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Tetchy さんのレビュー一覧

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レビュー数896

全896件 701~720 36/45ページ

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No.196:
(7pt)

新潮文庫だけの落穂拾い的短編集

巷間に流布しているホームズ譚の短編集は『~冒険』、『~帰還』、『~思い出』、『~最後の挨拶』、『~事件簿』の5冊が通例だが、新潮文庫版においては各短編から1、2編ほど欠落しており、それらを集めて本書を編んでいる。従って衰えの見え始めた後期の短編集よりも実は内容的には充実しており、ドイル面目躍如という印象をもってホームズ譚を終える事になろうとは計算の上だったか定かではない。
本作においては冒頭の「技師の親指」など結構読ませる短編が揃っており、個人的には「スリー・クォーターの失踪」がお気に入り。最後の「隠居絵具屋」はチャンドラー、ロスマク系統の人捜しの様相を呈した一風変わった発端から始まるが最後においてはポーの有名作品を思わせる仕上がりを見せるあたり、なかなかである。

しかしホームズ譚を全編通じて読んだ感想はやはり小中学校で読むべき作品群であるとの認識は強く、少年の頃に抱いた輝かしい物語のきらめきの封印を無理に抉じ開けてしまった感があり、いささか寂しい思いがする。色褪せぬ名作でもやはり読む時期というものを選ぶのだ。

シャーロック・ホームズの叡智 (新潮文庫)
No.195:
(8pt)

天藤劇場の始まり始まり~ぃ!

『遠きに目ありて』をきっかけに名作『大誘拐』と読み進んできた私の天藤作品体験にある意味、決定打を打ち込んだのは数年前に古本で購入した本書であったと今にして思う。前作『死の内幕』までの時には私の目に狂いがあったかとも思ったが、本書を久々に読んで、ああやはり間違ってはなかったと思いを新たにした。ここには天藤作品のエッセンスがぎっしり詰まっており、また本書から天藤テイストが定着したかのように感じられる。

まず登場人物全てが魅力的。天藤作品の場合、『陽気な容疑者たち』、『死の内幕』、『大誘拐』などの傾向を見ると主人公がいるものの、万能ではなく寧ろ他の協力者と一つのチームを成して事を解決していくパターンである。前2作については些か彼ら・彼女らのキャラクターが弱く、今一歩といった感じだったが本書に至って見事に成熟された感じが強い。
次に最後の先の読めない展開。本書もベレー帽と髭を残して監督が失踪するという仰天の発端から次から次へと収拾がつかないくらいに事件は右往左往し、終章まで散らかりぱなしといった感じで読んでいる最中は不安がいっぱいだった。
そして達者な筆捌き。ユーモアが滲み出るその文体は事件が陰惨なものであってもほのかに温かみを感じさせる。これが最初に述べた登場人物陣の魅力を引出しているのは云うまでもない。

また今回は構成も凝っていて、何者とも判別しない電話のやり取りが随所に挿入され、事件の黒さ・壮大さを想像させられるし、何よりも今回のメインキャラクターである桂監督を最初と最後にしか登場させずに印象深い人物に仕立てている辺りの見事さは特筆物である。
さぁ、ここからが天藤ワールドの始まりである。愉しめない訳がない。

鈍い球音―天藤真推理小説全集〈4〉 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)
天藤真鈍い球音 についてのレビュー
No.194:
(8pt)

クーンツ作品で一番怖い作品かも!?

今回のクーンツ作品は怖かった!!
誰もが胸の奥底に抱いている若き日、もしくは幼き日の恐怖体験を完膚なきまでにこれでもかこれでもかと畳み掛けるように主人公に叩きつけるその様は、もしこれが自分にも身に覚えのある恐怖体験へと擬えさせられ、こちらも仮想体験を余儀なくされた。
結末的にはとてつもない設定を用いた島田荘司もかくやと云った本格ミステリ的などんでん返しがあったが、それよりも全495ページ中440ページまで悪夢が繰り返される物語運びが強烈で今回のクーンツは本当にハッピー・エンドで終わるのかと別な意味でもハラハラさせられた。

とにかく恐怖体験に持って行き方が今回はすごかった。今までのクーンツならばじわじわと予兆を畳み掛け、いい加減その物ズバリを出してくれよっ!!といったじれったさがあったのだが、今回は普通に振舞っていた中、ああ、今日は何事もなく過ぎていくのかという安堵感を与えた瞬間、ズドンと主人公を恐怖のどん底に陥れる手際が本当に見事で、背筋がゾクッと来た。最後の最後まで結局スーザンに安息が訪れない辺りも今までと違ったが、最後の1行はやはりクーンツらしいというべきか。
雷鳴の館 (扶桑社ミステリー)
ディーン・R・クーンツ雷鳴の館 についてのレビュー
No.193: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

探偵の名前が…。

島田荘司の御手洗シリーズでも吉敷シリーズでもないノン・シリーズである本書はなんと大胆にも島田荘司の切り裂きジャック事件真相論である。2002年でもパトリシア・コーンウェルが巨額の金を使って作家生命を賭けて真相を精力的に暴く活動を行っているこのあまりに有名な事件はやはりミステリ作家にしてみれば一度は手掛けたいテーマなのだろうか。
本編においてもその是非は別にして実に島田らしい魅力的な解決を繰り広げてくれている。しかもそれがあの島田特有の物語風に語るのだから実に面白い。これが実に巧い!!これ一つだけでも本にして纏めても売れるぐらいに面白い。

御手洗シリーズにおいても遡れば古くは『異邦の騎士』における手記から始まり、『水晶のピラミッド』の古代エジプト譚、『アトポス』の吸血鬼エリザベートの物語といった非常に残酷かつ一種の絶望感・喪失感を抱かせる物語を書かせたらホント島田の右に出る者はいない。昨今の作品ではそういった挿話が非常に面白く、事件そのものが実はさほどでもないといった主客転倒した感が連続しているが、本編は正にその兆候を示したような作品で、特に探偵役のクリーン・ミステリなる人物の造詣ぶり、ネーミングの情けなさには閉口した。
ホームズのパロディがまたもや繰り返され、なんともまあ、同感できかねる人物なのだ。従って採点の内訳を云うと(切り裂きジャック譚星9ツ)+(ベルリン事件譚△星2ツ星)=7ツ星といった具合だ。
ある意味これが島田らしいといえば島田らしいのだ。
切り裂きジャック・百年の孤独 (文春文庫)
島田荘司切り裂きジャック・百年の孤独 についてのレビュー
No.192:
(8pt)

クーンツにしては不穏な終わり方がGood!

世評的には『ファントム』、『ウィスパーズ』、『戦慄のシャドウファイア』ほどは高名ではないが、確か北村次郎氏がクーンツのベストとして推していたように思う本書は自分自身でもなかなか良い作品ではないかと思う。

物語はひょんなことからショッピング・モールの駐車場で、ある老婆と出遭う所から始まる。この老婆が実は「黄昏教団」と呼ばれる―このネーミングは○。タイトルのように「トワイライト教団」なんて名前だったら三流ホラーに成り下がっていただろう―邪教集団の教祖だったのだ。この邂逅で息子ジョーイが反キリストの転生した姿だと独断され、理不尽な追撃が始まる。そして親子が助けを求めた私立探偵社の人間と共に殺戮の逃走劇が繰り広げられるのだ。

▼以下、ネタバレ感想
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邪教集団トワイライトの追撃〈上〉 (扶桑社ミステリー)
No.191: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

作者の人柄が既にデビュー作に表れている。

不朽の名作『大誘拐』の作者のなんと江戸川乱歩賞応募作である。文章を見るにデビュー作とは思えないほど卓越した力があり、その老成振りは現在、数多デビューを飾る新人達と比べると隔世の感がある。

鉄工所の社長が密室の中で殺害されるという純本格的なシチュエーションで始まる本書は終始殺人事件とは一線を画した農村の和やかなムードで進み、解決に至る終章もまたそのムードを一貫して結ばれる。応募作にて既に作者特有の温かみが溢れているのである。短編集『遠きに目ありて』中の1編にもやむにやまれない殺人を扱った物があったが、原点である本書も正にそのテーマが通底している。

何せ、登場人物が憎めないのが作者の特徴、というか美点であり本書もその例に漏れない。
正に「容疑者達、万歳!!」である。


▼以下、ネタバレ感想
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陽気な容疑者たち―天藤真推理小説全集〈2〉 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)
天藤真陽気な容疑者たち についてのレビュー
No.190:
(8pt)

設定が判ればかなり面白い。

田中作品の出来の良し悪しが何によって左右されるかが本書を読んで解った。それは主役のキャラクターの個性の強さである。
今にして思えば名作『銀河英雄伝説』然り『創竜伝』もまた然り(『アルスラーン戦記』は例外か。主人公のアルスラーンにどういう魅力があってあんなに優秀な部下が集まるのか未だに謎)。
前作『魔天楼』から2度目の登場となる無敵の美貌警視薬師寺涼子シリーズは本作にて傑作の予感がしてきた。1作目にはどこか薬師寺涼子の強烈なキャラクターぶりが空回りしていた感が強く、物語にノレなかったのだが、今回は物語に薬師寺涼子が実に溶け合っており、縦横無尽に動き回り物語を加速させていた。
前述したように主人公の個性の強さが作品の強みとして見事に呼応しているのだ。

前作は刑事物であるのにファンタジックな設定に面食らったせいもあったのもマイナスに働いたのだろうが、今回は予備知識があったせいか、寧ろどんな展開が待ち受けているのか愉しみであった。田中特有のアイロニックな文体・薀蓄も横溢しており十分堪能したが、いささかそこら辺がライトノベル系の軽さを匂わせるきらいもあり、その点だけが残念である。

以前に田中は復活しつつあると述べたように思うがそれは間違いである。田中は完全に復活した。次はどんな事件を見せてくれるか大いに期待したい。
東京ナイトメア 薬師寺涼子の怪奇事件簿 (講談社文庫)
No.189:
(7pt)

とりあえず静観

セリフとキャラクターの勝利。事件は大味だが、今後に期待しよう。
魔天楼 薬師寺涼子の怪奇事件簿 (講談社ノベルス)
No.188:
(7pt)

面白いだけに惜しい!

カー作品には大きく分けて怪奇趣味の本格物と歴史サスペンスの2種類があるが、今回は後者に当たる。
文庫背表紙の梗概には音もなく忍び寄っては兵士を一突きに殺害する通称「喉切り隊長」の正体とは?といった本格ミステリ色豊かに表現されていたためてっきり犯人捜しが主眼だと思われたが、ところが寧ろそっちの方は物語としてはサブ・ストーリーとして流れていき、主眼はヘッバーンのフランスにおける諜報活動にあった。

筆者は趣向を凝らし、アランの身柄の保障を条件に喉切り隊長の犯人捜しをさせるといったサスペンス色を凝らしているのがミソ。
しかし前述にあるように主眼はあくまでもアランの諜報活動にあり、その辺のスリルは『ビロードの悪魔』を髣髴させる出色の出来。本来ならば8点の評価を与えたいのだが、「喉切り隊長」の正体が強引過ぎる(と思われる)点と、結局「喉切り隊長」の殺害方法の不思議さについてなんら解明がされていない点の2点において7点とした。

しかし、活字が大きくなるとカー作品がこれほどまでに読み易くなるとは思わなかった。以後もこの字組で再版される事を切に願う。
喉切り隊長 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-12)
ジョン・ディクスン・カー喉切り隊長 についてのレビュー
No.187:
(7pt)

小説のツボは押さえてますが。

今回は『戦慄のシャドウファイア』などの一連のホラー作品ではなく、著者お得意の巻き込まれ型サスペンスである。
物語はベトナム戦争から名誉の帰還を遂げたチェイスがその周囲の喧騒振りに辟易しながら、町のデートスポットで起きる殺人事件からルイーズという女の子を救う所から始まる。これがチェイスのその後の生活に大きな変化を及ぼすことになる。つまりこの犯人から殺人を邪魔した逆恨みから命を狙われることになるのだ。

ストーリーは少ない手掛かりからその正体の判らぬ脅迫者を徐々に突き詰めていき、最後は勿論反撃に出て、主人公は救われるという展開を見せる。またベトナム戦争帰りで社会人的な普通の生活が出来ない―女も抱けない!!―チェイスが脅迫者を辿る事で魅力的な女性と出会い、自己を再生していくという男の復活劇の要素を含んでおり、正に小説のツボを押さえた構成になっている。
が、故に定型を脱せず、凡百のミステリとなっているのも確か。犯人の正体が判明してからの展開がいかにも呆気なく、この辺が『人類狩り』にも見られた結末を急ぎすぎる感触が物語を平板にしていると思った。
夜の終りに (扶桑社ミステリー)
ディーン・R・クーンツ夜の終りに についてのレビュー
No.186: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

栞子さんに先駆けること20年前のビブリオミステリと云えばコレ!

今は『古書収集十番勝負』と改題。

博識家紀田順一郎が放つビブリオ・ミステリ、私が呼ぶ所の「神田神保町シリーズ」もこれで三冊目。いつも卒業しようと思って読むのだが、なぜか愛着が湧き捨てられず、本棚の一角を占有することになってしまう。恐らくは文庫専門とは云え、本を収集する身である私と登場人物との間に一部共感できる部分があるからだと思う。

今回はミステリというよりも寧ろ題名から察せられるようにビブリオ・コン・ゲーム小説といった方が妥当だろう。最後に百貨店での古典市での出来事及びクライマックスの笠舞邸での競り勝負の真相が明かされるミステリ的な要素はあるが、主眼は後継者争いとしての古書収集にある。但し、一冊一冊白熱した奪い合いが見られるわけではなく、大半はいつの間にか蜷川、倉島がそれぞれ手に入れているといった趣向で進められるため、その辺がこちらが期待していたよりも興味は半減した。
しかし作者は色々な趣向を凝らしてあるのも事実で、この中のエピソードには実際あった事件も含まれているのだろうと思われる。物語としてはいささか地味だったけれども、久々このような現実感の濃い小説が読めて気持ちがよかった。

古書収集十番勝負 (創元推理文庫)
No.185:
(7pt)

確かにこんな状況で読む私も悪いが…。

今回は全く不運としか云い様が無い。たかが500ページ強の本書を読むのに何と十日以上も費やしてしまった。これも途中で飲み会が3回もあった事、風邪を引いてしまったことにより、中途半端な読書になってしまった。

しかるにやはりP.D.ジェイムズの作品はある定型を固執するがため、それぞれに個性が感じられなくなってきているのも確か。事件が起き、ダルグリッシュ―これが相変わらず無個性なのだ―が登場し、関係者一人一人に尋問。しかも登場人物それぞれが重苦しい何がしかの不幸を孕んでいる。ダルグリッシュが捜査を続けていると第2、第3の事件が発生、そしてカタストロフィへ…てな具合である。
尤も、過去読んだ作品の中で秀逸だった印象がある作品については真相のファクターに斬新さ、または真相の判明の仕方のドラマティックな演出が非常に小気味よかった点にあった。

今回は上記のような状況もあったがやはりストーリーの流れに埋没してしまうくらいのインパクトにしかならなかった。つまり私が云いたいのはページを繰る手をはたと止めさせるような衝撃が真相解明にあってほしいのだ。
レンデルにあってジェイムズに無いもの、この差は大きい。

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わが職業は死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P・D・ジェイムズわが職業は死 についてのレビュー
No.184:
(8pt)

モダン・ホラーのイメージ通り

ジェットコースターのような疾走感で今回も物語は駆け抜ける。しかも相手は正真正銘の怪物で自分が想像していたモダン・ホラーかくありきという形と合致しており、非常に小気味よい。

自己愛の塊、エリック・リーベンとレイチェルとの離婚調停の後から始まる本書はいきなりリーベンが走ってくる車に突っ込み、轢かれて死亡するというショッキングなシーンから始まる。ここから物語はクーンツ特有のなかなか本質を明かさない焦らした駆け引き(本当にじれったい!!)をしながら進み、まず主人公二人は追う立場で始まる。
そこでご対面とならずに今度は一路ラスベガスに向かい、主客一転して今度は追われる身になる。この辺りの構成の妙が実に巧い。アントン・シャープという悪徳役人を配することで、それがしかも主人公に恨みを持っているというあざとさで、主客を転じさせる手並みが実に鮮やかだ。
また脇役で出てくるフェルゼン・《石》・キール氏の造詣もまた印象的だ。これが結末において、ある人物の行動に必然性を与えている。

ただ、やはり良くも悪くもこのエンターテインメント色の濃さがハリウッド的でいささか軽めに感じるのも事実で、もうちょっとそれぞれの人物・エピソード・文体等、文学的深みがあってもいいのではないかと思われる。クーンツの面白さはトレヴェニアンの『夢果つる街』のそれとはやはり違うのだ。
『ウィスパーズ』の結末がとてつもなく衝撃的だっただけに今回は色々配された人物が一同に会す割にはあっさりしすぎていたという印象は拭えないので8点とする。

戦慄のシャドウファイア〈下〉 (扶桑社ミステリー)
No.183:
(7pt)

実にいいタイミングでした。

現在、ホームズ物を読んでいるこの最中にホームズ物のパロディ、しかも島田荘司作品を読むというのは正に今をおいて無いほど最適な時だった。
各種のホームズ譚をそこここに織り交ぜながら、登場人物をこき下ろす。しかも漱石の文体でそれらを語るというのが斬新だ。ドイルの文体と漱石の文体とを交互に使い、しかも同じエピソードをそれぞれの主観で語るものだから、所々食い違っていて面白い。ドイルの文体では例の如くワトスンがホームズを讃えるような口調で語られるのに対し、漱石はそのひねくれた性格ゆえか物事を常に斜めに観るような書き方をし、ホームズを狂人としか扱っていない。当時直木賞候補になったというのもむべなるかなといった感じである。

ただ、トリックの方はホームズ譚に同調するかのようにいささかチープな感じがした。犯人逮捕の手法といい、各キャラクターの配置といい、シャーロッキアンには堪らないものがあろうが、私には少し物足りなかった。
しかし、通常の島田作品張りの奇想溢れる事件であれば全体のバランスがちぐはぐになるだろうし…。難しいところである。

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)
島田荘司漱石と倫敦ミイラ殺人事件 についてのレビュー
No.182:
(8pt)

アーチャーの新機軸

冒頭、あまりにもロマンティックな展開に面食らった。これはロス・マクではなくてハーレクインかと思ったほどだ。
とはいえ、このような幕開けは嫌いではない。寧ろ従来のハードボイルド探偵小説物の定型を破る斬新な導入部と評価できる。

この、石油が海へ流出するというシーンから始まる本書は従来探偵事務所に依頼人が来て仕事を依頼する定型から脱却し、自らをいきなり事件の渦中に飛び込ませ、依頼人を得るというまったく逆の手法を用いている。これは常に傍観者たる探偵を能動的に動かそうとした作者の意欲の表れではないだろうか?
したがって本作ではアーチャーは本作の中心となる女性、ローレルに好意を抱き、家に誘う。さらに珍しいことに事件の関係者の一人と一夜を共にしたりするのだ。
しかしやはり中盤以降は従来の観察者及び質問者のスタンスに回帰し、ある意味、試みは半ばで費えてしまう。物語中、登場人物に「そんなに質問ばかりして嫌にならない?」とアーチャーに尋ねさせている所は非常に興味深い。

しかし今回も登場人物に対して容赦がない。誰一人、どの家族として倖せな者が出てこない。常に何らかの問題を抱えており、陰鬱だ。チャンドラーは時には非常に印象的な女性を登場し、物語に一服の清涼剤をもたらしたりしたのだが、ロス・マクは常にペシミズムに満ちている。またモチーフとなる石油の海への流出が物語の進行のメタファーとなっているのも上手い。
ただ『地中の男』の山火事と違い、本作の中ではそれは解決しない。これも真相は判明するものの、事件そのものが解決しないことのメタファーなのだろう。

しかしここに来てロス・マクの良さが一層判ってきた。今なら以前読んだ『ウィチャリー家の女』、『めまい』も、もっと面白く読めるかもしれない。未読の作品の復刊も強く求める次第である。

眠れる美女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロス・マクドナルド眠れる美女 についてのレビュー
No.181:
(8pt)

本領発揮!?

非常にエンターテインメント性の高い内容でその場面展開はハリウッド映画を観ている様。実際つい最近映画化されたのだが、どのような作品になったのか興味が沸いた。
内容は未知なる生物が次々に人間に襲い掛かり殺していくという80年代に流行った一連のスプラッタ・ムーヴィーのようなもの。今回は珍しくプロットに破綻がなく、とてつもないアイデアをこれでもかこれでもかと云わんばかりに注ぎ込み、読者をぐいぐいと引き込んでくる。世評高い本作を体験してようやくクーンツの本領を垣間見た。特に長い作品なのに緊張感が持続していたのが賞賛に値しよう。

今までストーリーは非常に面白いのだがなぜ主人公が最後に残るのかという必然性に対する根拠が曖昧で非常に失望することが多く、また物語が盛り上がっていく途中で突然投げ出したような唐突な終わり方をする話もあり、いまいちカタルシスを感じなかったのだが、今回は「太古からの敵」の設定といい、その絶望感といい、また「太古からの敵」の弱点といい、淀みがなかった(「太古からの敵」自らが自分を分析させる設定は納得できなかったが大きな瑕ではない)。
また個人的にはあまり評価しないのだが、ストーリーが終わった後にさらに訪れる危機というのもこれまでにはなかった傾向だ。

上述したように多少こちらの意向にそぐわないものもあったため8点とするが、次回『ウィスパーズ』に期待したい。
ファントム〈下〉 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
ディーン・R・クーンツファントム についてのレビュー
No.180:
(7pt)

この本を読むには私は若すぎた。

今回の主題は裁判そのものになく、起きた事件そのものは過去友人同士だった者たちが再び邂逅する単なる舞台設定に過ぎない(とは云え、裁判の丁々発止のやり取りが非常に面白いのも事実。本作が7点なのはそこに起因する)。
筆者の焦点は世代間の軋轢と異人種であることのアイデンティティの模索にあると云える。自分が黒人であることの意義を何度も反芻するホビー、最後のセスの台詞、ここにエッセンスが集約されている。
ただ扱う材料1つ1つが濃密で読者に疲労を強いるのは確か。結局裁判は無効になり、後に語られる真相ももはやどうでもいいといった心境にさせられ、あれほどの詳細な状況描写・心理描写を繰り広げた成果が水泡と化してしまったようで非常に勿体無いと感じた。

また今回のような中年世代を描いた世代小説はまだ私自身には早すぎたようだ。本作に豊富に盛り込まれた心理描写、特に子が親を思う気持ち。親が子を思う気持ちなどは同世代には切実に響くものであろうが若輩の身にとってはまだ頭で判っても心では実感できない代物でそれもまた残念だった。

ソニー、セス、ホビー、そしてエドガー。彼らは確かに若かった。しかしそれ以上に私の方が若かったのだ。

われらが父たちの掟〈上〉 (文春文庫)
スコット・トゥローわれらが父たちの掟 についてのレビュー
No.179:
(8pt)

メモを取りながら読むのを勧めます。

家庭内の悲劇を描く作者の本作も、最後は後味の悪い、重く苦しい結末を迎えた。

物語は複雑だ。登場人物の成り代わり、偽名行為の連続で、登場人物の色合いががらりと変わっていき、その二転三転する流れに頭が追いつかず、考え込むことしばしばだった。しかし、登場人物が多過ぎ、悪趣味なまでにプロットをこねくり回しているのも確かである。
ともあれ、不可解だった逃走者の行動が、最後論理的に明かされる手並みは見事の一言。


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一瞬の敵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロス・マクドナルド一瞬の敵 についてのレビュー
No.178:
(7pt)

ヴァイン版『めぞん一刻』?

何と評したらよいだろうか、主人公不在の『めぞん一刻』とでも云おうか。あれほど明るくはないが…。

当初主人公と思われていたジャーヴィスは物語の舞台となるケンブリッジ学校と地下鉄の提供者、云わばプロデューサー的な存在だ。物語は中盤、単なるエピソードの脇役と思われていた熊使いのアクセルがケンブリッジ学校に乗り込む辺りからテーマを帯びてくる。アクセルを軸にトム、アリス、ジャスパーの運命が翻弄され悲劇へと向かう。
物語の進行の合間に挿入されるジャーヴィスの地下鉄に関するエピソードが興味深いが物語の方向性が掴みづらく、ノレなかった。読者は眼の前に繰り広げられる場面展開を成す術なく追っていくのみ。
私はソロモン王の絨毯には乗れなかったようだ。
ソロモン王の絨毯 (角川文庫)
バーバラ・ヴァインソロモン王の絨毯 についてのレビュー
No.177:
(8pt)

傍観者アーチャーお役御免。

ロス・マクドナルドの遺作とされる本作はごく一般に駄作だと云われるが、私にしてみれば物語の焦点が常にぶれず、物語の軸が常に明確であったせいか点数的には高いものとなった。また盗まれた絵画を追うという従来の失踪人捜しとは経路の違う展開が新鮮だったことも物語に魅力を感じた一助になっている。

ともあれ、確かに登場人物構成が二転三転、はたまた四転五転し、プロットが結局破綻していないのか判断が付きかねるが、やはり最後にアーチャーが犯人に呼びかける言葉は物語の終焉にダメを押す。さらにアーチャーが生まれ故郷に行き、今までストーリーに描かれたことのない結婚生活について触れるのもシリーズ最後の原点回帰の様相を呈しており、著者がまさにアーチャーシリーズに決着を付けようとしていたようにも思える。
何しろアーチャーが恋患いをするのだから面白い。これは感情を押し殺した傍観者からの脱却を意味し、感情を持った主人公はもはや探偵たる資格を持たないというメタファーでアーチャー御役御免の意味合いを強く感じた。

ブルー・ハンマー (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロス・マクドナルドブルー・ハンマー についてのレビュー