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喜嶋先生の静かな世界
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喜嶋先生の静かな世界の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.63pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全75件 41~60 3/4ページ
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わかるよ。苦しいけど楽しい。 最後、喜嶋先生には幸せになってほしかったんだけど、研究者は幸せになるために生きているわけじゃないんだもんね。人類の限界を押し広げる、それが使命だもんね。 | ||||
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自分で決めたしたいことをする為に生きている。 勉強したい特定の分野は何もなかったが、それでも大学に入れば 何かが見つかると考えそして見つけたのが自分の内側からだった 久々の感情を想起させるという意味で珍しい種類の青春小説 | ||||
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4章の、最後の最後の、改行ばかりの見開きページ。 そこが主人公の、研究漬けで幸せだった日々への思い。 「あの頃はわからなかったけど、幸せだったんだ」って 主人公が狂おしく懐かしむ かけがえのない貴重な日々は 私には子どもの赤ちゃん時代でした。 ラストの衝撃的な一文も 大切にしたいものが違ってきてしまったふたりの 結末だったのかな?とも思って 中年真っ只中の私は、自分に置き換えて涙してしまいました。 私自身は理系の出ではありませんが 仕事で理系の方々の論文に接しています。 ある先生のおススメで、こちらを読みました。 理系の方々がどう過ごしてこられたのか 少し知れたように思います。 文章はとても小気味よく いつまでも読んでいたくなる 幸せな時間を過ごせました。 著者の本をもっと読んでみるつもりです。 若い人にも、中年のみなさんにも おススメです。 | ||||
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僕が学生のうちにこの本を読むことができて本当に良かったと思う。 今学生として過ごすこの時間が幸福であり、貴重なのだと気付かされた。 理系の学生にぜひ読んでほしい。 | ||||
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森博嗣先生の本を多く拝読しておりますが、森作品がお好きな方には間違いなくお勧めできる作品です。 内容としましては、裏表紙に書いてある概要のとおりで、主人公の大学での経験・思考を綴る自伝的な小説です。 小説の中に登場する喜嶋先生は理想の学者で、それを体現しているかのよう。 主人公が成長するにつれて、喜嶋先生との距離が離れていってしまうのですが、その辺り独特の切なさがあります。 結末まで読み、かなしみ、切なさ、やるせなさなど、言葉では完璧に表現できない感動に包まれました。 王道の美しさと、社会で生きるということのかなしみ。この二つが主題であるように、私は感じました。 | ||||
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自伝的とはいえ、やはりフィクションとして読みたい。淡々とした筆致は時代物に通じる。 | ||||
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研究をしたい人の本質が描かれている。それはとても美しい。 そんな人を愛してくれる周りの人の愛情に心が温かくなり、 でも哀しみもよくわかる。 他者に干渉すれば、得られるものもある代わりに、 自分の労力や時間を差し出さなければならなくなる。 本当に大切なことに気づき 有限の時間を受け入れざるを得ないとなったら、 静かな世界へ行くことを選ぶ気持ちがわかる。 哀しく美しい物語だ。僕は好き。 | ||||
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森博嗣ファンの方なら凄く楽しめると思います。 逆に言うと、「森博嗣?だれそれ?」って方はやめておいたほうが良いです。 「全てがFになる」からどうぞ。 | ||||
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(私の好きな本です。細部が改稿されてるのかもしれないのですが、文庫化されたこともあり 単行本発売時にAmazonへ投稿したレビューもご参考までここに貼らせていただきます。 単行本レビューとのリンクがされていないのですが、他の方々のレビューも概ね高評価ですので 一度そちらをご覧になることをお勧めします) =============================================== この数年で読んだ小説の中で最高の評価を与えたい。 はるか昔の狂おしいまでの個人的な経験・記憶がそのまま小説になって現れた感じがした。 読んでいる途中でそれに気付きながら、最後まで一気に読んだ。 読むのに時間をかけていられないほどの切ない感情がどんどん胸の奥底から湧きあがって止まらなかった。 文字を追いながら表紙を伏せ、数秒深呼吸してはまた本文に戻るという作業を何十回も繰り返した。 胸の奥深くに残っていた昔の記憶が強烈にえぐられていくのがはっきりとわかった。 結論から言うと本書の結末は、やや意外な展開と余韻で終わる。 理系大学の学部・院という、社会から見れば特殊な異空間にも人生ドラマは存在する。 学内や海外の学界での評価基準は一様ではないのに、いちいち一喜一憂せざるをえない不安な道だ。 その体験を回避しつつ留学などで要領よく生きていった先輩たちへの羨望もあった。 しかしその苦しい生活自体が今思えば幸福だったし、実際に日常の小さな喜びもあった。 それでもそんな小さく複雑な時間ですら当時の自分には抱えきれていなかった。 時間が過ぎて場所も変わった今でもなお、自分はそんな迷いを続けているのかもしれない。 時代の変遷は怖い。過去に気付かなかった幸福を今の自分なら感知できたりする。 そして当時感じていた幸福が残酷な結末を招く例も、今日の自分はいくつも見聞きしてしまっていたりもする。 自分の幸福・不幸センサーが今も昔も精度が悪い事実を再確認しろと、この本は私に迫ってきた。 そんな感覚が混然一体となり、過去とは違う新鮮なほろ苦さが読後の頭に重く残った。 読了してからしばらくたった今ですら、レビューをここに書くための適切な言葉を思いつけないでいる。 私にはこれを森博嗣が書いたことが衝撃だった。 たしかに本書は作者の人生を通り過ぎた死屍累々の理系人への鎮魂歌なのかもしれない。 スプートニクの落とし子たち ←この本の著者が書いたのなら理解できたのだが。 やはり森博嗣はあの世界で生きる人たちの心のかすり傷や、そこにある闇の深さを分かっているのだ。 不十分なレビューで申し訳ないが私は数年してから再読すると決めた。 しばらくはこの本に接するのがつらすぎて、本棚の裏に隠して置いてもきっと数年は手を出せないだろう。 なお、私が一番感情移入した登場人物は主人公だった(喜嶋先生を含む周囲の人たちではない)。 私の周囲にも似た人々が多すぎたのか、場面をリアルに想像しすぎて記憶の走馬灯が脳内を止まらなくなってしまう。 小説は若い頃に読めとはよく言ったものだが、こういう意味も含まれていたのだろうか。 どうやら私はこんなに年月がたったのに、自分の学生時代を総括できていないらしい。 そんなことだけはこの本ではっきりと思い知らされた。 文学的評価はわからないが、小説が読者(私個人)に及ぼす力としては文句なしの出来だった。 ただし、理系大学を経験していない他の読者にとって、この本の評価は未知数であることも申し添えたい。 | ||||
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本を読むのが好きなのですが、普段は「はやく先が知りたい、はやく読み終えたい」という、言い過ぎかもしれないですが強迫観念の様なものに取り付かれてます。しかしこの本でを読んでいるときは、「終わらないでほしい、いつまでも続いてほしい」という不思議な感覚でした。 今までに体験したことのない読後感です。 zuccheroさんが言うように、幸せな読書時間でした。これ以上の形容は自分には無理です。笑 最高の時間をありがとうございました。 | ||||
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パーフェクトであると思いつつ、 もし読んでいない人に「どういうところがオススメ?」と聞かれたら、 何と答えたらいいのか分からない、そんな作品でした。 繊細で、ピュアで、この装丁のように美しく静かな世界があり、 自分の口から説明してしまうと、 それが一気にガチャガチャしたうるさい世界になってしまいそうです。 ただ読んで、ひとりでその世界観に浸ってほしいと思う一冊です。 ラストは充足感と喪失感とが一緒にくるような、何ともいえない余韻が残ります。 リアリティのある日本の大学生活、研究生活を描いているはずなのに、 どこかほんのりファンタジィすら感じる作品。 (と思うのは、自分が有名大卒でも理系でも研究者でもないからかもしれません) 森先生の文章は、つるつるときれいで完璧なコンクリートのようで、 じんわり温かい何かがしみ込んでくるような、何とも不思議な感覚になります。 | ||||
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主人公の僕が大学に入って喜嶋先生の研究室に入り 日々研究しながら、周囲の個性的(でも逆にリアル)な人々と 交流を深めつつ自分自身の進路が決まっていく・・・ といった内容です。 研究や大学の現実がわかりやすく語られると同時に 学生の僕の青春物語でもあり、とても読みやすい小説です。 なんといったらいいのか・・・ 明るい空の下を軽い足取りで駆けて行くような素直さや 地味なのにふわっとした明るさに満ちた小説です。 主人公の僕の大学生活が身近に感じられます。 わかりにくい感想(笑)ですが とにかく読後感もとても良い小説だと思います。 私自身は大学に行ったことがなかったのですが この本を読んで体感することができました。 中学時代とかに読んでいたら、もしかしたら 自分の人生の進路が変わっていたかもしれません。 | ||||
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大学院で働く風変わりな助手と大学院生の話、といえばいいのでしょうか。 どんな話でどこが面白いという説明をするのも野暮なほど、 本当にすばらしいです。 この小説が森博嗣先生の世界をもっともよく体感できると思います。 | ||||
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十代の僕には影響が強すぎる。 率直な感想として、そう言える。 この作品は、森博嗣さんの研究に対する熱いモノが凄く伝わってきました。 僕も、これから大学を目指す者として、非常に大きな影響を受けました。 そして、非常に羨ましく思えました。 先生の感性や考え方が、今の僕には無い物であって、本当に羨ましく思います。 この作品が1番、森博嗣さん、そして登場人物に憧れを抱き、僕の人生の目標を創ってくれたと思います。 オーバーな表現かもしれないですが、そこまで僕は、この作品で変われた気がしたから。 変わって生きたいと思えたから。 大切な本です。 この本に出会えて光栄です。 | ||||
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理系の研究者の話ではあるけれど、作中の『研究』の部分は他の何にでも置き換えることができる。 『音楽』でも、『野球』でも、『絵画』でも、『小説』でも、『サッカー』でも、『映画』でも、なんでも。 学生時代に何かにのめり込み、そして失ったことがある人ならば、理系じゃなくても感情移入できる。 普遍的な青春小説だと思う。 | ||||
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著者の作品は初めて読む。 かもめのジョナサンだ、と思った。 作品ではなく著者自身が。 | ||||
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タイトルに言う「静かな」は、もちろん直接には、登場人物である「喜嶋先生」の世界についての言葉である。 だが「静か」という印象は、この物語全体についてあてはまるものだろう。 大学時代から、少しずつ研究者の世界を歩んでゆく語り手の人生は、 普通の、世間的な見方からすれば、(おそらく結末を除けば)ごく静かで、なんらドラマチックなものではない。 しかし実はそこでは、一見動かない物体が量子レベルではとんでもない激しい運動を内包するように、 個人の知的なレベルにおいては実に劇的な動きを伴っているのだ。 ここで語られる学問的な内容を理解する必要はない。 それについては理系の研究者であってすらも、語り手と喜嶋先生以外には誰にもわからない、 と何度も述べられている。 特化した研究というのはそういうものなのだろう。 だからといって読者が置き去りにされるわけではない。 語り手の興奮を読者も共有できるからである。 外からはなかなか見えない大学の実態がよくわかるだけでなく、 学問の世界の魅力、その奥深い求心力、知的な生活の豊かさがしっかり伝わってくるのだ。 静かな生活の中に展開するドラマチックな知的興奮。 外と内、静けさと激しさとの二重性とバランスとが不思議な心地よさを呼ぶ。 そしてそれは、一見平凡な日常がどれほど豊かになりうるかという例でもある。 喜びとか幸福とかいうものは、決して目に鮮やかなドラマとか、華々しい活躍だけのものではない。 この小説が伝えるのは、 平凡な人生を生きる我々の前にも拓かれているそういう可能性であり、希望ではないだろうか。 静かに、しかし力強く、元気を与えてくれる小説なのである。 だが、喜ばしいだけの話でもない。 語り手が社会的に安定した後の結末のトーンは切ないものだ。 平凡さの陰に刺激的な人生、喜びがあるように、やはり苦さも潜むのである。 平凡さの中に無限の喜びを見出した後で、我々が主人公とともに経験するのは、 遠ざかった人々についての、わずかな風の便りが伝える人生の重さ、苦さなのだ。 ここにも、表面では見えない人生の奥深さがある。 それにしてもこの切なさ。 この作家の小説は初めてだが、きっとこうした切なさは作家の根の部分にあるものだろう。 ミステリー作家として、とくに若者に人気らしいこの作家のことはほとんど知らなかった。 初めて意識したのは、『スカイ・クロラ』という映画が出来て、 その原作者として話題になった頃だろうか(クローラーと伸ばすことをしないのがこの作家のスタイルらしい)。 しかし書いているものはあまり自分に合うようには思わなかった。 だがその作家が大学の研究者であり、さらに研究者を主人公にした本を出したと聞いて、 あらためて興味を持った。 ほかの作品とはイメージが合わないから、やはり異色作ではないだろうか。 読んでみて、これは自伝ではないのかと思った。 一般に、小説の中身と事実とを安易に重ね合わせることはよくないとされている。 フィクションにはそれ自体の存在理由があるからだ。 だがこの小説の場合、書いてあることは限りなく作家自身のことではないかと思わせるものがある。 学問に対する感じ方などは間違いなくそうだろう。 むろん名前やエピソードなどは変えてあるかもしれないが、喜嶋先生のモデルも実在するに違いない。 どこまで本当なのか知りたくてしょうがなくなる。 そう思わせるのも、やはりこの森博嗣というユニークな作家の魅力なのだろうと思う。 大学教師で作家というのは他の例もあるわけだが、何かそれだけではない独特なものが感じられる。 調べてみると、既に大学はやめていて、 作家稼業にしても、あと数冊予定のものを書いたらやめると言っているらしいではないか。 こうなると今後についても目が離せない。 | ||||
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とびきりピュアでみずみずしく、そしてほんのり、寂しく悲しい。理系のための青春小説の誕生だ。 作者は某国立大学の工学部助教授にして、話題作を次々と生み出す推理作家。 その書き下ろしの「自伝的小説」である。 理科系の学生として研究生活に歩みだした主人公と、彼をめぐる人々、とりわ け師である喜嶋先生との交流が描かれる。「学問」「研究」「人生」の底知れない奥深さにも触れるストーリーだ。 キャッチコピーに「学生の方は進路が変わるかも」とあった。あながち、大げさではない。それほど感染力は強大だ、と感じた。要注意の感動作だ。 | ||||
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喜嶋先生や主人公のように研究に喜びを感じることができる人をずっとうらやましいと思ってきた。 自分もそうなりたいと思いながら、その入り口にも立てなかった。なぜって、大学の教科書を理解することすら(未だに)かなわなかった。卒研をやって以来、研究からはいつも逃げたいと思っているし、テーマを見つけることはとても辛い。 自分には夢のまた夢の世界だったけれど、研究や考えることに無上の喜びを感じる人のことは理解出来る。 ポアンカレ予想を解きながら、姿を隠してしまった数学者のドキュメンタリーをNHKで見たときと同じ感動を覚えた。 主人公の語り口で、喜嶋先生がいなくなるのではないかと、哀しい気持ちを感じながら読んでいたら、ラスト近くの1度目の喜嶋先生の幸せな展開にこうなりましたかと思いつつ、2度目の展開(ラストのラストですが)に、予想していたことではあっても涙があふれてきました。どういう涙なのか自分でもよくわからない。 今も、実際に大学では若い助教と院生が研究に喜びを見いだしてくれているといいなと、そうでなければ大学の意味がないと思った。 読み終わったあと上品ではない考えだが、喜嶋先生は、もうどこにも論文を出さないのだろうかとか、風の噂で奥さんのことはわかるのに何で喜嶋先生はわからないのとか、余計なことを考えてしまった。本当に上記数学者同様引きこもってしまったのではないだろうかと心配になったり。 喜嶋先生は幸せなのかもしれないけど、まわりは・・・・。 自分自身、最初の職場の上司が、退社後アメリカに渡り、今どうしているのかと、論文検索しても見あたらず、喜嶋先生のようではないが、研究者とは、因果な人種だと思う。でも、研究に喜びを見いだしたい、この本を読んで自分では体験出来なかった研究者の喜びを追体験出来た。 文庫でない本を読むのは久々だったが、通常、あとがきと解説は無いものなのか? ほんとに何もなく本が終わってしまい、これもまた切なかった。 何も後ろに入れさせないのは著者のこの本に対する気持ちの表れか。 読み終えたばかりで、支離滅裂で、全然自分自身整理出来ていないが、いい本に出会ったと思った。 | ||||
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不思議で、心地よく、最後は少し切なくなる小説だった。 森博嗣の本を読むのは3冊目で、初めての小説。とんでもなく読みやすく気持ちのいい文章を書く人だ。 内容的には『科学的とはどういう意味か』(幻冬舎新書)とほぼ同じである (順番はもちろん逆で、本書を新書にしたのが『科学的とはどういう意味か』ですね)。 新書と小説が純粋に同じ内容というのは少し不思議だけれど、本当に同じ。 けれども同じ内容を読んでいるのにもかかわらず、まったく飽きないし、森博嗣への興味は膨らむばかりである。 森博嗣の本を3冊読んでみていちばん大きな収穫は、理系的な考え方、 もっといえば研究者的な考え方と、その生活模様を(うっすらとではあるが)覗けたことである。 自分とは正反対に理系の道へ進んだ兄が高校時代、あるいは専門学校時代、 なぜ一つの数式を前にしてあれほど嬉々としていたのか。その理由がぼんやりとわかった気がした。 もちろん、わかるというのは「そういう世界が確かに存在することがわかる」という意味で、 彼らがいったい何をしているかは一切不明のままだし、どういった種類の悦びなのかは想像の範疇を出ない。 が、ともかく新しい価値観や立ち振る舞いに触れることができたというのは、とても喜ばしい。 そういう意味で、本書は私にとってまぎれもなく好著であった。 | ||||
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