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ダ・フォース



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【この小説が収録されている参考書籍】
ダ・フォース 上 (ハーパーBOOKS)
ダ・フォース 下 (ハーパーBOOKS)

ダ・フォースの評価: 9.00/10点 レビュー 2件。 Aランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点9.00pt

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全2件 1~2 1/1ページ
No.2:
(9pt)

毒を以て毒を制しても、毒は毒

『犬の力』、『ザ・カルテル』で犯罪のどす黒さを存分に描いたウィンズロウが次に手掛けたのはニューヨーク市警特捜部、通称“ダ・フォース”と呼ばれる荒くれ者どもが顔を連ねる市警のトップ中のトップの野郎たちの物語。つまりは昔からある悪漢警察物であるが、ウィンズロウが描く毒を以て毒を制す特捜部“ダ・フォース”には腐った現実を直視させるリアルがある。

従って通常の警察小説とは異なり、文体や雰囲気はハードボイルド然としておらず、オフビートなクライム小説の様相を呈している。
音楽に例えるなら、同じ警察を描いているマイクル・コナリーがジャズの抒情性を感じさせるとすれば、ウィンズロウの本書はどんどん速さを増すアップテンポの、畳み掛けるような怒りにも似た激しいヒップホップのビートを感じさせる。だから原題“The Force”をそのまま日本語にした邦題が『“ザ”・フォース』でなく、『“ダ”・フォース』なのだ。

そう思っていたら、やはり主役のマローンはジャズよりもラップを、ヒップホップを好む男だと描かれる。彼の生きている世界には抒情よりも本音をぶつけてくる攻撃的な音楽が似合うからだ。

ノース・マンハッタンで王として君臨する“ダ・フォース”の面々。その王たちを仕切る王の中の王デニー・マローンは、悪人には容赦しない暴力を平気で振るうが弱者にはとことん優しい男で、上層部の弱みや市長に関しても脅迫の材料を持った、“顔役”である。9・11のツインタワー崩壊時に消防士だった弟リアムを亡くしている。

その彼の親友で“ダ・フォース”の一員であるフィル・ルッソは幼い頃から兄弟のように共に生きてきた男だ。お互いに人生の節目には相談し合い、そして支え合った魂の友。リアムが亡くなった時も真っ先に崩れ行くツインタワーに駆け付けて捜し出そうとした男。死に目に遭ってもマローンにはルッソが、ルッソにはマローンがいるから死なずに済んだ。そしてお互いのためなら命を惜しまずに捨てることが出来る、強い絆で結ばれている。

ビッグ・モンティことビル・モンタギューもデニーとフィルが絶大の信頼を置く、巨躯の黒人刑事だ明晰な頭脳を持つ、大学教授然としたエリート風の服装を好む男。しかしプライヴェートでは息子と妻を愛する良き家庭人だ。

もう1人のメンバー、ビリー・オーことビリー・オニールはチーム最年少だが、動きは敏捷でガッツもある恐れ知らずの男。しかし犬が大好きだった彼は麻薬ディーラーへの手入れの際、犬がいたためばかりにピットブルを殺すことが出来ず、傷だらけの顔にヘロインを浴びてそのまま殉職した男。彼には妊娠した未婚の妻がおり、マローン達が妻と一緒に面倒を見ている。

そんな彼らは決してクリーンではない。先の事件で大きな話題となったドミニカ人麻薬組織の親玉ディエゴ・べニーナから押収した100キロものヘロインと駄賃ついでにせしめた300万ドルを等分して着服している。彼らにとって何かあった時の担保として隠し持つようにしたのだ。

更に彼らは賄賂は受け取らないが、ヤクの売人の上前をはねたりはする。我々にとって悪人からお金をもらっていることには変わりはないが、彼らにとっては賄賂を貰うことは下請けになることで、上前をはねることは支配する側であることの違いがある。

前述したようにデニー・マローン率いる“ダ・フォース”は社会の毒を浄化するための毒だ。必要悪とも云える。
濃度の高い酸は濃度の高いアルカリでないと中和できない。それはどちらも人体にとって毒となる。それが彼ら“ダ・フォース”だ。

彼らには法を超えた法がある。単に悪人を逮捕するだけではダメなのだ。
彼らが相手にしている悪は道徳的観念に欠けた正真正銘のワルばかりだ。無学でヤクを売りさばくことでしか、人を安い金で殺すことでしか生活できないチンピラから、商売敵、無能な部下、いや有能すぎて自分の地位を虎視眈々と狙う部下を疑い、殺すことでしか生きていけない無法のディーラーたちこそが彼らの相手。そんな人の命をクズとしか思わないやつらに道徳は通じない。

だから彼らは逮捕した時に徹底的にボコボコにする。顔の形が変形するほどに。そうしないと舐められるからだ。なんだ、逮捕されてもこの程度か、と。全然大したことないな、と。

“ダ・フォース”の面々が生きる世界は力こそが正義であり、そして治安のみならず自分の身を護る鎧なのだ。そんな世界をウィンズロウは色々なエピソードを交え、語っていく。

だからまたこの“ダ・フォース”の仲間たちは警察バッジを持ったマフィアのように描かれる。“ザ・カルテル”で描かれた麻薬カルテルファミリーたちを語る雰囲気と彼らのそれはほとんど同義だ。
しかし唯一違うのは彼らがそんな力で制する正義を誇示しながらも、一方で悪のために亡くなった人々を哀しみ、そして正義を守るための暴力がマスコミに槍玉にあげられないか、細心の注意を払っているところだ。自分の法律、流儀に従い、街を守る彼らを街の住民たちは褒め称えるが、その方法が過剰すぎると上層部やマスコミ、政府のお偉い方達は眉を潜め、しっぽを掴もうとする。FBIは警察の不法な取り締まりに対して目を光らせ、いつでも手ぐすね引いて挙げようと狙っている。

マフィア、麻薬ディーラーといった外部の敵と、上層部、マスコミ、FBIと内部の敵。
“ダ・フォース”は無敵に見えて実はとんでもない敵と常に戦っている。

『ザ・カルテル』の時も衝撃を受けたが、本書でも冒頭で5ページに亘って警察官の名前が連ねられている。それはウィンズロウが本書を執筆中に亡くなった警察官の名前である。
これほどの警官が命を落とすアメリカ。アメリカでは警察官になることは戦争に行く兵士同様、いつ死ぬか解らない命を賭けた職業であることがまざまざと見せつけられる。

それを裏付けるかの如く、本書には実に荒んだ現実が次々と述べられる。

コナリーのハリー・ボッシュシリーズでも取り上げられた黒人の不当逮捕と過剰暴力を振るった警官が無罪放免になったことで、街中が警官の敵になったこと。440人もの警官が殺害され、しかもそれには9・11で犠牲になった警官の数は含まれていない。

警察官は被害者に同情し、犯人を憎む。しかし憎しみすぎるとほとんど犯人と変わらなくなる。
やがて2つに分かれる。
被害者を守れなかった自分を責め苛むか、被害者に対して憎悪するようになるか。
無防備すぎる、弱すぎる、みなクソ野郎ばかりだ…。

肥大化する麻薬ビジネス撲滅のために麻薬ディーラーに潜伏する囮捜査官たちは次第に自身がヤクに溺れるようになる。

ジュリアーニ市長によるニューヨーク浄化政策により、マフィアが一掃されそうになった時に起きた9・11事件。その瓦礫撤去工事に絡んでいたマフィアが法外な費用を吹っかけ、それを資金にしてマフィアが復活する皮肉。

そんな国だからこそ、警察もクリーンなだけでは太刀打ちできないのだと、安全にはコストがかかるのだとマローンは述べる。それを裏付けるのが冒頭の犠牲になった実際の警察官の名前たちだ。

しかし毒はどんな理由であっても毒に過ぎない。

これは王の凋落の物語。
しかしその王は汚れた血と金でその地位を築き、恐怖で支配していただけの王だった。従ってその恐怖に亀裂が入った時、堅牢と思われた牙城は脆くも崩れ去る。

デニー・マローン達は確かに正義の側の人間。彼が取り締まっていたのは通常の遣り方では捕まえることの出来ない者ども。
しかし上にも書いたように、ただ捉え方が違うだけで実質的にはやっていることは同じ。同じ穴の狢だったのだ。

それからの展開は非常に辛い。最高の、そして最強のチーム“ダ・フォース”は分解をし始める。

昨日の友は明日の敵。友情は厚ければ厚いほど、裏切られた時の失望と怒りもまた深い。
作用反作用の法則。命を預けられるほどの信頼で結ばれた仲間の絆は深く、そのために絆が剥がれる時、お互いの命を蝕むほどに根深く、そして傷つけるのだ。

やはり悪い事はできないものだと思いながらも、それまでどうにか切り抜け、ネズミになりながらも矜持を失わないように踏ん張るマローンを応援する自分がいた。
そして彼が自分の悪行を悟って初めて彼もまた悪人である、毒であったことを知らされた。つまりはそれまで彼らの悪行を正当化するほどにこのデニー・マローン初め、フィル・ルッソ、ビッグ・モンティ、デイヴ・レヴィンの面々が魅力的だったということだ。

いやそれだけではない。

汚いことをやりながらもマローン達は自分たちの正義を行ったことだ。マローンはこの町が大好きで、人を愛し、空気を、匂いを愛したのだ。だからこそどんなことをしてでも町の平和を護ってやる、それが王の務めだと思っていたからだ。

後悔先絶たず。そんなことはいつも自分の心を隙間を突かれて堕ちていく人間が最後に行き着く凡百の後悔の念に過ぎず、謂わば単なる言い訳である。
しかしそんな弱さこそがまた人間なのだ。

作中、マローンの恋人クローデットがこんなことを呟く。

「人生がわたしたちを殺そうとしている」

生きると云うことは苦しく、厳しいものだ。いっそ死ねたらどんなに楽か。
本書では登場人物たちの生死によってその後の運命を見事に分っている。

悪行の報いと云ったらそれまでだろう。自分たちだけの正義を貫き、まさに生死の狭間に生きている警察官という仕事。そんな彼らに対する待遇が恵まれていないからこそ、このような負の連鎖に陥るのだ。

悪い事をしている奴らが使いきれないほどの金を持っており、一方それを捕まえる側は子供の養育費でさえヒイヒイ云いながら賄っている、この割の合わなさ。

そんな現実が良くならない限り、この“ダ・フォース”達は決してなくならないのだ。

それでも自分の正義を信じて生きていく彼らはまさに人生の殉教者。

いや警察官だけではなく、我々にも当て嵌まるこの言葉。
我々は生きているのか生かされているのか。今自分の足元を見て、ふとそんなことを思った。

人種の壁、どんどん町に蔓延る大量の麻薬、捕まえても捕まえても次々と出てくる大物麻薬ディーラーたち、そしてディーラー間の抗争。

ニューヨークの、いやアメリカの平和は少しでも衝撃を与えれば壊れてしまう薄氷の治安とバランスの上で成り立っている。そんな現代の深い絶望を感じさせる異色の警察小説だった。

そして私の中に流れる音楽がヒップホップからいつしか胸に染み入るバラードへと変わっていたことに気付いた。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

肉食系お巡りは、いかにして悪徳警官になるのか

ニューヨーク市警のヒーロー警官を主人公にした長編警察小説。警察にとって、行政にとって、司法にとって正義とは何かを問いかける熱い物語である。
ニューヨーク市警で絶対的な評価を得ている特捜部「ダ・フォース」のリーダー・マローン部長刑事。麻薬や銃による犯罪捜査で次々に成果を上げ、市民からの信頼が厚く、ヒーローと崇められていたマローンが、汚れた刑事として拘置所に入れられたのはなぜか。街の現場を歩く警官が何を考え、何に傷付き、何を誇りとしているのかを丁寧に追いかけ、清濁併せ吞む壮大な物語に仕上げたヒューマンストーリーであり、スティーヴン・キングの「ゴッドファーザーの警察阪」という評価がぴったりだ。
文庫本1000ページ近い超大作だが、最初から最後までゆるみが無く、どんどん引き込まれていく。警察小説、犯罪捜査物語、ノワール小説などというジャンル分けを超えた傑作として、すべての現代ミステリーのファンにオススメだ。

iisan
927253Y1

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