってくれた、幼馴染で地元の若手ギャングのボス・スティーヴィーを見舞ったハリーは一枚の新聞記事を見せられ、激しく動揺する。そこには、ハリーやスティーヴィーが児童養護施設にいた頃に性的虐待を加えていた男が映っていたのだった。さらに、教会でホームレスが自殺する事件が発生し、残された遺品を調べていたハリーは、スティーヴィーに見せられたのと同じ記事があるのを発見する。花形サッカー選手とホームレス、全く無関係に見えた二つの事件が、ハリーの過去を媒介にしてつながっていった・・・。
一匹狼の刑事が難事件を解決するという警察ハードボイルドの基本はしっかり守りながら、そこに児童の性的虐待の被害当事者をぶつけることで、ストーリーが何層にも重なり合い、ねじれあって展開する複雑で手応えのある物語になっている。訳者あとがきにもあるように、前作からさらにパワーアップしたことは間違いない。オススメだ。
月名のタイトルから推察できるようにシリーズ化されており、イギリスでは一年に一作、現在では6月まで刊行されているというので、まだまだ楽しめそうである。
闇夜に惑う二月 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アラン・パークス闇夜に惑う二月 についてのレビュー
No.490:
(8pt)

特異なキャラで成功したハードボイルド警察小説

かつては繁栄を誇ったものの没落した落ち目の大都会・グラスゴーを舞台にした、刑事ハリー・マッコイが主役の警察ミステリー。本作がデビュー作かつシリーズ第1作で、作品を刊行するごとに評価を高めているという新進気鋭の作家らしい、新鮮でインパクトのあるハードボイルドなノワール作である。
マッコイは服役中の囚人・ネアンから刑務所に呼び出され「明日、ローナという少女が殺される」と告げられた。少女を探し始めていたマッコイだったが、翌朝、マッコイの目前で少女は銃殺され、犯人の少年も自分の頭を撃って自殺した。ネアンはなぜ事件を予言できたのか、事情を聞くために刑務所を訪れたのだが、その日、ネアンは刑務所のシャワー室で殺害されたという。マッコイと新人刑事のワッティーのコンビは捜査を進め、自殺した少年が地元の重鎮であるダンロップ卿の邸で庭師として働いていたことを突き止めた。しかし、マッコイとダンロップ卿には深い因縁があり、それ以上の捜査をしないよう警察上層部から圧力をかけられた。だが、マッコイは執拗に、命をかけてまで悪を追い詰めようとする…。
どれほどの圧力があろうと巨悪を許さない、正義感あふれる刑事が主役かというと、そうではない。マッコイは、どちらかと言えば悪徳警官に分類されても仕方ない言動をとるはみ出しものであり、だからといって、いい加減な捜査をする訳ではなく、しかも喧嘩や暴力には強くない、刑事物では珍しいキャラクターのアンチヒーローである。幼くして親に見捨てられ、教会の保護施設で育てられたことから様々なトラウマを抱えた「弱さ」が印象的な刑事である。このミスマッチ、違和感のあるキャラ設定が本作の最大の特徴で、ハードボイルドでありながら親近感を抱かせる。
刑事もの、ハードボイルド、ノワールのファンに一度は読んでもらいたい傑作としてオススメする。
血塗られた一月 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アラン・パークス血塗られた一月 についてのレビュー
No.489: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

若々しい友情も35年のうちに腐敗してくるのは仕方がないことか

ドイツ警察ミステリーの大ヒット作「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第10作。出版業界の人間関係から生じた複雑で難解な殺人事件を追う、重厚長大な謎解きミステリーである。
ドイツ文壇で名を知られた編集者であるハイケと連絡が取れないとの通報を受けたピアがハイケ宅で発見したのは、室内に残された血痕と足首を鎖で繋がれた老人だった。老人は認知症になったハイケの父親で、血痕はハイケのものと判明。単なる失踪ではなく事件と判断した警察が捜査に乗り出すと、ハイケの周辺には様々なトラブルが発生していた。最初の容疑者は、最近ヒットしたばかりの作品が盗作であることを暴露された、ハイケが担当する作家だった。さらに、ハイケは所属する会社からの独立と作家・社員の引き抜きを画策したとして即時解雇され、会社と対立を深めていた。しかも、新会社の資金を確保するためにハイケが40年近くも付き合ってきた友人たちを巻き込んでいたこともわかった。容疑者は次々に増えていくにも関わらず、動機も証拠も見つけられないピアたちが迷路に迷ってるうちに、第二の殺人事件が発生した…。
出版業界という狭い世界でのドロドロした人間関係に、家族経営の企業ならではの対立と軋轢、数十年来の友人関係、親友という幻想から生じる愛憎が重なり、話の展開はなんとも表現し難い重苦しさがある。登場人物も多くて簡単には読み進められない作品だが、真相が分かった時にはなるほどと納得する。また、オリヴァーの結婚生活に起きた変化、エンゲル署長の意外な一面、ピアの元夫で法医学者であるヘニングの華麗なる変身など、シリーズ・ファンを喜ばせるエピソードが満載なのも楽しい。
シリーズ・ファンにはもちろん現代的な警察ミステリーのファンに、頑張って読み通すことをオススメする。
友情よここで終われ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス友情よここで終われ についてのレビュー
No.488: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

完全に壊れてしまったけど信頼できる、矛盾の塊になったグレーンス警部

グレーンス警部シリーズの第10作、というか、グレーンス&潜入捜査員ホフマン・シリーズの第5作。ネットの闇に隠れた小児性愛グループを壊滅させるために二人が手を組む、アクション・サスペンスである。
十年前に亡くなった愛妻の墓前でグレーンスが出会った女性は「我が娘」と銘された墓に参って来たのだが、そこに遺体は入っていないという。三年前に誘拐され姿を消したという少女が気になったグレーンスは捜査資料を読み、担当者と話をするうちに、同じ日に同じ4歳の別の少女が誘拐されていたことを知った。35年前の愛妻の事故で流産してしまった自分の娘と重なり、少女のことが頭を離れなくなったグレーンスは自ら再捜査しようとするのだが、娘の死亡宣告を申請した両親からは関与を拒否され、警察内部でもグレーンスの体調、それ以上に精神状態を憂慮する上司から休暇を取るように強制された。一切の警察力を使えなくなったグレーンスだが独力での捜査を決意し、天才的なIT専門家のビリー、デンマーク警察のIT専門捜査官ビエテの協力でダークネットに暗躍する小児性愛者グループの存在をつかんだ。グループを壊滅させるにはリーダーの正体を暴く必要があり、グレーンスは「家族のために、二度と潜入捜査はしない」と宣言したピート・ホフマンを必死で口説き、小児性愛者を演じて会合に出ることを承諾させた。だが、ホフマンは素性を暴かれてしまい・・・。
これまでもずっと意固地で偏屈で怒りっぽく、全く協調性がないグレーンスだったが、本作での壊れっぷりは凄まじい。こんな同僚がいたら絶対に一緒に仕事したくないだろうが、被害者の思いを取り込み、犯罪を憎み、全身で怒りを現しながら進める捜査には絶対的な信頼を寄せるだろう。この特異なキャラクターがいかにして形成されたのかというのが明らかにされたのも、シリーズ愛読者にとっては読みどころである。
本作だけでも読み応え十分だが、登場人物のバックグラウンドが分かっている方がさらに面白いので、是非ともシリーズとして順に読むことをオススメする。
三年間の陥穽 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMル 6-15)
アンデシュ・ルースルンド三年間の陥穽 についてのレビュー
No.487: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読み通すのがしんどいけど、最後にわずかな救いがある

「ウィル・トレント」シリーズの第11作だが、「グラント郡」シリーズの主役であるサラ・リントンが主役、さらにウィルのパートナーであるフェイスも重要な役割を果たすという豪華メンバー揃い踏みの傑作サスペンス・ミステリーである。
サラは、当直医として担当したレイプ被害者から「あいつを止めて」という最期の言葉を受け取った。この残虐な暴行殺人で起訴された大学生は、研修医時代のサラの先輩で、大成功している心臓外科医の妻であるブリットの息子だった。敵対証人となったサラに対し、ブリットは「今回の事件は、15年前のあなたの事件と繋がっている」と口走った。研修医だったサラがレイプされた忌まわしい事件が、なぜ、どういうふうに今回の事件と繋がるのか? 息子を庇うためにブリットが口を閉ざしてしまい、闇の中に放り出されたサラだったが、ウィル、フェイスの協力を得ながら真相に辿り着く。だがそれは、信じがたい悍ましさに包まれたものだった…。
いつものことながら、事件、被害の様相が残酷すぎて読み続けるのが息苦しくなる。何もここまでと思うが、これぐらいの怒りを込めないと被害者の無念を代弁できないということだろう。苦く重苦しい物語だが、サラの気丈なサバイバル、ウィルとフェイスの絆など心温まる側面が救いになっている。
シリーズを読んでいても読んでいなくても読み応えがある傑作サスペンスであり、多くのミステリー・ファンにオススメする。
蛇足ではあるが、全体を通してWordのスペルチェックでも発見できそうなミスが散見され、校閲不足の印象があるのが残念。特に主要な人物の名前をタイプミスしているのはいかがなものか。
暗闇のサラ (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター暗闇のサラ についてのレビュー
No.486:
(8pt)

アメリカの恥部に切り込む、パワフルなミステリー

処女作ながら2010年エドガー賞最優秀新人賞にノミネートされた長編ミステリー。1980年代、テキサス州で権力犯罪に立ち向かう黒人弁護士の苦悩を描いた、ビターでパワフルな社会派ミステリーである。
妻の誕生日祝いでナイトクルーズに出かけた黒人弁護士・ジェイ夫妻は河岸からの銃声と女性の悲鳴を聞き、川に落ちた裕福そうな白人女性を助け上げた。女性の首には絞められたような傷跡があったのだが、一切の説明を拒否し頑なに黙っていた。若い時の経験から警察との関わりを避けたいジェイは女性を警察署の前で車から降ろし、そのまま立ち去った。しかし、悲鳴が聞こえた場所から射殺死体が発見され、ジェイは否応なく事件に巻き込まれて行く…。
公民権運動やブラックパワーの台頭はあるものの冷酷な人種差別が横行する80年代のディープサウス。弁護士とはいえ黒人のジェイが人間としての誇りと圧倒的な白人社会の差別のはざまで苦しみ、葛藤するところが読みどころ。60年代後半から70年代にかけて公民権運動に深く関わり逮捕、投獄された経験を持つジェイの骨身に染み込んだ公権力への恐怖がリアルで心を打つ。当時から40年以上が経過しても、さほど変わったように見えないアメリカの恥部の恐ろしさを突きつけてくる、怒りに満ちた作品である。とはいえ、謎解きミステリーとしての面白さも失われてはおらず、上質なエンタメ作品と言える。
社会派ミステリーのファンにオススメする。
黒き水のうねり (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アッティカ・ロック黒き水のうねり についてのレビュー
No.485: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

英国情報部、マフィア、ドラッグディーラーと渡り合う、元気老人探偵団

本国のイギリスで大ヒットし日本でも高い評価を受けた「木曜殺人クラブ」の第二作。盗まれた2000万ポンドのダイヤモンドを巡る殺人事件を、前作でも活躍した老人たち四人組が解決するユーモアたっぷりの謎解きミステリーである。
木曜殺人クラブのエリザベスが受け取ったのは、かつて同じ仕事をしていたのだが死んだはずの男から「同じ施設に転居して来たので旧交を温めたい。自分の部屋を訪ねてくれ」という手紙だった。不審に思いながらエリザベスが訪ねると、現れたのはMI5の諜報員でエリザベスの元夫のスティーヴンで「調査対象者の家から2000万ポンドのダイヤを盗んだとして、マフィアから狙われている」という。大事件に好奇心いっぱいのクラブメンバーは奮い立ち、消えたダイヤモンドの捜索に乗り出した。だが、メンバーの精神的支柱であるイブラヒムが暴漢に襲われて怪我をし、外に出ることを怖がり引きこもり状態になったことで、新たな悩みも抱えることになった。それでも事件を解決したいという熱意が損なわれることはなく、残りのメンバーは前作で仲良くなったドナとクリスの警官コンビや家族の力を借りながら難事件の真相を暴いていくのだった…。
前作に比べると物語の構成や展開が派手になり、おやおやという場面が多いものの、老人の知恵としたたかさを生かしたユーモア・ミステリーとしての持ち味は保っている。また謎解きミステリーらしい伏線や複雑な動機などにも説得力があり、本格英国ミステリーのファンにも満足できる仕上がりとなっている。すでに3作目の邦訳が出ており、シリーズは6作まで続く予定というから期待して待ちたい。
前作が気に入ったファンはもちろん、本格謎解きミステリーのファンにオススメする。
木曜殺人クラブ 二度死んだ男 (ハヤカワ・ミステリ)
No.484:
(8pt)

世の中は粉をひく風車のようなもの、夢も希望も、粉々にすり潰す

垣根涼介の言うところでは、代表作「ワイルド・ソウル」と対をなす、コインの裏と表のような作品。南米コロンビアで麻薬マフィアのボスに成り上がった日系二世の男が、自分の「信」を貫くために日本の警察を襲撃するという、痛快なノワール・アクションである。
政治的暴力組織に両親を殺害され、貧民街で育ちながらコロンビアの新興マフィアのボスに上り詰めた日系二世のリキが幼い少女・カーサを伴って来日した。その目的は、日本で共存するコロンビアマフィア間のいざこざでライバル組織に裏切られて警察に逮捕された仲間の奪還だった。仲間を守るためなら徹底的に冷酷非情になれるリキは壮絶な血と暴力でライバルと決着をつけ、日本の警察が想像もできない手段で仲間を奪還しようとする。それと同時に、もう一つの来日目的である「カーサに日本で教育を受けさせる」ために手を尽くす中でリキは自分と同じ目をした、退職したばかりの刑事・妙子と出会う…。
麻薬マフィアのボスとして暴力が全ての世界を生き抜きながら、路上をさまよっていた浮浪児のカーサを保護し育て上げることに心血を注ぐという、リキの二面性、人間の性の奥深さが強烈な印象を残す。日本のハードボイルドとは思えない圧倒的な暴力が支配するノワールでありながら、人間は捨てたものではないという、しみじみとした情感を持つヒューマン・ドラマでもある。
「ワイルド・ソウル」と重ねて読めば、さらに面白さが増すだろうが、本作だけでも十分に楽しめること間違いなし。オススメだ。
ゆりかごで眠れ〈上〉 (中公文庫)
垣根涼介ゆりかごで眠れ についてのレビュー
No.483: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

森から来たワイルドの家族が明らかになる?

日本でも好評を得た前作「森から来た少年」の続編。自身の家族を探すためにDNA鑑定サイトを利用したワイルド(前作の主役)が実の親を見つけるとともに、血縁者と思われる人物からコンタクトがあり、思いもよらぬ事態に巻き込まれていく社会派ミステリーである。
血縁者探しのDNAサイトにサンプルを送ったワイルドは父親と思われる人物を特定し、会いに行ったのだが、そこで父親から「母親が誰かは分からない」と告げられた。さらに、母親の血縁と思われるPBと名乗る人物から連絡があり、ワイルドがその身元を探ってみると、現在行方不明になっていることが判明した。唯一の友人だった亡きデイヴィッドの母である著名な弁護士・へスターの協力で母親とPBの身辺調査を進めたワイルドだったが、思わぬことから殺人事件に巻き込まれていく…。
ワイルドの過去、家族が判明するプロセスがメインで、サブとしてテレビのリアリティ番組の虚実の闇、ネット社会ならではの匿名グループによる私的制裁、ワイルドとヘスター家の家族の関係性が絡んでくる。物語の構成は複雑だがエピソードの関係性はわかりやすく、話の展開もスピーディーで読みやすい。だが、読み進めるとともにネット社会の便利さと怖さ、ネットのパワーに追いつけない人間の脆さがひしひしと伝わってくる、恐ろしい作品である。
「森から来た少年」を堪能した方はもちろん、単なる勧善懲悪では終わらない、コクのある社会派ミステリーのファンにオススメする。
THE MATCH
ハーラン・コーベンザ・マッチ THE MATCH についてのレビュー
No.482: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

あの時、別の選択をしていたら、違う人生を生きているだろうか?

28歳、しかも長編2作目となる本作で2023年のエドガー賞最優秀長編賞受賞という快挙を成し遂げた、新進女性作家の傑作ミステリー。死刑執行直前の死刑囚と、死刑囚に関わった三人の女性の過去から現在までの人間ドラマを描いた心理サスペンスである。
4人の女性を殺害したアンセルは死刑執行の12時間前、女性刑務官を抱き込んだ逃亡計画を実行に移そうとしていた。脱走に成功したら、獄中で書き継いできたエッセイを出版し世間の注目を集めるつもりでいるのだが、死刑へのカウントダウンは止まらない・・・というのが、死刑囚のパート。そこに、幼いアンセルを遺棄して逃亡した母親・ラヴェンダー、アンセルの元妻の双子の妹・ヘイゼル、アンセルと同じ里親の下で育った州警察捜査官・サフィという3人の女性の回想のパートが重なってくる。4つの視点からの物語が絡み合い、積み重なることでアンセルの人間性、事件の誘因、事件が引き起こした波紋が徐々に浮き上がってくる。構成は複雑だが主要人物がくっきりと書き分けられているので、リーダビリティは悪くない。
シリアル・キラーの犯行と逃亡、警察による追跡のミステリーではなく、アンセルという殺人犯が誕生したのはなぜか、どこで歯車が狂ったのか、どこかの時点でアンセルが違う選択をしていたらアンセルや3人の女性は違う世界を生きていたのだろうかという人間ドラマとして評価したい作品である。
人間性にこだわったノワール、心理サスペンスのファンにオススメする。
死刑執行のノート (集英社文庫)
ダニヤ・クカフカ死刑執行のノート についてのレビュー
No.481: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ホラー風味とイラスト挿入のアイデアが奏功した傑作

本邦初訳となるアメリカの新進作家の長編ミステリー。オカルト、ホラーかと思わせておいてきちんとミステリーになっている巧妙な構成のページターナーである。
薬物依存症から回復し、社会復帰を目指していたマロリーは高級住宅街に住む裕福な夫妻の一人息子・テディのベビーシッターとなる。自分に懐いてくれる5歳の男の子・テディは可愛いし、良く気がつく夫妻から邸宅の離れを専用の住まいとして提供され大満足のマロリーだったが、ある日、テディが奇妙な絵を描いていることに気が付いた。森の中で男が女性の死体を引きずっているという絵は、昔、マロリーが住む部屋をアトリエにしていた女性画家にまつわる殺人事件を暗示しているようだった。さらに日を追うごとにテディが描く絵はリアルさを増し、何かを訴えているようになる…。
タイトルが示すように、テディが描く奇妙な絵から隠された事件が解明されるというストーリーは謎解きミステリーとして完成されている。そこに味付けされるのが、奇妙な絵のゴッシックとホラー要素で、折々に挿入された絵がサスペンスを盛り上げて行く。物語の構成に加えて装丁(これも構成の一部だが)の仕掛けの上手さが成功した作品である。最後のどんでん返しには賛否両論がありそうだが、そこまではどんどん積み重ねられる謎の渦に読者を引き摺り込む強力な引力をもっており、謎解き、ホラー、オカルト、サスペンスと、様々な楽しみ方ができる。
巻末の解説にもあるように、読む前には絶対に挿入されている絵を見ないことをオススメする。
奇妙な絵
ジェイソン・レクーラック奇妙な絵 についてのレビュー
No.480:
(8pt)

生保不正受給の闇と闘う公務員たち。ストーリーの上手さで読み応えあり

2012年から14年に雑誌連載された、著者の長編第4作。先輩ケースワーカーが殺害されたことをきっかけに、若き職員たちが生活保護不正受給の闇を暴く社会派ミステリーである。
意に沿わない職務に回された臨時職員の聡美を励ましてくれた先輩ケースワーカーの山川が受給世帯訪問中に火事に遭い、焼死体となって見つかった。翌日、職場を訪ねて来た刑事から山川が殺害されたことを知らされた。仕事熱心で人望があり、常に受給者に寄り添っていた山川が、なぜ殺されたのか。聡美は、先輩だがケースワーカーとしては同じく新人の小野寺と二人で山川の担当を引き継ぎ、現場を回るうちに、山川が何かを隠していたのではないかと疑念を抱くようになる。受給者の裏に暴力団の影がちらつき、しかも山川はその不正を知っていただけでなく、自らも関与していて殺されたのではないか。聡美と小野寺は公務員としての職分を越え、犯人探しに奔走する…。
これまで何度も報道されてきた生活保護不正受給、貧困ビジネスの実態をリアリティ豊かに描き出すだけでなく、善意の塊のようなケースワーカーが暴力団と組んで公金を掠め盗っていたのではないかという設定と謎解きは殺人犯探しのミステリーとしても一級品で、まさに王道の社会派ミステリーである。
文庫解説にある通り、佐方貞人シリーズから虎狼の血シリーズへの転回を告げる力作であり、柚月裕子ファンは必読。時代を映す社会派ミステリーのファンにも自信を持ってオススメする。
パレートの誤算 (祥伝社文庫)
柚月裕子パレートの誤算 についてのレビュー
No.479:
(8pt)

最後まで惹きつけられる、倒叙型ミステリーの傑作!

1949年に発表されたフレンチ警部シリーズの一作で、2011年の創元推理文庫新訳版。殺人事件の容疑者、犯行様態、動機などがすべて明らかにされているのに、最後まで緊迫した推理が楽しめる倒叙型ミステリーの傑作である。
恋人と定めたフランクに体良く操られ、勤務する外科医から金銭を搾取する犯罪に手を染めてきたダルシーは、フランクが転職して行った先の引退貴族が死亡したことを知った。亡くなった貴族の一人娘は莫大な遺産を相続することになり、フランクはその娘との結婚を目論んでいるようだった。あまりにもフランクに好都合な展開を疑問に思ったダルシーは、事態の真相を探ろうとして著名な弁護士に相談したのだが、依頼の奇妙さを訝った弁護士はフレンチ警視に自分の疑問をぶつけた。検視審問では自殺とされ、一件落着のしていたのだが、一連の流れに違和感を抱いたフレンチ警視は再捜査に乗り出すことになった…。
前半の三分の二まではフランクとダルシーの置かれた状況、犯行への流れ、殺人の現場の様相がすべて読者の前に開示され、ただ一つ犯行の物証だけが見つからないという、倒叙型ミステリーの王道の展開で、フレンチ警視が登場してからは一気に波乱に満ちた謎解きミステリーとなる。そして最後、う〜んと唸るクライマックスが待っている。どんでん返しの妙と人間ドラマの濃密さのバランスがよく、読み応えがあるエンタメ作品である。
75年も前の作品とは思えない、少しも古びていない倒叙ミステリーの傑作として、多くの方にオススメしたい。
フレンチ警視最初の事件 (創元推理文庫)
F.W.クロフツフレンチ警視最初の事件 についてのレビュー