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イン・ザ・メガチャーチ
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イン・ザ・メガチャーチの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.27pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全109件 41~60 3/6ページ
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| 自分自身kpopの押し活をしているので、ほんとその通り!!って思うところが沢山あって、推し活をしてない人との感想とはまた違う部分があるかもしれない。でも、本当によく調べてあって感心した。自分と重ね合わせながら読み進めていったが、最後は…。 読み終わった後も色々と考えさせられる深い作品だと思う。 | ||||
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| 物語に引き込まれた | ||||
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| 各章、登場人物の視点に区切られていて、読みやすい。後半は勢いがあり、一気に読める面白さがあった。 風刺のような現実的なテーマで、マーケティングのビジネス書的な側面も感じる。事象が深掘りされていて、学びある観点も多い。 一方、登場人物の心理については、ご都合的な部分を多く感じる。男性が想像した女性像、という印象が強い。表面的で、リアリティを感じられない。 リアリティがあるストーリーの中で、そこに違和感を感じ、個人の好みとしては星4です。 | ||||
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| ●人が自分の判断基準を変えるには物語が必須であるという。物語という旗がありそれに向かえば視野 狭窄が起こる。その結果人は己の判断基準を変え、ひいては行動変容に至る。その理論構築の物語は多 層構造である。 微に入り細を穿つ濃密かつ執拗な(くどい)筆力は、まるで読者までも巻き込もうとしている磁力の 様。容赦ない徹底した掘り下げ方は、余韻を残す優しさなど微塵も感じられない。穿った見方をすれば、 著者はおそらくそれ程人間を好きではないのかもしれない。優しさが響いてこない筆致である。人間な んてこんなものだと突き放した冷めた目で見ている気がしてならない。 三者三様の人間ドラマで、心情は理解できるものの何故か心に響かず、琴線に触れない。どの人物の 視点にも共感できなかった。偏差値の高い人がインタビューと文献と思弁で創り上げた人物構築の印象。 残念ながら彼らの物語では夢は見られなかった。 | ||||
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| グローバル化が進み解像度が上がる社会では、真面目で感受性が強い人ほど生きづらい。推し活は最後の砦なのかもしれない。 搾取の構造を理解した上でメガチャーチに捧げる覚悟ならば、そんな人生も全然有りかと。最適解など、この世界のどこにも無いのだから。 | ||||
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| 視野の広さというのが人間にどのように作用するのかが、実体験とも重なりとても学びになりました。 小説を読みながら現代における盲信的な行動と宗教的な行動の共通点を想起させられました。 | ||||
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| 解像度の高さに脱帽です! おじさんもつらいのですよ… | ||||
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| 留学してチャーチマーケティングの研究をする学友は、教会のコミュニティ形成のプロセスや集金システムの是非を高らかに語る。はたまた世界平和や環境問題にまで視野を広げ、世界を正しく真っ当に捉える。その背後で、推し活に専念する澄香のモノローグがある。「正誤を気にして揺るがない真実を求めることに苦心することは、結局そういう物語に取り込まれているだけだ。/ 結局誰だって、信じる物語を決めて生きているだけだ。」 ここで澄香は、自身の信じる物語を相対的に捉えている。少なくともその点だけでいえば、澄香は学友よりも世界を真っ当に捉えているように思える(あるいはそれが私が信じている物語か)。 この場面は著者が力を入れた箇所のひとつではないかと感じた。 | ||||
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| 読み終わったあと、あれ?スミカの父親も、自分の娘の推し活をしてただけなんでは…と気付いてしまった。 ファンダム(推し活)では、自分の推し(アイドルなど)の生活や人生が輝くようにとファンがグッズやCDなどを大量に購入しお金を投下する。本の中では自分の生活を切り詰めてまで、お金を投下する姿も描かれていた。 スミカの父親も、育児にほとんど参加できなかったことを後悔しながらも、今自分がスミカにできる支援である留学資金の提供を通じて、なんとか自分の立場や人生を肯定しようとしている。親子関係ということを除けば、これはファンダムの構造と本質的に変わらないのではと思った。 Xで「コミュ障は金を出したがる」という言葉を見たことがある。家族としての縁がほとんど切れた父親に娘が会いに行き、帰り道に交通費という名目で大金を持たされる…という文脈での言葉である。 人と人との関係性で築かれる信頼関係や好意というものは、本来なら互いの人生の時間や心の交流がしっかりと必要なものである。この労力をお金で代替してすべて解決しようとすることが、ファンダム経済なのかもしれない。 | ||||
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| とても面白く興味深い作品ではあるのだけど、登場人物があまりに「読者に対して」説明し過ぎでは? 特にタイトルになっている「メガチャーチ」について語る部分は若干興ざめした。 | ||||
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| 推し活やカルト宗教に依存症的にのめり込む者たちの 視野狭窄と思考停止がもたらす不気味な幸福感 それを格好のビジネスチャンスとして利用する者たちの 熱狂を生む物語でファンダムを思いのままに踊らせる快感 その両者が交錯するラストに震撼! 昨今、もてはやされ加熱する推し活ブームの闇とコアを鋭く抉り出した傑作 そのうち映画化されそう | ||||
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| この作品でも、朝井リョウ特有の優れた女性心理の描写が、活き活きとした文章の流れを生み出している。 個人で行う「推し活」と、集団で行う「ファンダム」。ファンダムに属することで得られる生きやすさや、迷いのなさが鮮明に浮かび上がる。 後半に向かって一気に加速する展開は、相変わらず見事だ。 | ||||
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| かつて、とある舞台俳優にハマったことがある。 初めて知る推し活の興奮にも、その活動を通じてできた友達とのコミュニティにも夢中になったが、結局「推しのために」と数字重視で貢ぐ姿勢、推しのことを全肯定しないといけない雰囲気に馴染めずに、疲れて1年少しで辞めてしまうことに。 そのあと数年間は、どこかに「求められるようなファン像 で居続けられなかった自分」という挫折感があり、ずっと後ろめたさを引きずった。 とはいえ何年も経ち、自分の落ち着ける生活を手にした今、遠征に配信にと飛び回って観劇友達と大盛り上がりした記憶は「あれはあれでよかったな」と思える。 20代のうちでまだやり直しが効く歳でもあったし、幸い手をつけてはいけないお金に手をつけたり非常識な行動には出なかったし。その頃のSNSアカウントがまだ残っていたら、痛すぎてとても直視は出来ないと思うけれど……。 まさに推し活という言葉に踊っていた短いあの時期を思い出すと、強烈な失敗でもあり成功体験でもあったあの頃の自分にたいして甘苦いような独特の感覚を抱くのだが、この小説を読む時間は、いわばそんな過去の自分を昇華して弔う時間になった。 毎日がキラキラとしていたけれど、明らかに熱量を向ける先をコントロールされているうっすらとした違和感。このままでいい筈ないけど、それをファン仲間の前で口に出したら「敵」になる緊張感。みんなそれでいいの? と思いながら、折角出来たコミュニティの中で立ち位置を失いたくないから、もうあまり興味もなくなったに舞台にお金を出す。 そんな過去の自分は、物語マーケシステムの中で自分の気質が当然そのように反応していただけなのだ、という一種の諦観が読み進めるたびに産まれ、かえってズバズバとこちらの未練や自己陶酔を断ち切ってくれたので、いっそ気持ち良い読後感だった。 私独自の物語だと思っていたあの熱狂と焦燥は、今もありとあらゆるファンコミュニティで繰り返されている、ありふれた反応だったのね、と。 ※ 結局のところ、宗教を含む物語に熱狂したいというパワーは、落ち着いて自分自身と語り合えない、というところから来るんじゃないかなと思う。 自分自身と二人きりになる時間を思いきってとってみると、案外いいものだったりする。 それからいろいろな物語にかぶれては覚めたりする経験を重ねていくと、段々ひとつの物語に没頭するのではなく、それぞれの物語の味をほどよく楽しめるようになってくる。何をどの程度摂取して楽しむか、取捨選択が出来るようになってくる。 本当は小さい頃から大量の物語を浴びて育つ今の世代こそ、推し活マーケで「特攻隊」にさせられることへの抵抗力はある筈。 孤独と向き合う勇気(きっかけ)さえあれば。 | ||||
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| 朝井リョウが得意としてきた「集団の中の個人」が、推し活とファンダム経済を通して徹底的に描かれていると感じました。アイドルや舞台俳優をめぐる三人の視点が交差し、人が物語や共同体に寄りかかりたくなる瞬間の怖さと救いが浮かび上がります。説教臭くならず、現代の痛さがそのまま突きつけられる一冊でした。 | ||||
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| 読んていて怖くなるくらい、現代を生きる人の頭のつぶやきを拾っていると思った。それもいろんな年代の、性別も異なる人たちの奥にある本音を。改めて朝井リョウという作家は若くしてすごい作家だなと思った。頭の中をのぞいてみたい。 | ||||
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| 有り余るエネルギーはどこに向かうのか。人は皆んな何かの推しを持ち縋って生きている。 意識するしないに関わらず。考えさせられる一冊だった | ||||
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| 三つの物語が連続的に進んでいきます。 それぞれが思わぬきっかけで、物語にハマっていく様が解像度高く描かれています。 最後の展開は見事です。 | ||||
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| マーケターと名乗っててスミマセンでした。 精進します | ||||
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| 仕事、お金、名誉、恋愛、容姿、家族、友人、趣味、推し。 人は現実を忘れるために、自分を使い切るために、何かを信じ、その教会に通う。 筆者は、小説を書く教会に通っていると自認している。 狂いたくない。でも狂わないと幸せにもなれない。 自分はどの教会で、どれくらい狂えば「幸せ」なのか。 それをえぐみのある鋭利さで問う作品。 | ||||
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| 踊る阿呆か見る阿呆か?推し活を中心テーマにしつつ、物語にのめり込むのか、のめり込ませるのか?双方の立場が交錯する、なかなかスリリングな展開。結構一気に読んでしまった。 ただ、細かいところを言うと、とある人物が方向性を180度変えた際に、その人物の中で何が起きたのかなどの描写が薄く、唐突な印象を受けた箇所もある。 あと、物語を作って操る側の描写だが、これも漫画的というかステレオタイプというか、本当にちゃんと取材したらそうはならないのではないかと思わせる所もあった。 ただ、大きな物語なき世界で主人公の中年男性が抱える悩み、変動などはかなりリアリティがあり色々考えさせられた。総じておすすめの作品です | ||||
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