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義烈千秋 天狗党西へ



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【この小説が収録されている参考書籍】
義烈千秋 天狗党西へ
義烈千秋 天狗党西へ (新潮文庫)

義烈千秋 天狗党西への評価: 4.05/5点 レビュー 20件。 Aランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.05pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全16件 1~16 1/1ページ
No.16:
(5pt)

重い物語だが興味深い

表題のとおり、重い物語です。幕末の知られざる歴史を活写して私の知らなかった水戸藩の幕末の状況を教えてくれました。ただ、面白いと言うにはあまりに悲惨な歴史です。水戸藩の武家の内ゲバはすさまじく、有為な人材が殺し合いを続けたあげくに藩士の半分以上(数字忘れましたが本書末尾に書かれてます)が無力化されてしまう様子は凄まじすぎます。日本の明治維新は流血少なかったように思っていたのですがとんでもない、フランス革命のような抗争と流血があったのですね。立派な作品ですし、読者に伝えようという作者の意欲と配慮も感じますが、やはり理解しにくいのは作者のせいではなく、天狗党の騒動そのものが訳が分からない、時代の変動の荒波に翻弄された人々の一連の動きであったせいです。よって速読は難しく、丁寧に時間をかけて読むべき本です。なお、ネットでWikipediaなどを見ながら、また、読後に同じ主題を扱った山田風太郎の「魔群の通過: 天狗党叙事詩」を読むと、天狗党の争乱がより分かりやすくなりました。伊藤潤さんはコンサルタントから転じた小説化でしたよね。視点と主題への切り込みが鋭く、私たちが表面的にしか知らなかった史実にスポットライトを当て、歴史の中に埋もれそうな、でも埋もれてはならない厳粛な事実を教えてくれる好きな作家です。
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No.15:
(5pt)

水戸天狗党の研究資料

サイズが小さく文字だらけでしたが、内容は良かった。
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No.14:
(5pt)

熱い小説です!

これ、本当におもしろい!
薩長史観(西南史観)でばかり幕末を読んできた私は、桜田門外の変、東禅寺事件、坂下門外の変、そして天狗党事件と繋がっていく幕末水戸藩の血で血を洗う内部闘争の歴史については、知っているようで実は深くは理解していなかった。
そこには、たしかに国の未来を憂う志士たちの熱い思いがあった。
史実として結果を知っているので、ひたすら破滅へと向かっていく登場人物たちの純粋でひたむきな情熱に、ただ胸が震えるばかりだ。
本作はそれを淡々と描いているようで、実は躰中の血が沸き立つほどに熱い。
著者のメッセージがたくさん盛り込まれている。
天保十年(1839年)の水戸藩家臣団名簿には、3,449人の名前が記されているのが、慶応四年には892人に減っているそうだ。
薩長土肥に先んじて尊攘思想が盛んだった水戸藩が、明治維新後の新政府に要人をほとんど輩出できなかった謎がここにある。
思いのあるたくさんの若き人材(人財)を失ったことは、日本にとって大きな損失だったはずだ。
争わず、異なる言葉に耳を傾けることこそ、未来への道だと改めて思った。
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No.13:
(4pt)

内輪争いの末に残るものが無かった水戸藩

幕末の水戸藩にとっての不幸は内部に複数の派閥を生んだことであろう。
 その事により攘夷の魁として歴史に名を残す事無く、不毛な内部争いに終始し最悪な事に藩内の人口を減少させる結果となった。
 特に天狗党は当初は幕府とも対立している書生党とも争うつもりは無く、穏やかな形で尊王攘夷を訴えていたのだが、思惑の違いから対立へと進んでいくのだった。
 事態をさらに悪化させる要因として目的の為に手段をでは無く、手段の為に目的をと言う本末転倒な事に天狗党の幹部の誰もが気付かないままに戦闘と敗走を繰り返すのでした。
 水戸藩で主導権を取ったグループも天狗党やその他の対立していた派閥への苛烈な粛清と報復の連鎖で正に血で血を洗う事態に成り、読後もある種の虚しさを感じた。
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No.12:
(4pt)

落涙しそう。

水戸藩内の尊王攘夷思想は、後世から振り返れば時代の趨勢に背を向ける遅れた姿勢であっただろうが、当時の日本を思う純粋な志で苦境を戦い無残な最期を遂げた志士たちに涙が出そうになった。ただ常陸の国の地理上、著者が勘違いしているような記述があり、もう少し現場をしっかり把握しておいたほうがいいなと思う箇所があった(全体の流れにはなんの影響もなかったけれど…)。
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No.11:
(4pt)

まるで劇画。

幕末の水戸藩は当時の国際情勢に対する危機意識は先鋭であったものの内部でリベラルだ保守だと井の中の蛙状態でやり合っているうちに衰退してしまい、明治維新の主役になれなかったという点で、ここ20年来の国際社会における日本国の状況と通じるものがある。なかでも天狗党などと云うのは行き過ぎた改革派そのもので、理念先行・現実無視の政策を続けているうちに民心も離れて藩内で孤立。やむにやまれず京都をめざして行軍し、ついに敦賀の鰊蔵に押し込められて壊滅、という経緯を見ていると、今の日本のリベラル派の未来が見えてくる。リベラル派と云うのは概してロマンチストが多く、天狗党の悲劇的な顛末もロマンチストの琴線に触れるものなのであろうが、客観的に見れば、今の某半島北側のような民生無視の理念政治を続けて藩を衰退させた天狗党よりも、民生重視の諸生党の方がはるかに政策集団として真っ当である。もっぱら悪役視される諸生党の頭目にして天狗党弾圧の急先鋒、文字通りの「ザ・ラストサムライ」である市川三左衛門などは、明治維新史観の最大の被害者である。ぜひ名誉回復していただきたいと思うが、本作(まるで劇画。天狗党の実質的リーダー・藤田小四郎が主人公だが、人物造形がスポーツ漫画のヒーロー並み。その意味では今どきのテレビ時代劇向き。)やら直木賞をもらった「恋歌」やら天狗党サイドに立った小説が注目される一方で、市川の半生を描いた(つまり明治維新史観を乗り越えた)おそらくは唯一の小説である「忠が不忠になるぞ悲しき」(穂積忠作)などは巷の話題にも上らないんだから、市川の名誉回復なんて永久に望めない。
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No.10:
(4pt)

現在につながる部分が弱い気がします。

何故 水戸にはご一新後になって偉くなった人が誰も居ないのか?水戸市住まいの私にとっては凄い謎でした。
第9代水戸藩主徳川斉昭(烈公=地元ではコッチの方が通りが良い)公が、水戸学つまり尊皇攘夷を主体とした朱子学もどきを、士農工商別け隔てなく教育し、逆らう者は身分が高い家の人間だろうが閑職に追いやる等々 自分が御三家の中にいる筈なのに北畠顕家あたりから進歩してない学問と歴史を藩内に叩き込んだわけです。
攘夷に逆らう奴が居れば そいつを脱藩して叩き斬る、その仲間は藩こそ違え「水戸学」を一緒に学んだ連中でした。
ご一新が終わって見れば京都でテロリストとして働いてても中村半次郎とかは ちゃんと生き残ってるし、腹芸で乗り切った賢い君主も殊の外多かったと思います。
ところが尊皇攘夷の尖兵であり 徳川最後の徳川慶喜の実家である水戸藩からは 只の一人も「元君」になりおおせた人物はいません。
其の謎が この本で少し解けたような気がします。
士農工商雁字搦めで270年過ごしてきて既得権益だけで偉くなっていた連中の「烈公憎し」が火を吹いたのですね。
天狗党も最初から全員合議の上で押し出したわけはない。大きく分けて4つの連中の寄せ集めでした。
筑波山に立てこもるならまだしも そこで何故「攘夷の志を慶喜公に伝えん」と周りの進歩も考えず一致団結して京都に向かおうとするのかな?
ご存知の通り徳川慶喜は圧倒的な大兵力を抱えているのに鳥羽伏見の戦いでは「錦の御旗が出たぞ〜」というとアッサリ尻尾を巻いて部下を置き去りにして江戸に逃げ帰るという腰抜けっぷりで有名ですね。錦の御旗を効果的に運用した足利を見習えとも言いたい。しかも「錦の御旗」の現物は誰も見たことがなく薩長で自作したものですよ!
そんな人物に認めてもらっても数時間で反逆罪になるだろうと察せ無いのかな?
結局能登半島の付け根というか現在の福井で全員投降したところが「ニシン倉」に放り込まれ 切腹も許されず、桜田門外で主君を殺された彦根藩の連中が片っ端から斬首ですよ。中には高位の武士もいたのに…….
このタイミングを利用したのが水戸に残っていた「反烈公」の連中。自分らに逆らった気に食わない連中を親兄弟から妻子供まで水牢に叩き込んで大虐殺。結局この指示を出した奴は明治二年になってから捕まって自分も斬首刑になりました。
結局ご一新のころには水戸藩には多少なりとも有能な人間が誰もいなくなっていたという有様だったのです。岩波から出ている「幕末の水戸藩」という有名な本が有りますが アレは文才のあった侍の奥様が書かれた本なので一体何がおきていたのか解らない本でも有ります。
現在 梅で有名な偕楽園の隣に目立たない地味な建造物があり「義烈館」と表札が掛かっています。コレこそが福井からバラして持ってきた天狗党の押し込められた「ニシン倉」なのです。中には彼らの書いた文章で難を逃れたものが展示保存されています。もし水戸に来られる都合の有る方はご覧になって下さい。
未だに侍を斬首した冤みは残っていて、小生が中学か高校の時に仲直りした筈の彦根市から「白鳥」が10羽程送られた事が有ります。ところがこの白鳥たち一週間も生きていませんでした。クビから「天誅」の木札を下げられ千波湖畔に並べられていました。結局犯人は捕まりませんでした。
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No.9:
(5pt)

おもしろい。

予想を超える面白さでした。 知られざる史実があり、迫力がありました。
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No.8:
(4pt)

政治運動の末路

少数派に転落した集団がいかに弾圧分裂していくか その過程が小説で描かれている 少数派の悲哀が書かれています
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No.7:
(4pt)

水戸の幕末維新

尊皇攘夷を実行することにより、開国により苦しむ領民を救い幕政を再建すべく立ち上がった藤田小四郎。領民に迷惑をかけない、幕府とは戦わないとはしたものの、その想いとは裏腹に、領民には大迷惑をかけ幕府とも戦う羽目になります。何より高い理想を掲げても所詮は水戸藩における内部抗争に過ぎないというのが悲劇的です。
 その水戸藩の内部抗争も凄まじく、支藩の殿様を切腹に追いやったり、尊皇派を徹底的に弾圧する事にかけては、薩摩や長州のはるか上を行っています。逆に明治維新により、今度は尊皇派が佐幕派を徹底的に弾圧する事になるのですが、その結果として水戸藩は多くの犠牲者を出しながら、幕末維新史においてほとんど何の主導的役割を果たす事ができませんでした。そんな中でほんの一瞬の輝きが天狗党だったのです。
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No.6:
(5pt)

御礼

かねてから、読んで見たい本であり、中古本とはいえ、新品同様の商品を手配して戴き、大いに満足しております。
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No.5:
(4pt)

郷土の天狗党に昔から興味を持っていました

茨城生まれで、司馬遼太郎の大ファンです。
新聞で高い評価を受けていたことと、昔から「天狗党」には興味があり購入を決意。
しかし、なぜが地元の本屋には並んでいない。。。
よってAmzonで購入しました。
郷土にも「サムライ」がいたんだ!という感動を覚えましたが、前半の勢いが
後半のクライマックスにかけて文章の力強さが落ちていく感じがしました。
内容は文句ありませんが、もう少し繊細な描写が欲しかった。
☆ひとつ落としますが、皆さんに読んでもらいたい1冊です。
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No.4:
(4pt)

明治維新の奇跡を想う…

伊東潤の幕末もの。

『天狗党の乱』については、まさしく単語のみの知識でしかなく、
かくも過酷で悲惨な行軍が維新への過程で為されていたことを恥ずかしながら本書で初めて知った。

伊東潤の筆によって明らかにされる藤田小四郎をはじめとする天狗党の面々の“尊王攘夷”に懸けた
鮮烈な義が、長い(千)時(秋)を超えて胸を打つ。

一方で本書を通じて改めて思い至るのは“尊王”“佐幕”あるいは“公武合体”と“攘夷”“開国”が入り乱れ、
まさしく「昨日の敵は今日の友」ともいえる混沌の時代が倒幕→維新へと収斂していった歴史の奇跡についてである。

隆盛が竜馬が海舟が晋作が小五郎が聞多が俊輔が…まるで最初から配役やセリフが与えられている舞台の様に
次から次へと“偉人”達が現れ、各々の役割を果たし、明治維新を成し遂げる。

天狗党の面々が思い描いたものとは違っていたかもしれないが、“西欧列国による植民地支配”を免れた
という意味において彼らの義=攘夷は、形を変えて受け継がれたと言えるだろう。
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No.3:
(5pt)

美しき内ゲバ

本書が題材とする天狗党の乱は、受験勉強レベルでは登場することもなく、幕末好きでも水戸の攘夷志士が逃げてきて慶喜に見捨てられた程度の認識だろう。
私は、敦賀また水戸に現存する鰊蔵を訪ねもしたが、それでも、天狗党の動きを幕末史の中で肯定的に認識することが上手く出来なかった。ひたすらに、彼らの狂気というか強い魂を感じはしたのだが。

本書前半は、激・鎮両派から更に幾つにも分派し、お互いが血で血を洗う水戸藩を、あたかも過激派の内ゲバのように淡々と描いている。誰に肩入れするわけでもなく、一般には醜く扱われる者も、主人公格も等身大の長所も短所もある人間として描いている。
しかし、後半になって、著者の取材尽力が偲ばれる 名もなき人々が実際には名も心も人生もある者と心を打つ生き様の描写が続く。幕末全体でも、実は屈指の死者を出した水戸藩。しかし、その数字だけでは、そこで起きたことの意味は伝わってこない。

「内ゲバで藩士の過半を失った」という客観的な評価は拭いようがないが、そこに至る間には、多くの人のイノセントな、つまり純粋であると同時に 大局的には愚かな それが両立する思いがあったことを、本書は伝えている。終盤、北陸の厳しい雪に行く手を阻まれる一行が見た雪の美しさが叙情的に描かれている。しかし、彼らが雪に重ねた彼らのイノセントな思いは、そこに辿り着くまでに多くの人々の思惑でその美しさを失われていたのではないか。澤地久枝女史が2.26事件を描いた名著「雪はよごれていた」の題名を思い出す。

内ゲバという言葉を多用したのは、浅間山荘事件に至る過激派の彷徨ルートが、天狗党の歩んだ路と、重ねて感じられたからである。
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No.2:
(5pt)

幕末の立役者たち

この作者は戦国時代の小説を得意としてたので、幕末物はどうかと思いながら読んでみました。
ところが、こんな素晴らしい小説とは思いませんでした。
天狗党の小四朗と同志の40日にも及ぶ上洛戦を事細かく書き綴った超大作。
素志を貫徹し、大義に生きる人生の素晴らしさを物語ってます。
そして、希望と絶望が交差する感動のクライマックスに涙が出る思いでした。
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No.1:
(5pt)

日本魂

天狗党の旅路があまりに苛酷で信じがたいくらいですが史実なのです。明治維新のさきがけとなった水戸の天狗党はあまりにも誇り高く強いサムライたちでした。この憂国の旅路をすべての歴史好きに知ってもらいたいです。
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