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八月の博物館



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【この小説が収録されている参考書籍】
八月の博物館
八月の博物館 (角川文庫)
八月の博物館

八月の博物館の評価: 5.50/10点 レビュー 2件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点5.50pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

なんだか日記を読まされているかのよう

本書は単純な構成ではない。実は作者自身と思われる理科系作家が上野の国立博物館でフーコーの振り子に出会ったことから小学校の頃の不思議な体験を思い出しながら物語を綴るという入れ子構造的な作品となっている。その物語はその小説家が小学校6年生の夏休みに出会った不思議な博物館の思い出、そして実在の人物であるフランスの考古学者オーギュスト・マリエットを主人公とした歴史小説であり、この3つの話が交錯し、お互い共鳴し合うという凝った作りになっている。

また語り手である小説家はほとんど瀬名氏の分身であるようだ。従って、この作家の私の心情はそのまま瀬名氏の言葉といっていいだろう。自分の創作手法と編集者が求める物との齟齬、物語の創作と人を感動させる手法、そして小説論など小説家としての苦悩が色々書かれている。

そして作中の小説家が吐露しているように本書は瀬名氏が物語作家になることに挑戦した作品だと云える。

では瀬名氏の小説は物語ではなかったかというとそうではない。起承転結があり、登場人物もステレオタイプ的でありながらも善玉・悪玉がきちんと描き分けられていた。ただそれらは主題となる専門的な学術分野の内容をふんだんに盛り込んだプロットを軸にして、動かされていたような様があり、あくまで主眼は最新科学をベースにした自らのアイデアだったように思う。従って読者はその専門性の高さに半ば驚嘆し、半ば難解さに理解を放棄していたようだ。実際『BRAIN VALLEY』は途中で挫折した読者も多かったと聞く。

その事を作中の小説家の口を借りて、自身が目指していた感動とは一般の物語で得られるものではなく、論理への感動、技術への感動、概念への感動であったと述べている。つまりあるべき物があるべき姿で収まる事、その完璧な世界が映し出す美しさを瀬名氏は感動と捉え、それを自身の作風とした。

しかし本作ではその学術的内容は極力抑えられ、登場人物の心情描写や、行間から匂いや温度までが感じられそうな風景描写に筆が割かれている。その結果、本作は片やノスタルジー溢れるジュヴナイルでもあり、はたまた19世紀のパリの万国博覧会のシーンや発掘ラッシュの19世紀のエジプト、もしくは紀元前のエジプトを精緻に描いた歴史小説の貌をも持つ、多彩な作品となっている。

前後したが前に読んだ『虹の天象儀』は本書の刊行後に著された物であり、『虹の~』が一人称叙述で語られ、主人公の心情描写に多く筆を費やしていることからも、本書が瀬名氏にとって作風の転換期となった作品であると云っても過言ではないだろう。プロット・構成・人物配置など計算し尽くして創作された物語よりも、作者の制御を離れて作中人物が勝手に動き出す、熱を持った物語へシフトする事に挑戦したのだ。

とはいえ、やはりこの作家の持ち味であるテクノロジーに関する内容は従来の作品と比べれば少ないものの、きちんと織り込まれている。特に亨が遭遇する謎の博物館が持つ人口現実世界と名づけられたシステムは今で云う仮想空間世界を更に発展させた物であり、これが恐らく近い将来実現する物ではないかと思われる。そこに加えた瀬名氏の物語としての嘘、仮想空間を現実に近づけることで計算の域外で起こる「同調」という現象が本作の肝だ。この「同調」を利用して、悠久の歴史に埋もれた事実や遺産を復活させる事がこの博物館の主目的であり、それが物語のクライマックスへの呼び水となっている。

この科学を超越した現象は『BRAIN VALLEY』で取り上げた形態共鳴という不可解な現象が下敷きにあると思われる。単に知識として蓄えたままにせず、それを換骨奪胎して新たな超自然現象を想像するこの手腕はやはりこの作家の特質と云えるだろう。

一方で作中に織り込まれた小学6年生が初めて手にした創元推理文庫に対する思い、エラリー・クイーンやルパン三世、ドラえもんといった実在の固有名詞が郷愁を誘う。特に本作の舞台となる博物館は人工現実世界が現実世界の物と同調し、融合しているところなどはドラえもんのどこでもドアに代表されるひみつ道具の発想と非常に似通っており、非常に影響が強く感じた。実際、最後に藤子・F・不二雄へ献辞が書かれている。

野心的な作品であることは疑いないが、語りたい事、試したい事が多すぎたためにちょっと凝りすぎたか。誠に惜しい作品だ。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
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