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リヴィエラを撃て



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リヴィエラを撃ての評価: 8.00/10点 レビュー 2件。 Bランク
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No.1:
(7pt)

謀略のダンスに踊らされた哀しき人々の物語

髙村薫氏は前作『神の火』で元原発技術者でスパイだった男、島田を主人公に原発襲撃を企てるクライムストーリーを描いたが、本書ではとうとう本格的な国際謀略小説を書いた。《リヴィエラ》というコードネームを持つ白髪の東洋人を巡るIRA、MI5、MI6のみならずCIAすらも加わってくる一大謀略小説だ。

物語の冒頭、日本の汐留インターで転がっていたIRAのテロリスト、ジャック・モーガンの死体、その事件前に見つかった東洋人女性の射殺体と、その直前に警察に入った女性の声でジャック・モーガンが捕まり、リヴィエラに殺されるとの一報から警視庁外事一課、手島修三がこの事件を捜査が始まる。

しかし物語はそこから様々な国の諜報機関が追う謎の人物リヴィエラの捜査に向かうのではなく、手島がかつてイギリス大使館時代にリヴィエラを通じて知り合ったスコットランド・ヤード副総監のジョージ・F・モナガンの手紙を辿るように、このIRAのテロリスト、ジャック・モーガンの生い立ちへと飛ぶ。

ジャック・モーガンの一生はリヴィエラという名の殺し屋との戦いに費やされたといっていいだろう。しかし彼は父親の仇であるリヴィエラに憎悪の炎を滾らせているわけではない。彼は自分が生きていくためにIRAのテロリストとなり、いつしか自分の存在意義を確認するために人生の目標をリヴィエラを討つこととした人間だ。

従って彼は父親を喪いながらも打倒リヴィエラを鼓舞しながら一流のテロリストとして日々腕を磨く復讐の鬼ではなく、同じくIRAの工作員だった父親の血を持つためか、持って生まれたテロリストの資質に気付いていくのである。どことなく冷めたテロリスト、それがジャック・モーガンの印象だ。

しかし彼は冷めていながらも最後の詰めで秘めていた感情が迸り、ミスをする。暗殺の任務で仲間だった1人が重傷を負い、足手まといになるので殺さなければ自分も捕まり、ましてやそのままにしては情報が漏洩するというテロリストの鉄則を、その仲間が昔親しかったピアニストと同じ目の色をしているというだけでそのまま放置してしまい、その後の任務に支障をきたし、自らがスコットランドヤードで指名手配され、IRAのテロリストから落伍する憂き目に遭う。

その後もCIAに雇われ、《リヴィエラ》をおびき出すためにIRAの残党の暗殺を頼まれる殺し屋になるが、任務は果たすものの、友人のピアニストとの再会で衆人環視の中で派手な殺人を犯し、逃亡の身となる。

子供の頃から愛を誓った女性ウー・リーアンとの平穏な暮らしを望み、それが目前まで迫りながら、その直前で自分の感情にほだされて行動する衝動が捨てきれない若さ、ナイーヴさを持つ男なのだ。

そんな流転する人生だから、しばしば彼は自分の存在意義を見失う。唯一のよすががウー・リーアンなのに破滅的な行動でいつも手の先から滑り落ちてしまう代わりに彼が見つけたよすがこそが父親を殺した《リヴィエラ》という白髪の東洋人。
そう彼が、自分が何のために生きているかを常に確認するために追い求める存在が《リヴィエラ》なのだ。

物語の中心は《リヴィエラ》という白髪の東洋人とだけが判明している謎の人物である。しかしこの謎の人物は姿を見せず、この殺害されたジャック・モーガンの、死に至るまでがメインに語られる。
つまり彼の死から始まるこの物語は詰まるところ、主人公の死から始まる物語と云っていいだろう。東京の高速で見つかった異国人の波乱万丈の人生に昔彼に関わった男がその過去へと踏み込んでいく。《リヴィエラ》という名を手掛かりにして。

複雑に絡み合った人物相関。それらは最初には明かされず、上に書いたようにジャック・モーガンの生い立ちに沿って現れてくる数々の登場人物がジャックに語ることで次第に明らかになってくる。

まずジャックの父親イアン・パトリック・モーガンはIRAのテロリストであり、彼は《リヴィエラ》の画策によってベルファストに亡命してきた中国人ウー・リャンを爆殺する。

この暗殺があらかじめ仕組まれた物だと気付いたイアン・パトリック・モーガンは息子を連れてベルファストを離れ、息子を義兄夫婦の許に預け、自分はパリでの潜伏生活に入るが、《リヴィエラ》によって殺害される。

IRAベルファスト司令部参謀本部長ゲイル・シーモアはこの仕組まれた暗殺とその後のイアン・パトリック・モーガンの殺害に《リヴィエラ》と通じていると思しきノーマン・シンクレアに疑いの目を向けるが、彼は白をきり、そしてゲイル・シーモアはジャックの伯父による密告で逮捕される。

ウー・リャンは中国政府のある秘密の資料を持っていた男で彼は香港のイギリス領事館にいた時、そこに居合わせていたのは世界的ピアニストでMI6のスパイでもあるノーマン・シンクレアと彼の音楽活動のマネジメントをしている《ヘアフィールド・プロモーション》のオーナーであり、しかも同じくMI6のスパイであるダーラム侯エードリアンの2人。

そしてダーラム侯の妻レディ・アン。中国人女性である彼女はかつて2人が愛した女性。しかし彼女は中国のスパイ。ダーラム侯は彼女と結婚することで自らの人生を棒に振った。

ウー・リャンの姪リーアンはジャック・モーガンが幼い時から好きだった女性。そして東京で偽名を使って恵比寿のアパートに住んでいたが、何者かによって殺される。

CIA職員の《伝書鳩》ことケリー・マッカンは中国と台湾の事情にCIAの中で最も詳しい人物。彼は自分の父親が《リヴィエラ》の工作の援助をしたという事実を知った時から《リヴィエラ》の正体を探ることに執念を燃やす。そのためには手段を選ばず、IRAのテロリストであろうと手を組み、姿を現さない《リヴィエラ》を炙り出そうと躍起になっている。

スコットランドヤード警視監ジョージ・F・モナガンはジャック・モーガンが起こした数々の事件を警察側から追う人物。MI5、MI6それぞれの強者とやり合いながら、IRAのテロリスト、ジャックを捕まえようと躍起になっている。

MI5職員のキム・バーキンは元スコットランドヤードの警官でモナガンの部下だった男だ。優秀だった彼はしかしテロリストのアジトを襲撃した事件で、アジトにいた少女の目の前で敵を射殺し、自分も重傷を負い、その事件で少女が精神病院に送られた。その事件が大々的にマスコミに取り上げられ、その責任を負う形で警察の職を辞した男。その後MI5にスカウトされ今に至るが、妻との関係も冷え切り、夜な夜な酒を飲み歩く虚無な日々を送っている。

その上司M・Gは最も得体のしれない男だ。親しみやすい風貌と仕草にも関わらず、全てを見通す“眼”を持っている。彼はモナガンとも親しく、そしてCIAのケリー・マッカンとも親しい、実に食えない男である。

そんな海千山千の諜報のプロ達が追う《リヴィエラ》の正体は物語半ばで明かされる。
田中壮一郎。かつてワシントンの日本大使館参事官だった男。今は大学教授をしている老人こそが長年追い求めていた《リヴィエラ》だったのだ。

しかし当時中国の機密文書に関与したダーラム侯とシンクレアが事の真相を話すと、それまで幾人もの人々が追い求めていたこの男よりも手島や《リヴィエラ》に古くから接触してきたMI6職員の《ギリアム》の強かさが立ち上ってくるのだ。

髙村氏の描く諜報の世界で生きる者たちは物語当初は第三者の目を持って物事を見つめ、決して主体的になるわけではなく、覚めた視座で物事を見、分析をする、そんな冷静冷徹な様子を醸し出している。平常心を保つために、ある者はユーモアを常に持ち、またある者は折り目正しい姿勢を保ち続ける。

しかしそんな男たち女たちも人間であるかのように次第に感情を露わにしてくる。
露わにしてくるといっても、彼ら彼女らは決して本意を悟られないように表に出さない。表面は凪いだ海のように平静を装いながら、心中は嵐のように波立たせて。

友情、そして愛情。諜報の世界に住む人々にとって決して抱いてはいけない人間的感情だ。しかし彼らは正気を保つためにそれを大事にする。

読んでいくうちに結局彼らが諜報の世界に生きているのはひとえに誰かを愛し、また慕うがゆえに逃れられない楔のような宿命を背負った代償であることが解る。
深く入り込んでしまった関係は秘密を共有するようになり、それが自身の運命すらも絡み取られてしまい、気付いた時にはどっぷり諜報の世界という沼に嵌り込んでしまってもはや抜けられなくなってしまっているのだ。

特にジャック・モーガンは不思議な雰囲気を湛えた人物だ。彼と関わり合った人物は決して状にほだされず、理で以って行動しなければならない諜報の世界で生きる人たちがどこか放っておけないと思わせる。
テロリストとして殺し屋として凄腕の殺人技術を持ち、何人もその手で屠り、血にまみれていながら、ピュアな部分を失わないジャック・モーガンは彼らが無くしてしまったものを持っているからこそ、心を、感情を動かされ、それまで思いもしなかった行動に出させるのだ。

IRAのボスだったゲイル・シーモアはテロリストを辞めたいという彼に恩赦を与える形で粛清せず、両足に2発銃弾を見舞えただけで彼を解雇し、その後彼を殺し屋として雇った《伝書鳩》ことケリー・マッカンはジャックが自分の想定外の行動を取り、その都度自身の計画を狂わせていくのに、なぜか彼と行動を共にする。それまで培ったキャリアでも見通せない性格、心情を持つ、若きテロリストに魅かれる自分がいることに気付くのだ。

ノーマン・シンクレアも元MI6のエージェントながら、まだテロリストに身を落としていない時のジャックに日がなピアノを聞かせていた蜜月の日々を思い出に、その後テロリストとなった彼にその時の純粋な面影、芯に残るピュアな部分を見出す。

スパイやエージェントたちが常に客観的に物事を見据え、死と隣り合わせの世界で生きていくために冷静を強いられるのは、逆に云えばプライヴェートな部分で冷静さをかなぐり捨てたがゆえに既に過ちを犯したことを教訓にしているからかもしれない。だからこそ任務で私情を交えた時、それは彼の諜報の世界で生きる人間の運命の終焉になるのだろう。

清濁知り尽くした諜報の猛者たちがジャック・モーガンと関わることで私情に囚われてはいけないという絶対的原則を侵し、身持ちを崩していく。

そして『神の火』でもあったが、男同士の酒を酌み交わしての語らう、手島、キム・バーキン、ダーラム侯、そしてシンクレアの時間の親密かつ濃密さ。
東京でのコンサートに現れた《リヴィエラ》の前で演奏したシンクレアが最後に彼の目の前に立って1本のユリの花と共に、最後通告を突きつけた後、宇都宮のホテルまで逃亡し、そこでそれぞれがお互いの立場を無くしてざっくばらんにそれまでのいきさつを話すのだが、その語らいのなんと和やかなことよ。
そこにいる4人はそれまでの諜報活動でのヒリヒリとした緊張感から互いに解放されて、本音を打ち明ける、血の通った交流がある。こういうシーンを女流作家である高村氏が書けるところに驚きを感じるのである。

またロンドンの市街を中心に舞台となる外国の描写が実に微に入り細を穿っており、驚く。髙村氏は取材せずに資料のみから想像して書くのが常だが、流石にこれらの町並みは実際に過去自身が訪れた場所らしい。
聖ボトルフス教会やシンクレアが中国人諜報員に拉致されそうになるミドルセックス通りの露天街の喧騒、郊外にあるダーラム侯の所有するスリントン・ハウスの田園風景、ドーヴァー駅の雰囲気どう考えてもロンドンの交通事情やその他イギリスの土地鑑など、その時の体験が存分に発揮されていて実に瑞々しい。

政府の政治原理に踊らされ、利用されていった人々が、愛情や友情に厚い人間臭さを持っていただけに、喪失感が殊更胸に染み入ってくるのを抑えきれなかった。

東京で起こった1人の外国人の死。そこから派生したのは72年に起きたある機密文書を巡っての中国、アメリカ、イギリス3国の攻防だった。その秘密のカギを握るとされていた白髪の東洋人《リヴィエラ》。

政治家、諜報機関はなんとも些末な事実を隠すために事を荒立て、多くの命を犠牲にしてきたのか。
そして恐らく21世紀の今も更に多くの国を巻き込んで、こんな不毛な命のやり取りを伴った諜報戦が繰り広げられているのに違いない。
髙村氏の作品は今回もまた私を憂鬱にさせてくれた。


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