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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 661~680 34/57ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.477:
(8pt)

悲しくて強い女たち(非ミステリー)

厳しい北海道の自然や社会状況に押しつぶされそうになりながら、それでも生き延びて行く悲しい女(と、それに関係する男)を描いた、短編集。7つの作品すべてに共通するのが「過ぎちゃえば、いろんなことがどうでも良くなる」という女の悲しさと強さである。
人生に生きづらさを感じたとき、「あなただけではないよ」と言ってくれるような作品集である。
誰もいない夜に咲く (角川文庫)
桜木紫乃誰もいない夜に咲く についてのレビュー
No.476: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

まさに「英国本格派」ミステリー

イギリス本格ミステリーの正統な後継者として人気が高まっている「フィリップ・ドライデン」シリーズの第4作。緻密な構成の謎解きが楽しめる、本格派ミステリー作品である。
歴史的な寒波に見舞われたイングランド東部の街の公営アパートで、すべての窓を開け放った状態で住人の男・デクランが凍死しているのが見つかった。閉所恐怖症で室内の扉を全部取り払っていたというデクランは、飲酒癖があり、過去に自殺を図ったことがあったことから警察は自殺と判断した。しかし、部屋のコイン式電気メーターに硬貨がたっぷり補充されていたことから自殺説に疑問を抱いたドライデンが調査を始めると、デクランの親友も奇妙な事故死にあっていた。さらに、二つの事件の関係者は、ある過去の出来事でつながっていたことが判明。その謎の解明は、ドライデン自身をも巻き込み、思いもよらない展開を見せるのだった。
伏線の張り方、読者をミスリードするエピソードの入れ方、謎が謎を呼ぶ展開の膨らませ方など、まさに英国本格派の真骨頂。しかも、現代的な社会問題を背景に置くことで、古臭さを感じさせないのも見事である。
シリーズの4作目だが、本作から読み始めても何の問題もない。英国本格派ファン、謎解きミステリーファンには絶対のオススメだ。
凍った夏 (創元推理文庫)
ジム・ケリー凍った夏 についてのレビュー
No.475: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ヴァランダー警部が生まれるまで

スウェーデンを代表する警察小説ヴァランダー・シリーズの9作目。「殺人者の顔」でデビューする前のヴァランダーの警察生活を描いた3本の短編と2本の中編で構成された作品集である。
マルメ署の22歳の新米警察官としてパトロールやデモ警備にいそしむ「ナイフの一突き」から、イースタ署のリーダーとしておなじみのメンバーと活躍する「ピラミッド」まで、年代順にヴァランダーの成長(?)の跡をたどっている。つまり、意固地で頑迷なヴァランダー警部というキャラクターがどうやって形成されたのかに、本書の主眼が置かれている。従って、犯罪の動機、犯人探しなどの警察小説部分より、家族、特に父親や妻(恋人から元妻まで)、娘、あるいは同僚たちとの関わりの方が読みどころとなっている。
シリーズファンには必読。北欧ミステリーファンにもオススメだ。
ピラミッド (創元推理文庫)
ヘニング・マンケルピラミッド についてのレビュー
No.474:
(7pt)

野球愛と夢(非ミステリー)

ホームドラマ風ミステリーと野球小説で独自の世界を築いている著者の野球をテーマにした書き下ろし作品。野球への愛と夢を諦めない人たちへのエールが詰まったハートウォーミングなエンターテイメント作品である。
かつて「天才少女投手」と言われたこともあった実咲だが、27歳になった今は会社が潰れて宿無しになり、転がり込んだ友だちのところからも追い出される散々な状況に陥っていた。そんな中、ふと立ち寄った女子プロ野球観戦がきっかけとなり、アラ還、アラ古希大歓迎という女子野球チーム「あかつき球団事務所」に居候させてもらうことになった。宿代代わりに練習を手伝うことになった実咲だが、ぎりぎり9人しかいないメンバーのほとんどが野球初心者というチーム事情にほとほと呆れ、出来るだけ早く辞めようと思っていた。しかし、様々事情から辞められずメンバーたちと付合ううちに、何かが刺激された気がしてきた・・・。
何かに必死で挑戦する姿を見て、自分も諦めた夢に再挑戦するという、ありがちなストーリーではあるが、50代以上の女子だけのアマチュア野球チームという舞台設定が成功して、どんどん感情移入して行き、最後には爽やかな読後感が得られる作品になっている。
野球好きの方、夢の力を信じたい方にはオススメだ。
([あ]10-1)あかつき球団事務所へようこそ (ポプラ文庫)
青井夏海あかつき球団事務所へようこそ についてのレビュー
No.473:
(7pt)

女性蔑視の時代に抗う少女の成長物語として

イギリスの児童文学者の本邦初訳作品。ファンタジー作品であり、少女の成長物語であり、事件の謎を解くミステリー作品でもある。
ダーウィンの進化論が衝撃を与えた19世紀後半のイギリスで、著名な博物学者であるサンダリー師は化石のねつ造スキャンダルによって本土を追われ、小さな島に一家で移住する。だが、そこでもスキャンダルは広まり苦境に陥る中、サンダリー師が死体で発見された。自殺と思われたのだが、父を敬愛する14歳の娘・フェイスは疑問を抱き、一人で真相を解明しようと決心する。父が隠していた「嘘を養分として成長し、その実を食べると真実が見える」という不思議な木を発見したフェイスは、その木の力を借りて父の死の謎を解いていく・・・。
まあ、ありえない設定が気に入るかどうかで作品の評価が決まって来るのだが、ミステリーというより、少女の成長物語として読めば、それなりの面白さがある。ファンタジー系の作品が好きな方にはオススメできる。
嘘の木
フランシス・ハーディング嘘の木 についてのレビュー
No.472: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

サスペンスフルではあるけれど

ドイツでは人気が高いのサイコミステリー作家の2014年の作品。ミステリー評論家の評価が高く、「サイコ」を抜いたミステリーとの評価を目にしたのだが、立派にサイコなミステリーである。
ドイツ警察の囮捜査官・マルティンは、5年前に妻と息子が姿を消した(自殺したとされた)豪華客船「海のスルタン」号の乗客である老女から「息子のテディベアが見つかった」という奇妙な電話を受けた。しかも、テディベアは2か月前に船内で行方不明になっていて、突如として姿を現した少女が持っていたという。仕事を放り出して船に乗り込んだマルティンだが、テディベアの謎を解くことはできず、さらに別の事件に巻き込まれてしまった。巨大な客船には深い闇があり、マルティンは踏み込めば踏み込むほど迷路にはまってしまうのだった・・・。
客船という閉鎖空間での事件、過去の事件と現在の事件の奇妙なつながり、誰もが何かを隠しているような登場人物など、サスペンスミステリーの基本的な要素がたっぷり詰め込まれている。また、人物のキャラクター設定も明確で理解しやすい(訳者が上手だということだろう)。それでも読後感がイマイチだったのは、犯行動機、捜査手順などにリアリティが欠けているから。結末部分でのどんでん返しも、ご都合主義に過ぎる気がした。
サイコミステリーファンにはオススメできる。
乗客ナンバー23の消失
No.471:
(8pt)

死刑は正義なのか?

スウェーデンのジャーナリストと服役囚支援者という異色コンビによる「エーヴェルト・グレーンス警部」シリーズの第3作。日本では2011年に刊行され絶版になっていたのが2018年に再文庫化された作品である。グレーンス警部のチームによる捜査より死刑制度に焦点を当てた社会派ミステリーである。
スウェーデンで暮らすカナダ国籍の男が暴力事件で逮捕された。ところが捜査を進めると、ジョン・シュワルツと名乗るこの男のパスポートは偽造されたものだった。しかも、6年前にオハイオ州の獄中で死んだアメリカ人死刑囚であることを示す証拠が出てきた。もし、死を偽装して逃走した死刑囚であれば、アメリカ政府は引き渡しを要求し、死刑を実行するだろう。だが、EUの一国であるスウェーデンは死刑を廃止しており、死刑制度がある国への死刑囚の送還は禁止されている。とは言え、アメリカと良好な関係を維持したいスウェーデン政府は、引き渡しを拒めるだろうか? 死刑制度に反対のグレーンス警部たちは、あの手この手で送還を阻止しようとするのだが・・・。
事件捜査自体は単純で、グレーンス警部らは捜査より政治的な駆け引きに奮闘する。一方、ジョン・シュワルツの地元、オハイオ州の田舎町では被害者の父親を筆頭に死刑の実行を求める声が高まり、ジョンの引き渡しと死刑の実行は当然のことと思われている。このアメリカとスウェーデンの意識の違いが、物語を面白くしている。死刑制度が当然と捉えられている日本では、アメリカに近い世論が形成されるのだろうが、そこに小石を投げ入れるぐらいの波紋は起こしそうな問題提起を含んだ作品である。
警察小説としても合格点レベルに達しているし、シリーズ作品ならではのメンバーたちの様々な変化も興味深い。シリーズ愛好者には必読。社会派ミステリーファンにもオススメだ。
死刑囚 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド死刑囚 についてのレビュー
No.470:
(7pt)

既読感があるけど、面白い

イギリスの新人女性作家のデビュー作。2015年の発刊ながら、すでに7作目まで発表され人気シリーズの地位を確立した、若い女性警部が主役のテンポがいい警察小説である。
私立高校の女性校長が自宅浴室で溺死させられた。真面目で堅物の校長はなぜ殺されたのか? キム警部のチームが捜査に乗り出し、この校長がある遺跡の発掘に関心を持っていたことを知り、その理由を探ると、そこはかつて校長が勤める児童養護施設があった場所だった。さらに第二の殺人事件が発生、被害者が昔、同じ児童養護施設で働いていたことが分かった。しかも、遺跡の発掘場所からは子どもの白骨死体が発見された。殺されて埋められたのは誰か? 養護施設で何があったのか? キム警部のチームは、粘り強く事件の真相に迫っていく・・・。
ヒロインは34歳、独身、バイクが趣味で人付き合いが苦手で、ときには上司や規則を無視して突っ走るという、どこかで読んだことがあるキャラクターである。さらに、埋められていた死体が、現在の悲劇を引き起こすという構成も既読感がある物語だが、テンポよく話が進むのですいすいと読み進められ、読後感も悪くない。
軽めのミステリーがお好きな方にはオススメだ。
サイレント・スクリーム (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.469:
(7pt)

過去に引き戻されたようで、実は違う

MWA最優秀長編賞にノミネートされたという、女性弁護士が主役の作品。表4の紹介文ほどの衝撃作ではないが、思いがけない展開に引き込まれる法廷&犯人探しミステリーである。
43歳の女性弁護士オリヴィアは、3人を射殺したとして逮捕された容疑者の娘から「あなたがパパを助けないとダメ」という電話を受けた。戸惑うオリヴィアだったが、容疑者が学生時代からの恋人で結婚寸前でオリヴィアの側から破談にしたジャックだと知って驚愕する。一方的にジャックを傷付けたという負い目を感じていたオリヴィアが弁護を引受け、調査を進めたのだが、犯罪行為をする訳が無いと信じていたジャックには、様々な不利な証拠や背景がつきまとっていた。ジャックは罠にかけられたのか、計画的な復讐をとげたのか。オリヴィアがたどり着いた真実は・・・。
古くから知っていて、絶対に犯罪を犯すような人物ではないと信じていても、客観的な証拠が犯人ではないかと指し示したとき、どこまで信じれば良いのか。一般の人間ならまだしも、刑事弁護人となると「事実には目をつぶって弁護する」という苦しみもある。ヒロインの苦悩がメインテーマで、犯人探しのストーリーも説得力があり、どんでん返しではない揺れも面白い。
ただひとつ、物語とは関係のないことではあるが、43歳の女性弁護士が容疑者である同級生や検事、記者などを「きみ」という二人称で呼ぶのが、難点。言葉使いも、中途半端に中性的で違和感がある。会話文が続くと、だれの発言か確認するために読み返さなくてはいけなくて、読書のペースを乱されたのが不満だった。元の英文のせいなのかもしれないが、性別や年齢による言葉使いの差で発言者を判断する日本人読者に配慮して訳してもらいたかった。
償いは、今 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アラフェア・バーク償いは、今 についてのレビュー
No.468:
(7pt)

破滅型刑事のグダグダが重たいが

ノルウェーというより北欧を代表する警察小説シリーズ「刑事ハリー・ホーレ」の第5作。「コマドリの賭け」、「ネメシス」に続く三部作の完結編である。
オスロ市内で発生した猟奇的な女性殺人事件は、連続殺人の発端だった。3年前、ペアを組んでいた女性刑事エッレンが殺された事件に取り付かれながら、その事件を解決できないまま酒に溺れ、免職されようとしていたハリーだったが、人手が足りないことから連続殺人の捜査に駆り出された。二件目、三件目と事件が続き、ハリーたち捜査陣はようやく事件の背景、犯人の狙いを読み解き、次の犯行を防止し、犯人を逮捕するのだが・・・。
ミステリーとしては、連続殺人事件の解明が主軸なのだが、作品の中心は、ハリーがエッレン殺害事件の黒幕と目しているヴォーレル警部との対立に置かれている。さらに、ハリーのアルコール依存とそれからの立ち直りというのも大きなテーマとなっている。そのため、事件捜査より人物描写に力が入った印象で、特に前半のハリーのダメさ加減は読んでいてイヤになるほど重い。ここがもう少しテンポよく進んでいたら、もっと緊張感がある作品に仕上がっただろう。
もう一点、ハリーとヴォーレルがお互いを呼ぶときや容疑者を尋問するときに「おまえさん」という訳語が使われているのが違和感があり、読むリズムを狂わされたのが残念。
三部作の最後なので、前二作を読んでおかないと十分に楽しむことができないのに「コマドリの賭け」は絶版だったのだが、2018年2月、再版された。これから読もうとする方には、ぜひ第一作から読み進めることをオススメする。
悪魔の星 上 (集英社文庫)
ジョー・ネスボ悪魔の星 についてのレビュー
No.467:
(8pt)

老いることは無敵になること?

「犯罪は老人のたしなみ」に続く、スウェーデンの老人犯罪集団シリーズの第二作。今回も、奇想天外でユーモラスなノワールが楽しめる。
前作でラスベガスに逃げた老人たちだったが、ギャンブル生活にも飽き、里心がついてスウェーデンに帰ることにした。しかし、犯罪の動機だったスウェーデンの福祉への支援の資金が足りていないことから、帰国前のひと仕事としてカジノから大金を奪いとった。ところが、帰国してみると、ネット送金したはずの資金は途中で盗まれ、福祉施設に届いていないことが判明した。ガックリきた老人たちだったが気を取り直し、新たに5億クローナという大金を調達する犯罪計画を立て、よたよたと実行に移すのだった・・・。
今回もまた、行き当たりばったりの計画とボケ扱いを逆手に取った悪知恵で、様々な危機を乗り越えていく老人たちのたくましさが秀逸。犯罪が成功するのか失敗するのか、読者はハラハラドキドキさせられ、最後には安堵する。まあ、警察を始めとする捜査陣や周辺の人々が老人たち以上にボケているというか、老人を見くびることのしっぺ返しを受けるというお約束の展開が、安定した面白さをもたらしている。
シリーズ読者には、絶対のオススメ。シリーズ未読の方は、ぜひ第一作から読むことをオススメする。
老人犯罪団の逆襲 (創元推理文庫)
No.466:
(8pt)

ローセを救え!

デンマークを代表する警察小説「特捜部Q」シリーズの第7作。期待通りの高レベルな社会派ミステリーである。
今回も、特捜部Qは未解決事件に取り組むのだが、それは最近起きた老女殺害事件と類似しており、老女殺害を捜査している殺人捜査課と対立することになる。しかも、前回の事件から続くローセの精神的な不調が深刻化し、チームは重苦しい雰囲気に包まれ、四苦八苦していた。それでも粘り強く捜査を続けたチームは、2つの事件が、失業中の若い女性を狙ったと思われる連続ひき逃げ事件とも関連していることを突き止める。ローセという貴重な戦力を欠いたチームに3つもの難事件はとてつもない重荷だったのだが、不可能を可能にする特捜部Qはけっして諦めなかった・・・。
本作のメインストーリーは、社会福祉制度に寄生する「ずるい人間」と、それが許せなくて過激なリンチに走ろうとする「独善的な正義の人」の物語である。福祉制度が充実すればするほど、楽して甘い汁を吸おうという人間が出て来るのは、国民性や民族性に関わり無く、世界中で起きること。そういう矛盾を包み込んで成り立つ社会であり続けられるのかどうかが、民主主義の定着度を測る尺度と言える。それについては、独善的な正義の人として、ソーシャルワーカーとともに、デンマークに逃亡したナチス高官が描かれているところに、作者の考えが読み取れる。
シリーズ読者にとっては、メインストーリー以上に気になるのが、ローセの落ち込み具合で、カール、アサド、ゴードンと一緒に、ローセを救い出すために何ができるのか、最後までハラハラドキドキである。ローセの置かれた状況を理解しておくためにも、シリーズの順番に読み進めることをオススメする。

特捜部Q―自撮りする女たち─ 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.465:
(7pt)

世代をつなぐ復讐?

ニューヨーク市警刑事キャシー・マロリーシリーズの第10作。氷の天使が義憤に駆られて復讐を遂げるという物語で、従来の路線を踏襲しながらも、新しいマロリーが垣間見える作品である。
セントラルパークで、袋に入れられて木から吊るされている3人の男女が発見された。脳に腫瘍があり気がふれていた女は死亡し、社交界のスキャンダルで知られていた女は負傷しており、小児性愛者の男は入院したものの後に死亡した。年齢的に近いという以外の共通点が見つからない3人の被害者は、なぜ吊るされたのか? マロリーとライカー刑事は捜査を進めるうちに、15年前に同じ場所で同じような事件が発生していたことを発見した。しかも、その事件は記録が全く残されていなかった。誰が、何のために隠蔽工作をしたのか? 古い謎を追って二人の刑事はNY市の警察と司法の闇に踏み込んで行った。
一方、同じ日にセントラルパークで発見された8歳の少女ココは、小児性愛者に誘拐されており、誘拐犯が吊るされるのを目撃していた。少女は社会適合性に欠けるウィリアムズ症候群の診断され、チャールズ・バトラーの保護の下に置かれたのだが、マロリーは少女から証言を得ようとして、チャールズと対立する。
事件の背景には、小児性愛者といじめにあった子どもを巡る大人たちの醜悪な思惑があり、それを知ったマロリーが被害者の子どもの代わりに復讐するという展開になる。また、ウィリアムズ症候群の少女に過去の自分を見て、マロリーが少女に温かく接するという、氷の天使らしからぬ面を見せるのも、従来のシリーズ作品とは異なっている。そういう意味では、シリーズの転換点になる作品かもしれない。
過去と現在が複雑に入り交じる凝ったストーリーと複雑な文章表現で、読みにくいという点は、従来通り。シリーズ読者以外にはなじみにくい作品である。
生贄の木 (創元推理文庫)
キャロル・オコンネル生贄の木 についてのレビュー
No.464: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

お見事! 構成の上手さが抜群

アメリカの新進作家の長編第二作。いわゆる「交換殺人」ものかと思わせておいて、どんどん違う方向に引っ張って行く、パワフルなサイコミステリーである。
ロンドンの空港でボストン行きの便を待っていたアメリカ人のIT長者テッドは、バーで隣り合わせた若い女性リリーに声をかけられた。旅先の気軽さと多少の飲み過ぎで口が軽くなったテッドは、一週間前に妻ミランダの浮気を知り、殺してやりたいと思っていると口走ってしまう。するとリリーは、ミランダは殺されても当然だと言い、テッドに協力すると言い出した。ボストンで殺人計画を練った二人が計画を実行しようとしたとき、思いがけない事態が発生し、事態は急展開することになった。果たして、二人の計画は成功するのだろうか?
殺人計画の立案、実行、後日談という三部構成で、ミランダに対する計画殺人がメインストーリー、主犯となるリリーの過去の犯罪がサブストーリーで展開される物語は、最初から最後までスリリング。第一部ではテッドとリリー、第二部ではミランダとリリー、第三部では刑事とリリーのそれぞれの視点で構成される章が入れ替わるごとに、物語の様相が変化し、サスペンスが高まって行く。ディーヴァーのようなどんでん返しではないが、想定外の連続、意表をつく展開で、全編、緩むこと無く楽しめる。
好みのジャンルを問わず、多くのミステリーファンにオススメしたい。

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)
No.463: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

時空の歪みを浮遊するような楽しさ

2002年から2004年にかけて雑誌に掲載された5作品で構成された短編集。5作品は、主な登場人物は共通するものの時代設定や主役が異なっていて、「短編集のふりをした長編小説」(著者の言)である。
主要登場人物の3人が出会う一作目の「バンク」は、軽妙な展開を見せる銀行強盗小説。二作目と四作目は、家裁調査官の世界を舞台にした、今風の少年たちの風俗と大人の対応の話。三作目と五作目は、盲目の若者がアームチェアディテクティブとなる、軽めのミステリー作品である。
全体を通してテーマやストーリーの展開や移動がスピーディーで、ふわふわとダマされながら浮遊しているうちに物語を読みこむ快感に浸っているという、とらえどころが無くて面白い作品ばかりで、改めて伊坂幸太郎の技に酔わされた。
軽快な短編集が好きな方、ミラーボールがきらめくようなお話の世界が好きな方にオススメだ。
チルドレン (講談社文庫)
伊坂幸太郎チルドレン についてのレビュー
No.462:
(7pt)

芸術家が長命な理由が分かる

雑誌連載された長編小説。ミステリーではないが、一種の犯罪小説、ノンフィクションに近いスキャンダル小説である。
京都の日本画画壇の実力者で芸術院会員の座を巡って争う二人の猛烈な選挙活動を、リアルに、執拗に、傷口に塩を擦り込むようにして描いている。ある関係者が「これはノンフィクションです」と言ったそうだが、おそらくその通りだろう。とにかく、登場人物がみな一癖も二癖もある老人ばかりで、驚くべき執念深さで猟官活動に邁進する。そのエネルギーは驚異的で、芸術家と呼ばれる人種が長生きする理由はここにあるのかと納得させられる。
キャラクターの立て方、それぞれの言動などが、厄病神シリーズに通じるような切れ味とテンポの良さがあり、ページを捲るごとにどんどん物語の世界に引き込まれていく。
社会派のモデル小説がお好きな方には特にオススメ。厄病神シリーズのファンも十分に満足できるだろう。
蒼煌 (文春文庫)
黒川博行蒼煌 についてのレビュー
No.461:
(8pt)

国境の町の女の強さと脆さ

雑誌連載を元に単行本化された長編小説。道東の町に育ち、恋をし、生き抜こうとする女の生き方を描いた、ちょっとハードボイルドなエンターテイメント作品である。
戦後の匂いが強く残る昭和35年の根室。地元の老舗水産会社の三姉妹の次女に生まれながら、親に反抗して芸者になった珠生は、常連客の運転手を務める相羽に心を惹かれ、相羽が主人の罪をかぶって服役し、娑婆に戻ったところで一緒になる。主人から独立した相羽は、地元の裏社会を仕切る大物へと成り上がり、珠生の姉が嫁いだ運輸会社の長男と組んで、彼を代議士にするために裏の仕事を引受けていた。男たちの世界には口を出せない珠生は、口数が少なく、感情の動きを見せない相羽に心を乱しながら、ヤクザの姐さんの役割りを果たしていた。運輸会社の男は選挙で当選するのだが、選挙資金として汚い金を集めていた相羽には、密かに危険が迫っていた・・・。
お嬢様育ちながら芸者になった珠生が悩み、傷付きながら自分の生き方を貫いてゆく物語という、従来の作者のテーマの範囲内の作品である。ただ、住む場所が花街やヤクザの世界というのが新鮮で、従来の作品のようなひたすら重いだけのテイストではない。本作のセールストークにあるように、「極道の妻」的な面白さがあって、本格的なミステリーではないが、ミステリー要素を含んだエンターテイメントとして十分に楽しめる。
桜木紫乃ファンはもちろん、これまでの桜木作品が重苦しくて苦手だったファンにもオススメだ。
霧 (小学館文庫 さ 13-3)
桜木紫乃霧 ウラル についてのレビュー
No.460:
(8pt)

愚かで無様で不器用な男と女(非ミステリー)

2007年から10年に雑誌連載された長編小説。東日本大震災の前に崩壊しつつあった日本の地方の閉塞感をじっくり描いた、社会派エンターテイメント作品である。
大正時代に農業中心の理想郷を求めて建設され、現在では日本の繁栄から取り残されている東北地方の寒村を舞台に、不器用な生き方しかできない愚かな男と女の破滅的な戦いが展開される。その背景として、平成時代になって高齢化、過疎化、農業の衰退などで疲弊しきった農村社会の息苦しさが見事に喝破されている。この救いの無さは桐野夏生ワールドであるとともに、日本の社会の閉塞感の表れでもある。
ミステリーではなく、社会派作品としてオススメする。
ポリティコン 上
桐野夏生ポリティコン についてのレビュー
No.459:
(8pt)

14歳のままでいられたら・・・

2017年に発表された書き下ろし長編小説。連続殺人から物語は始まるのだが、ストーリーの中心は、13歳から14歳へ、子どもから大人に変わりゆく3人の中学生たちの喜びと悩みの物語である。だからといって、分かりやすい成長物語という訳ではない。
1980年代の台北市、義兄弟の契りを立てた3人組は、それぞれの家庭に問題を抱えながらも自由奔放に、けなげに、猥雑な町の悪ガキとして育っていた。ある日、いつも仲間の一人を痛め付ける継父を殺す計画を立て、密かに準備を進めていたのだが、その計画は想いもよらない結果を招き、14歳の少年たちは厳しい現実に向き合わざるを得なくなる。その30年後、アメリカで少年6人を殺害して逮捕されたサックマンと呼ばれる男は、三人のうちの一人だった。もう一人の仲間から頼まれてサックマンの弁護士となった「わたし」は、サックマンとともに自分たちの過去も振り返り、サックマンの犯行の動機を探ろうとする。30年後の悲惨な結果が、なぜ生まれたのか? その芽は14歳のときにすでに芽生えていたのだろうか? 永遠に解明できそうにない謎に挑んだミステリーである。
作者が得意な80年代の台湾が舞台になるだけに、登場人物たちがみな生き生きと行動し、ダイナミックなストリー展開が楽しい。連続殺人事件ものというより青春アクション小説である。ただ、サックマンがサックマンになる背景には非常に重いものがあり、軽く読み流せる作品ではない。
硬派というか、社会性が強い青春小説が好きな方にオススメだ。
僕が殺した人と僕を殺した人
東山彰良僕が殺した人と僕を殺した人 についてのレビュー
No.458: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

グダグダが面白い

2017年に発表された書き下ろし長編小説。あとがきにあるように「人質立てこもりものの決定版のはずが、硬派な犯罪小説には近づくことができなかった」という、どちらかと言えばユーモラスなミステリー作品である。
誘拐をビジネスとする組織の末端にいる兎田が人質立てこもり事件を起こしたのは、愛する妻を人質に取られ、組織の金を持ち逃げしたコンサルタントの折尾を探し出すように命令されたのがきっかけだった。様々な行き違いから、関係のない一家三人を人質に取ってろう城することになった兎田は、組織に設定された時刻が刻々と迫り、焦りの色を濃くしていた。そこに、現場を取り巻く警察、何やら曰くありげな人質の奇妙な言動が重なって、事態は収拾がつかなくなってきた。犯人・兎田は愛する妻を取り戻せるのか? 緊張と笑いに包まれて、事件は想定外の様相を呈するのだった・・・。
話の展開には、かなりの無理があり、スリルやサスペンスとは無縁のどんでん返しがあって、あとがきが言うように、正統派の犯罪ミステリーではない。ちょっとおしゃれなユーモアミステリーである。犯行の動機や犯罪の様相、解決までのストーリーを追うより、場面ごとの著者の技巧を楽しむ作品と言える。
伊坂幸太郎ワールドになじめる人にはオススメだ。
ホワイトラビット
伊坂幸太郎ホワイトラビット についてのレビュー