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ナイロビの蜂
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ナイロビの蜂の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.90pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全20件 1~20 1/1ページ
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映画と原作を比べて両方が良いと言う例は少ないです。しかしこの本は映画と劣らぬ秀作です。詳しくは述べませんが、ぜひ映画と併せて読んでください。医薬品業界というタブーに切り込んだ、非常に今日的な価値を持った作品です。 | ||||
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映画と原作を比べて両方が良いと言う例は少ないです。しかしこの本は映画と劣らぬ秀作です。詳しくは述べませんが、ぜひ映画と併せて読んでください。医薬品業界というタブーに切り込んだ、非常に今日的な価値を持った作品です。 | ||||
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『ナイロビの蜂』上巻の巻頭には、「主な登場人物」がありません。 下巻には、りっぱな「主な登場人物」があるのに。 上巻は、390頁もある長篇小説なので「主な登場人物」がほしいと思いました。 読み始めてみると、「主な登場人物」はほとんど第一章に出てきました。 なるほど。「主な登場人物」はわざわざ必要なかったわけですね。 妻テッサの死から始まる小説。 死んでいた状況から殺人を疑う警察。英国外務省の関係者への捜査と進みます。 サスペンス小説の常道です。 『ナイロビの蜂』の読書は少し読み方を変えてみました。 まず下巻から読み始め、それから上巻を読むというふうに、順番を逆にしてみました。 面白かった。思わぬ味わいの面白さを発見しました。 上巻に、著者が意図した伏線が感じられて面白かったのです。うまい書き方だと思いました。 『ナイロビの蜂』という書名だけあって、蜂(ハチ)についての記述が多く、面白かったです。 でも、原書のタイトルは、THE CONSTANT GARDENER 蜂(ビー)という文字が全くありません。なぜでしょう? どんな意図があったのでしょう? 知りたいものです。 原作者ル・カレは、2020年死亡。 「帽子の中にどんなハチを隠していたにしろ」(99頁) 読者注) Bee in one’s bonnet(頭の中で忘れられない考え) 「<ベル・バーカー&ベンジャミン>、あるいは〝スリー・ビー(B)ズ〟の名で知られている会社」(162頁) 「きみのために大忙しだよ、ハニー! 三匹のミツバチ(スリー・ビーズ)が大好きさ」(162頁) 「スリー・ビーズはあなたの健康のために大忙し」(163頁) 「看護婦の制服を着ていて、両肩に金色のミツバチを三匹ずつ止まらせていた。白衣の胸ポケットにさらに三匹のハチがくっきりと描かれており」(189頁) 「スリー・ビーズ アフリカの健康のために大忙し!」(189頁) 「彼らはわたしたちのハチを盗んだのよ。自分のことをナポレオンと思っている人がいるみたい。なんて図々しいの。ひどすぎる。あなた、なんとかしなきゃ」(190頁) 読者注) 妻は、常に穏やかな夫になんとか行動に移してと必死で訴えかけています。 「ナポレオンの三匹のハチ、皇帝の栄光の象徴」(190頁) 「どの白衣のポケットにも三匹の金色のハチが刺繍されていたと付け加えてもよかったが、言わないことにした」(223頁) 読者注) なぜ「言わないことにした」の? 「そして三匹の金色のハチ。ポケットに刺繍され、色褪せているが、はっきりとわかる。まさに空港のポスターの看護婦のように」(224頁) 「スリー・ビーズのごろつきどもよ。あの偽医者ども」(227頁) 「<ベル・バーカー&ベンジャミン>、またの名を<スリー・ビーズ>、聞いたことがありますか?」(233頁) 「スリー・ビーズの連中がワンザを毒殺したことも語らない」(235頁) 読者注) 「語らない」と書いて、読者にはしっかり真相を語っています。 「自家用ジェットの<ガルフストリーム>に乗って新しい会社を買収するためにブンブン飛びまわっている」(236頁) 読者注) ジェットに乗って、ハチみたいに「ブンブン飛びまわっている」 「社長はとりわけ忙しいミツバチだからね」(377頁) 「巨大企業ハウス・オヴ・スリー・ビーズの数限りない部門」(236頁) 「ナポレオンから盗んだ紋章のついたスリー・ビーズの広告が、掲示板から彼らに流し目を送っているのを見ると、彼女はすさまじい悪態をついたものだった」(238頁) 「高貴で歴史ある大企業<ボールズ・バーミンガム&バンフラフ>だったか、またの名をスリー・ビーズ」(263頁) 「ナポレオンの栄誉を讃えて紋章のハチが彫られた――そして家族の伝説となった――オリーヴ材のドア」(334頁) 「そして蓋には、三匹の愉快な金色のハチが矢じりの形に並んでいる」(337頁) 「ケニー・K は自分のことを、三匹のハチ(スリー・ビーズ)を使うナポレオンだと思ってるの、と彼女は熱のある体で囁いた。そして彼らのひと刺しは命を奪うの、知ってた?」(337頁) 読者注) 妻は三匹のハチに刺されて死ぬことを予感していた、知っていた? 「幸せなハチたち(ビーズ)」(342頁) 「スリー・ビーズにとっていいことは、アフリカにとっていいことだ。そしてアフリカにとっていいことは、ヨーロッパにも、アメリカにも、世界の残りの地域にとってもいいことだ」(342頁) 「彼らはBBB(スリー・ビーズ)との取引で非常に賢く振る舞ったと〝友人〟は言ってるわ」(344頁) 「ひょっとしてあなた、白人社会の巣を突ついた?」(345頁) 読者注) 白人社会を<ハチの>巣にかけていると思います。 小説はフィクション。虚構。 事実関係があいまいなまま、殺人犯人が確定しないまま終わる小説もあります。 この小説では、妻を殺された夫の心の中の言葉としてですが、 殺人者が上巻に早くも示されます。 「きみの殺人者が緑のサファリ・トラックにこもって、きみを殺そうと待ち構えていたのはこの場所だ、と彼は心の中で彼女に説明した。彼らが<スポーツマン>を吸い、瓶入りの<ホワイトキャップ>を飲み、きみとアーノルドが通りかかるのを待ったのはここだ」(325頁) 本書は、上巻ということもあって、殺人者が示唆されただけで、余韻が残りました。 上巻の読後は、モヤモヤした犯人像が心に残りました。 下巻を再び、読まずにいられなくなりました。 現実社会の恐怖がジワリと感じ続けています。 庭いじりをして美しい花をながめているだけだった内向きの夫が 妻の足跡をたどるうちに、妻の外向きの怒りを共有できるようになります。 帽子の中に隠したハチのように、頭の中で忘れられない 怒りに変わっていく様子が上巻からだけでも読者に伝わってきました。 《備考》 <謎の登場人物について> ララ・エムリッチ 「そうだ、ララ・エムリッチだ」(264頁) 「別嬪(ディー・シェーネ)さんのララについては誰もが悪口を言っている。裏切り者だ、雌犬だとね」(345頁) 「警官 エムリッチ医師という人についても話したいのですが――」(386頁) ピーター・ポール・アトキンスン 「《デイリー・テレグラフ》の記者だ」(320頁) コヴァクス 「コヴァクスはどうですか――ハンガリー人の女性です。黒髪で美人」(227頁) 「ファーストネームはなかった」(264頁) 「エムリッチとコヴァクスというふたりの医者」(343頁) 「コヴァクスが極秘裏にナイロビに飛んで」(345頁) 「警官 コヴァクスという女性はどうです? ハンガリー人かもしれません」(386頁) <薬の半減期と副作用について> 「<ダイプラクサ>という商品名」(337頁)の医薬品の半減期が気になりました。 この薬の効用のすばらしさとして「ネズミにおける長い半減期」(361頁)に触れています。 「長い半減期」は、薬の使用上の要注意項目です。 確かに、薬の効果が長い時間続くことは良いことなのですが、 「長い半減期」の薬の場合は投与間隔を誤って、短い間隔で投与すると、 定常状態になるまでに血中濃度が増加し続けることになります。 血中濃度が高くなる場合には、副作用がでる可能性が高くなります。 「長い半減期」の薬は、投与間隔に気をつけないといけません。 警官の言葉です。 「われわれの理解では、ミセス・クエイルはケネス卿に何件かの症例も提出しているはずです。その薬が身元のはっきりした患者にもたらした副作用の実例を」(377頁) | ||||
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今日の新型コロナ・ワクチンの世界的供給問題の参考にもなりそうなフィクションです。 表面上は、サスペンス小説仕立てのエンターテインメント・フィクションですけれど。 小説の背景として、医薬品の安全性情報を患者に知らせる義務があります。 そのために大製薬企業に敢然と立ち向かう、良心的人間たちの物語です。 原題は、THE CONSTANT GARDENER 邦題は、『ナイロビの蜂』 邦題と原題との間に、大きな差があるように思えました。 原題を直訳するなら、「律儀な園芸師」(362頁、訳者あとがき)くらいでしょうか。 いつ、どんな状況になっても変わらない、安定した園芸家の恒常心を持った人間。 「妻のために庭でフリージアを育て、事務所の訪問者には花を配る〝律儀な園芸師〟のジャスティン」(362頁) 〝律儀な園芸師〟のジャスティンが、このミステリ小説の主人公です。優しい男。 彼の若妻テッサは、夫に内緒で何かを追っていて、何者かに襲われ、惨殺されます。 この事件を機にジャスティンは職場を去り、みずから妻の死の真相解明に乗り出します。 「きみだってどうなんだ。彼女が外に出て聖女として振る舞っていたときに、ぼんやり座って花を育ててたじゃないか」(271頁) 妻が外に出て聖女として振る舞っていたときに、 夫は家の中でぼんやり座って花を育てていたなんて! そんな自己反省から始めた、真相解明の調査の旅の物語です。 「生前は互いに遠慮し合っていた妻に近づき、妻が追っていたものを自分自身も追いかけるうちに、妻との一体感を取り戻す旅」(363頁、訳者あとがき) この旅は、製薬業界のジャングルに迷い込む小説の旅になります。 「製薬業界のジャングルを旅するうちに、現実に比べれば、私の話は休暇の絵葉書ぐらいおとなしいものだと思うようになった」(356頁、著者の覚え書き) 製薬業界のジャングルの現実となっている問題点。 巨額の研究開発費を回収しようと、特許権で維持された独占価格の医薬品。 価格のため、先進国優先の医薬品供給体制。 医薬品の安全性情報の隠蔽体質。 「第十八章のララの苦境を書くにあたって、私はいくつかの実例を参考にした。とくに北米において、きわめて優秀な医学研究者が雇用主の製薬会社にあえて反対したために、中傷されたり、ひどい迫害を受けたりしている。重要なのは、彼らの不都合な発見が正しいかどうかではない。企業の強欲と相容れない個人の良心の問題だ。金で買われていない医学的な意見を表明する、医師の基本的な権利、そして、治療に内在すると考えられている危険を、患者に知らせる義務に関する問題である」(358頁、著者の覚え書き) 本書の邦題『ナイロビの蜂』は、原題の〝律儀な園芸師〟が 妻や事務所の訪問者のために庭で育てている花に集まる「蜂」のことではないようです。 「治療に内在すると考えられている危険を、患者に知らせる義務に関する問題」のために、 製薬企業に立ち向かう良心的人間の行動を描いています。 「ナイロビ」は、この小説の舞台となったケニア国の都市名。 本書下巻の中だけから、蜂(ビー)に関係しそうな記述を探し、拾い出してみました。 「ケネス・K・カーティス…………<スリー・ビーズ>最高経営責任者」(4頁) 「批判者にはスリー・ビーズが制裁を加えるからだ、とマークスは言った。彼も怯えていた――スリー・ビーズに」(182頁) 「イギリス人の公務員の妻だけど、<ダイプラクサ>に関してスリー・ビーズに圧力をかけてるって」(183頁) 「スリー・ビーズの南アフリカでの活動を調査して、個人的にケニアで経験したことと比較していたの」(184頁) 「彼女がむずかしい決断をして、スリー・ビーズに薬を引き上げるよう忠告してくれるのを期待してたのね」(185頁) 「スリー・ビーズに秘密にしておくことなんかできないわ」(186頁) 「スリー・ビーズが四万トンの輸送船をチャーターし、銃を積んだ」(222頁) 「スリー・ビーズが人々に毒を与えるだけでなく、そのあといかに証拠を消しているかをね」(268頁) 「スリー・ビーズもしばらく彼を探していたが、そのうち飽きた」(271頁) 「幸せな三匹の金色のハチのロゴのついた赤と黒の箱」(310頁) 「アフリカでは<ハウス・オヴ・スリー・ビーズ>が販売している薬だ」(322頁) 「<ハウス・オヴ・スリー・ビーズ>」(356頁) 「ナイロビの蜂」とは、 アフリカで<ハウス・オヴ・スリー・ビーズ>社が販売している薬の入った箱についている ロゴ・マークの「幸せな三匹の金色のハチ」のこと。 大製薬企業の問題点に立ち向かう良心的人間。 本書下巻の巻頭の「主な登場人物」(4頁)には、 以下の大事な人物が、意図的に除外され隠されているように思いました。 ララ・エムリッチ……医師。薬の発見者のひとり。エムリッチの妻。ロービアーの愛人。 ピーター・ポール・アトキンスン……イギリスの《テレグラフ》紙の記者。 コヴァックス……「KVHに完全に所属してる。ふしだらな女だ、明らかに」(272頁) 本書は、サスペンス小説。エンターテインメント・フィクション。 殺人犯人は最後の最後に登場します、緑のサファリ・トラックに乗って。 「<スポーツマン>の煙草の臭い」(353頁)で、誰だか分かる。 《備考》 「この瓶に入った薬は、ナイロビで買うと一錠二十ドルだ。ニューヨークでは六ドル、マニラでは十八ドル。今すぐにでも、インドはノーブランドのまったく同じ錠剤を作ることができて、そいつは一錠六十セントだ」(311頁) 同じ薬なのに、世界各国で価格はまちまち。 | ||||
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ジョン・ル・カレの格調高い作風にひきつけられた。さ | ||||
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読み進めたいけど、翻訳が。 文章の意味が取れなくて全く読み進めませんでした。上巻の途中で断念。 | ||||
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先に映画を見てしまったせいか、どうしてもレイフ・ファインズと レイチェル・ワイズの顔が浮かんでしまったのは、私の失敗。 でも、作品はさすがにル・カレ! 読ませます。 容赦ない緊迫感の中にも、書き手の育ちの良さというか、人間に対する温かい視線が感じられ、 悲劇なのに、読後感は悪くないです。 | ||||
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第三世界の独裁国家。 そこに取り入る先進国の企業。 新薬治験をもくろむ製薬会社。 企業を保護する先進国。 単純化され誇張されているが、本作に描かれているのは、世界の現実の一端だろう。 著者によれば「現実に比べれば、私の話は休暇の絵葉書ぐらいおとなしいものだ」。 ぐいぐい引き込まれた。力のある小説。 多くの人に読んでほしいと思う。 映画も見てみた。 単純化されすぎていて、がっかり。 | ||||
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原作はわかりませんが、翻訳調の文体には疲れてしまいました。 途中で映画に変更です。 | ||||
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ル・カレの作品にハッピーエンディングがないのはわかっているが、この作品の終わり方は、なんぼなんでも、という気がする。救いがないエンドであればまだしも、中途半端。 冷戦がなくなって、巨悪(昔のソ連)が存在しなくなったので、ル・カレのような諜報小説作家には住み(書き)にくい世界なったのはわかるが、まずはちょっとスケールが小さすぎないか。それを繕うように、ほろ苦い小さな小説を創作してどうする・・・ おまけに、作者(翻訳者でも、第三者の解説でもなく!)後書きに、まるで言い訳のような「これはフィクションです」と同時に、「書けなかったけど、現実はもっと凄くてね」と書いているのも、いただけない。 ル・カレは大好きな作家だけに、奮起を期待して辛口の書評になった。 | ||||
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ル・カレの傑作であり、上下巻ともまったく飽きずに読むことができた。決してベストセラーになって万人にウケる内容ではないが、深く重厚で濃密。サラリと語られる状況にアフリカが過去から現在まで置かれ続けている悲惨さと、何も変わらない西側のありように胸が痛む。 ただ、テッサとアーノルド医師の二人の死、そして主人公のジャスティンのテッサ死後の行動について、個人的に納得がいかないところがある。 テッサたちは崇高な行為によって殺されるけれど、もちろん殺害する側をかばう点はないけれど、テッサとアーノルド側にもっと賢明なやり方があったはず。 アフリカ、という国を誰よりも知っているこの二人ならば。 そしてその夫ジャスティンの行動も個人的な盲執によるもので、美化しようと思えば美談だが、見方を変えると単なるおろかな男にしか見えない。 といいながらも、非常に面白く、この上下巻を読んでいる間は早く読みたくて、読むのももったいなくて、という貴重な時間だった。アフリカの内戦、現状をもっと知りたくなる。 ちなみに、レイフ・ファインズとレイチェル・ワイズによる映画も原作と多少異なる点もあるが秀逸。 この二人の知的な英国人俳優と原作者ジョン・ル・カレが中心となり、この映画をきっかけに「Constant Gardener Trust」が設立された。 | ||||
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もちろん、ル・カレの代表作は『寒い国〜』やスマイリー三部作などのエスピオナージだが、今日的な題材で70歳にして新境地を切り開いたともいえるこの作品の素晴らしさには新鮮な感動をおぼえた。もちろん、後味が良いとはいえないが、この作品としてはこのエンディングが必然なのだろう。ケニアの首都ナイロビの英国高等弁務官事務所の外交官で、庭いじりの好きな温厚な紳士ジャスティン・クエイル。彼の日常は、若妻テッサの死を契機に変貌をとげる。大製薬企業、新薬を開発した医師、そして利権をむさぼる複数の者たち。巻末にある「著者の覚え書き」に、「いっさい現実世界にもとづいていない」とことわっていること自体が、大いにミステリーなのだ。 | ||||
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他の皆さんが絶賛されていらっしゃる通り、単なる恋愛絡みのサスペンスとは異なり、深く難しいテーマを扱った壮大な作品であるのは確かです。が、後半どんどん文章が平らになっていくので正直読みきるのに苦労しました。また、日ごろ日本の純文学を多く読むせいもあってか、不自然極まりない日本語が気になってしまい、余計に読む速度を落とされました。自分がバイリンガルなせいか、原書はこういう表現だったんだろうなぁ…でも変な訳だなぁ…とページ毎に思う始末。原書を読めばよかったと後悔しています。 | ||||
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アフリカ駐在の英国人外交官の若く美しい妻が惨殺される。その死の真相を解明しようと、妻の生前の行動に迫るジャスティン。次第に、企業と官僚との癒着、巨大医薬品企業の不正問題が明らかになっていく... と、非常に重いテーマで読後感も重い。映画の原作として、軽い気持ちで手に取った私のような人には、ちょっとつらい作品です。上巻の途中からすでに、どう終わらせるのだろうと不安になってきましたが、最後まで重いままでした。ただ、日本では中々目や耳にすることのない問題について考えさせられる作品であることは確かです。 | ||||
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この本の良さは、何と言ってもジョン・ル・カレの繊細な描写と構成で描かれる、テッサの死の謎を追うミステリーとしての緊迫感と意外性だろう。その謎の追究は、どんどん深みに入って行き、どうにもならないような巨大な力に対抗して行くという、ある意味、不可能へ挑戦してゆく。 そうしたミステリー性の中に、この外交官夫妻の特殊な夫婦関係、外見的には疎遠なようで実は深い愛情に基づいた関係が見えてくる。そこから、ジャスティンの考えられないような謎の追究の旅に説得性を与えている。 もちろん、この本の中で描かれる巨大製薬会社の不正の問題も大きい。利益のための副作用の不十分な検証、アフリカにおける人体実験とも言えるアフリカへの薬の投与、金による脅迫による科学的議論の妨害といった大きな問題も提起されている。それは、政権にさえもすりより、官僚制の弊害をも加味して、事の重大性を強調する。それは、地球全体を舞台に縦横無尽に展開するスケールの大きさにも現れる。 ミステリーとしての素晴らしさと、大きな問題提起、そして夫婦の愛情と感じるところの多い作品だった。 | ||||
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アカデミー賞授賞式で見たレイチェル・ワイズの知的な美しさと アフリカが舞台の大作という映画の宣伝に惹かれ原作の本書を 手にしたが、これほど重い内容とは予想すらしなかった。 若く美しいテッサを妻にした穏やかな外交官のジャスティン。 自分の職務と私生活以外にはさしたる興味のなかった彼が、 アフリカとある多国籍企業の関係を調査中に殺害されたテッサの足跡を たどるうち、使命感を持つ人間に変貌していく。 数々の脅しにもめげず崇高な生き方を貫いたテッサ、企業の論理に 翻弄される医師達、自国の国益と保身に走る老獪な外務省の役人たち。 ル・カレは現代の世界がはらんだ矛盾のある側面を緻密に描き出す。 本作発表時に70才であった彼の創作力と意欲には驚嘆を禁じえない。 苦い結末を首肯しがたく感じる読者もいると思うが、 アフリカと欧米の関係や発展途上国への援助などに 興味のある人には一度目を通してもらいたいと思った。 | ||||
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どうしようもなく苦い結末。結末とも言えないほどあっけなく圧殺される人々。 正直言えば私も多分多くの読者のように,もうすこし「読後感のよい結末」を期待していた。勿論ル・カレがイアン・フレミングでもなくブライアン・フリーマントルでも無いことは百も承知なんですが。 しかし勿論ル・カレにしても,もうちょっと読者を喜ばせる結末はいくらでもかけたのでしょうね。私には彼が書いたあとがきの「現実の製薬業界のことを知れば,この物語すらおとぎ話でしかない」という言葉に彼がどのような思いを込めたのか,非常に気になりました。業界の内実を知れば知るほど彼は,小説の中であっても,超人的な主人公が悪を粉砕したり,せめて一矢でも報いるような夢物語を書けなくなったのでしょうか。あー,人生ってなんなんだろう? | ||||
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深みの無い本作品を読み終えるのに大変苦労を要した。特に後半部は文章が軽く質も低い。長年ル・カレを読んできてこんなことは初めてだ。原作が悪いのか、翻訳がプアーなのか、それとも両方なのか?まるで、駅弁作家の凡作のようだ。 『パナマの仕立て屋』、『シングル&シングル』と来て、今、未翻訳の『Absolute Friends』を原書で読んでいるが、これが同一人物が書いた作品とは到底思えない。 凡百の作家とは一線を画すル・カレによる最初の駄作となるのだろうか。ファンの人は要注意です。もちろん、ル・カレに対する私の評価基準は、『ダ・ビンチ・コード』等一般のミステリー作品とは全く異なることを断っておきますが。 同じ英国作家のレン・デイトンの作品の質がある時期を境にがた落ちになった例がある。が、他のすべての最近作を読む限りル・カレの洞察力と筆致はまだまだ健在だと思う。 | ||||
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もう70才を超えているんではないでしょうか。 でも、衰えるどころかますます創作意欲は旺盛です。アフリカを食い物にして巨大な利益をあげる製薬会社の暗部を 例によって重厚な筆で描いています。ストーリーはじれったいほどゆっくりなのでその手の本が お好みな人は向かないかもしれません。あえてジャンル分けをするとル・カレはスパイ小説というカテゴリー に入りますが実際には純文学と何ら変わりはありません。やや、誤った結婚をしてしまった主人公の気持ちがせつせつと 描かれていて結構辛いものがあります。最高傑作ではないけれど傑作。因みに僕の中でル・カレの作品に ランキングをつけると 1 パーフェクトスパイ2 リトルドラマーガール 3 スマイリー三部作 となります。 | ||||
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ジョン・ル・カレという人、初めての作家でしたが、 タイトルにひかれ、一気にその世界に引き込まれ、 すぐに読み終え・・・、ため息でした。人物造形、プロット、舞台装置など、すべてが映画向き。 全体を流れるトーンや、アフリカの風景などから 「イングリッシュ・ペイシェント」を思い浮かべました。そしたら、あとがきによると、なんとレイフ・ファインズが主役で映画化が決まっているのだそう。 偏執的な役をやらせればピカ一のレイフ・ファインズなので、 (「イングリッシュ・ペイシェント」でもある意味そうでした) 私の勝手キャスティングでは彼のことは思い浮かべなかったけど、 確かに彼は英国人だし、演技うまいし、きっと上手に、心優しき紳士、ジャスティンになりきってくれるのでしょう。そして強い意志を持って突き進む美人若妻は? ハンサムな黒人医師はいったい誰がやってくれるのでしょう? 音楽も「イングリッシュ・ペイシェント」の ガブリエル・ヤールのように素敵なものを期待します。最後に小説に戻って・・・ 彼の別の作品を読んでみようと思います。 | ||||
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