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沈黙への三日間



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沈黙への三日間の評価: 3.00/10点 レビュー 1件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点3.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(3pt)

某大統領の扱いがかなり辛辣

1999年6月に行われたケルンサミットにおける米国大統領暗殺計画が本書のおけるメインテーマだ。この暗殺計画が作者の創作物か否かは判らないが、これをモチーフに女性暗殺者と物理学者の対決という図式を描き出した。
暗殺者は世界で一番厳重に警護されている人物の暗殺を依頼されたヤナことラウラ・フィドルフィ。表向きはIT企業ネウロネット社の若き女社長だ。しかし彼女は世界でも十本の指に入る凄腕のスナイパーだった。

彼女を雇うのはテロを生業にしているプロのテロリスト、ミルコ。

片や彼らテロリストを迎え撃つのはノーベル賞候補になっている物理学者リアム・オコナー。長身で誰もが振り返る容姿を持っていながら、頭の中は常に物理や化学のことにとり憑かれていて、突然奇行を始める危うさを持っている。
さらに彼のパートナーとしてオコナーの本をドイツで出版している会社に勤める広報係の女性キカ・ヴァーグナーがオコナーとのロマンスで本書に色を添える。

物語はPHASE1から4まで分かれており、PHASE1でまずミルコとヤナのテロリストのパートとオコナーのパートが交互に語られる。前者はプロの殺し屋の緊張感に満ち、また民族主義が抱える社会的問題なども交えて語られる重苦しい内容であり、後者はオコナーの奇行に振り回される出版社のキカとクーンの2人というコメディタッチの内容と陰と陽が交互する。
しかし注意が必要なのはこの2つの物語の時制が違うことだ。
テロリストのパートは1998年の12月から語られ、オコナーのパートは1999年の6月、ケルンサミットの開催日の前後から語られる。
つまり一方はテロを起こすゼロ時間へ向かい、もう一方はそのゼロ時間付近にいるのだ。最初はこの時制の違いに戸惑いを覚え、時制を混同することしばしばだった。導入部としてこの方式は物語世界に没入するのに支障になった。

この時間軸をずらして書かれるパートはPHASE1のみで後は暗殺計画とオコナーたちの身の回りに起こる出来事が並行して語られる。
読後の今、この手法が何の効果をもたらしたのかは解らない。単純に混乱を招いただけのように今は思う。

本書の帯に書かれていた惹句「女暗殺者VSノーベル賞級物理学者」という構図から想像されるのは緻密な暗殺計画を論理的思考にて解き明かすという天才的頭脳を駆使した計画の看破と駆け引きを期待したが、上巻の400ページを過ぎたあたりで解るのは、単純にアイルランド人である物理学者オコナーがかつて政治活動を一緒にしていた同僚をサミットの開催が明日に迫った空港で発見することからテロの疑惑が巻き起こるというものだった。
つまりこれだとテロリストの相手役は物理学者である必然性はないのだ。なんとも期待感を裏切るような展開だ。

しかし下巻の200ページあたりでどうにか期待外れ感は幾分か解消される。光を減速させる原理でノーベル賞候補になったオコナー、つまり光学の権威である彼だからこそテロリストの暗殺方法に気付くことが出来たという必然性が生まれる。

シェッツィングの小説はしばしば取り上げるテーマについてかなりのページを割いて語られるのが特徴だが、本書ではこの兵器の技術や専門知識についても相変わらず詳述される。それはあまりに専門過ぎて読者の理解度を考慮することなく、滔々と語られる。理解できない奴はついてこなくてもよいと云っているかのようだ。

またテロリストとの戦いを描いているがゆえに政治的問題についても語られる。彼は登場人物たちの口を借りて前世紀末から現在に至るまでのヨーロッパが抱える問題について様々な意見を述べている。
特に世間ではほとんど注目されないコソボ紛争について書かれているが、非常に主張が強すぎて読書の興を殺いでいるのが難点だ。
単なるスリルとサスペンスとアクションに満ちたエンタテインメントに留まらず、問題提起をして読者に何らかの意識を植え付けるという制作姿勢は買うものの、今回は逆に物語のスピード感を奪ってしまい、読む側にしてみれば退屈を強要してしまっているのが残念だ。

特に本書は果たしてこれだけのページを費やす必要があったのか、甚だ疑問だ。
とにかく無駄に長いと思わされるエピソードが多すぎるのだ。それぞれの政治的主張や主義を盛り込みつつ物語はクリントンやエリツィンら各国の政府要人が訪れるサミット当日、ゼロ時間へ向かっていくが回り道が多すぎて物語の加速度を減じている。特に主人公となるオコナーと彼の見張り役であるヒロインのキカ・ヴァーグナーの話が長すぎて辟易した。

そんな知識や薀蓄の中には非常に興味深いのもある。
例えば大統領のアドリブに対する周囲のスタッフの用意周到ぶりだ。よく芸能人がわがままで例えば冬に柿が食べたいので用意しろなどと無茶をいい、冬に柿を探してADが奔走するなんてシーンがあるが、大統領の側近たちともなると、あらゆる大統領の予期せぬリクエストや我侭を想定して準備をしておくというのだから恐れ入る。云うかもしれないし云わないかもしれないその我侭のために訪問先を事前にリサーチして、そこの主に大統領が来るかもしれないが他言しないようにと含み置きしておく。多分心理学のエキスパートもスタッフにいるだろうから出来るトラブルシューティングだ。

また本書では1999年当時の世界の首脳陣が実名で登場する。
英国のブレア首相、ロシアのエリツィン大統領にドイツのシュレーダー首相にフランスのシラク大統領。日本は小渕首相(懐かしい!)だ。そしてアメリカはクリントン大統領。
この中でも渦中の人物クリントン大統領に関しては小説の一登場人物として詳細に語られる。彼の性格や政治的手腕、当時彼が周囲の政治家にどのように思われていたのか。これがけっこう辛辣な内容を孕んでおり、作者は本人にあらかじめ許可をもらったのかと不安に駆られる部分があった。当時スキャンダルとされていたモニカ・ルインスキーとの情事についてもここでは語られるし、さらには彼の陰部に纏わる持病(ペロニー病という陰茎が極度に湾曲して勃起する病気)についても暴露される。既に20年近く前の出来事を今更蒸し返さないでもと思わんでもない。よく出版できたなぁと感心した。

しかし相変わらずの情報過多ぶりで引き算の出来ない作家だなぁというのが読後の感想だ。正直に云ってこの手の暗殺謀略物はストーリーは定型化されているので、後はどう語るかが鍵となる。
私の好きなバー=ゾウハーならばこの半分以下の分量でもっと起伏に富み、ミステリマインドに溢れた作品に仕上げてくれるだろう。
訳が悪いのかもしれないが、いまいち物語に没入できないところも相変わらずである。今回も残念ながら徒労感を覚える読書だった。


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Tetchy
WHOKS60S

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