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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1137件
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アスペルガー症候群の18歳の青年が主人公の悲しくもユーモラスなミステリー。スリリングではないが、登場人物に共感する部分が多く、心地よい読後感が得られる。
人とのコミュニケーションは苦手だが、興味を持つことへの追及心は並外れているパトリックは、8歳のときの父親の事故死をきっかけに「死」への探求心を刺激され、小動物の死骸を集めたり、少女の死体の写真を集めたりしていたが、18歳になり優秀な成績で医大に合格し解剖学を学ぶことになる。解剖実習の授業では、遺体を解剖し、死因を突き止めるという課題が学生に与えられた。パトリックの班に割り当てられた遺体「19番」の死因は容易には判明しなかったが、パトリックは遺体からある不審物を発見したことから、授業のレベルを越えて、個人的に死因の究明に取りつかれて行く。コミュニケーション障害の為、周りとさまざまなトラブルを起こしながらパトリックが明らかにした真相は、隠されていた殺人事件を暴露することになる。 パトリックの言動、母親を始めとする周囲との軋轢の歴史、19番の死因の究明を本筋に、昏睡状態の入院患者の記憶、それを世話する看護師のラブコメがサブストーリーとして展開される物語は、生と死の分かれ目を追及する重いテーマでありながら、どこかユーモラスで、心温まる物語にもなっている。周到に張り巡らされた伏線が最後に見事に結実し、ミステリーとしても上出来だ。 |
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表紙からして女性を意識した作品で、第二次大戦下を生き延びた女性のいき方を中心に据えた物語だが、ミステリーとしての完成度もなかなかで、男性読者にも十分読み応えがある。
16歳の時、自宅を訪ねてきた見知らぬ男を母・ドロシーが殺害するという衝撃的な場面を目撃したローレルは、50年後、死に瀕した母親を見舞うために故郷の家を訪れた。そこで、思い出の品々に触れている内に、50年前の恐ろしい記憶が甦った。あの事件はローレルの証言もあって、当時、近隣に出没していた連続強盗に遭遇した母の正当防衛として処理されたが、実は、男は「やあ、ドロシー、久しぶりだね」と声を掛けていたのだった。明らかに、男と母は知り合いだったのだ。男の正体は、何者なのか? そして、母はなぜ、あの男を殺してしまったのか? ローレルは、残された写真や関係者の証言によって母の秘密を探ろうとする。 母の秘密を探るストーリーは、現在と戦時下のロンドンを行き来しながら、ゆったりと進んでいく。そこでは、ドロシーや関係する人々の生活を通して、1930年代から60年代ごろの女性の生き辛さと力強さが描かれている。派手なアクションやどんでん返しとは無縁だが、読者をぐいぐい引き込んで行くパワーが感じられる。 母の秘密が暴露された後に付け加えられた小さなエピソードがしゃれているのは、訳者あとがきによると、この作家ならではのもののようである。 |
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27歳のスイス人作家のデビュー作でフランスを始め、ヨーロッパでベストセラーになったという。ストーリーもキャラクターも登場人物の会話も、ぐいぐい引き込まれて行く面白さとちょっと乱暴過ぎる部分とが混在していて、若い作家のパワー全開というところが、作品の内容とシンクロして人気を呼んだのではないだろうか。
デビュー作が大ヒットして二十代で人気作家となったマーカスだが、二作目が書けなくて行き詰まっていた。そこで、大学時代の恩師でアメリカを代表する作家でもあるハリーの家を訪ねてアドバイスを受け、再び執筆への意欲を取り戻し始めていた。ところが、ハリーの家の庭から33年前に行方不明になっていた15歳の少女・ノラの白骨死体が発見され、ハリーが容疑者として逮捕される事態になった。ハリーの無実を信じるマーカスは、ハリーを助ける為に独自に事件の真相を調べ始め、それを二作目の本にすることを決意する。マーカスのドキュメンタリー小説は空前のベストセラーになり、ハリーも起訴を取り下げられて釈放されたが、マーカスの作品に致命的な欠陥が見つかった・・・。 街中の人々に愛されていたノラを殺したのは、誰か? ミステリーとしてのポイントは犯人および動機の解明で、33年前の事件と現在の状況を行き来しながらダイナミックな展開で読者を引き付ける。特に、終盤でのどんでん返しの連続は上手い。少女殺人事件だけに絞った作品にしていたら、全体の長さは2/3ぐらいに凝縮され、評価は1.5倍になっていただろう。 しかし、著者はミステリーを書こうとした訳ではないという。「とにかく面白い話を書きたい」ということで、エンターテイメントの一要素として殺人事件を取り入れたのであり、作品の主眼はマーカスとハリーの師弟関係にあるという。こうした背景が作品の性格を複雑で曖昧にし、読者の評価が大きく分かれる要因といえるだろう。 ミステリーに絞れば冗長な印象は否めないが、エンターテイメントとしては上出来の作品である。 |
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ロサンゼルスの街中で銃撃事件に巻き込まれて相棒を死なせてしまったパトロール巡査・スコットと、アフガニスタンでの戦闘でハンドラーを失った軍用犬・マギー、心身に深い傷を負った者同士が新たな相棒を見つけ、再生していく物語。このタイプの作品の定番通り、一人と一匹が一体となって力を合わせ問題を解決するのだが、犬の外見や行動はもちろん心理状態まで丁寧に描かれているのが読ませるポイント。警察小説、ミステリーファンにはもちろん、犬好きの読者には絶対のオススメだ。
心身の負傷によってSWATの夢を諦めたスコットは警察犬隊への配属を希望し、ハンドラー養成課程を終了したとき、軍用犬の任務を解かれて警察犬候補として連れてこられていたマギーと出会い、指導官に頼み込む形でペアを組んだ。お互いに「突然の大きな音にびくつく」というPTSDに悩まされながらも、相棒としての絆を深め、スコットが遭遇した事件の真相を探ることになる。 ストーリーは分かりやすく、善人悪人がはっきりしているので読みやすく、読後感もすこぶる爽やか。しかしながら単純な印象ではなく、ハートウォーミングで味わい深いのは、やはり犬の力だろうか。 |
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第二次世界大戦当時、従軍記や戦場報告記で戦意高揚に貢献した林芙美子の愛と葛藤を描いた作品。まさに桐野夏生らしい視点と表現で、林芙美子の破天荒な生き方を活写している。
ミステリーとは無関係な作品である。 |
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発売早々、書評紙誌で高い評価を受け、「オーシャンズ11」の監督から絶賛されたという、クライムノベルの新星ルー・バーニーのデビュー作。粋でお洒落な会話、凄惨なシーンが無い犯罪描写、スピーディーな場面展開は、まさにアメリカン・ノワール映画の王道、「オーシャンズ11」を彷彿させる傑作エンターテイメント作品である。
刑務所から出て来たばかりのシェイクは、旧知のアルメニア人マフィアの女ボスから車をラスベガスに運び、交換にブリーフケースを受け取って戻る仕事を依頼された。車泥棒と犯罪集団の運転手をやってきたシェイクには簡単な仕事だった、車のトランクに閉じこめられたジーナに気付くまでは・・・。 ジーナに心を惹かれたシェイクがジーナを助けようとしたことから、二人はラスベガスのギャングを敵に回して逃げ回るハメに陥った。さらに、ブリーフケースの中身である500万ドルの価値を持つ聖遺物を換金するため、二人はパナマに飛び、隠棲する大金持ちのコレクターを探すことになった。 主役の二人、シェイクとジーナがどちらも、お互いを信用できない悪党ながら憎めなくて、思わずどちらにも肩入れしたくなる魅力があるのが、本作品のポイント。登場人物のキャラクターといい、ストーリーといい、まさにエルモア・レナードの後継という印象を受けた。 軽やかなクライム&コンゲーム作品が好きな人には、絶対のオススメ! |
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英国ミステリーの女王・ウォルターズが「普段、本を読まない人、あまりミステリーを読まない人」向けに、読みやすさを重視して書いたという中編が2作、納められている。しかし、そうした背景から想像するような軽めの作品ではなく、どちらも普通の人間がちょっとしたことから育ててしまう狂気がしっかりと描かれており、なかなかの読み応えがある。
「養鶏場の殺人」は実際にあった事件を小説化したもので、物語が終わったあと、裁判結果に異を唱える作者の意見が付け加えられている。主人公(この作品では、加害者と被害者の双方)の心理を丁寧に描き出すことで、単なる事件再現ものではなく、味わい深いミステリーとなっている。 「火口箱」は、最新作「遮断地区」同様に人種的偏見を取り上げた、ウォルターズらしい作品。イギリスの静かな片田舎で起きた老女殺人を題材に、アイルランド人に対する偏見と差別を描いている。さらに、「誰が、何故?」という謎解きについても、周到な伏線と見事などんでん返しが用意されていて、短くてもレベルが高いミステリー作品になっている。 |
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「ハリー・ポッター」シリーズのJ.K.ローリングが別名で書き始めた「私立探偵コーモラン・ストライク」シリーズの第一作。イギリスの作品では数少ない私立探偵もので、アメリカの私立探偵ものとの共通点、相違点が面白い。
アフガニスタンで足首を吹き飛ばされて軍隊を引退し私立探偵を始めたストライクは、ビジネスは下落の一途をたどっており、私生活でも超美人の恋人に振られ、住まいを追い出されるというどん底にあったとき、少年時代の親友の兄が訪ねてきて、「三ヶ月前に自殺したとされている妹は殺されたのではないか、調査してもらいたい」という依頼を受ける。依頼者の妹はイギリスのトップモデルとして有名で、その死は大きな話題になっただけに自殺という警察発表に疑問はないと思っていたストライクだが、高額の調査費に引かれて調査を引き受けることにした。死亡した妹の周辺調査から彼女を利用しようとしていた様々な人物が浮かび上がり、他殺の可能性が捨て切れなくなってきた。 トップモデルと兄はともに養子で、複雑な家族関係、人間関係を抱えていた。一方、ストライクも有名ロックミュージシャンの婚外子で、家族に関する屈折した思いを抱えており、全編を通して単純なハードボイルド物語にはなりきれない、ヒューマンドラマの柔らかさが感じられる。さらに、臨時の派遣秘書として雇われたロビンが色気だけではない華やかさと優しさを添えている点も、人情物語としての完成度を高めている。 犯人探しの点では最後にややご都合主義なところもあるのだが、ミステリーファンにも十分に楽しめるだろう。殺伐としたアメリカン・ハードボイルドに忌避感を持つ人にもオススメしたい。 |
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人並み以上の野心と努力で成功を収めた不動産開発業者のトッドは、美しく聡明なサイコセラピストで主婦としての役割も完璧に果たすジョディとふたり、シカゴの高級コンドミニアムで事実婚生活を送っていた。一緒に住み始めて25年、トッドの浮気性が多少の波風は立てるもののジョディの落ち着いた対応で平穏な日々が続いていた。ところがあるとき、トッドが少年時代からの旧友の娘・ナターシャに心を奪われ、妊娠させたことから、二人の間に亀裂が生じ、その溝は徐々に深まっていった。浮気を隠しおおせているつもりでいて、秘かに子供の誕生に期待するトッド、夫の浮気を知りながら沈黙を続けるジョディ、ジョディと別れて結婚するように迫るナターシャ、三人の思惑がぶつかり合い、静かな緊張感が高まっていき、やがて悲劇のクライマックスを迎えることになる。
本作の読みどころは、美人で性格が良くて、主婦としても妻としても申し分が無く、しかも自立した女性でもあるジョディが、深い沈黙の影でじわじわと復讐心を育てていく怖さにあるのだが、もう一面から言うと、これだけ完璧な妻を持ちながら若くて奔放でわがままなナターシャに惹かれ、なおかつ女房との生活もだらだらと維持していきたいという能天気なダメ男であるトッドの浮世離れした物語でもある。トッドの視点から見れば、訳が分からない内に悲劇に巻き込まれた男のコメディーとも言えるのが面白い。もちろん、トッドは正真正銘の当事者なんだけど。 なお、著者のハリスンは本作刊行の2ヵ月前にガンで死去し、これだけ優れたデビュー作が遺作となってしまったという。もうけっして次作を読むことができないというのは、誠に残念というしかない。 |
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アメリカ心理ミステリの随一の鬼才(扉の紹介文)マーガレット・ミラーの1950年の作品。少しも古さを感じさせない、ロマンチックサスペンスである。
独身女性医師・シャーロットの診療所に予約無しで訪ねてきた若い女性・ヴァイオレットは、望まぬ妊娠をしており堕胎をして欲しいと頼み込んできた。依頼を断ったシャーロットだったが、診療所から姿をくらませたヴァイオレットが気になり、その夜遅く彼女の下宿先を訪ねてみた。そこでヴァイオレットが二人連れの男に連れ出されたと聞かされ、さらにシャーロットは戻った自宅で強盗に襲われる。次の日、ヴァイオレットの水死体が発見され、刑事が診療所に訪ねてきた。ヴァイオレットの死とシャーロットの間には、いつの間にか悪意の糸が張り巡らされていた・・・。 当時には珍しく自立した女性であり、仕事にプライドをもつ医師であるシャーロットは、患者の夫である弁護士・ルイスと不倫関係も前向きにとらえ、健康的に生きていた。一方、ヴァイオレットは、どうしようもない暴力的な夫や小悪党の叔父たちとの田舎の貧乏暮らしからの脱出を夢見ながらあがいていた。対照的な二人女性の生き方を対比させながらストーリーは犯人探しへ、さらなる事件へと、サスペンスを高めながら進み、悲劇的なクライマックスを迎えることになる。 時代を先取った女性の心理ミステリーとして、今でも十分に読み応えがある作品だ。 |
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闇の探偵バーク・シリーズのヴァクスが、シリーズ中断中の1993年に発表した単発作品だが、作品全体のテイストはバーク・シリーズと共通している。
ゴーストと呼ばれる殺し屋は、かつてコンビを組んで美人局をやっていた相棒で、彼が服役中に姿を消したシェラを探すために、闇の世界の奥深くへと分け入っていく。アメリカのさまざまな都市のいかがわしい街を探し回るのだが、ひとりでは成果が得られず、闇社会の情報通を頼ることになり、相応の見返りを求められる。必殺の武器である自分の両手を頼りに困難で血なまぐさい任務を果たしたゴーストは、ついにシェラの居場所に辿り着くが、そこに待っていたのは・・・。 冷酷非情でありながら純粋な恋情を抱き続ける不器用な主人公の生き様が心に響く、切ないノワール小説で、バーク・ファンには文句なしにオススメできる。ただ、あまりにも非情というか、ハートの無いストーリーなので、ハードボイルドにもロマンを求める読者には合わないかもしれない。 |
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最近では「ヴァイオリン職人の探求と推理」が思い浮かぶように、老人の主人公が活躍するミステリーはたまに目にするのだが、本作の主人公はなんと87歳! ほとんどの紹介記事で「ミステリー史上最高齢のヒーロー」とされている、高齢化社会を先取りした作品である。
老妻とふたりで引退生活を送っている元凄腕刑事バック・シャッツは、臨終の床にあった戦友から「あんたを痛めつけたナチ強制収容所の将校が金塊をもって逃げている」と知らされる。最初は気乗りがしなかったのだが、取り合えずその男の行方を探ろうとしたところ、周辺で不可解な殺人や不穏な事態が続発した。捜査権限はもちろんのこと、捜査活動を続ける体力もなく、あるのは「意地と皮肉」だけという老人がITに強い孫と357マグナムの助けを借りて獅子奮迅の働きを見せる。 本作の魅力は、なんと言っても87歳の主人公。ところかまわずラッキーストライクを吹かし、相手構わず強烈な皮肉を連発する一方、庭の芝生の手入れも出来なくなった体力不足と、医者に指摘された認知症の初期症状に悩んでいるところが人間的で微笑ましい。主人公のキャラの強烈さに隠れてしまいそうだが、犯人探しのストーリーもしっかりしていて、良質なミステリーとしてもオススメ。 |
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2010年に発表されて以来、本国スウェーデンをはじめヨーロッパでベストセラーになっている「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズの第一作。すでに実績のある脚本家ふたりが書いているだけあって、主人公も、他の登場人物も魅力的で、ストーリーも波乱に富んでいて非常に楽しめる。
ストックホルムにほど近い静かな街で、心臓をえぐり出された男子高校生の死体が発見され、地元警察の要請を受けて国家警察の殺人捜査特別班の4人の腕利き刑事が捜査に乗り出した。殺された少年は家庭に恵まれず、以前の高校ではいじめに遭い、転校先でも友達が少なかったという。捜査が進むにつれ、少年の通う名門高校には隠された問題があることが分かってきた。さらに、少年の関係者が殺害され、家が放火されるという新たな事件まで発生した。 事件捜査の主役は捜査特別班のメンバーだが、ひょんなことから(ちょっと邪な動機から)捜査に加わることになった元プロファイラーのセバスチャンが、物語全体を引っかき回すところが、本作の読みどころ。かつてはトッププロファイラーとして活躍したセバスチャンだが、自信過剰、傲岸不遜、協調性ゼロ、おまけにセックス中毒で捜査関係者であろうと関係なくベッドに入ってしまうという、ねじれにねじれた人間性が影響して、他のメンバーからは総スカンをくらうのだが、そんなことには一向にへこたれず、独自の解釈で捜査の方向性をリードすることになる。 ミステリーにはいろんなタイプの主人公が出て来るが、セバスチャンほどひねくれた捜査側の人物はおそらく初めてだろう。少なくとも、自分の読書体験では出会ったことがないキャラクターである。そういう人間になるには、それなりの背景があるのだが、表面的には実に「イヤな奴」で読んでいて共感を抱くのが非常に困難だった。しかし、最後の最後に、セバスチャンの抱える鬱屈が晴らされるような展開が待っていて、読者は救われる。 ストーリーの魅力と、それ以上の登場人物の魅力。シリーズの成功が納得できるデビュー作である。 |
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シリーズ主人公のハゲタカこと、禿富鷹秋警部補が死んで終わったはずの「禿鷹シリーズ」だが、「禿鷹外伝 禿鷹V」が登場し、新たなシリーズが展開されるようだ。
警察史上最悪の悪徳刑事・ハゲタカが命を賭けて隠そうとした神宮警察署の裏帳簿のコピーは、同僚の御子柴から警察庁の特別監察官・松国を経由して警察官僚の上層部に渡されたが、上層部はこれを握りつぶすことを決めた。この決定に不満を持つ松国はメディアでの暴露を工作する。それを察知した上層部は、ハゲタカの天敵・岩動警部にコピー回収を命令する。岩動は南米マフィアの残党や新宿を根城とするヤクザを操って回収に乗り出し、ハゲタカと懇意で渋谷を縄張りとするヤクザ渋六興業を巻き込んだ壮絶な戦いが繰り広げられることになる。 シリーズお馴染の登場人物に新たに加わった強烈なキャラクターが、ハゲタカの未亡人・司津子。若い頃の岩下志麻をしのぐ和風美人ながら、ハゲタカ以上に得体がしれない不気味さを秘めている。さらに、これまでは脇役に徹していた、冴えない中年警部補の御子柴がハゲタカ譲りの図々しさを発揮してヤクザや同僚を振り回すという変身を見せる。御子柴の新たな相棒になった嵯峨警部補も相変わらずの食えない言動で、周りに疑心暗鬼を引き起こしていく。 とにかく、登場人物全員が悪人というか、腹に一物を持つ人物ばかりで、誰が正義か、何を信用すれば良いのか分からないまま暴力的なクライマックスを迎えることになる。読者は正邪の判断は保留して、スピーディーでスリリングなストーリー展開と派手なアクションを堪能するのが、本作の楽しみ方だと言えるだろう。シリーズファンはもちろん、単発で読む読者も楽しめること請け合いだ。 |
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ウォールストリートで20年以上の勤務経験を持つ著者が自身の体験をもとに書き上げたデビュー作で、2013年のシェイマス賞最優秀新人賞の受賞作である。
最近目にすることが多い金融サスペンスものだが、花形トレーダーとして大金を稼いでいたのに不正行為で2年間服役し、出所したばかりという主人公・ジェイスンの設定が面白い。裁判所命令で金融関係には就職できず、とりあえずの現金が欲しいジェイスンは、証券会社の最高財務責任者から「事故死した若手社員の取引に不正があるかどうかを確認して欲しい」という依頼を受ける。非協力的な社員や乏しいスタッフに苦労しながら調査を進めたジェイスンは、大掛かりな不正行為の存在を発見し、FBIに協力して摘発しようとする・・・。 ミステリーとしての本筋は金融不正行為をめぐるサスペンスで、一筋縄ではいかないジェイスンの性格もあって、犯罪者やFBIなどとの虚々実々の駆け引きが面白い。しかし、本作品が高い評価を得たのは、ジェイスンが自閉症の息子・キッドと懸命に向き合って親子二人の生活を成り立たせようとする「父子の成長物語」でもあるからと言えるだろう。身勝手な前妻、その再婚相手、さらには世間の無理解に直面しながら奮闘するジェイスンとキッドに思わず声援を送りたくなる。 金融サスペンスというより、父と息子の心温まるハードボイルドとしてオススメしたい。 |
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1958年生まれというから遅咲きの英国人作家ポール・アダムの本邦初訳作品。タイトルの通りにヴァイオリン職人である63歳の素人探偵が主役の静かな味わいのミステリーである。
イタリアのヴァイオリン職人・ジャンニの親友で同業者のトマソが殺害された。共通の友人で地元警察の刑事であるアントニオに協力して犯人探しを始めたジャンニは、トマソが極めて高価なヴァイオリン、幻のストラディヴァリを探してイギリスに行っていたことを突き止めた。金銭的に豊かでなかったトマソがイギリスまで行ったのは、古いヴァイオリンのディーラーかコレクターの依頼に違いないと見当をつけたジャンニは、ヴァイオリンの名器を取引する業界の知り合いに探りを入れ始め、別の殺人事件に遭遇することになった。 主人公は真っ当で誠実な職人だが、幻の名器を巡って巨額の金銭が飛び交う業界は、悪徳ディーラー、詐欺師、贋作師が跋扈し、真実と嘘の見分けがつかなくなる闇の世界だった。ジャンニは持ち前の豊富な知識と人脈を活用し、歴史の謎を解きながら一歩一歩真実に近づいていった。 63歳の素人探偵が主役なので派手なアクションシーンやサスペンスの盛上りはなく、淡々のストーリーが流れていくのだが、所々に挿入されている深い人生経験に基づいた言動がじんわりと心を温めてくれる。ミステリーとしてもレベルが高い作品だが、ヒューマン小説としても高く評価できる。古典的な探偵小説ファン、アームチェアディテクティブのファンにオススメだ。 |
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2012年のデビュー作「ブラック・フライデー」でシェイマス賞最優秀新人賞を受賞した実力派新人マイクル・シアーズの第2作。デビュー作と同じく、ウォールストリートで華々しく活躍していながら金融不正の罪で2年間服役して出所した元花形トレーダー・ジェイスンを主人公とする作品である。
一代で大手投資銀行を築き、大富豪として知られた銀行家が巨額の投資詐欺で逮捕され、拘置所で自殺した。遺族は、父親には30億ドルという巨額の隠し資産があるのではないかと疑い、ジェイスンに調査を依頼する。スイスに500万ドルの年金を隠してはいるものの当面の仕事にも金のやり繰りにも苦労していたジェイスンは、高額の報酬に惹かれて調査を引き受けた。自殺した銀行家の関係者への聞き取りからスタートしたジェイスンは、銀行家が麻薬組織のマネーロンダリングに加担していた疑いを深めていく。それと同時に、ジェイスン本人と家族にあからさまな脅迫が加えられるようになってきた。 投資詐欺やスイスのプライベートバンクを利用した資産隠しという金融犯罪を扱った作品だが、高度な金融知識がなくてもストーリーが理解でき、ミステリーとしてのストーリー展開もよく出来ているので、最後まで退屈することなく読みこなせる。さらに、ジェイスンと発達障害を持つ息子・キッドとの親子関係、あるいは離婚した妻、バーテンダーである父親などとの家族関係などが物語の背景として上手く描かれており、父と息子の心の交流を描いたハードボイルドとしても楽しめる。 このシリーズは好評を得ているようで、すでに3作目を執筆中だという。シリーズ作品なので第1作から読むのがベストだが、本作品から読み始めても問題なく楽しめること、請け合いだ。 |
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マーク・マクガイアとサミー・ソーサが熾烈な最多ホームラン数争いを繰り広げていた1998年夏、ノース・カロライナ州の養護施設に暮らすイースターとルビーの姉妹のところへ、3年前に母親と離婚し行方が分からなくなっていた父親ウェイドが訪れ、一緒に暮らそうという。しかし、親権を放棄していた彼には娘達を引き取ることは許されず、ある夜、娘達の部屋に窓から忍び込んで二人を連れ出してしまう。イースターとルビーの訴訟後見人で元刑事のブレイディは姉妹を連れ戻すために三人の行方を追い始めるが、もうひとり、三人を追ってくる凶暴な人物がいた・・・。
ストーリーの本筋は、新しくやり直したい父親と娘が車での逃避行の間に親子の絆を構築できるかというロードノベルであり、サブとしてブレイディの捜査活動と、地元の悪役のボスがウェイドに盗まれた金を取り戻すために差し向けた殺し屋の追跡が、サスペンスを加えている。 ミステリー、サスペンスとしてはさほどの出来ではないが、親子の情、アメリカ南部の情景、ソーサとマクガイアに熱狂する時代状況などが物語に深みを与えており、しみじみとした味わいがある。何より印象的なのは、12歳の多感な少女・イースターの強さと優しさである。メジャーリーグを目指しながら挫折した父親ウェイドをはじめ、悪役のボス、地元警察など周りの大人がやや間抜けなだけに、イースターの健気さが際立っていた。 ロードノベルファンにはオススメだ。 |
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道警シリーズの最新作。第7弾ともなるとマンネリの感が拭えず、今回も安定した面白さではあるが、読者を引き込む様な迫力は感じられなかった。
宝石商強盗事件に出動した津久井は、犯人逮捕の現場となったホテルのラウンジでピアノを演奏していた女性が気になった。その後、お馴染のジャズバー・ブラックバードでそのピアニスト・奈津美に再会し、お互いに惹かれ合う。奈津美は、札幌の夏の風物詩「サッポロ・シティ・ジャズ」にサックス奏者四方田純カルテットに誘われての出演が決まり、張り切っていた。ところが、公演の前日、四方田純のファンの女性の刺殺体が発見され、奈津美にも犯行に関与しているとの容疑がかけられた。 ストーリーは、強盗事件の捜査と女性殺害事件の捜査が並行して進行し、重要参考人を庇いたい津久井の苦悩を描いていく。同時に、佐伯と小島百合の大人の関係の進展、新宮の成長など、シリーズ作品ならではのエピソードが挿入されてくる。 事件、犯行、犯人に複雑さや奥深さは無く、警察の捜査としては「ちょっと、どうなの?」という面もあり、道警シリーズの初期のような警察小説としての面白さは薄れている。大人のロマンス小説、ハーフボイルドという印象を持った。 |
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日本でも安定した人気を誇る、コペンハーゲン警察の未解決事件専門部・特捜部Qシリーズの第5弾。今回、おなじみQのメンバーが挑むのは、アフリカの開発援助を担当していた外務官僚の失踪事件である。まじめで心優しい男性だったのに、担当するプロジェクトの進行を確認するための出張を一日早く切り上げて帰国したのち、まったく姿を消してしまったのだった。彼の事実婚相手の娘で、彼を慕っていたティルデは、情報提供を依頼するポスターをコペンハーゲン市内に張り出したが、情報は全く得られなかった。
それから3年後、特捜部Qのメンバー・ローセは偶然、そのポスターを入手し、乗り気ではないカール・マーク警部を説得し捜査を始めようとする。実は、そのポスターがローセの目に留まったのは、ロマ(ジプシー)を装った犯罪集団から逃げ出した15歳の少年マルコが、組織の追及を逃れながら一人で生き延びるための仕事としてポスター張りをしていて見つけたものだった。マルコはそのポスターを見て、自分が大変な犯罪の証拠を知っていることに気がついた。マルコは、自分の命が狙われていることを確信する。さらに、外務官僚の失踪に絡む汚職の犯罪者たちもマルコを捕まえようとする。 生粋のストリート・チルドレンであるマルコが、知恵と勇気と偶然を味方にコペンハーゲン中を駆け巡る逃走劇と、いまひとつ覇気が無いカール、病み上がりのアサド、やたらと正義感が強くなったローセというQのメンバーによる失踪事件捜査が並行して進行し、やがて悲劇と感動のクライマックスを迎えることになる。 本作では、読者の関心は圧倒的にマルコの逃走に向けられるだろう。いわば、Qのメンバーがマルコに主役を譲ったと言えるかもしれない。それでも、カールの老いらく?の恋話、ローセの意外な一面の暴露、アサドの秘められた過去の部分的な判明など、シリーズ読者には必読のエピソードも盛り沢山で、主役を譲ったのは彼らの余裕の表れといえるだろう。今回も、オススメの出来栄えだ。 |
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