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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数529

全529件 21~40 2/27ページ

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No.509: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

表紙のイメージとは異なり、骨太の戦争エンタメ作品だ

著者のデビュー作にして2021年のアガサ・クリスティー賞受賞作。選考委員全員が満点をつけたという高評価も納得の傑作戦争エンタメ作品である。
1942年、モスクワ郊外の小さな農村に侵攻してきたドイツ軍に目の前で母親や村民を皆殺しにされた18歳の少女・セラフィマは自らも殺される寸前、赤軍兵士に助けられた。赤軍部隊を率いていたのが元狙撃兵で狙撃訓練学校長のイリーナで、虚脱状態のセラフィマを「戦いたいか、死にたいか」と一喝し、母の遺体もろとも村全体を焼き尽くした。ドイツ軍はもちろんイリーナにも復讐心を抱いたセラフィマは誘われるままに訓練学校に入り、一流の狙撃兵になることを決意する。同じように家族を失った同年代の少女たちと共に厳しい訓練を経て、イリーナをリーダーにした女性だけの狙撃小隊を構成し、祖国防衛戦争の最激戦地となったスターリングラードに派遣された…。
18歳の少女が辣腕の狙撃兵に作り上げられ、独ソ戦終結までを戦い抜く冒険と成長というのが物語の骨格で、そこに祖国愛、敵に対する憎悪の深さ、さらに敵味方を超えた戦争の悲惨さ、戦場で露わになる性差別が重ねられ、重厚で斬新な戦争小説が出来上がっている。主人公たちの心理描写、アクションシーン、歴史の流れの解説も適切で500ページ近い長編ながら読みやすい。
戦争小説、冒険アクション、成長物語のファンに、表紙のイラストに惑わされることなく手に取ることをオススメする。
同志少女よ、敵を撃て (ハヤカワ文庫JA)
逢坂冬馬同志少女よ、敵を撃て についてのレビュー
No.508: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

つかみどころのない悪に、全身で怒りを爆発させる畝原!

「探偵・畝原シリーズ」の第2作。素性を隠して暗躍する詐欺グループと新興宗教のつかみどころのない悪に戸惑いながら、絶対に許せない所業に全身で怒りを爆発させる熱いハードボイルド・サスペンスである。
女子高生を出入りさせているマンション住人・森の調査を依頼された畝原は事実関係を調べ上げ、役割を果たしたのだが、森の父親が息子を説得する場に立ち会うように求められた。乗り気しないまま出かけた畝原は、教育者である父親が息子を殺害し、その場で自殺するのを目撃することになった。その後、事件の情報をつかんだテレビ局から「行方不明になった少女・本村薫の家族と森が関係があるらしいので、調べて欲しい」と頼まれる。本村一家は生活保護を受けているのだが、森は福祉担当だったとは言え、区は異なっており、不自然さは明らかだった。さらに、畝原が調査を始めると同時に、森親子の事件関係者が放火で死亡し、畝原に仕事を発注したテレビ局員が自殺するという異変が起き、しかも畝原自身も何者かに狙われるようになる…。
本作で畝原が相手をする悪は実体が見えず、その狙いや犯行動機も不明で事件の構図が掴めない不気味さが圧倒的。また、それに対する畝原の怒りの表出が強烈で、シリーズの中でも異彩を放つ作品である。シリーズ作品としては、周辺人物のキャラクターが揃ってきて家族思いの探偵という畝原の立ち位置が固まってきた、展開点の作と言える。
社会派のハードボイルドのファン、東直己ワールドのファンにオススメする。
流れる砂 (ハルキ文庫)
東直己流れる砂 についてのレビュー

No.507:

熾火 (ハルキ文庫)

熾火

東直己

No.507: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

畝原の怒りが爆発! シリーズでは異色の暴力的ハードボイルド

「探偵・畝原シリーズ」の第4作。血まみれで足に縋り付いてきた少女を保護したことをきっかけに、畝原が狂った犯人グループと警察に怒りを爆発させるハードボイルド・サスペンスである。
真夜中の街中で突然、畝原の足に縋り付いてきた少女は着ていたTシャツが血まみれで、裸足で、悪臭を放っていた。成り行きで病院まで付き添い、児童相談所に保護されるのを確認した。翌日、畝原の親友で児相の依頼を受けたコンサルタントの姉川と、少女が入院中の病院で待ち合わせたのだが、そこで少女を奪おうとする集団に襲撃され、姉川が連れ去られてしまった。ところが、警察の対応は鈍く、真剣に捜査する様子がないばかりか、何かを隠しているようだった。姉川の身を案じる畝原は、元警察官の玉木、旧友の探偵社社長の横山などの助けを借りながら、サイコパスとしか思えない犯人たち追う。そこに立ちはだかったのは、北海道警察の上層部、悪徳キャリア官僚たちだった…。
本作は腐敗した警察への怒りが凄まじい。これまでも警察には批判的なテイストだったのだが、それが極点まで達したようで、全身で怒っている。さらに、犯人たちの犯行、それに対する畝原の反撃がアメリカン・ノワール並みの激しさで、気の弱い読者には刺激的過ぎるかもしれない。家族想いで温厚な畝原の激変が強いインパクトを残す、シリーズでは異色の作品と言える。
シリーズ愛読者はもちろん、ハードボイルド、アクション・サスペンスのファンにもオススメする。
熾火 (ハルキ文庫)
東直己熾火 についてのレビュー
No.506:
(8pt)

良くも悪くも「目的は手段を正当化する」国だ、アメリカは。

日本での刊行は15年ぶりになるという英国人作家の長編ミステリー。ジョージア州北部、山間の町の保安官が疎遠だった弟の死をきっかけに家族の絆、自分の生き方を再生する人間くさいミステリー・サスペンスである。
12年も連絡を取り合っていなかった弟の訃報を受け取ったヴィクターは、気が進まないまま葬儀に参列した。町は違えどヴィクターと同じく保安官だった弟のフランクは、意図的に車に轢かれて殺されたという。兄弟は喧嘩別れになっており、ヴィクターはフランクが結婚したことも、離婚したことも、残された娘がいることも知らなかったのだが、葬儀で初めて会った姪のジェンナに「なぜパパは死んだのか、調べて欲しい」と懇願された。管轄が異なるために積極的にはなれなかったヴィクターだが、事件を担当する市警の消極的な態度に苛立ち、自分で捜査を開始した。すると、フランクが管轄する町の裏社会からフランクに関する悪い噂が流れてきた。果たして、フランクは不正を働き、仲間割れで殺されたのだろうか?
作品の基軸は憎み合って別れた弟との関係を築き直す、孤独な男の再生の物語である。そこに連続少女殺害事件を絡ませ、さらに捜査側とギャングとの闇を重ね、複雑で精妙なミステリーが展開される。主人公のヴィクターは我が道を行く狐狼タイプで、「目的は手段を正当化する」を体現した男なのだが、その根底には家族愛があるというヒューマン・ドラマに重点が置かれていて、単なる謎解き、アクションではない味わい深さがある。
警察ミステリーのファンはもちろん、ヒューマン・ハードボイルドのファンにもオススメする。
弟、去りし日に (創元推理文庫)
R・J・エロリー弟、去りし日に についてのレビュー
No.505: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犯罪を消し犯人を作り出す、マジシャンのような辣腕(?)弁護士

1976年から書き継がれている12本の連作短編を一冊にまとめ、新たに翻訳した短編集。どんな依頼人であっても、無罪判決を得るのではなく無実にしてしまうエイレングラフ弁護士の魔術的弁護活動をユーモラスに描いたノワール・ミステリーである。
エイレングラフ弁護士のポリシーは「裁判に持ち込まずに依頼者を自由の身にする」こと。それが実現できなかった場合は報酬はもちろん、必要経費まで受け取らない。ただし、弁護料は法外なまでに高額で、一切値切ることはできない。という極めて特異な弁護士である。たとえ本人が犯行を自供していても、裁判が始まる前にいつの間にか別の犯人が名指しされる、その手練手管は魔術のようで、その実際はかなりの悪辣さである。弁護士ものと言えば、圧倒的に不利な被告を正義の熱弁で救う法廷シーンが読みどころなのだが、本短編集では法廷シーンは皆無で、容疑者から無実の人へのドンデン返しはエイレングラフの頭の中で展開され、読者はそのシナリオと結果を見せられるだけである。しかし、その技巧が切れ味鋭く機知に富み、12作品それぞれにインパクトがある。
弁護士もの、法廷ミステリーというよりノワール、コン・ゲーム的な味わいが濃い特殊な作品群だが、短編集ならではの軽妙さもあって、多くの人を満足させるエンタメ作品としてオススメしたい。
エイレングラフ弁護士の事件簿 (文春文庫)
No.504: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

人は見たいものを見、聴きたい声を聴く(非ミステリー)

自分に自信が持てず、鬱々とした日常に埋没していた40代独身の瀬戸口優子は、通勤途上の国道で出会った黒馬と目が合った瞬間から「心が通じ合」った。その黒馬・ストラーダは乗馬倶楽部の馬で、優子は試乗から始まり馬主になり、ストラーダの栄光を取り戻させようと、どんどんのめり込んでいく。優子は高額な出費を賄うために「一時的に公金を借り」始めたのだが、その総額は一億円を超えてしまった。そしてついに横領がバレたとき、優子はストラーダとともに逃げようとする。
言葉を介さない心と心の繋がりという幻想。その美しさと残酷さを、ほんの少しのユーモアと共に描いたファンタジック・ロマンである。
私の馬
川村元気私の馬 についてのレビュー
No.503: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

完全犯罪を成し遂げた女が自首してきたのは、なぜか?

2022年のコニャックミステリー大賞を受賞し、人気上昇中のフランス女性作家の日本デビュー作。男を殺害して焼いたとして自首してきた女の自白に始まった捜査が、焼かれた遺体の残骸はもちろん周辺証拠さえ発見できず迷宮入りする一方、さらなる犠牲者が発見され、想像を超える展開を見せていく、警察小説であり謎解きミステリーでありノワール・エンタメ作品である。
レイプされそうになって男を撲殺し、証拠隠滅のために死体を焼いたと言って、24歳のローラが自首してきた。自白に基づいて捜査を開始したダミアン警視のチームは死体を焼却したという現場で何の痕跡も発見できず、たちまち捜査は行き詰まる。さらにローラは「必要なことは全部話した」として黙秘するばかりだった。犯行は事実か狂言か、捜査陣は確信を持てないまま地道な聞き込みと証拠調べを続け、わずかな手掛かりから事件の構図を掴んだと思ったのだが、次々と想定外の事態に遭遇し、迷路に誘導されるのだった…。
ダミアン警視を中心に物語が進むため警察小説だと思っていると、あっと驚く仕掛けが登場し、ノワール・サスペンスに変身する。そこが本作の新しさ、面白さと言える。事件の真相、結末は警察ミステリーというよりイヤミスで、読者の評価が分かれる作品である。
警察ミステリーファン、イヤミスファンのどちらからも絶大な評価は得られないだろうが、読んで損はない作品としてオススメする。
あんたを殺したかった (ハーパーBOOKS)
No.502: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

さらにスケールアップした、警察ミステリーの大傑作

一作ごとに評価が高まる「ワシントン・ポー」シリーズの第4作。部長刑事ポーと分析官ティリーのコンビの殺人事件捜査にMI-5とFBIが絡んでくるという、国際謀略小説のテイストが加味された本格警察ミステリーである。
貸金庫を襲った強盗団は何も盗らず、仲間の死体とネズミの置物を置いて立ち去った。その3年後、先進国首脳会議が行われる町の場末の売春宿で、首脳の搬送を委託されているヘリコプター会社の経営者が殺害され、政治的テロを警戒した英国政府はMI-5を通じポーに捜査を命じた。首脳会議が始まるまでに解決することを要求されたポーたちはMI-5やFBIが口を挟む、難しい捜査を強いられて苦戦するのだが、売春宿の現場にもネズミの置物があり、誰かが持ち去ったことを発見、そこから捜査はアフガニスタン戦争にまで遡る戦争謀略を背景にした壮大なスケールの犯罪に直面することになる…。
貸金庫強盗と売春宿での殺人、無関係に見える二つの事件がネズミの置物から繋がって驚くべき真相が明らかになる。舞台と展開の華やかさは007ばりのスパイ・冒険小説だが、ミステリーとしての核心はデータ分析を主体とした王道の警察小説で、ポーの直感と行動力、ティリーの恐るべきITスキルが遺憾なく発揮される。フーダニット、ワイダニットは壮大かつ破綻がない構成で、クライマックスへの持っていき方も上手い。今回、フリン警部はお休みだが、ポーとティリーの奇妙なバディ関係は健在で、シリーズとしての円熟度はますます高まっている。
700ページを超える長編だが、中だるみなく読み進められる傑作であり、シリーズ愛読者はもちろん、警察小説ファンに自信を持ってオススメする。
グレイラットの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴングレイラットの殺人 についてのレビュー

No.501:

鈴蘭

鈴蘭

東直己

No.501:
(8pt)

探偵・畝原がジョー・ピケットに見えた

「探偵・畝原」シリーズの第8作。2010年の作品だが、それ以降は新作が出ていないのでシリーズ最終作なのだろうか? ゴミの山に埋もれて暮らす変人と同居していた女性、ヤクザの高校時代の恩師という二人の行方不明者探しを基軸に、今の時代が抱える問題と真摯に向かい合う畝原の熱い思いを描いた社会派ハードボイルドである。
テレビ局からの人物調査依頼で札幌郊外のナチュラルパークに出向いた畝原は、大音量と共に現れた車から飛び出した男が暴れるのを制圧し、警察に引き渡したのを機にパーク経営者の早山と知り合った。早山によると男は嶺崎という老人で、パークと山を隔てた土地を不法占拠し、ゴミの山と痩せこけた多数の犬猫と暮らしているという。そこで、2年ほど前から嶺崎のところで暮らしていた女性が最近、姿を見せないので、その女性の行方を探してほしいと依頼された。同じ頃、知り合いのヤクザ関係者・兼田から「高校時代の恩師が消息不明になったので理由を調べてもらいたい」との依頼があった。二つの調査を進めた畝原は、その背後にある社会の病理、過去に縛られる個人の苦悩、懸命に生きた末に辿り着く老人の孤独の深さに震撼する。それでも畝原は人間の善性を信じようと前を向くのだった…。
家族を愛し、人間の善性を信じ、損得なしに正義を貫いて行く。畝原シリーズの集大成とも言える作品で、札幌の私立探偵・畝原がだんだんワイオミングの猟区管理官・ジョー・ピケットに見えてくる。熱くてハートウォーミングなハードボイルドの完成形が、ここにある。
派手なアクションや銃撃戦はなくてもハードボイルドの面白さを堪能できる傑作として、多くの人にオススメしたい。
鈴蘭
東直己鈴蘭 についてのレビュー
No.500: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

クズで落ちこぼれの八目(主人公)は成長したのだろうか?

久しぶりにリーダビリティが良い桐野ワールドが堪能できる、2021年刊行のダーク・ノワール。何をやってもダメな派遣社員が、唯一の拠り所としてきたカリスマ性を持つ親友を探してカンボジアの闇の奥に分け入って行く冒険小説風エンタメ作品である。
何ら誇れるものがなく、その反動で周囲に無益な反発をして自分の首を絞め、ゲームにしか生きがいを見出せない八目晃。高校時代にそのハンサムな姿で学校中のカリスマとなっていた野々宮空知と仲が良く、彼のウチに遊びに行っていたことだけが、密かな誇りだった。だが野々宮の父親の葬儀の日、空知がカンボジアで消息を絶ち、美人で評判だった姉と妹も行方が分からなくなっていることを知らされる。さらに、空知の母親や姉妹の関係者を名乗る男たちから「カンボジアで3人を探して欲しい。資金は出す」と依頼されたことを、職場を離れる絶好の口実にして、半分遊山気分でカンボジアへ旅立った。海外旅行経験は皆無、社会的な常識にも欠ける八目はカンボジアに着いた初日から、様々な災難に見舞われることになる…。
あれこれありながらも東南アジアの過酷な現実を生き延び、それなりに逞しくなった八目は3人の所在を確認するのだが、それは想像もしなかった壮絶な現実を見せつけるものだった。そのプロセスはダメ人間の成長物語ではあるが、その成長は果たして善きことなのか。なかなかにダークな幕切れが衝撃的である。
最近の桐野作品では最もエンタメ性がある作品であり、多くの方にオススメしたい。
インドラネット (角川文庫)
桐野夏生インドラネット についてのレビュー
No.499: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

味わい深くなってきた、ポーとティリーのバディ物語

「ワシントン・ポー」シリーズの第三作。クリスマス前後に3件、立て続けに発生した切断された指2本が見つかる事件をきっかけに、想像を超える残虐な犯罪を暴くことになる警察ミステリーである。
クリスマスイブからクリスマス翌日にかけて、クリスマス・プレゼントの箱の中、ミサが行われた教会の洗礼盤、ショッピングモールの精肉店のカウンターで切断された指2本が発見された。3人の被害者は男性1人、女性2人。年齢も職業もバラバラで唯一の共通点は現場に「#BSC6」という謎の一文が書かれていたことだった。フリン警部の指揮のもとポーを始めとするSCASメンバーは被害者の身元確認から捜査を始めたのだが、現場検証でも検視解剖でも、動機や犯人像を示唆するものは全く見つからなかった。それでも分析官・ティリーのIT技術とポーの鋭い直感が反響し合い、ネット社会の裏に蠢く怪しいシステムを突き止め、犯人を絞り込んでいった。だが、最重要容疑者の背後には、更なる巨悪が潜んでいたのだった・・・。
謎解きのプロセスに説得力があり、読者はリアルタイムでポーと一緒に捜査を進めるサスペンスが味わえる。真犯人と動機については賛否が分かれるだろうが、最初から最後までストーリー展開に緩みはない。また、上司のフリン警部、分析官・ティリーなどお馴染みのメンバーとのやり取りがこなれてきて、前二作より遥かに味わい深くなった。特にティリーとの独特の関係は、これまでのバディものにはない新鮮さで印象に残る。
英国警察ミステリーの王道を行く傑作として、多くの方にオススメしたい。
キュレーターの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴンキュレーターの殺人 についてのレビュー
No.498: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

時代を越える文句なしの名作。新訳も良い。

黒澤明監督「天国と地獄」の原案として有名な古典的名作の堂場瞬一氏による新訳版。自分の息子と間違われて誘拐された運転手の息子の身代金を要求された富豪の苦悩を描いたヒューマン・サスペンスであり、警察小説でもある。
社内の権力闘争を勝ち抜く資金を準備してきた製靴会社幹部のダグラス・キングのもとに「息子を誘拐した。50万ドルを支払え」との脅迫電話があった。しかし、誘拐されたのは彼の息子に間違えられたお抱え運転手の息子だった。50万ドルは用意できるのだが、それを払うと、キングは社内闘争に敗北してしまう。人情としては運転手の息子を助けたいのだが、自分の生涯をかけた野望も捨てられない。87分署の警官たちのサポートを受けながら交渉するキングだったが、犯人探しは難航し、刻々と交渉期限が迫ってくる・・・。
人間としての情と人生が崩壊する恐怖の板挟みになったキングのジレンマがホットに、ヒリヒリと伝わってくる。事件発生から解決まで、わずか二日間の密度の濃いストーリー展開は実にスリリング。87分署シリーズではあるが本作の主役はキングで、警察捜査ミステリーというよりキングと周辺人物たちとの心理サスペンスに力点が置かれている。
映画「天国と地獄」とは異なる傑作ミステリーであり、時代を越えたテーマ性を持つ名作として多くの人にオススメしたい。
キングの身代金 (ハヤカワ・ミステリ文庫 13-11)
エド・マクベインキングの身代金 についてのレビュー
No.497: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

予備知識なしで読むことをオススメ!

フランス人ミステリー作家の本邦初訳で、フランスの文学賞・ランデルノー賞ミステリー部門の受賞作。フランスの山岳地帯の村で殺害された女性の事件を巡り、関係者5人の独白を繋げて真相が明らかにされる凝った構成のミステリーである。
フランスの山岳地帯の小さな村で、家業(畜産業)を嫌って都会に出て成功し、豪邸を建てて帰郷した実業家の妻が行方不明になった。トレッキングにと言って家を出て、車がトレッキングコースの入り口あたりで発見されたため、当日に発生した猛吹雪に巻き込まれたのではないかと見なされた。だが実際は殺害され、死体が思わぬところに隠されたのだった。その謎を解いていくのが、畜産業者を訪ね歩く福祉委員の女性、その不倫相手の羊飼い、村に移ってきた若い女性、アフリカでなりすまし詐欺を働いている男性、最後に福祉委員の夫という5人の関係者の愛と欲望、孤独と執着の物語である。語り手が変わるたびに事件の真相が違った絵柄になり、最後に愛することの悲喜劇が読者を嘆息させる。
何と言っても、物語の構成が見事。犯罪ははっきりしているのだが、動機、様相が全く見えていない状態から思わぬ結末に導かれるまで有無を言わさず引っ張っていく力強さがある。5人の心理描写、愛と孤独の考察も読み応えあり。暴力やサイコが登場しなくても高レベルな心理サスペンスが書けることを証明する作品である。
単なる謎解きではない、心理サスペンスのファンにオススメする。
悪なき殺人
コラン・ニエル悪なき殺人 についてのレビュー

No.496:

悲鳴 (ハルキ文庫)

悲鳴

東直己

No.496: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

キャラ立ち度、最高の心優しきハードボイルド

探偵・畝原シリーズの第3作。浮気調査のはずが意味不明の事態に巻き込まれた畝原が、札幌を牛耳る行政と警察、業者の利権構造を暴いていく傑作ハードボイルドである。
浮気の現場写真を撮るために待機していた公園で畝原は奇妙な事態に巻き込まれ、調査を依頼してきた女の身元を調べ始めた。すると常軌を逸した嫌がらせが始まり、さらに札幌市内の数カ所に死体の一部が投げ込まれる事件が発生し、畝原の親友・横山の家にも死体の右足が投げ込まれた。危険を察知した横山は息子の貴を畝原のもとにやり、事件の情報集めを依頼して来た。誰が何のために死体をバラバラにして投棄しているのか、また奇妙な浮気調査を依頼して来た女の正体、狙いは何なのか?
浮気調査とバラバラ死体の投げ捨て、2つの事件を調査するペースはゆったりで、前半はややまどろっこしい。だが事件に関係しているらしいホームレスの捜索辺りから話のペースがぐんと加速し、どんどん盛り上がってくる。もちろん、事件解明の本筋が充実していることは確かだが、それ以上にキャラクターが際立つ人物たちの言動、エピソードが面白い。レギュラーメンバーはもちろん初登場の人物もなかなかの曲者揃いで、この辺りの筆者の筆の運びは素晴らしい。
シリーズ愛読者はもちろん、日本のハードボイルドのファンに自信を持ってオススメする。
悲鳴 (ハルキ文庫)
東直己悲鳴 についてのレビュー
No.495: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

移民として女性として、タブルのマイノリティを生きることからの脱出

ベトナム戦後にオーストラリアに移住し、現在はL.A.在住のベトナム系女性作家のデビュー作。シドニーのベトナム人街から抜け出しジャーナリストとして活躍する女性が弟が殺されたために帰省し、事件の真相を探るうちに自分の過去やオーストラリア社会の人種差別に向き合っていく、文芸色の濃いエンターテイメント作品である。
メルボルンで記者として活躍するキーが久しぶりに帰郷したのは、5歳下の弟・デニーが殺されたからだった。生まれた時からオーストラリア育ちで家族の希望の星でもあった優等生のデニーが友人たちと高校卒業を祝っていたレストランで殴り殺されたという。大きなショックを受けた両親は茫然自失状態だし、警察は若者同士の違法薬物がらみのトラブルだとして軽視しているようだった。しかも、現場にいた同級生、他の客、店のスタッフたちは全員が「何も見ていない」と言っているという。納得できないキーは真相を探るために、現場に居合わせた人々を一人ひとり訪ね歩くことにした…。
誰も何も喋ってくれない。その背景には開かれた国・オーストラリアに潜在する人種差別のみならず、移民家族の世代間のギャップが広がっている。現在、世界中で起きているマイノリティ差別とそれに対する怒り、絶望的なまでに細い融和への道を著者は信念を持って歩んでいるように見えた。非常に重苦しいテーマだが、殺人事件の動機探しというミステリー仕立ての部分もよくできているのでエンターテイメント作品としても一級品である。
ミステリーというよりも、マイノリティ文学、シスターフッド文学として読むことをオススメする。
偽りの空白
トレイシー・リエン偽りの空白 についてのレビュー
No.494: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犯行を自供し弁護も断った女の無実を信じた女が辿り着いた真実は・・・

英国ミステリの女王が1995年に刊行した第2長編。猟奇的な殺人と醜悪な外貌が似合い過ぎる犯人に違和感を抱いた女性ライターが事件の真相を探り出す、サイコ・ミステリーである。
母と妹を殺害して切り刻み、なおかつそれを人間の形に並べ直すという異常な犯行で無期懲役に処せられ、刑務所内では「女彫刻家」と呼ばれているオリーブ。彼女の物語を書くことを命じられた女性ライターのロズは、最初の面会でオリーブに圧倒された。自供と犯罪現場の状況に矛盾はなく、本人が弁護士を拒否したこともあって誰もが異常者だと断定し、有罪を疑っていないのだが、複数の精神鑑定では正常と判断されていた。さらに、面会の場でロズはオリーブに理性の閃きを感じ取り、オリーブの犯行ではないのではと疑問を持つ。だとすると、なぜやってもいない犯行を自供し、唯々諾々と服役したのか? ロズは事件の関係者へのインタビューを続けて真相を探ろうとする…。
犯行はサイコ・サスペンスだが、隠された真相は古典的なミステリーで、そのアンバランスが面白い。MWA最優秀長編賞を受賞しただけのことはある傑作で、サイコもののファン、犯人探しもののファン、女性探偵もののファン、いずれにもオススメしたい。
女彫刻家【新装版】 (創元推理文庫)
ミネット・ウォルターズ女彫刻家 についてのレビュー
No.493: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

性犯罪者を産んでるのは誰か、無知・無自覚は免罪符なのか?

2022〜23年に雑誌連載された長編小説。著者の出世作「永遠の仔」から25年、時代と社会の意識変化を反映した社会派ミステリーである。
暴行殺害された中年男性の遺体には「目には目を」というメッセージが残されていた。しかも被害者は、3年前に集団レイプ事件を起こした少年の一人の父親だと判明。当然のこととしてレイプ被害者の家族、加害者仲間の少年たちが容疑者と目され警察は監視、証拠固めを進めるのだが、事件の筋を読みきれないうちに次の殺人が起きてしまった。
タイトルから想定できるように性犯罪の加害、被害の問題を追及するストーリーで、犯罪を犯したものの罪はもちろんだが、犯罪者を誕生させた社会が根源的に持ちながら一向に改善されようとしない無知、無自覚を鋭く突き、読者に深く考えさせる。実際に起きたあれやこれやの事件を想起させるエピソードが多く登場するのもリアリティを高めている。ジェンダーという言葉さえ使われていなかった25年前から社会はどれだけ進歩できたのか、ただ年月が流れただけなのか、著者の問題提起が強く印象に残る作品である。
「永遠の仔」が面白かった人はもちろん、天童荒太のファンには絶対のオススメだ。
ジェンダー・クライム
天童荒太ジェンダー・クライム についてのレビュー
No.492:
(8pt)

主人公の悲哀がヒリヒリと伝わる歴史警察ミステリー

英国の歴史小説作家によるナチ時代のベルリンを舞台にした初の歴史ミステリー。連続女性殺人事件の捜査を中軸に虚実交えて、犯人探し、ナチ政権下の生きづらさを鮮明に描いた傑作エンターテイメントである。
1939年12月、戦時下のベルリン。元レーシングドライバーで切れ者の国家保安警察の警部補シェンケは突然、ゲシュタポの局長に呼び出され強姦殺人の捜査を命じられる。被害者は元女優でナチ党の古参党員の妻だが、生前の行状に問題があったという。事件が党内の勢力争いに利用されたり党の体面を汚すことを恐れる党幹部が、党員ではないシェンケを選んだらしい。政治に距離を置くシェンケは刑事の本分を全うすべく淡々と捜査を進めるのだが、まもなく同様の手口の事件が発生。さらに事故として処理されてきた過去の案件の中に関連性がある事案が見つかり、連続殺人の疑いが濃くなった…。
単なる連続殺人(この本筋もよくできている)だけでなく、ナチ党内の勢力争い、戦時下、ナチ政権下の閉塞感がリアリティ豊かに描かれた歴史ミステリー。警官として愚直に任務を果たしたいシェンケが否応なく権力闘争に巻き込まれ苦悩する姿は、今の時代の閉塞感にも通じるものがあり、多くの読者の共感を呼ぶだろう。
歴史ミステリーファン、警察小説ファンのどちらにもオススメする。
ベルリンに堕ちる闇 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ス 22-1)
サイモン・スカロウベルリンに堕ちる闇 についてのレビュー
No.491:
(8pt)

力強くて切ない、アンチヒーローな傑作ハードボイルド

グラスゴーを舞台にした「刑事ハリー・マッコイ」シリーズの第二弾。連続殺人事件を捜査することになったハリーが否応なく、忘れたい過去に直面させられるノワール・ハードボイルドである。
建設中のタワー屋上で発見された惨殺死体は地元のプロサッカー選手で、彼はギャングのボス・スコビーの一人娘・エレインの婚約者だった。すぐに容疑者として、スコビーの汚れ仕事を担当していたコナリーが浮上した。コナリーは精神的に不安定になり、エレインにつきまとっていたという。ハリーたちはコナリーを追い詰めたのだが、すんでのところで逃してしまう。さらに、コナリーはエレインの周囲に出没し、ボスのスコビーまで襲おうとする。そんな中、前作(血塗られた一月)でハリーの命を救ってくれた、幼馴染で地元の若手ギャングのボス・スティーヴィーを見舞ったハリーは一枚の新聞記事を見せられ、激しく動揺する。そこには、ハリーやスティーヴィーが児童養護施設にいた頃に性的虐待を加えていた男が映っていたのだった。さらに、教会でホームレスが自殺する事件が発生し、残された遺品を調べていたハリーは、スティーヴィーに見せられたのと同じ記事があるのを発見する。花形サッカー選手とホームレス、全く無関係に見えた二つの事件が、ハリーの過去を媒介にしてつながっていった・・・。
一匹狼の刑事が難事件を解決するという警察ハードボイルドの基本はしっかり守りながら、そこに児童の性的虐待の被害当事者をぶつけることで、ストーリーが何層にも重なり合い、ねじれあって展開する複雑で手応えのある物語になっている。訳者あとがきにもあるように、前作からさらにパワーアップしたことは間違いない。オススメだ。
月名のタイトルから推察できるようにシリーズ化されており、イギリスでは一年に一作、現在では6月まで刊行されているというので、まだまだ楽しめそうである。
闇夜に惑う二月 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アラン・パークス闇夜に惑う二月 についてのレビュー
No.490:
(8pt)

特異なキャラで成功したハードボイルド警察小説

かつては繁栄を誇ったものの没落した落ち目の大都会・グラスゴーを舞台にした、刑事ハリー・マッコイが主役の警察ミステリー。本作がデビュー作かつシリーズ第1作で、作品を刊行するごとに評価を高めているという新進気鋭の作家らしい、新鮮でインパクトのあるハードボイルドなノワール作である。
マッコイは服役中の囚人・ネアンから刑務所に呼び出され「明日、ローナという少女が殺される」と告げられた。少女を探し始めていたマッコイだったが、翌朝、マッコイの目前で少女は銃殺され、犯人の少年も自分の頭を撃って自殺した。ネアンはなぜ事件を予言できたのか、事情を聞くために刑務所を訪れたのだが、その日、ネアンは刑務所のシャワー室で殺害されたという。マッコイと新人刑事のワッティーのコンビは捜査を進め、自殺した少年が地元の重鎮であるダンロップ卿の邸で庭師として働いていたことを突き止めた。しかし、マッコイとダンロップ卿には深い因縁があり、それ以上の捜査をしないよう警察上層部から圧力をかけられた。だが、マッコイは執拗に、命をかけてまで悪を追い詰めようとする…。
どれほどの圧力があろうと巨悪を許さない、正義感あふれる刑事が主役かというと、そうではない。マッコイは、どちらかと言えば悪徳警官に分類されても仕方ない言動をとるはみ出しものであり、だからといって、いい加減な捜査をする訳ではなく、しかも喧嘩や暴力には強くない、刑事物では珍しいキャラクターのアンチヒーローである。幼くして親に見捨てられ、教会の保護施設で育てられたことから様々なトラウマを抱えた「弱さ」が印象的な刑事である。このミスマッチ、違和感のあるキャラ設定が本作の最大の特徴で、ハードボイルドでありながら親近感を抱かせる。
刑事もの、ハードボイルド、ノワールのファンに一度は読んでもらいたい傑作としてオススメする。
血塗られた一月 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アラン・パークス血塗られた一月 についてのレビュー