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イン・ザ・メガチャーチ
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イン・ザ・メガチャーチの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.27pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全109件 81~100 5/6ページ
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| 国見の過去やここに至るまでにどんなことがあって今こうなのかがものすごく気になったので、朝井さんがもしその気になったら国見の過去を激しく読みたいですので書いてください。。 国見は心の語りの章がなくて、発言メインだったので。あと仕事用の国見の顔しか知れてない!仕事じゃない時の国見はどんなことを思ったり感じたり考えたりしてるの? 最後少しだけちらっとこう感じてたんだ、と思う部分もあったけど、もっと詳しく国見のことが知りたい。 個人的にはこの「みんな、自分を余らせたくない。だから使い切らせてあげてる」というのがすごく良かった。 多くの人が感じている心を、初めて見る表現でしかも難関な言葉を使わずともすごく的確に表現していたから。 みんな、この膨大な時間やエネルギーやお金を注ぎ込む先を求めてるっていうの、本当にそう。最近は目に見える分かりやすい評価やステータスがかっこいいというより、「変な方向性でも人生を面白がって楽しみまくってる人が勝ち」みたいなのあるし。 ふっと、「今日何しよう」みたいな時間や、それが続くのって辛いですもんね。私もそう。。 毎週末「今週何しよ。。」ってなるのつらいもん。かといってさ、「経験のための経験」しにいっても、興味湧くかなと思っても全然興味なくてただ歩き疲れて消耗して終わったり。それこそ物語みたいに何か運命的な人との出会いや気づきとの出会いって、そんなない。 なんか今日つまんなかったなー別に心動くことなかったなーって帰る日全然ある。 だからアラサーあたりでふと「“次”どうしよう」って虚しくなったり焦ったりみんなと同じ流れに乗ったりはたまた大転換したりする人多いのかも。 人生に退屈したからとか他のみんなこれを人生の大イベントとしてやってるしって理由でじゃあ自分も、っていうのも違うだろとは思うが、自分で自分を何かでエンターテインさせ続けないとずーっと同じなのよね。 退屈と繰り返しにはみんな耐えられない。何かを始めれば、次々やること発生するから考えなくて良くてある意味気持ち的に楽なんだよなぁ だから趣味でも仕事でも子供を育てることでも何らかのコミュニティや活動にのめり込むことでも、何か自分を全部使い切る、これに全て捧げてる、これをしてる自分は幸せだ、って気持ちと時間と熱量注ぐことのできる宗教を人は欲しがってる。 何かにハマって自分を自分で狂わせ続けないと正気に戻っちゃうから。。 最後の終わりめちゃくちゃ良かったよ 物語の中で個人的にどうなんだろうと思うのは、青木の言ってた今のネット使ってる世代は基本男嫌いみたいなのは、個人的には全然逆に思えた。主語雑だけど女性って男性嫌いどころかめちゃくちゃ大好きな人多くない。。? どれだけ「自分男嫌い男いらない」みたいに突っ張ってたり、男性から受けた嫌な経験や記憶があったとしても、それでも現実の女性ってどこまでも男性を好きになるし好きになったら1番大切にするし良くも悪くも自ら望んで相手のこと優先するし、男性との関わりや繋がりを諦めないし求めてるし、道具として利用できるという意味ではなく「人として」男性を尊重したり尊敬したり、愛そう、愛したい、みたいな人の方が圧倒的に多いと思うというか、個人的観測だと全然そういう人の方が多いなって感じる。 | ||||
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| ファンビジネスのムーブメントを作る人と、その物語に飲み込まれていく人達の、距離感を間違えると極端な行動に向かうというありそうな話 俳優やアイドルを応援することで自分も幸せになるけれど、そこには金銭的な搾取があり、それを搾取だと思わせないふんわりとしたベール 何をすれば幸せなのかという答えが多岐にわたっている現代では、逆に模索してしまう 推しを失って陰謀論にのめり込む、推しを世に出そうとして無理しすぎる、完全な依存 孤独を埋めるために推し仲間でつるむことも楽しいけれど、人間関係もほどほど客観性を持っていたい | ||||
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| 読み進めるほど苦しくなりため息が出る。言葉にすれば「それ全部あなたの物語ですよね?」と言われそうで恐ろしい。理想の物語を手放せた時、大事な何かを手に入れられるのかもしれない。 | ||||
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| 推し活と言われるものを始めて3年、どうしてこんな事にになってしまうのか自分でも分からずモヤモヤしてましたが、3人とも全員自分すぎてほぼ解決笑。 こうしてレビュー書いてる事も含めて納得しかないです。 観に行く覚悟がいるけれと、絶対映画化してほしい。 | ||||
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| 読みはじめたときは、ちょっと冷たい小説だなと思いました。 誰かが泣いたり叫んだりするわけでもなく、どの場面も淡々としていて、感情の波がほとんど見えない。まるで、遠くから人の群れを観察しているような距離感がある。でもその静けさが、次第に不思議な熱を帯びていくんです。 登場人物たちはそれぞれ、自分の信じるものを探している。視野を狭めれば安心できるけど、世界は見えなくなる。視野を広げれば冷静でいられるけど、何が楽しいのかわからなくなる。 そのどちらにも肩入れせず、ただ並べて見せる朝井リョウの筆がすごく誠実で、どこか痛々しくもあります。 読んでいるうちに、ふと考えてしまいました。「自分は何を信じて生きているんだろう」と。 この作品は答えをくれないけれど、その“答えのなさ”にこそ人間らしさがあるように思う。 完璧じゃないまま信じようとすることの、あのもどかしさみたいなものが、ページの奥からじわじわと伝わってくる。 読後に残るのは、感動というより余韻。 静かに火がついたみたいな、深くて長い熱。 読み終えても、まだこの世界のことを考えています。 | ||||
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| 書店に平積みされていた本書の帯のキャッチに興味を覚えた。「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」一体何だろうと思った。 一昨年4月から昨年6月まで日経新聞の夕刊で連載された作品。作者は『何者』で直木賞を受賞している。 登場人物はレコード会社に勤務する40代のビジネスマン窪田慶彦と留学生や帰国子女が多く,在学中に海外留学することが義務付けられている女子大学生武藤澄香。 父母は離婚して主人公は母親と地方都市で暮らしているが、授業料を父親が支払っているので、かろうじて時折義務的に交信している関係性。 作者は、多くの孤独で弱い大衆が、企業や宗教団体、あるいは政党によって知らず知らずの内に、心理的に支配されゆく様を克明に描いている。 仕事人間として生きてきた父親が勤務先のレコード会社で売り出しを図っている若者から「仕事を離れて世間話をする友だちがいるのか」と訊かれて答えに窮するシーンは身につまされた。 娘の澄香は、環境問題や世界情勢を話題にする学友には馴染めないが、コンビニの仕事の先輩のユリさんといるとホッとする。 ユリさんを作者は「その根底にあるのは、きっとどんな環境が変わったとしても、そのたび適応しながら乗りこなせるだろうという、生き物としての強さとしなやかさだ」と表現している。 一流私大でバイリンギアル、バイカルチャーでグローバル市民を目指す澄香は、SNSや企業による情報攻撃の虜になっていくが、時給社員のユリちゃんの存在と生き方を示すことで、作者は人間の幸福の尺度を示しているような気がした。 30代後半の作家は鋭い目線と洞察力で現代社会に翻弄される人々を主人公にしながら、その行間に、作者の人間観、社会観、幸福観を潜ませていく。 団塊世代の読者としては、著者の社会の捉え方から、改めて、宗教、政治、芸能分野で起きている目に見えない力の人々の統制の実態を垣間見ることができた。 In the Mega Churchというタイトルが意味深である。各章が登場人物の個人名なのが斬新に思えた。 | ||||
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| 「正欲」を読んで気に入った方は、こちらも楽しく読めると思います。 | ||||
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| INFP型の生きづらい世の中こそ、”物語”をつくり、信じるものが欲しい。 メガチャーチの布教ごとく、情報交換で助け合うコミュニティ。 熱意を注ぎ充足するファンダム。 視野が定まるとメンタルも安全に。 ”あなたには友達がいますか”と問いかけるとき。 | ||||
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| 面白さが異常でした。視野という点で、ファンと裏方と陰謀論がこう交わるとは。現代、世間に普通にいる人々を、こうやって小説として残してくれてありがたい。 | ||||
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| 山手線の広告からきました。 自分にとって、今後の人生を変える一冊になったと思います。 解像度高く、現代の推し活、SNSの風刺が描かれており 若者の方が自分ごととして、この本を読めると感じます。 視野を狭めて没頭した先の幸福と恐ろしさ みんな何かに熱中したい、没頭したい。 他人の目を恐れ、やらない理由を探す 熱中できていないからこそ、俯瞰できている気分になり嘲笑う。ただどこかでそれを羨ましいと思っている自分がいる 没頭できなかった人生の先に見えた僅かな光にしがみ付き、それが間違っていると分かっていてもしがみ付くしかない。 他にしがみ付けるものが無いから。 何もしないままでも生きていけるこの世の中で、しなかったことがいつか自分に帰ってくる。 このままでは自分も同じ道を辿ることが容易に想像できてしまった。 まだ間に合うかな。 | ||||
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| 朝井リョウ節が炸裂した作品だった。今この時代に読むことに意味がある小説だと感じた。推し文化やオンライン共同体、匿名性と承認欲求といったモチーフは、まさに現代を生きる自分たちの鏡のようで、数年後に読み返せばきっとまた全然違う意味を帯びるはず。 個を取り戻すはずの叫びが、共同体の中で匿名化され、家族にすら届かない皮肉が、この小説の怖さであり、同時に時代を鋭く切り取る視点だと感じた。 | ||||
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| 進むべき道がなくなったからこそ感じる人生の難しさ、人々の間にあるつながりの希薄さをまじまじと感じさせる。 だからこそ、タイトルのように宗教的に信じるものを求める人もいれば、それをコントロールする人もいるという事実を理解でき、そこから発生するむごく、目を背けたくなるような人間の心理に心を奪われた。 | ||||
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| 一気に読んでしまったが、読むのが辛い小説だった。自分が、感じやすかった10代とか20代に読んでいたら、結構ショックを受けていたかもしれない。 読んだ日の夜に、うなされてしまった。(家族に「寝言で、うわーー!と叫んでいたよ」と言われた) 物語に没頭することによって視野狭窄が起こされる。その危険性は小説内で、分かりやすく「視野狭窄による不注意から、事故に遭いそうになる」というシーンでも表されている。私も、小説を読み終わり、このことを考えながらシャワーを浴びたら、2回もトリートメントをしてしまった。 この小説には、物語を仕掛ける側、物語に没頭する側、その中でも関与の程度にグラデーションがある登場人物が出てくる。 オーディション形式でデビューするアイドルグループは、この本が出版された年にも、実際に「あるある〜」という話で、デビュー後に人気が落ちていくのもあるあるである。 正解がない、また、いくらでも反転させて、何が正解なのか分からない時代に、何かにすがりつきたくなる気持ちはよく分かる。 ABCという情報をBACと並び替えて提示したり、意図的にBを語らなかったり、ということをすることで物語の強さが変わる。こんなことは日常的なコミュケーションでもよくされていることだ(自分をよく見せるために、あることを伝えたり伝えなかったりする)。物語を紡いでいくことも大切だが、没頭しすぎてしまうのもよくない。 そんな時代にどうすればよいのか?という答えは書かれていない。YouTubeの動画で作者の浅井リョウが「答えが明確にされていない本が好き」と言っていたので、自分の作品にもそのような残響を残そうとしているのかもしれない。 自分は今熱中していることがないので「教会には通っていない」ということになる。 また読み返してみたい作品である。 | ||||
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| 価値観について、自由な世界になったからこそ、全てが不正解になり得る。 ゆえに我々は物語を求めるのだ。 最近、村田沙耶香さんの世界99を読んで 『自分が今まで積み上げた価値観は何だったのだろうか、、』 と困惑していたところに、 イン・ザ・メガチャーチを投入したところ、従来のメタ認知はぐちゃぐちゃに破壊され、再構築され、快感でした☺️ | ||||
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| 最高です 推し活してる人みんな読んで。 帯のQRコードも朝井ワールド最高 | ||||
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| ✴︎何かにハマったり、課金する事には否定的な中年男性の感想 カテゴリとして知ってはいるが 詳しくは知らないこと 人ごととして俯瞰で興味はあるが 自分ごとではない現象 はじめは妻や子、自分含め 自己を投影できる登場人物たちが その現象にどう巻き込まれていく様に 引き込まれて行った。 終盤には読者という立場で 俯瞰で見ていたはずの自分もこの物語の中にしっかりと存在しており 最後にはこのような感情を覚えた ヒリヒリしつつも懐かしく あたたかくとても眩しい | ||||
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| これまで理解できなかった「推し活」という文化の本質が少し見えた気がした。正直、推し活に熱中している人たちを見ると、「どうしてそこまで時間やお金を使えるのだろう」と不思議に思っていたけれど、推し活は単なる娯楽ではなく、孤独や不安を埋めるためのひとつの手段であることに気づかされた。 人は誰かを応援することで、自分が生きている意味を実感できる。「推しがいるから今日も頑張れる」という感覚は、ただの依存ではなく、日常に小さな希望を灯す行為なのだと思う。推しが生きている、活動している、それだけで自分も生きていけると感じる――それは決して弱さではなく、現代社会で自分を支えるための大切な儀式なのかもしれない。 この本を読んで、推し活をする人に対する見方が変わった。今は彼らがどんな思いで「推し」を大切にしているのか、想像できるようになった。私自身も、自分の孤独を埋めてくれる存在を見つけることを、もう少しポジティブに捉えてみたいと思う。 | ||||
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| 朝井リョウさんと同世代で、ほとんどの作品を読んでいます。いま同世代が自分が見ていること、感じていることをプロの作家さんの目線で書くとこうなるのか!と共感できて、毎回作品を楽しみにしています。 ちなみに今回の作品は推し活経済がテーマですが朝井さんの原体験はASAYANにあるそうです。 今は韓国系オーディションもガッツリみていないとかけなさそうな表現、現代のヲタへの解像度もすごく高くて共感&笑える文章もたくさんあります。 世代どんぴしゃの方はぜひ手にとってみてください。 「視野狭窄」悪い意味で使われることが多いですが、私は「狭い視野」も持つ人は幸せだなとこの本を読んで思いました。 | ||||
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| 本書を読んで特に印象に残ったのは久保田と道哉の会話。 男性は女性と比べると雑談に慣れていない傾向があって、それが不慣れなままだと中高年になった時に友達がいないという状況になる。 男同士はどうすれば連帯していけるのだろうか、関係を長く保つにはどうすれば良いのだろうかと色々と考えさせられた。本書で挙げられていた仕事の肩書きが通用しない場所でのつながり、弱さをさらけ出すコミュニケーションが今後重要になってくる。 ここ最近の時代の風潮を切り取った作品で、読みやすく面白かった。 | ||||
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| 感想がありすぎる。 でも、読み終わった後、自分の家族を大切にしようと思いました。それが一番です。 今朝、妻から今日は随分機嫌がいいね。と言われました。 一生大切に取っておこうと思います。朝井さん、ありがとうございます。 | ||||
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