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暴虎の牙
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暴虎の牙の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.88pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全89件 61~80 4/5ページ
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予想以上でした。次も買いたいですね。 | ||||
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さすがのストーリー展開と、沖という魅力的なキャラクターにより、グイグイ引き込まれて、あっという間にラストを迎えてしまいました。 | ||||
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やくざ社会をここまで描くことができる柚月裕子と女性に興味を持ちました。 | ||||
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【ネタバレあり!?】 (1件の連絡あり)[?] ネタバレを表示する | ||||
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最高の熱量です。 | ||||
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まだシリーズが始まって三冊で終わってしまうなんて。どこかで作者も言っていたが、内容的には、既視感のある世界、と書いていたように、暴力小説としてはそうかもしれないが、広島弁の駆使,地方都市の描写力、シリーズキャラクターの造形力〈これもよくあるパターンではあるが、読んでいて面白くできている。作者の力量を感じさせる)など、大したもので読者は楽しみに続刊を待っていたのである。ほいじゃけぇ、書かんとおえんでぇ。 | ||||
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反社の話である以上そうなることは必然なんだけど 徹頭徹尾、救いのない話 若さと勢いで暴力団に喧嘩を売った主人公が破滅していくまでの話 何にも残らないし、スッキリもしないし胸糞悪くて人に勧められるような内容ではない 「こんなァ、もう終わっとるよ」 このセリフにこの話の内容が集約されてる | ||||
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「孤狼の血」「凶犬の眼」と読んできて熱覚めやらぬうちに購入、読了しました。シリーズ最終ということもあり、昔、未来、最後の展開…最高でした♫ | ||||
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現実味がなく期待外れ。 | ||||
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2018年、ヤクザ映画の老舗である東映が放ち、数々の映画賞を受賞し、大きな反響を巻き起こした話題のバイオレンス映画『孤狼の血』! もとは柚月裕子の原作小説だが、『孤狼の血』のその後を描いた次作『凶犬の眼』、そして今回待望のシリーズ最新作『暴虎の牙』だ。 前作では先輩刑事であった大上章吾の亡き後、駐在所勤務に転任していた相棒の新米刑事・日岡秀一の物語であったが、今回は昭和57年(1982)と平成16年現在(2004)の時間軸が交錯し、愚連隊上がりの極道である沖虎彦を中心に生前の大上章吾と現在の日岡秀一との関わりとともに物語が進行していく。 昭和57年、広島県呉原市でヤクザ組織の上前をはねるなど地元では怖れられている愚連隊のリーダー・沖虎彦。 ヤクザ者相手に強盗、恐喝まがいの事をしながら一般人には手を出さない20歳の沖にどこか共感を持つ広島北署の暴力団係の刑事・大上章吾。 前半は沖と大上の関係や事件のあらましについて書かれた内容だが、後半は長い服役から出所した沖と呉原東署に復帰した日岡秀一をベースにした物語だ。 前作『凶犬の眼』ではメインゲストの極道・国光寛郎に好感が持てて、極道だけども一本筋が通る律儀な国光に魅力を感じた。 今回の沖はそれほどでもないのだが、ヤクザ者には徹底して容赦ないが、カタギ(一般)には手を出さない姿勢も極悪だがどこか共通したところがある。だからこそ大上が接触を試みるのだが。 読む前は大上の若かりし頃の活躍を描いた内容と聞いていたので単に大上を主人公とした過去の話を描くのかと思ったが、沖を中心に大上(過去)と日岡(現在)の両方を同時に描くという展開には感心した。本来はもっと大上の活躍を見たいのだが、亡くなっているので残された日岡をメインにした『凶犬の眼』も面白かったのだが大上が登場しないのでいささか物足りなさを感じた。今回、大上を登場させるこの手法を活かした展開には舌を巻く。物語上、沖に関する謎めいた部分も最後にきちんと回収されているところに上手さを感じた。本書もぜひとも白石和彌監督の手によって映画化されてほしい。形の上では三部作の完結篇となっているが、柚月先生にはぜひともこのシリーズを続けてほしいと思います。 | ||||
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迫力が有りワクワクしながら一気に読んでしまいました。 | ||||
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愚連隊対暴力団という構図は、戦後すぐとか現在ならマッチするのだけど、昭和57年頃だとリアル感が薄い。 ともあれ「虎」の暴れっぷりは、頁を繰る手を止めさせない面白さがあり、やはりこの作者は暴力の描写をさせればピカイチだ。文章はとても読みやすく、行動を描写して心理を読ませる。大上の言葉遣いにおける緩急のつけ具合なんかは、どこで習得したんだろう。 残念だったのは出所後の「虎」で、これじゃ学習能力ゼロのチンピラにすぎない。珍しい「中年の半グレグループ」という設定が準備できていただけにがっかりしました。 | ||||
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この作者の作品はずっと読んできたが、警察モノは今回が最も納得出来た。 岩手県出身の作者が何故広島の警察とヤクザものシリーズ化しつつあるのかどこかで説明を見たような気もするが、いずれにしても面白くなってきた。。 今回は沖という狂犬のような人物を中心にして、マル暴刑事は大上から日岡に代替わりした。 大上が何故死んだのか(自殺らしいとしか書かれていない)、日岡がこれからどうなるのか、次回作に期待したい。 | ||||
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『孤狼の血』シリーズ完結編である本作は、沖虎彦という愚連隊リーダーの男を縦軸に置くことで、大上章吾と日岡秀一、それぞれの時代をガッツリ読める、贅沢にして激熱な一冊である。 昭和57年の広島呉原。その地では地元最大の暴力団と若きカリスマ率いる愚連隊の間で抗争が勃発しようとしていた――。広島北署のマル暴刑事・大上章吾はヤクザを恐れない沖という若者に興味を抱く。 ファンとしてはとにもかくにも、「あの大上が帰ってきた!」というだけで、最初からテンションマックスで読み進めることができるのではないか。 沖もタジタジになる神出鬼没ぶり、知り合いのヤクザとのやり取り、地取りでのおばちゃんやホステスなどとの軽妙な掛け合い、何をとっても大上はやっぱり最高にカッコいい。 ヤクザを恐れず、圧倒的な暴力でのし上がろうとする沖だが、一方では「堅気は襲わない」「シャブを扱っていない組のシマは荒らさない」などただ残虐なだけの男ではない。そんな沖のことを大上は守ろうと奔走する――。 ここまででもめちゃくちゃ熱い話なわけだが、この物語は後半もまた素晴らしい。 懲役を食らっていた沖が出所して、日岡秀一と初めて出会うシーン。日岡が煙草に火をつけるのはあのジッポ! この場面、何度でも読みたいくらい素晴らしい。泣けます。 そして沖は、「広島で天下をとろう」とまた動きだすのだが……。 悲惨さを感じながらも清々しいくらいの爽やかさすら感じるラストシーンは素晴らしく、本当に完結編に相応しい傑作なわけだが、読み終わってふと考えたことがある。 この作品の前半(大上の時代)と後半部分(日岡の時代)では、暴力団を取り囲む状況があまりにも違う。 これは実際そうであって、現代では暴力団排除条例が施行され、暴力団という存在自体がもはや風前の灯火なのである。 昭和の頃、暴力団というのは自分たちにさえ危害がなければ、庶民にとっては共存の対象であり、さらに言うと抗争などのニュースは一種娯楽の対象であったといっても言い過ぎではないだろう。 となると、もはや現代において絶滅危惧種ともいうべき「ヤクザ」を題材にしたエンターテインメント作品は新たには生まれ難いといえる。この『孤狼の血』シリーズは、警察小説とうたってはいるが、「ヤクザ娯楽」「ヤクザ小説」の最後の砦なのかもしれない。 | ||||
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「孤狼の血」で「これを女性が描いたのか!?」と驚愕し、「慈雨」「盤上の向日葵」でその筆力にうならされた作者も、他の作品や「凶犬の眼」では今イチさえない感じがありました。ぬるい、というかペン先が鈍いと言おうか・・ところが三部作最終作この「暴虎の牙」では一変、あの凶暴でしたたかなオトコ達の世界が鮮やかによみがえっています!なんといっても主人公、沖の造形が最高です。怖いもの知らずで不敵、女にも手を上げるが素人には決して手は出さない、悲しくも美しい・・そこはかと凜々しさも感じられるアウトローです。・・(ヤク中の父親を憎んでいるのにヤクで利益を得ることには躊躇しない、などの矛盾もありますが・・) そこに登場する大上もまたイイ!清濁併せ飲む、いや濁った部分を背中に背負ったままで悪を斬るワル刑事。互いを認め合いながらつばぜり合いを続ける中盤までの盛り上がりは最高でした。いかんせん沖が捕まり、大上が死ぬとややテンションが下がり始めますが、出所後、幼なじみの元を殺し、ついて行けなくなった周りの仲間が徐々に離れて、孤独になっていく様も破滅的で美しく、また引き込まれました。悲劇的で、まさに映画のラストシーンのようなラストもイかす! 是非映画化を!役所広司さんと松坂桃李さんの1作目も良かったけど、「仁義なき戦い」のようなドスのきいた役者さん達に演じてもらいたいものです。 | ||||
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国光と兄弟盃を交わした日岡の最期をみるまでは、このシリーズを終わりにしてはいけない。円満な定年退職で警察官人生終わり、はあり得ないでしょう。 | ||||
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傑作「虎狼の血」で圧倒的な存在感を見せながらも無残に殺害された広島県警の大上章吾に再び出会えるとともに、前作「凶犬の目」で再び呉原東署捜査二課暴力団係に舞い戻った日岡秀一の興味深いその後も描かれます。 いわば、本作はシリーズ中エピソード0とエピソード3を兼ね備えたような作品といえます。 大上が登場する舞台は「虎狼の血」巻末年表には記載のなかった昭和57年。 やくざな父親から苦しめられた不幸な生い立ちから、やくざを憎み暴力団組織の稼ぎをかっぱらう沖虎彦を中心としたグループ呉虎会。ここにひょうひょうと近づく大上との関係の描かれ方が、なんとも痛快です。 ただ、沖の目には希望や野望はない。 あるのはやり場のない怒りだ。その怒りは 「人生の理不尽や不条理といった、己の力ではどうにもできないもの」 に対するものであるがため、 「誰かを恨み、憎み、報復したとしても、それは沖が真に怒りを抱いているものの代替でしかなく、飢えがなくなることはない。むしろ、腹が満たされれば前より飢えが怖くなるように、暗い炎はさらに燃え上がっていく」 大上の沖との接し方は、それを見抜いたからこそのものだ。 一方、生き残る方法を大上から学んだ日岡は、無残に殺された大上の死への怒りが、その後の暴力団抗争阻止に向けての激情となって発露し、なにがなんでも、大上に手を下した暴力団組織を壊滅に追い込むべく、凶暴なまでの怒りを胸に刻み、寝食を忘れて捜査にあたる。 そんな二人の怒りの行きつく先は・・ | ||||
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「虎狼の血」の前日譚。 「虎狼の血」と「狂犬の目」の後日譚。 相変わらずに女流作家が描いたとは思えない登場人物たちのギラギラした生き様。 本作「暴虎の牙」前半は五十子会や笹貫組の極道達を相手に暴れる沖虎彦の凶暴さが面白かった。 ただその暴れ方の突然の終わり方がやや肩透かし。 でもまあここまでは面白かった。 平成も半ばになった後半にシャバに出てきた沖と日岡が出会うあたりではまた新たなドラマが始まるのかという期待を抱いた。 ただその期待通りにはならず尻がすぼんだ幕引きとなった。 面白かった3部作の最後がこれではやや寂しい。 日岡と一緒に歳を重ねた一ノ瀬や晶子のことも描かれていて物語のまとめ感はあったが。 まあ、こんなものかな〜。 | ||||
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大上が生きてるあいだの話はまだ良かったが、 後半はただショッキングな暴力シーンばかり でうんざりしてきた。 「虎」に哀れをみじんも感じなかった。ただのバカじゃないかと思う。もう少し頭のよさというか クールな主人公なら面白かったのに。 これが最終巻?五十会もなくならないし、なんだか すっきりしない終わり方だった。 | ||||
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時は流れても役割を受け継ぐ人がいると言いうこと。 | ||||
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