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Tetchy さんのレビュー一覧

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レビュー数889

全889件 701~720 36/45ページ

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No.189:
(7pt)

とりあえず静観

セリフとキャラクターの勝利。事件は大味だが、今後に期待しよう。
魔天楼 薬師寺涼子の怪奇事件簿 (講談社ノベルス)
No.188:
(7pt)

面白いだけに惜しい!

カー作品には大きく分けて怪奇趣味の本格物と歴史サスペンスの2種類があるが、今回は後者に当たる。
文庫背表紙の梗概には音もなく忍び寄っては兵士を一突きに殺害する通称「喉切り隊長」の正体とは?といった本格ミステリ色豊かに表現されていたためてっきり犯人捜しが主眼だと思われたが、ところが寧ろそっちの方は物語としてはサブ・ストーリーとして流れていき、主眼はヘッバーンのフランスにおける諜報活動にあった。

筆者は趣向を凝らし、アランの身柄の保障を条件に喉切り隊長の犯人捜しをさせるといったサスペンス色を凝らしているのがミソ。
しかし前述にあるように主眼はあくまでもアランの諜報活動にあり、その辺のスリルは『ビロードの悪魔』を髣髴させる出色の出来。本来ならば8点の評価を与えたいのだが、「喉切り隊長」の正体が強引過ぎる(と思われる)点と、結局「喉切り隊長」の殺害方法の不思議さについてなんら解明がされていない点の2点において7点とした。

しかし、活字が大きくなるとカー作品がこれほどまでに読み易くなるとは思わなかった。以後もこの字組で再版される事を切に願う。
喉切り隊長 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-12)
ジョン・ディクスン・カー喉切り隊長 についてのレビュー
No.187:
(7pt)

小説のツボは押さえてますが。

今回は『戦慄のシャドウファイア』などの一連のホラー作品ではなく、著者お得意の巻き込まれ型サスペンスである。
物語はベトナム戦争から名誉の帰還を遂げたチェイスがその周囲の喧騒振りに辟易しながら、町のデートスポットで起きる殺人事件からルイーズという女の子を救う所から始まる。これがチェイスのその後の生活に大きな変化を及ぼすことになる。つまりこの犯人から殺人を邪魔した逆恨みから命を狙われることになるのだ。

ストーリーは少ない手掛かりからその正体の判らぬ脅迫者を徐々に突き詰めていき、最後は勿論反撃に出て、主人公は救われるという展開を見せる。またベトナム戦争帰りで社会人的な普通の生活が出来ない―女も抱けない!!―チェイスが脅迫者を辿る事で魅力的な女性と出会い、自己を再生していくという男の復活劇の要素を含んでおり、正に小説のツボを押さえた構成になっている。
が、故に定型を脱せず、凡百のミステリとなっているのも確か。犯人の正体が判明してからの展開がいかにも呆気なく、この辺が『人類狩り』にも見られた結末を急ぎすぎる感触が物語を平板にしていると思った。
夜の終りに (扶桑社ミステリー)
ディーン・R・クーンツ夜の終りに についてのレビュー
No.186: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

栞子さんに先駆けること20年前のビブリオミステリと云えばコレ!

今は『古書収集十番勝負』と改題。

博識家紀田順一郎が放つビブリオ・ミステリ、私が呼ぶ所の「神田神保町シリーズ」もこれで三冊目。いつも卒業しようと思って読むのだが、なぜか愛着が湧き捨てられず、本棚の一角を占有することになってしまう。恐らくは文庫専門とは云え、本を収集する身である私と登場人物との間に一部共感できる部分があるからだと思う。

今回はミステリというよりも寧ろ題名から察せられるようにビブリオ・コン・ゲーム小説といった方が妥当だろう。最後に百貨店での古典市での出来事及びクライマックスの笠舞邸での競り勝負の真相が明かされるミステリ的な要素はあるが、主眼は後継者争いとしての古書収集にある。但し、一冊一冊白熱した奪い合いが見られるわけではなく、大半はいつの間にか蜷川、倉島がそれぞれ手に入れているといった趣向で進められるため、その辺がこちらが期待していたよりも興味は半減した。
しかし作者は色々な趣向を凝らしてあるのも事実で、この中のエピソードには実際あった事件も含まれているのだろうと思われる。物語としてはいささか地味だったけれども、久々このような現実感の濃い小説が読めて気持ちがよかった。

古書収集十番勝負 (創元推理文庫)
No.185:
(7pt)

確かにこんな状況で読む私も悪いが…。

今回は全く不運としか云い様が無い。たかが500ページ強の本書を読むのに何と十日以上も費やしてしまった。これも途中で飲み会が3回もあった事、風邪を引いてしまったことにより、中途半端な読書になってしまった。

しかるにやはりP.D.ジェイムズの作品はある定型を固執するがため、それぞれに個性が感じられなくなってきているのも確か。事件が起き、ダルグリッシュ―これが相変わらず無個性なのだ―が登場し、関係者一人一人に尋問。しかも登場人物それぞれが重苦しい何がしかの不幸を孕んでいる。ダルグリッシュが捜査を続けていると第2、第3の事件が発生、そしてカタストロフィへ…てな具合である。
尤も、過去読んだ作品の中で秀逸だった印象がある作品については真相のファクターに斬新さ、または真相の判明の仕方のドラマティックな演出が非常に小気味よかった点にあった。

今回は上記のような状況もあったがやはりストーリーの流れに埋没してしまうくらいのインパクトにしかならなかった。つまり私が云いたいのはページを繰る手をはたと止めさせるような衝撃が真相解明にあってほしいのだ。
レンデルにあってジェイムズに無いもの、この差は大きい。

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わが職業は死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P・D・ジェイムズわが職業は死 についてのレビュー
No.184:
(8pt)

モダン・ホラーのイメージ通り

ジェットコースターのような疾走感で今回も物語は駆け抜ける。しかも相手は正真正銘の怪物で自分が想像していたモダン・ホラーかくありきという形と合致しており、非常に小気味よい。

自己愛の塊、エリック・リーベンとレイチェルとの離婚調停の後から始まる本書はいきなりリーベンが走ってくる車に突っ込み、轢かれて死亡するというショッキングなシーンから始まる。ここから物語はクーンツ特有のなかなか本質を明かさない焦らした駆け引き(本当にじれったい!!)をしながら進み、まず主人公二人は追う立場で始まる。
そこでご対面とならずに今度は一路ラスベガスに向かい、主客一転して今度は追われる身になる。この辺りの構成の妙が実に巧い。アントン・シャープという悪徳役人を配することで、それがしかも主人公に恨みを持っているというあざとさで、主客を転じさせる手並みが実に鮮やかだ。
また脇役で出てくるフェルゼン・《石》・キール氏の造詣もまた印象的だ。これが結末において、ある人物の行動に必然性を与えている。

ただ、やはり良くも悪くもこのエンターテインメント色の濃さがハリウッド的でいささか軽めに感じるのも事実で、もうちょっとそれぞれの人物・エピソード・文体等、文学的深みがあってもいいのではないかと思われる。クーンツの面白さはトレヴェニアンの『夢果つる街』のそれとはやはり違うのだ。
『ウィスパーズ』の結末がとてつもなく衝撃的だっただけに今回は色々配された人物が一同に会す割にはあっさりしすぎていたという印象は拭えないので8点とする。

戦慄のシャドウファイア〈下〉 (扶桑社ミステリー)
No.183:
(7pt)

実にいいタイミングでした。

現在、ホームズ物を読んでいるこの最中にホームズ物のパロディ、しかも島田荘司作品を読むというのは正に今をおいて無いほど最適な時だった。
各種のホームズ譚をそこここに織り交ぜながら、登場人物をこき下ろす。しかも漱石の文体でそれらを語るというのが斬新だ。ドイルの文体と漱石の文体とを交互に使い、しかも同じエピソードをそれぞれの主観で語るものだから、所々食い違っていて面白い。ドイルの文体では例の如くワトスンがホームズを讃えるような口調で語られるのに対し、漱石はそのひねくれた性格ゆえか物事を常に斜めに観るような書き方をし、ホームズを狂人としか扱っていない。当時直木賞候補になったというのもむべなるかなといった感じである。

ただ、トリックの方はホームズ譚に同調するかのようにいささかチープな感じがした。犯人逮捕の手法といい、各キャラクターの配置といい、シャーロッキアンには堪らないものがあろうが、私には少し物足りなかった。
しかし、通常の島田作品張りの奇想溢れる事件であれば全体のバランスがちぐはぐになるだろうし…。難しいところである。

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)
島田荘司漱石と倫敦ミイラ殺人事件 についてのレビュー
No.182:
(8pt)

アーチャーの新機軸

冒頭、あまりにもロマンティックな展開に面食らった。これはロス・マクではなくてハーレクインかと思ったほどだ。
とはいえ、このような幕開けは嫌いではない。寧ろ従来のハードボイルド探偵小説物の定型を破る斬新な導入部と評価できる。

この、石油が海へ流出するというシーンから始まる本書は従来探偵事務所に依頼人が来て仕事を依頼する定型から脱却し、自らをいきなり事件の渦中に飛び込ませ、依頼人を得るというまったく逆の手法を用いている。これは常に傍観者たる探偵を能動的に動かそうとした作者の意欲の表れではないだろうか?
したがって本作ではアーチャーは本作の中心となる女性、ローレルに好意を抱き、家に誘う。さらに珍しいことに事件の関係者の一人と一夜を共にしたりするのだ。
しかしやはり中盤以降は従来の観察者及び質問者のスタンスに回帰し、ある意味、試みは半ばで費えてしまう。物語中、登場人物に「そんなに質問ばかりして嫌にならない?」とアーチャーに尋ねさせている所は非常に興味深い。

しかし今回も登場人物に対して容赦がない。誰一人、どの家族として倖せな者が出てこない。常に何らかの問題を抱えており、陰鬱だ。チャンドラーは時には非常に印象的な女性を登場し、物語に一服の清涼剤をもたらしたりしたのだが、ロス・マクは常にペシミズムに満ちている。またモチーフとなる石油の海への流出が物語の進行のメタファーとなっているのも上手い。
ただ『地中の男』の山火事と違い、本作の中ではそれは解決しない。これも真相は判明するものの、事件そのものが解決しないことのメタファーなのだろう。

しかしここに来てロス・マクの良さが一層判ってきた。今なら以前読んだ『ウィチャリー家の女』、『めまい』も、もっと面白く読めるかもしれない。未読の作品の復刊も強く求める次第である。

眠れる美女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロス・マクドナルド眠れる美女 についてのレビュー
No.181:
(8pt)

本領発揮!?

非常にエンターテインメント性の高い内容でその場面展開はハリウッド映画を観ている様。実際つい最近映画化されたのだが、どのような作品になったのか興味が沸いた。
内容は未知なる生物が次々に人間に襲い掛かり殺していくという80年代に流行った一連のスプラッタ・ムーヴィーのようなもの。今回は珍しくプロットに破綻がなく、とてつもないアイデアをこれでもかこれでもかと云わんばかりに注ぎ込み、読者をぐいぐいと引き込んでくる。世評高い本作を体験してようやくクーンツの本領を垣間見た。特に長い作品なのに緊張感が持続していたのが賞賛に値しよう。

今までストーリーは非常に面白いのだがなぜ主人公が最後に残るのかという必然性に対する根拠が曖昧で非常に失望することが多く、また物語が盛り上がっていく途中で突然投げ出したような唐突な終わり方をする話もあり、いまいちカタルシスを感じなかったのだが、今回は「太古からの敵」の設定といい、その絶望感といい、また「太古からの敵」の弱点といい、淀みがなかった(「太古からの敵」自らが自分を分析させる設定は納得できなかったが大きな瑕ではない)。
また個人的にはあまり評価しないのだが、ストーリーが終わった後にさらに訪れる危機というのもこれまでにはなかった傾向だ。

上述したように多少こちらの意向にそぐわないものもあったため8点とするが、次回『ウィスパーズ』に期待したい。
ファントム〈下〉 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
ディーン・R・クーンツファントム についてのレビュー
No.180:
(7pt)

この本を読むには私は若すぎた。

今回の主題は裁判そのものになく、起きた事件そのものは過去友人同士だった者たちが再び邂逅する単なる舞台設定に過ぎない(とは云え、裁判の丁々発止のやり取りが非常に面白いのも事実。本作が7点なのはそこに起因する)。
筆者の焦点は世代間の軋轢と異人種であることのアイデンティティの模索にあると云える。自分が黒人であることの意義を何度も反芻するホビー、最後のセスの台詞、ここにエッセンスが集約されている。
ただ扱う材料1つ1つが濃密で読者に疲労を強いるのは確か。結局裁判は無効になり、後に語られる真相ももはやどうでもいいといった心境にさせられ、あれほどの詳細な状況描写・心理描写を繰り広げた成果が水泡と化してしまったようで非常に勿体無いと感じた。

また今回のような中年世代を描いた世代小説はまだ私自身には早すぎたようだ。本作に豊富に盛り込まれた心理描写、特に子が親を思う気持ち。親が子を思う気持ちなどは同世代には切実に響くものであろうが若輩の身にとってはまだ頭で判っても心では実感できない代物でそれもまた残念だった。

ソニー、セス、ホビー、そしてエドガー。彼らは確かに若かった。しかしそれ以上に私の方が若かったのだ。

われらが父たちの掟〈上〉 (文春文庫)
スコット・トゥローわれらが父たちの掟 についてのレビュー
No.179:
(8pt)

メモを取りながら読むのを勧めます。

家庭内の悲劇を描く作者の本作も、最後は後味の悪い、重く苦しい結末を迎えた。

物語は複雑だ。登場人物の成り代わり、偽名行為の連続で、登場人物の色合いががらりと変わっていき、その二転三転する流れに頭が追いつかず、考え込むことしばしばだった。しかし、登場人物が多過ぎ、悪趣味なまでにプロットをこねくり回しているのも確かである。
ともあれ、不可解だった逃走者の行動が、最後論理的に明かされる手並みは見事の一言。


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一瞬の敵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロス・マクドナルド一瞬の敵 についてのレビュー
No.178:
(7pt)

ヴァイン版『めぞん一刻』?

何と評したらよいだろうか、主人公不在の『めぞん一刻』とでも云おうか。あれほど明るくはないが…。

当初主人公と思われていたジャーヴィスは物語の舞台となるケンブリッジ学校と地下鉄の提供者、云わばプロデューサー的な存在だ。物語は中盤、単なるエピソードの脇役と思われていた熊使いのアクセルがケンブリッジ学校に乗り込む辺りからテーマを帯びてくる。アクセルを軸にトム、アリス、ジャスパーの運命が翻弄され悲劇へと向かう。
物語の進行の合間に挿入されるジャーヴィスの地下鉄に関するエピソードが興味深いが物語の方向性が掴みづらく、ノレなかった。読者は眼の前に繰り広げられる場面展開を成す術なく追っていくのみ。
私はソロモン王の絨毯には乗れなかったようだ。
ソロモン王の絨毯 (角川文庫)
バーバラ・ヴァインソロモン王の絨毯 についてのレビュー
No.177:
(8pt)

傍観者アーチャーお役御免。

ロス・マクドナルドの遺作とされる本作はごく一般に駄作だと云われるが、私にしてみれば物語の焦点が常にぶれず、物語の軸が常に明確であったせいか点数的には高いものとなった。また盗まれた絵画を追うという従来の失踪人捜しとは経路の違う展開が新鮮だったことも物語に魅力を感じた一助になっている。

ともあれ、確かに登場人物構成が二転三転、はたまた四転五転し、プロットが結局破綻していないのか判断が付きかねるが、やはり最後にアーチャーが犯人に呼びかける言葉は物語の終焉にダメを押す。さらにアーチャーが生まれ故郷に行き、今までストーリーに描かれたことのない結婚生活について触れるのもシリーズ最後の原点回帰の様相を呈しており、著者がまさにアーチャーシリーズに決着を付けようとしていたようにも思える。
何しろアーチャーが恋患いをするのだから面白い。これは感情を押し殺した傍観者からの脱却を意味し、感情を持った主人公はもはや探偵たる資格を持たないというメタファーでアーチャー御役御免の意味合いを強く感じた。

ブルー・ハンマー (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロス・マクドナルドブルー・ハンマー についてのレビュー
No.176:
(7pt)

本当にあるんだろうか?

久々の吉敷刑事シリーズ物でなかなかの佳作。今回はミッシング・リンク物にやはりなるのだろうか。
冒頭の通子とのやりとりに結局解決が見られないのが残念だが、これは恐らく後の『涙流れるままに』で明らかになるのだろうからそれまでおあずけ。ただ一応のタイムリミット物にもなっているがもう少しその状況作りが良ければサスペンス性が増したように思えるのだが。

それにしても島田の『天に昇った男』がもう既に品切れ状態だとは恐れ入った。それが故に本作が繰り上げられたわけだが、集英社文庫の島田作品もどの書店に行っても見当たらないというのはまさに危機的状態である。だってあの『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』でさえないのだよ、信じられる!?
まさかこれほど早く島田作品の底が見えるとは思わなかった。


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飛鳥のガラスの靴 (光文社文庫)
島田荘司飛鳥のガラスの靴 についてのレビュー
No.175: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

恐慌とは裏腹な亜智一郎の活躍ぶり

その題名に冠せられた名前が物語るように、これはかつてミステリファンを驚喜させた『亜愛一郎シリーズ』の先祖に当たる亜智一郎を主人公にした時代ミステリである。が、アイデア溢れる作者のこと、決して亜愛一郎シリーズを踏襲するような二番煎じは行わず、これは云わば泡坂版『仕事人』である。『必殺』は敢えて除いておこう、血生臭い話が並んでいるわけではないので。

亜智一郎を筆頭に、芝居好きな似非荒武者緋熊重三郎に、甲賀忍術を体得した藻湖猛蔵、豪腕誇る古山奈津之助の4名で構成された雲見番衆。とてもこの一冊で終わるのは勿体ないではないか!!!願わくばシリーズ化を求む。
そんな粋な彼らが織りなす物語はかつての『亜愛一郎シリーズ』の特色であったチェスタトンばりのアクロバティックなロジックは鳴りを潜め、むしろ宝引の辰シリーズや夢狸庵シリーズに近い雰囲気を持っているが今回は将軍直属の人物という設定だけに江戸時代の歴史を色濃く繁栄しているのも興味深い。従ってタイトルの『恐慌』の文字は物語の勇ましさには何とも似合わないとは思うのだが。

亜智一郎の恐慌 (創元推理文庫)
泡坂妻夫亜智一郎の恐慌 についてのレビュー
No.174:
(7pt)

泡坂氏が見出した死の美学

恐らく今までの例に漏れず不定期に小説誌に発表された短編を寄せ集めた作品集であろう、内容も怪奇小説、人情小説、はたまたエッセイめいた私小説などヴァラエティに富んでいる。
それらの作品に通暁しているのは透明な視線で描かれた抑揚のない文章。ただこれはけなし言葉ではなく、そういった文章であるのにも関わらず登場人物達の彩りが鮮やかであること。特に紋章上絵師を主人公にした一連の作品群はもう縦横無尽ぶりの独壇場である。それ故、それらが最も印象に残ったことは云うまでもない。
ただ、不思議なのはいやに「死」を結末にすること。特に美しい女性に対し、その色が濃い。これは、使い古された言葉だが、「滅びの美学」を泡坂が老境に入った今、如実に意識しているのではないだろうか。紋章上絵師として、奇術師として、そして作家として去り際は粋で美しくありたい、そういう願望が見え隠れしているように私は思えるのである。

砂時計 (光文社文庫)
泡坂妻夫砂時計 についてのレビュー
No.173:
(8pt)

これぞ江戸情緒!

泡坂妻夫の時代小説もこれで何冊目になるだろうか。当初、『鬼女の鱗』あたりから手を出したのだが、時代小説自体初めて読むと云うこともあり、不慣れな言葉が濫出してくることから自分には合わない物だと敬遠しており、『写楽百面相』の余りの専門ぶりにそれが頂点に達し、やや諦めの境地に至った時もあった。しかし、ここ最近は私自身がこなれてきたせいか非常に愉しく読め、本作もまた同様、読書の愉悦に浸ったのであった。

最初に宝引の辰シリーズを読んだ時は、泡坂のその洗練された文体を無味乾燥という風に受け止め、何とも特徴のない主人公だなと思ったがここに至り、その人情の良さが滲み出てたまらない人物となった。

本作は前半、温かみのある人情話二編で幕を開け、何とも清々しい余韻を残して終えるが、後半の二編はどちらも幸せを望んだ女性の死で幕を閉じる。江戸の町人同士のままならない生き方が泡坂の一歩引いた文体で淡々と語られ、更に切なさを助長する。特に各短編に混じられる当時の江戸風俗模様が物語のエッセンスとして活用されているこの旨さ!!

池波正太郎や柴田鎌三郎を読んだことがない私だが、それでも泡坂は本物の江戸を描ける作家だと確信した。

凧をみる武士―宝引の辰捕者帳 (文春文庫)
泡坂妻夫凧をみる武士 についてのレビュー
No.172:
(7pt)

変なタイトルだが中身は渋い

まずタイトルを見て、「何だこりゃ!?」と面食らった。『幽体離脱殺人事件』と1,2を争う変なタイトルである。
しかし、内容は吉敷シリーズで結構渋く、扱っているテーマも歪んだ学校教育という社会問題を挙げ、手堅く纏まっている。
この頃の島田荘司氏はこの動機付けのエピソードが面白く、謎解き部分が逆に添え物になっているきらいがある。ただ今回は犯人が「ら抜き言葉」に執着する動機が純文学よりだったのが、惜しい所だ。
ら抜き言葉殺人事件 (光文社文庫)
島田荘司ら抜き言葉殺人事件 についてのレビュー
No.171:
(8pt)

今日もお江戸は日本晴れ。

正直、島田荘司の「暗闇団子」を読んだ後ではかなり評価が落ちると思っていたのだが、杞憂だった。寧ろ、「暗闇団子」の印象が強烈なせいか、かわって泡坂作品の洗練さが際立って、その粋さが堪能できた。
特に最後に持ってくるエピソードが短編のテーマと結実していて秀逸である。そこには江戸庶民の、貧しくもヴァイタリティ溢れる生活ぶりが行間から滲み出してくるかのようだ。
正に「今日もお江戸は日本晴れ」だった。
からくり富
泡坂妻夫からくり富 についてのレビュー
No.170:
(8pt)

クーンツの器用さがいい方向に出た作品。

今回のクーンツは面白かった!!かなり高く評価できる。なぜなら設定、ストーリー展開に破綻がないからだ。SFということで作者なりの世界観が構築されたところがその要因だろう。
しかし、クーンツは異質な物を組み合わせ、そこから人情話を作るのが非常に巧い。今回も地球を滅ぼした異星人と人類の子供との交流が素晴らしい。
結末はやや急ぎすぎた感があるが、何よりもSFをも手中にしてしまうこの作家の力量に改めて脱帽。
人類狩り (創元SF文庫)
ディーン・R・クーンツ人類狩り についてのレビュー