■スポンサードリンク


Tetchy さんのレビュー一覧

Tetchyさんのページへ

レビュー数85

全85件 61~80 4/5ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
 閲覧する時は、『このレビューを表示する場合はここをクリック』を押してください。
No.25: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

幻は幻のままで

古くは古書店で原書と遭遇した乱歩が、他人が既に購入予定で採り置きしていたものを横取りしてまで読んで、大絶賛した本書。
早川書房のミステリベスト100アンケートで第1位を獲得した本書。
また「『幻の女』を読んでいない者は幸せである。あの素晴らしい想いを堪能できるのだから」と誰かが評するまでの大傑作、『幻の女』。
とうとうこの作品を読む機会に巡り合った。

内容は既に巷間で語られているせいか、特に斬新さを感じる事は無かった。また有名な冒頭の文、「夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった」に代表されるほどの美文は特に散見されなかったように思う。それはチャンドラーの文体のように酔うような読書ではなくクイクイ読ませる読書だったからだ。
しかし、当初思っていた以上にその内容は趣向を凝らし、読者を飽きさせないような作りになっているのは素晴らしい。

主人公が妻殺しの無実を証明するためにアリバイを立証する幻の女を捜すが、なぜか見つからない。ただこれだけの話かと思ったが、主人公ヘンダースンを取り巻く愛人、無二の親友が当日彼に関わったバーのバーテンダー、劇場の出演者などを執拗に探るが最後の最後で不慮の事故に遭い、徒労に終わること。これは何度となく繰り返されるプロセスなのだが、それぞれがアイデアに富んでいて非常に面白い。特に愛人のキャロルがそれら関係者の口を割らせるために執拗に付き纏う様はどちらが敵役なのか解らなくなるほど、戦慄を感じさせる凄みがあった。
そして死刑執行当日に訪れる驚愕の真相と犯人に仕掛けたトリックの妙。そして世界が崩れる音が聞こえ、理解するのに何度も読み返した。

やはり傑作は傑作であった。
しかし、私的な感想を云えば、最後に幻の女の正体が判る事は、蛇足だったのではないだろうか。幻の女は最後の最後まで幻の女であって欲しかった。
これが正直な感想である。

▼以下、ネタバレ感想
※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[] ログインはこちら
幻の女〔新訳版〕
ウィリアム・アイリッシュ幻の女 についてのレビュー
No.24:
(9pt)

こういう話に弱いんです

ある男のひと夏の燃えるような恋の物語。島田氏の青春グラフィティかもしれない。『異邦の騎士』然り、とにかくこういう話に弱いのが私。冷静に一歩引いて本作を観察してみれば、実は喜劇であるという事実に気付くのだけれども。

物語の流れとしては何とも都合のいい展開だなという印象が強い。気の弱いストーカーが冴えない手際で不器用に憧れの君と交際するようになるという展開からしてチープであり、何らかの捻りがあるのかとずっと疑念を抱いて読んでいた。
主人公がヤクザに絡まれ、傷だらけになり、それを謎の多い彼女が看病してメイクラブに至る。更に追っ手に捕まり、かつて夢中になったバイクを駆り、救出に向かう。極々使い古された手である。

困難の末に行き着いた真相は、主人公が可哀想になるくらい呆気ないものだった。ここで生じるのはなぜ彼女が家を飛び出して1人暮らしを始めたかである。

感傷的な島田氏の筆致は上のような陳腐さを頭で解っていても、心にはびしびしと響いてくる。
こういう作品を読むと、結局、小説とは斬新さがなくとも、技術で佳作・傑作が生まれるのだなぁと改めて思った次第。


▼以下、ネタバレ感想
※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[] ログインはこちら
夏、19歳の肖像 (文春文庫)
島田荘司夏、19歳の肖像 についてのレビュー
No.23: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

邦題は秀逸!

毎度の事ながら連休に差しかかった読書というのは運が悪く、本書も連休のせいで途中2日間の中断を経て読了した次第。だから真相は頭に入ったが、印象は薄い。
ともあれ、本書がピーター卿シリーズの主要登場人物の1人、ハリエット・ヴェインの初登場作ということで、確かCWAかMWAの賞を貰っていたはず。つまり、ここからがセイヤーズの本領が発揮されることになるのだろう。

しかし、今回の毒殺のトリックは現在に於いても画期的ではなかろうか?正に発想の大転換である。通常ならば“如何に被害者に毒を飲ませたか?”という命題は実はもっと正確に云えば“如何に被害者のみに毒を飲ませたか?”とかなり限定されることになる。そういった先入観を与える事を見越してのこの真相。

先ほど印象が薄いと述べたが改めて振り返ってみるとしみじみその発想の凄さに感嘆する。

▼以下、ネタバレ感想
※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[] ログインはこちら
毒を食らわば (創元推理文庫)
ドロシー・L・セイヤーズ毒を食らわば についてのレビュー
No.22:
(9pt)

いや、カッコいいゾ!ピーター卿

初めの方は読んでも読んでも全然頭に入らず、どうにもこうにもつまらないという感じだったが、後半辺りから何かしら事件の実態が見え始めたせいか、グイグイと惹き寄せられた。
黄金期の作家のデビュー作らしく、事件は至ってシンプルで、或る冴えない建築家の風呂場に見知らぬ死体が紛れ込んで、それがどうも行方不明になった富豪のものらしいがどうも違うらしいというのが大筋。一見何の変哲もない設定のように思えたがこれが実に練り上げられた設定だった。死体を殺人事件の被害者と見せかけることなく、処理する方法としてこんな方法もあるのかとそのロジックに感心した。

本来ならば七ツ星なんだろうが、このシーン(ネタバレ参照)で惚れた。単なる貴族探偵じゃないぞ、ピーター卿は!

▼以下、ネタバレ感想
※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[] ログインはこちら
誰の死体? (創元推理文庫)
ドロシー・L・セイヤーズ誰の死体? についてのレビュー
No.21:
(9pt)

ヴァラエティに富みつつ、中身の充実ぶりに驚く

本作は天藤版リーガル・ミステリ集とでも云おうか、9編中5編が法廷を舞台にしたミステリでそのどれもが傑作。
設定から結末まで一貫してユニークな「公平について」はもとより、中篇の表題作の何とも云えない爽快感。天藤真はシンプルな題名によくダブル・ミーニングを持たせるが本作もそれ。それがさらに効果を上げている。

そして「赤い鴉」、「或る殺人」の哀愁漂う結末。ドイルの短編「五十年後」や島田の『奇想、天を動かす』などに見られる膨大な人生の喪失感を思わせる深い作品となっている。特に後者は当時似たような事件があったのだろうか、行間から作者の肉体労働者に対する社会からの蔑視に対する怒りが沸々と湧き出てくるようだ。

意外だったのは最後のショートショート2編。これもまた佳作といえる小品だろう。しかしこういった人情法廷物が天藤のテイストと非常にマッチしているとは新しい発見であった。
まだあるのだろうか?ある事を切に願う。
雲の中の証人―天藤真推理小説全集〈15〉 (創元推理文庫)
天藤真雲の中の証人 についてのレビュー
No.20: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

本編がどんどん肉付けされていき、実に面白い

ラインハルトがまだミューゼル姓だった頃の、まだヤンが一介の大佐で本領を発揮する1年前の頃の話であるため、ごく初期に出演した面々がいくつか顔を見せ、こんな人物だったのかと想像を膨らまさせてくれる。
また後に中心人物の1人として活躍するロイエンタール、ミッテンマイヤーは勿論のこと、ビッテンフェルトやケンプ、そしてケスラーと錚々たる面々も現れ、非常に心をくすぐられる。

今回の中心はやはりシェーンコップと帝国軍に寝返った元上司リューネブルクとの関係にあるだろう。特にシェーンコップが若く、ヴァンフリート4=2星で図らずも軍の指揮を執るエピソードなど興味深い。こういった本編で語られなかった各登場人物の外枠の挿話、また知られざる登場人物間の相関関係を補完する事で物語としての深化を行い、正に外伝の長所を余す所なく利用している作者の手際に賞賛を贈る。
また本編では設定上語ることの出来なかったラインハルトとキルヒアイスとの関係が如何に深く、強いものであるかを説くのもこの外伝の本当の意義の1つであろう。

今回惜しまれるのはリューネブルクが何故斜に構えて人に接するかという理由付けが成されなかったこと。作者の狙いはリューネブルクと他の登場人物とを絡ませることで仄めかそうとしたのだろうが、成功しているようには思えない。寧ろ最終章の初めにエリザベートが兄を殺害するに至った経緯をケスラーがラインハルトに説明する節においてリューネブルクについても触れておれば性格付けの効果も大きかっただろう。非常に勿体無い(このエピソードで第6章のリューネブルクが妻に向ける台詞の意味が全く変わってしまうのが見事であるだけに本当に惜しい)。
銀河英雄伝説外伝〈3〉千億の星、千億の光 (創元SF文庫)
No.19:
(9pt)

この結末をどう思うかで評価が変わる。

巻措く能わず、とはこのことなのかと今回実感した。
いや、しかし、今回もなかなかに読ませる。プロット自体は特に斬新ではなく寧ろ地味なのだが、設定や登場人物の動かし方に匠の技が効いていて、350ページ弱を思う存分、愉しませてくれる。

今回の目玉はやはり5人の男に送られた妻からの殺人予告状でこれがどの誰を指すのか判らないという点が面白い。しかし作者はこのワンアイデアで最後まで引っ張るのではなく、130ページを過ぎた辺りであっさりと5人の内1人に絞り込むのだ。実はここからが天藤真の天藤真たる所以で、今まで微妙な利害関係で成り立っていた彼(女)らを1つの探偵チームとして機能させていく所がミソ。しかも各々の職業の特性を活かしながら。
私自身面白かったのはこの5人が抱えている問題がひょんな事件をきっかけに解決の方向に向かう所で、特に主人公格の羽鳥の妻との問題はサブストーリーとして○。

しかし今回はやはり第3部の存在、これが読者諸氏の感慨を非常に左右すると思われる。第3部は不要で第2部まででよかったのではないかという声と、いややはり第3部はこのストーリーの最後のどんでん返しとして必要だという声が当時あったのではないだろうか?
私は、と云えば…まあ、上の星評価で判断してもらいたい。
殺しへの招待 (創元推理文庫―天藤真推理小説全集)
天藤真殺しへの招待 についてのレビュー
No.18:
(9pt)

今回もその技巧を堪能♪

全く以って天藤真は素晴らしい。またも我々ミステリ・ファンを興奮させる趣向でもてなしてくれた。前回の感想で天藤ワールドの開幕を宣言したが、それが疑いなく証明されたことが本作で明らかになった。

今回は今までの三人称叙述から一人称叙述と、しかも少々ある種の緊張感を持った文体へ変え、新たな地平を目指しているのがまた頼もしい。題名はもう少しどうにかして欲しいというのが本音だが、内容は今までに比べ、結構ハードだ。何しろ題名のように7人もの死者が出るという虐殺劇である。
更に今回感心したのが狙われる主人公が筋金入りの色魔で大会社の社長であり、街の大権力者という読者に同情を許さない人物に設定した点にある。これが故に本来ならば悪人が最後に笑うというざらついた読後感を残す所を従来の天藤作品同様、一種の爽やかさを備えている点、脱帽である。

ただ贅沢な事を云えば、ここまでをしてもやはり星10個には届かない。『大誘拐』級の痛快さとかズドンと来る衝撃がなければどれほど巧みな設定であっても9ツ星止まりなのだ。ただやはり天藤作品はクオリティが高いのは心底痛感した。

皆殺しパーティ―天藤真推理小説全集〈5〉 (創元推理文庫)
天藤真皆殺しパーティ についてのレビュー
No.17:
(9pt)

もっとこの作家の作品を読みたい!

学生の時に読んだ『詐欺師の饗宴』の時にも感じたのだが、笠原作品の特徴は印象は地味ながらも忘れられない味わいがあり、なんだか人に紹介したくなる魅力を備えている。
本作も内容はやはり地味である。しかし、よく練られたトリック・プロット・ロジックが非常に人を飽きさせない。

題名にも梗概にもあるように本書の目玉は冒頭の3人のサンタクロースの内、1人が殺人を行っていることが明白にも拘らず、それが3人の内、誰かわからない、「2/3アリバイ」論にある。こういう地味ながらも無視できない魅力的な設定を軸に更に第2の殺人が、しかも同様のシチュエーションで起こる。
しかしこれこそが作者の仕掛けたレッド・ヘリングで、一見立証不可能に見えた犯罪が最後見事に真相へと結実するロジックの妙は実に味わい深い。
殺人の動機は非常に細い線ではあったのだが、大人になった今、十分説得力のあるものだと感心した。

惜しむらくは笠原作品が本作と『詐欺師の饗宴』以外に『詐欺師の紋章』しか上梓されていなくしかも『~の紋章』が未だに文庫化されていない事。新作も含め復活を望む。


▼以下、ネタバレ感想
※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[] ログインはこちら
仮面の祝祭2/3 (鮎川哲也と十三の謎)
笠原卓仮面の祝祭2/3 についてのレビュー
No.16:
(9pt)

心が痛くなる作品です。

奇想、天を動かす。
現在、島田荘司氏を語る時、「冒頭における幻想的な謎と最後におけるそれらの論理的解決。それが本格だ」という持論を証明すべく書かれたのが本書であり、そのタイトルがその意欲を物語っていると評される。
しかし、自分には今回最も苦慮したのがタイトルではないかと思えるのだ。
今回はとても痛い。老人が余りに痛いのだ。救われないのだ。
テクニックと云えばそれまでだが、やはり最後は微笑みたい。

▼以下、ネタバレ感想
※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[] ログインはこちら
奇想、天を動かす (光文社文庫)
島田荘司奇想、天を動かす についてのレビュー
No.15: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

直木賞獲っただけのことはある。

忙しい中で読んだにも関わらず、ストーリーがしっかりと脳裏に刻まれていく巧みなストーリーテリング。傑作!
無間人形―新宿鮫〈4〉 (光文社文庫)
大沢在昌無間人形 新宿鮫IV についてのレビュー
No.14: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

今なお続く刑事小説の金字塔

新宿鮫。
この強烈なタイトルを書店で見た時、興味が沸くとともにえげつなさを感じ、食指は伸びなかった。
その後、『このミス』を購入するようになり、そこで載せられていた過去のランキング作品で堂々の1位となっていたのをきっかけに俄然興味が沸いたのはミーハー心のなせる業。
評判に違わぬ面白さだった。いきなり怪しい雰囲気で始まるこの作品はぐいぐいと私を夜の新宿へと誘う。
そこは大都市新宿ではなく、混沌の街新宿。夜になると顔を変え、犯罪が蠢く街。
そこをキャリアながら一匹狼然として歩き、やくざたちにも一目置かれている新宿鮫。まさにその姿は鮫が悠然と大海を泳ぐが如く強い男と私には映った。
しかしそんな鮫島も窮地に陥る。そこに私は悲しみを覚えた。鮫島は恐怖を覚えない強い男であってほしかったからだ。
しかしそれはバイプレイヤー桃井を読者に印象付ける演出でもあった。
ロック歌手晶がこの時はまだ存在感を発揮していて、それがまたバブルの香りを彷彿させたりもする。シリーズが続くとこの晶の存在が次第に仇になってきて希薄していくのが悲しいが、この頃はまだそんな雰囲気はない。
とにもかくにも読むべき小説の1冊である。シリーズ10作+短編集が現在刊行されているが、11作目はまだ気配すらない。
手にしていない人はまだ間に合う。
読め。
そして浸れ。
新宿鮫 (光文社文庫)
大沢在昌新宿鮫 についてのレビュー
No.13:
(9pt)

全ては最後のために。

今この瞬間、7ツ星評価から9ツ星へと変わった。それはこの本の題名の真の意味が解ったからだ。
凄い!
久々のカタルシスである。
しかも本書が口述テープの体裁を採った理由もはっきりと解った。今にして思えば、こういう体裁を採る事が最も本書に相応しいのだ。

さて、内容は前2作のサンディ・スターンという敏腕弁護士とは打って変わって巨大法律事務所でいつ解雇されてもおかしくない凋落した弁護士が主人公として顧客の金を持ち逃げした弁護士を捜す物語。この主人公、実の息子や警察にオナニーを見られるほど、情けない。だがこうした自分を卑下する者の眼を通して捜査過程、また登場人物の掘り下げを行う事で、実は理想的な生活、何の支障もなく生活をしているかのように見えた各登場人物が実は自分と同じように何らかの影を我が身に落としているのだという事を、虚飾のヴェールを1枚1枚剥ぐように徐々に明らかにしていく。これは主人公がプライドを捨てているからこそ可能なことなのだろう。しかし悔しい事に、その内容を十分堪能するほどには、自分は成熟していない。何年か経て、再び本書を手に取るべきだろう。

最後の一行、「世の中には被害者しか存在しないのだ」これが本書の全てを語っている。

有罪答弁〈上〉 (文春文庫)
スコット・トゥロー有罪答弁 についてのレビュー
No.12: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

主人公が自虐的でなければ…。

これは掛け値なしの本物である。上手く云えないが、登場人物全てに嘘が無い。要するに、作り物めいた感じがしないのだ。
特に現職検事補であった作者の最大の長所を存分に活かした法廷劇は史上最高の知的ゲームであり、今までシドニー・シェルダンの諸作で読んだそれが所詮素人の手になるものでしかない事をむざむざと見せつけられた。正に圧巻である。
ただ惜しむらくは、ストーリー全体に通底する過度なまでのペシミズム、重厚というより陰鬱である。私はどうも苦手だった。
しかし次作が非常に楽しみである。
新装版 推定無罪 (上) (文春文庫)
スコット・トゥロー推定無罪 についてのレビュー
No.11:
(9pt)

吉敷竹史に血と肉が備わりました。

内容は純本格、文体はハードボイルド調と、実に島田荘司らしい仕上りになっている。
今回の目玉は2つ。
まずは吉敷物とは思えぬほどの超絶技巧を凝らした大トリックの殺人。とは云え、トリックの内容は後の御手洗物を読んでいる身にとっては十分予想のつくもの。ただそれを吉敷が解くというのが珍しい。
2点目はやや没個性的だった吉敷の個性、存在感がいつにも増して顕著だったこと。通子の存在が不屈の精神を幾度となく蘇らせ、熱い魂と言葉を持った存在にまで押し上げている。
北の夕鶴2/3の殺人 (光文社文庫)
島田荘司北の夕鶴2/3の殺人 についてのレビュー
No.10:
(9pt)

“職人”泡坂が丹精込めて作り上げた短編集

最近(とは云っても同著者の『ゆきなだれ』以来だが)触れていない純文学の香気に酔わせて頂きました。しかも日本の伝統工芸の職人の世界を基に繰広げられる恋愛物語ということで日本情緒溢れる芳醇さが堪らなかった。
それぞれの4作品に通底するのは、登場人物達の頑なまでのストイックさ。奔放な登場人物など1人としていず、それがまたぷんぷんと市井の暖かみを行間から立ち上がらせてくるのだ。
正に“職人”泡坂妻夫が丹念に織り込んだ短編集と云えるだろう。
折鶴 (創元推理文庫)
泡坂妻夫折鶴 についてのレビュー
No.9:
(9pt)

“怪物”は実に身近なところに潜んでいる。

これが噂の、という期待感で臨んだ本書。
冒頭の有名な一文から全てを聖ヴァレンタイン・デイの惨劇へと収斂させていく手並みは見事。日常の、本統に何気ないアクシデント、例えばTVの故障などが文盲であるユーニスにとって狂気へ駆り立てる一因となっていく事を実に説得力ある文章で淡々と述べていく。そして事件後の真相に至る経緯も、事件前に散りばめられた様々な要素が、単純に真相解明に結びつかない所が面白い。
運命を弄ぶレンデル、そして“怪物”を生み出したレンデルに拍手を贈りたい。
ロウフィールド館の惨劇 (角川文庫 (5709))
No.8: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

ミステリ風味の純文学

泡坂妻夫の美意識が詰まった短編集。
面白ければミステリというのが昨今の風潮だが、やはりこれは、泡坂なりの謎かけはあるものの、純文学と呼びたい。
収録作8編中、私は『雛の弔い』と『闘柑』を推す。前者の戦慄を覚える真相。人物造詣のための何気ない説明がこの結末の布石になっているのはミステリなのだが、でも私は純文学であると云いたい。また後者は小市民家族を描いた人生讃歌。総ての登場人物が活きているという稀有な作品。志賀直哉を想起させてくれました。
ゆきなだれ (文春文庫)
泡坂妻夫ゆきなだれ についてのレビュー
No.7:
(9pt)

名作の本歌取り!しかし主人公は…

この作品の原典であるライアルの『深夜プラス1』は未読だが、あまりに有名なのでほとんどが原典の本歌取りである事は解ったが、主人公が元相撲取りだなんて・・・。
ただ162cmといえば舞ノ海よりも小さいんですよ、シミタツさん!もっと人物設定練った方が良かったんではないか?162cm、80kgの主人公が超絶技巧のドライヴィングテクニックを持つ( ^艸^)。
気の利いた台詞も主人公を想像すると自然と笑いが出てしまう。でもそんなマイナス点があっても本書は実に面白い!
深夜ふたたび (徳間文庫)
志水辰夫深夜ふたたび についてのレビュー
No.6:
(9pt)

単純明快な男たちの闘いの物語

これも長らく絶版の憂き目に遭っている稲見氏の数少ない長編。

夜な夜な歴戦の猛者たちが集うパブ「パピヨン」。そこに現れたレッドムーン・シバと名乗る男がその中の4人の男に勝負を持ちかける。自分と戦って勝てば三千万円を支払うと。
その男達は己の強さと賞金のために勝負に乗り、シバの待つ山へと向かう。

本書はギャビン・ライアルの長編『もっとも危険なゲーム』の本歌取り作品。
勝負に挑む男達はそれぞれ手裏剣の名人、射撃の名手、怪力を誇る元レスラーと、実に戯画化された人物たち。
ブルース・リーの映画にもなっていそうな設定で、この手の内容に荒唐無稽さを感じ、のめり込めない人には全くお勧めできない作品。
しかしこれほどシンプルな設定も昨今では珍しく、確かページ数も300ページもなく、すっと読めるのが特長だ。つまり色んなことを考えずにただ目の前に繰り広げられる戦いの物語に身を委ねるのが正しい読み方といえよう。
一応それぞれの登場人物の行動原理、人生哲学、生い立ちなども書かれており、ただの戦闘小説に終っていないとだけ付け加えておこう。
個人的にはこの手の物語は大好き。映画化されてもいいくらいのエンタテインメント性があるので、ひそかに期待しているのだが。

ソー・ザップ! (角川文庫)
稲見一良ソー・ザップ! についてのレビュー