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隠された悲鳴
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隠された悲鳴の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.55pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全11件 1~11 1/1ページ
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「ラスト10ページ、あなたの耳から悲鳴が離れなくなる。」 この謳い文句に期待し、今すぐ読みたい欲に駆られて電子書籍で購入。 Kindle右下の進捗状況が「80%......85%.......90%......」と表示されていく度に高まる期待。先を急ぎたい焦りと、物語を味わいたいという相反する気持ちを抱えながらスワイプしていき、遂にその時が......!! 「99%...100%....『移動する前に....』」 .....終わった。本文どころかKindle自体も終わった。 正直、読書中にラスト10ページっぽい箇所には気付いてはいた。 ただ「いやいやまさかこれが ”耳から離れない悲鳴”??にしてはアッサリ過ぎない?.......あ、巻末に著者インタビューがある。もしや、著者ユニティ・ダウ.......貴様が儀礼殺人の......!!!!」 (ユニティ・ダウ)「人権問題に取り組むということは、.....両立しえない価値観や利益を持った人々が調和して暮らすことができる状態を......創造していくことだと思っています。終」 うん。めっちゃ良い人。 クライマックスがあまりにもアッサリ過ぎて、著者インタビューまで疑って読んでしまったよ☆ というわけで、星2つでーす!! 以下は自分なりの気付きについて書き殴っていきますー。 個人的な感想を公開する完全自己満足型のレビューですので、お暇なときにでも。 【気付き1】 ・日本で生まれ育った自分が、いかにアフリカ文化(ボツワナ)と接点が無いかという気付き 登場する人名の馴染みの薄さは当然のこと、美人とか欲の肥えた権力者も登場するのだが、どのような容姿なのかが上手く想像できない。読書中どのような人物像を思い浮かべたかは上手く説明できないが、褐色の肌を持った人物では無いのは確かだった。インターネットで世界が近くなったとはいえ、自分が触れている情報やイメージは間違いなく偏ったものである。これは小説だからこそ意識的に自覚させられた。ただただ反省だよ。 【気付き2】 ・僕、間違いなく"リアリティ"への不感症を患ってます 内容の感想は既に述べたとおり。ここでは「なぜ自分がラストを面白く感じなかったか?」についてもう少し語ってみたい。 この本を読みたいという衝動に駆られたのは間違いなく「ラスト10ページ.....」の謳い文句と、現実に存在するショッキングな題材である儀礼殺人。ノンフィクションとフィクションの間に位置するような本書を、怖いもの見たさで読んだ。しかし物足りなかった。 それは日々、インターネットサイトやSNS等で「現実の残酷さや人間の怖さ」を動画として目の前に提示されているからだと思う。 現実に、2020年5月現在で思い出せるだけでも、香港警察の市民への発砲や、アメリカ警察による黒人市民を膝で首元を押さえつけ窒息死させる等々、現実の殺人行為がSNSにどんどん流れてくる。そこには現実に殺人する者と殺害される者が映されており、僕には言葉では言い表せないような黒く澱んだものが気持ちに沈んでくる。 本書のようなノンフィクション風フィクションは、現実の残酷さ・理不尽さを伝えることを1つの目的としていると思われるが、"現実"に近づけるという性質上、"現実"を超えることは出来ない。そしてその目的は現代では動画や写真に取って代わられている。もう僕は「リアリティ」では納得できないのだ.......。 なぜ自分が面白くないと感じたのかをざっと書いてみた。今後は「ノンフィクション風」は手に取らない。怖いもの見たさを読書でする時は、間違いなく「ノンフィクション」を選ぶだろう。小説の受難の時代を肌で感じた読書体験だった。 終わり | ||||
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登場人物達の、各々のエピソードがボツワナの現実を浮かび上がらせる。でもそれは同時に人間の普遍的な業でもある。 本当にラスト10ページで息が詰まりそうになった。 | ||||
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すごいです。「ラスト10ページの衝撃」とあらかじめ聞いていても、すごいショックだった。強烈な読書体験になりました。 中島らも『ガダラの豚』でブラックアフリカの呪術が描かれましたが、本作は現地の当事者がそれを書いたものです。不思議なことは起きませんが、恐ろしいことが書かれています。 トマス・ハリス『羊たちの沈黙』とも似てます。異常な殺人にたった一人で立ち向かう女性訓練生。クラリスが対峙したのは米国の巨大な消費社会が生んだ異常心理でしたが、アマントルが立ち向かうのはボツワナ社会を支配する権威主義と呪術です。そして2人とも、男性優位社会の壁に苦しみます。(しかし後半、アマントルには力強い仲間たちが現れます) オカバンゴ・デルタの美しい自然描写、少しでしたが良かったです。今は世界のどこにも旅行できませんが、心が慰められました。 無惨な犯罪を描いていますが、ヒロイン・アマントルの強さ、ユーモア、若さには救われます。作者さんはボツワナの閣僚で運動家だそうですが、真理と正義を信じている政治家が、いて、このような優れた小説を書いてくれたことをありがたく思いました。 | ||||
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過去にアフリカに製品を納める仕事をしたことがあり、何度も現地に出張したりして、アフリカのことをそれなりに知っているつもりになっていたが、この本を読んで、古くから残るしきたりや社会の仕組みなど、知らないことが多くあるのだと気付かされた。 物語はフィクションの形となっているけれど、書かれている内容は、現在もなおアフリカに残る考え方や社会の仕組みであり、それがいち早く正される道筋が思い描けない (遠く離れた国の第三者の外国人では何もできない) ことに無力感を感じた。 このような本が契機となり、是正が早く進むことを祈りたい。 | ||||
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序盤から犯人が分かっている状態で、どのようにしてサスペンスとして仕上げていくのか、とにかく不思議で、興味津々で読み進めた。 読み進めていくうちに、アフリカの人々の暮らしや信仰などの文化、行政機関の情勢など、少しずつ背景が掴めていく中で、どうしてもストンと理解しにくい部分がいくつもあった。これこそカルチャーショック! 貧困者から権力者に至るまでに浸透している呪術への強烈な信仰、理不尽なこともまかり通ってしまう権力の圧倒的な支配、時間や制度など予定通りに進まないことが前提になっている日常…。 今回取り上げられた儀式殺人の事件も、そういった土着の文化特有のもの。訳なく残虐な死を当てつけられた少女を無念に思う現地の人々と、読者である私の気持ちには、かなり受け止め方の違いがあるだろうなと思えてしまう。 それでも、現地の方々の感覚としても、「決して認められるべきではない」と考えられている儀礼殺人が、なぜ、どのようにして、強引に隠し通すことができたのか。その謎に迫る、アマントルを筆頭にした若い女性たちの奮闘ぶりには、アフリカ(ボツワナ)がこれから変わっていくべき未来を垣間見た気がした。 それなのに…まさかの驚愕のクライマックス!あまりに衝撃的で、一瞬頭の中が混乱した。そして、ただただ絶句…。結末ありきで思い返すと、確かにしっかり伏線が張られている…。悲しくも、非常にリアルで妥当な結末になっていたと思う。暗く分厚い未開の文化は、そう簡単には終わらない。1つのストーリーの中に、これだけのアフリカの実情を見事に描ききり、絶妙かつショッキングに読者に発信した筆者に感服するばかり。 サスペンスを通して、これだけ異文化について考えることができたのは初めてかもしれない。まずは現地のリアルを見つめること、現地のよりよい未来に向けてできることは何かを考える、しっかりとした問題提起になっていると思う。国境も世代も超えて、たくさんの人に読んでもらいたい。 | ||||
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アフリカでも儀礼殺人は今でこそ減ったと言われているが、本書を読むと国際司法で活躍していた著者でさえも呪術医の存在を肯定し恐れているのが伝わってくる。 アフリカの多くの国では科学的な考え方が入っていき、西洋化しているところだが、一方で未だに家付きの呪医がいて、困ったことがあると相談し、呪医の非科学的な処方箋を信じてしまう。その最悪のケースが人を殺して薬として扱う本書のようなケースで、今も恐れを抱いている著者の姿からも、それが実に根深い問題を抱えている事が伝わってくる。 自分もカラハリ砂漠の調査中に、奇妙な液体入りの瓶を見つけたので持ち帰って捨てようとしたところ、同僚らに強く反対されたのを覚えている。それが何かを訊いても言葉を濁すばかりだったが、最後に呪医の薬みたいなものだと教えられた。しかしそれを恐れる彼らの対応こそが気持ち悪かった。 今でもたまにニュースになるアルビノ狩りや幼児誘拐は本書が示すまでもなく、顕在するアフリカのオカルト問題で、その脆さは時にはマラウイで発生した吸血鬼狩り(いわゆる魔女狩りのようなもの)などに繋がっている。汚職と戦うようにオカルトとも戦わねばならない日がアフリカにもやってきているのではないだろうか。 性の奔放さについても、実にボツワナ(アフリカ)らしい価値観だと思う。性に奔放というよりも実に性衝動に正直に生きる人の真っ直ぐな姿でもある。言い方を変えれば生物学的に正しく生きているとも言えよう。西洋のキリスト教的価値観がもたらした一夫一婦制は導入されているものの、オスはより多くのメスと子を成し、メスもより良いオスの子を成す。本書にも度々レイプや児童性交渉のシーンが出てくるが、本書から読み取れるようにレイプや売買春が日常的に扱われており、力のあるものの特権であるかのようにレイプが描かれているのは今の私たちには信じられない気持ちになる。強者の庇護に入れるように子どもが売春をする様子がまるで悪びれていない日常風景のように描かれているのが実にアフリカらしい。今でも多くの地域で若い妊娠とそれに伴う悲劇、簡単に作られる子どもとその責任を取らない若者たちの姿はアフリカでは日常的だ。 性に正直という事では、巻頭から出てくる「愛人」の単語に思わずどういう意味なのか戸惑う。若いうちから多数の性的パートナーがいるボツワナでは結婚しても性的に正直に生きている人が多く、またそれを否定できない社会なのだろう。 そして最後にもう一つのTIAを如実に示すのが汚職の状況だろう。データが示す通り、ボツワナはサブサハラ地域においてルワンダに次ぐ透明性の確保(汚職が少ない)ができている国だ。それでも上に頼めばなんとかなる、自分の権限でもみ消せる、仕事の上で嘘をつくなど、30年前の情景という前提はあるものの、今でも職権濫用は汚職とは思っていないボツワナの様子が思い出された。 儀礼殺人は日本ではあまり聞かないが、血液型性格判断、星占い、手相、お百度参りなどなど、日本でも似たようなオカルトを信じている。汚職の数こそ少ないものの職権濫用、政府による嘘や誤魔化し、業務上横領もたまにニュースになる。日本にも妾や愛人という言葉があり、二世代ぐらい前の時代には日本でも妾の話は普通にあったのではなかろうか。 オカルトもあれば、汚職もあれば、性的奔放さもあるそんな日本にあれはTIAだと笑えるのだろうか? TIAは時代や程度の問題だったりしないだろうか。 暗黒大陸と呼ばれ誤解されているアフリカだが、彼らは実に正直で自分に忠実だ。時間や約束を守らない、計画無し、その場しのぎなどという場面でよく言われるTIAだが、アフリカに行ってみるともう一つのTIAに驚かされる事だろう。あまり語られることのない根深いTIA、それが「隠された悲鳴」なのだと思う。 いつか人権や汚職に関する常識が国際レベルになるように、そしてそれが楽しく美しいアフリカを示す意味でTIAと言われるように。本書で僅かに出てくる美しい野生の風景は今でもボツワナにはあります。オカバンゴデルタの川沿いに上っていったところにはハファーラの村は無いかもしれませんが、ライオンやゾウ、ハイエナなどが歩き回っている自然豊かなエリアです。今のTIAを知り、未来のTIAを思うためにも、世界一のサファリであるボツワナへ旅行に訪れてもらえたら良いと思います。 | ||||
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素晴らしい。久しぶりに高度なサスペンスを味わえた。 最後の謎解き部分は確かに衝撃的だ!! そして現実の理不尽さも思い知らされる。 彼女の他の作品も是非読みたくなった。 | ||||
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ふだん使わないようにしている言葉のひとつに、「胸糞悪い」というのがある。なんといっても語感がよろしくない。使った人の品性をいっきにおとしめるような負のパワーがある。 が、しかし、この本を読了しての印象を表す言葉として、これ以上ぴったりくる言葉はほかに見つけられなかった。 ただただ胸が悪くなる。 そんな強烈な印象をもたらした本だった。 本当は何が起こったのかわかっているのに真実を隠蔽し、身内をかばう警察への憤り。 その警察へ、持てる全てを賭して真正面からぶつかるも、それでもなお敗北を喫する主人公の無念。 善良な心を持ちつつも大きな悪の力にあらがう術をもたず、なすがままに最悪の行動に駆り出される村人の絶望。 どれもこれもがべったりと心にはりついて、息苦しい。 なかでもいちばん救いがないと思ったことは、この非人道的な行為をなした人物たちが、では実際にことを行ったあとに具体的な「成果」(昇進など)を手にしたのかどうか? そのことにちっとも言及されていないことである。 そもそも、すでに高い地位についていた人物が儀礼殺人に手を染める理由って、なんなのだろうか。 その身分が今後も続くように、ということだろうか。 儀礼殺人を行わなかったら失脚していたとでも? 目に見えない何かの力が及び、運が手からこぼれていくことがある、よってそれを阻止しなくては、そんな信念によって、ことはなされるのか。 そんな信念からなのか。 お守りを得るように、具体的な成果があるとかないとか関係なく、ことをなすこと自体が目的となってしまうのか? だがしかし、そんなあやふやなことが、無垢の少女が生けにえにされ、生きたまま体を切り取られなければならない理由に本当になりうるのか。 考え出すと、とまらなくなってしまう。 本書に出てくるボツワナの市井の人々の感覚はひどくまっとうで、遠く離れた日本に住む私も違和感なく共感できるものばかりだから、余計にこの「怪物」たちの心がわからない。 人権が蹂躙される状況に立ちむかい、みなの人権が尊重される世界をつくっていくためにはどうしたらよいのか。 頭をかかえるばかりである。 が、本書最後の著者の言葉、「人権問題に取り組むということは、両立しえない価値観や利益を持った人々が調和して暮らすことができる状態を、絶え間なくあがいたり、バランスをとったりしながら、創造していくこと」は、含蓄に富む言葉であると思う。 まず、あがくこと。 そして、途中であきらめずにあがき続けること。 自分自身の問題としてとらえ、そのための方法を考えていかないといけない。 | ||||
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自分の出世等のために何の罪もない少女を犠牲にするという非人間的行為「儀礼殺人」。なんともおぞましい背筋が凍りつく。少女の恐怖・悲痛、家族の悲しみ・怒り。それらのうえに成り立つ成功・満足など断じてありえない!また、事件後に犠牲者の母親を励まし、面倒を見てきた村人がじつは・・・・(ネタバレになってしまうので、これ以上は伏せます)。一人の人間に善性と悪性が混在するという事実を痛感。アフリカの一村で起こったアンビリーバブルな事件(悪しき慣習)を通じて、「他人の不幸のうえに自分の幸福を築かない」という普遍的価値を再確認した。 | ||||
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本書はアフリカ・ボツワナの現職女性大臣が実際に起こった儀礼殺人事件をもとにして描いたサスペンスです。私が本書を手にとった理由は、①これまでアフリカのサスペンスは読んだことがなかったこと、そして、②本書を読むまで儀礼殺人がどういうものなのか知らなかったので知りたかったことの2点です。 主人公は、国家奉仕プログラムの参加者(TSP)でハファーラ村に1年間限定で赴任したアマントル。診療所で掃除をするように命じられ、掃除をしていると箱を見つけます。その箱を開けると血の付いた女の子の服がそこから出てきました。そのことをきっかけに、警察、政治家、実業家、校長、村人、被害者の母を交えながら、5年前に行方不明になった12歳の少女の事件の真相が少しずつ明らかになっていきます。そして、それとともにこの事件は当初警察が断定した、野生動物に襲われた事件ではなく、権力を手に入れるための儀礼殺人事件だったことが明らかになります。そして、最後の10ページはとても衝撃的です。 本書を読了して感じたのは、力を持たない主人公らの若者や村の人たちが、権力を持つ者が行う嘘・不正に直面しても、それにひるむことなく勇敢に立ち向かう正義への共感です。儀礼殺人自体は日本人にとってはあまり知られていませんが、その背後に潜む権力を手にするための人びとの欲望は日本にもあり、主人公などの若者や村の人々のとった行動から私たちも学ぶことがあるのではないかと感じました。 躍動感のあるサスペンスを楽しめるだけでなく、儀礼殺人、国家奉仕プログラム、ボツワナの教育制度などアフリカ(ボツワナ)の文化も学べる贅沢な内容で、300ページを超える本ですが、あっという間に読み終えました。これからの読書の秋に読むのにおすすめの一冊です! | ||||
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ネット小説の描く異世界は女性の人権が軽視されており、力を持つ男性主人公にあまりに都合よく、安っぽいーーそんなことが言われて久しい昨今。この小説の冒頭は、まさに「女性の人権が軽視され、力を持つ男性に都合の良い社会」を痛々しいまでに描くことから始まる。しかし、その世界は安っぽくもなければ、作り事でもない。この世が未だ理不尽であることを、暴力的なまでに突きつけてくる。 物語の主役アマントルは、女性が向き合う最初の壁、「教育機会の不平等」を偶然にも乗り越え、卓越した知性と勇気で天真爛漫にその理不尽を吹き飛ばし、その結果として理不尽の象徴、「儀礼殺人」事件と向き合う事になる。彼女を取り巻く協力者たちのほとんどが女性なのは、女性としてあらゆる壁を乗り越え、ボツワナで女性として初めて大臣となり、不平等な法律すら改正に導いてきたダウ氏の、次世代の女性たちに託す願いがあってのことだろう。 ボツワナの未来を担う彼女たちが掘り起こす、あまりにも理不尽な真実とは何か。彼女たちに、本当に未来はひらけているのか。ぜひ最後まで読み、確かめていただきたい。 | ||||
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