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毒ガス帯



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【この小説が収録されている参考書籍】
毒ガス帯―チャレンジャー教授シリーズ (創元SF文庫)

毒ガス帯の評価: 4.00/10点 レビュー 1件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(4pt)

ホームズ譚の緻密さと対照的なトンデモ科学の短編集

『失われた世界』で登場したチャレンジャー教授のシリーズ2作目はいきなり人類滅亡の危機に見舞われる。なんと全ての生命が絶命する毒ガス帯に世界が覆われるのだ。チャレンジャー教授の機転で酸素ボンベで生き長らえた一行が直面するのは全てが死に絶えた世界。まさにデストピア小説だ。

毒ガスが一様に世界を撫でた後に残されたのは生きとし生ける物が横たわった死の世界。ドイルはそれぞれの死にざまを描写しながら人類の営みとは何と呆気なく、不安定なバランスの上で成り立っていることを述懐する。
今回の有毒なエーテルが地球を通過した事に対して人間とは何と無力であったことか、世界を支配しているかと過信していた人類の存在のなんとちっぽけなことかと思い知らされ、決して敬虔さを失ってはならないと教訓を説く。人間の驕りに対する警告の小説とみるべき作品だろう。

続く「地球の悲鳴」はチャレンジャー教授が大いなる地球にちっぽけな人間の存在を知らしめるために、ボーリング技師を招いて地殻を突き破り、地球の深淵に触れるプロジェクトを描いた作品。

単純にこれは誰もが子供の頃から疑問に抱いている「地球の真ん中には何があるのか」という疑問にドイルなりの解釈を披露した作品と云えるだろう。

最後の「分解機」は男とチャレンジャー教授が対峙する話。
今回は博識の名声高いチャレンジャー教授が珍しく狼狽える、驚愕の発明が登場する。原子レベルまで物体を分解してさらに再生する事の出来る分解機だ。


チャレンジャー教授物は初めて読んだが、これはドイルの芳醇な空想力が遺憾なく発揮されたトンデモ科学読み物とでも云おうか、本書はドイル自身が愉しんで書いているような節のある作品が収録された作品集である。

「毒ガス帯」は当時のイギリスの小説、特にミステリに対する人々と作者の捉え方が散見されて実に興味深く感じた。

例えば毒ガス帯の接近に対して警告したチャレンジャー教授は知己の友人に酸素ボンベを持参するように忠告するが、いざ毒ガスが来るとそれら友人たちと自身及び夫人たちが部屋に立てこもって酸素を共有するが、その一方で窓からゴルフに興じる人々や赤ん坊を抱いた夫人が毒ガスによって斃れる様を淡々と観察するという傍観者の不気味さがここにはある。特にお抱え運転手のオースティンが自分の屋敷の庭でそのまま息絶えるのを黙って見ているどころか、炭鉱のカナリアのように実験体としてその死にゆくさまを冷静に観察する薄情さに驚かされる。
これはやはり下僕と知識人の身分の違いが当時色濃く残っており、下僕は救助の対象にはならない上流階級の冷たさがその当時は至極当然だったことがこのエピソードから読み取れる。

さらに夥しい数の死者を目の当たりにして登場人物の1人が、胸に穴をあけられて殺された男を見るとその個人に対して胸がむかつく思いがするが、数千、数万単位の死者となるともはや1人の人間ではなく、集団の塊になり、特定の人間の死として捉えることが不可能になると述べる。
この件は笠井潔氏が唱えた「大量死理論」を裏付ける文章であり、やはり戦争による大量死で人の死に対する感覚が麻痺しているからこそ、人の死に注目が集まるミステリが生まれたことの裏付けのように思えた。

さらに「地球の悲鳴」では宇宙のエーテルを地球は内部に注ぎ込み、活力を得ていると教授が持論を述べ、また「分解機」でもエーテル波が引き合いにされる。
とにかく当時はこの光が伝播するための媒質だと思われていた物質が小説家の想像力をたくましくさせ、勘ぐれば全てのトンデモ理論はエーテルを引き合いに出せば信憑性が増すと信じられていたのだろう。特殊相対性理論などで21世紀の現代ではもはや廃れた理論であるだけに隔世の感があった。

とにもかくにもアイデア自体はやはり一昔、いや二昔前の空想物語であることは否めない物の、書きようによっては物語としてはもっと広がりが出来たように思え、導入部の衝撃に比べて結末が尻すぼみであるのは勿体ない。
最も長い表題作は地球上の全ての生命が死に絶えた世界を舞台にドイル自身が展開を持て余したようにも思える。唯一一番短い「分解機」が皮肉な結末と物語として成立しているくらいだろう。

しかしシャーロック・ホームズではホームズの観察眼と類稀なる推理力で実存レベルでの犯罪の謎を解き明かすのに対し、チャレンジャー教授では教授の破天荒な理論から物語が展開する趣向が取られている。
しかし繰り返しになるが物語としての出来はやはりホームズの方が上。チャレンジャー教授物は既にホームズシリーズ発表後の作品であったため、魅力的な謎を現実的な話に落とし込まなければならないミステリを書き続けるのにうんざりしたドイルがとにかく面白い思いつきを物語にしたくて書いた作品群ではなかろうか。それは物語のそこここに性急さが目に付くことからも判断される。
まあ、売れたからこそできる作家の我儘と捉え、好意的に読むこととしよう。


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Tetchy
WHOKS60S

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