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ドラキュラ公 ヴラド・ツェペシュの肖像



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ドラキュラ公 ヴラド・ツェペシュの肖像の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
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No.1:
(7pt)

ドラキュラ譚の新たな側面

建築探偵桜井京介シリーズで知られる篠田真由美氏による、ヴラド・ツェペシュの生涯を語った歴史小説。

『吸血鬼ドラキュラ』のモデルとして有名な東ヨーロッパのハンガリーの国境に位置するワラキアの公王ヴラド・ツェペシュ。彼の血塗られた人生はしばしば小説やマンガのモチーフとなり、それらは全て忌むべき怪物や残虐王という風に描かれていた。つまりは悪の象徴である。

本書はそのヴラド・ツェペシュがオスマン・トルコの捕虜であった青年期からワラキア国奪還を果たし、王に返り咲き、勇名を馳せるに至る道筋を描いた物語だ。

しかし本書で描かれるヴラドはこの手の歴史小説にありがちな、後世に伝えられている人物像を覆すというものではない。やはり彼に纏わる数々の忌まわしい伝説は事実として述べられる。

祭りを愉しむ人々をいきなり攫って奴隷にし、鞭打って城を建てさせる、生木の杭による串刺し刑、建物に何百人もの人間を閉じ込め、生きたまま建物ごと焼き尽くしたり、云う事を聞かないジプシーの長を斬殺し、その肉を仲間への料理として提供し、食べさせる。またはかつての宿敵の息子を捜し出し、自らの墓穴を掘らせて殺す。トルコの使者が自身の前で脱帽しなかった無礼を咎め、釘で頭蓋に縫いつけ送り返す、等々。

本書では今まで単なる大量虐殺を好んだ狂人という側面で描かれていたヴラドがなぜこのような残虐行為を行ったのかというところを語っているところが他の関連書と一線を画する。

彼には従者だった老人を見せしめのために杭で串刺しにされた過去があったこと。捕虜として各地を転々とし、その都度クーデターや戦争に巻き込まれ、逃走を強いられたこと。そして民と家臣を統率するには恐怖を以ってするのが一番だということ。更に小国ワラキアを強くするためには兵を増やし、強化する必要があったこと。
これらの行動原理に基づき、彼は臣下の者も含め、絶対服従を求めた。

しかしそれでもやはりこれらの行為は過剰だったと思う。人の命を弄ぶかの如き残酷な仕打、処刑の数々をしてもなお、ヴラドが自分を見誤らず、正気を保ち、己の信条を貫けたのはシャムスという従者の存在だ。
アラビア語で太陽を意味する名を与えられた彼はオスマン・トルコの侵略で故郷を奪われ、逃げ延びた1人の青年。死に場所を求め、馴れない剣を振って、兵士になろうと志願したところをヴラドに拾われる。彼は女のような風貌と体格を持ち、戦闘で役に立つわけではないが、ヴラドと同じ心を持つ。つまりヴラドの考えを一番理解できるのが彼なのだ。ヴラドは己の心が暗黒面に落ちぬための楔として太陽たる彼を常に連れゆくのだ。

しかしやはり恐怖は嫌悪を生み、離反の種となる。たった3万に満たない戦力で20万のトルコ軍を追い払った歴史上名高い彼の功績は彼の絶頂期であったがために、それ以後は下るだけだった。盛者必衰の言葉の如く、龍の息子、悪魔の子として恐れられて小国の梟雄にも栄光の黄昏が訪れる。

彼の生涯はずっと強国オスマン・トルコへの復讐一筋だったと云える。
東ヨーロッパの小国ワラキア公の父と共にオスマン・トルコの捕虜となり、戦場に駆り出されて憤死した父と兄の無念。従者であり、眼の前で串刺し刑で殺された老爺。そして保身のために男娼としてトルコの司令官に取り入り、スルタンの側近となった弟ラドゥ。
そしてその道は正に死屍累々が連なる血道だった。その静かなる激情の凄さは織田信長を感じさせると、作者は述べる。両者とも栄光の半ばで命を落としたことは共通している。しかしその生き様は今なお語り継がれている。

ヴラド・ツェペシュがこのような悲劇の梟雄であったのか、はたまた現在流布している拷問と虐殺を好む血まみれの狂王だったのか、真実は定かではない。
作者あとがきによれば、ヴラドを讃えるのはルーマニアに伝わる昔話のみでドイツやロシアの文献ではやはり残虐な側面や裏切り者というレッテルを貼られて伝えられているようだ。これはいかにヴラドをモデルにしたブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』のインパクトが強かったかを知らしめる証左でもある。それ故、吸血王とまで呼ばれ、今に伝わる彼に新たな側面から物語を紡いだ篠田氏の仕事の意義が高く思える。

この中世ヨーロッパのゴシック風の物語を当時の風俗と慣習を丹念に調べ上げ、しかもそれらを一切説明口調でなく物語に溶け込む形で読者に理解させる上手さは田中芳樹氏の作風と異なり、実に自然だ。
どっちが彼女の本道か解らないが、次は著作の多くを占めるミステリを読んでみる事にしよう。

Tetchy
WHOKS60S

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