対岸の彼女

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対岸の彼女の評価:

4.24/5点 レビュー 357件。 A ランク

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全575件 561〜575 29/29ページ
No.15
(4pt)

人間の距離感

「女」という生き物は、「親友」を作りたがる。学生時代「親友」と呼べる人間は確かにいた。たまたま席が隣だったから、なんとなく話しかけてくれたから、という理由で、「親友」となった。別に吟味に吟味を重ねたわけじゃない。でも、いつもともに行動し、悩みを打ち明け、彼女となら何でもできそうな気がしていた。そんな関係はいつまでも続くように思えるが、学校を卒業し、違う道を進むと、いつの間にかぱったりと途絶える。
その後の「女」は「妻」となり、「母」となり、「親友」と呼べる人はそばにいない。「○○さんの奥さん」「△△くんのお母さん」となって、取り巻く人間関係は「女」個人を見てはくれない。また、独身であっても、「仕事」を通じてしか知り合う人はなく、そこに「親友」はなかなか現れない。
本書は、角田光代の直木賞受賞作。女性同士の微妙な人間関係を見事に描いた書といって良いであろう。結婚して一児の母となった小夜子は、公園での母同士のお付き合いもままならず、夫と姑だけの人間関係の中で悶々とした日々を送っている。一発奮起して飛び込んだ小さな会社で出会った、同い年の社長・葵。小さなことは笑い飛ばす、フレンドリーな彼女には、学生時代、世間を賑わせた過去があった。
子を持つ小夜子と「対岸」にいる独身葵。二人の間に起こる幸せとすれ違い。30代以上の女性なら、誰もが経験しそうな二人の関係。小夜子の前進により、希望の持てるラストになっているのが気持ち良い。とかく感情に流され、白黒はっきりさせないと済まない女性にとっては、小夜子の選んだ道は「大人」の選択といえるだろう。
読後、自分の周りの「友人」との関係をしみじみ考えさせられた。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.14
(4pt)

ナナコの言葉

ナナコの「何もこわくなんかない。こんなところにあたしの大事なものはない。
いやなら関わらなければいい」というのがとても気になった。
単純明快で、潔いけれど「関わらなければ」いいことと
「それでも、関わらなければならない」事があると思う。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.13
(5pt)

キラキラして美しくそして醜いあの頃と今

直木賞受賞作。
女子高生2人の友情に満ちた日々と、そのうちの1人の現在とを時間を交錯しながら描いていく物語。
過去の方の物語では、いじめられていた葵の憂鬱さやナナコの自由気ままな一匹狼的強さや、そしてその裏に抱えていたモノや、
2人の強く熱く、そして悲しい友情が大切に描かれている。
そう、角田光代という人は、本当に大切に一瞬一瞬を描く人だなぁと思う。
あの頃の、キラキラして美しくそして醜い日々をこんなに大切に描ける人がいるだろうか。
そして、葵は現在では女社長として会社を起している。
現在の場面では、新しく入社してきた同年代の主婦小夜子の目線から、葵とその周り人々、小夜子との交流が語られる。
結局私たちは、あのころも今も、同じように美しく、そして醜いのだと気づかされ、
そんな私たちを愛おしいと思わせる作品だ。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.12
(5pt)

胸に生まれる、何か。

初めて角田光代さんの小説を読みました。
まさに、喰わず嫌い、でした。
なんとなくふにゃふにゃの小説を思っていたのですが、
かっちりとした、読み進むにつれて
自分の胸の中に何かが生まれる小説です。
揺さぶられて頭がグラッとするような描写。
描かれているのはどこにでもいそうな2人の女性、
2人の女子高生。
だけど、誰もが感じたことのあるなんとも表現できない
感情が巧みに切り取られて、目を背けたいのに、
ほらっと皿に載せられて、見せつけられているようです。
また別の作品を読みたいと思います。
さすが直木賞受賞作。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.11
(5pt)

すばらしい

 どんな人間が読んでも感動出来る小説の代表のような小説だと思いました。ただの感動じゃない。じっくりと深い感動。
 ただ、小夜子という主婦は大人しいくせに頑固で私はあまり好きになれなかった・・。「私ではない誰かだったら」という想いは私も何度も味わったことがあるので、共感出来ます。結構小夜子に似た女性の方が多いんじゃないでしょうか。何かを変えたい、と、望んでいる人はたくさんいると思います。
 その答えは人との出会いのなかにある、というではないでしょうか。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.10
(5pt)

非常に洗練されている

読み始めて最初の数ページくらいまでは、「なるほど、聞いたとおり、女性向けの小説だ」といった印象を受けた。
30代の母親に視点がおかれていたので、20代の男である自分には共感するところは少ないかもしれないなという予測のもと、とりあえず読み進めていった。
これは必ずしも正確な表現ではないが、話には二つの時間軸が設定されており、30代同士と女子高生同士の友情のあり方が描かれているといえる。
葵という人物がキーパーソンとして、高校生の頃と30代の頃の両方で友情について壁にぶつかる。
読者の対象が自分とは違うという理由で共感するところは少ないはずだったが、どういうわけか中盤に入る頃には登場人物の一人ひとりにぐぐっと感情移入していた。
はじめのうちは30代の話と高校生の話のリンクが見えづらいが、後半に向かうにつれて接点がぽつぽつと表れ、終盤は明示的に描かれる。
ここの展開は作者の技術を感じさせるものとなっている。
30代の話では「小夜子の視点から見る葵」、女子高生の話では「葵の視点から見るナナコ」を読者は追うことになるだろう。
2度目に読むときは、この逆のベクトルを考えながら読んでみたいと思う。
葵から小夜子、ナナコから葵。
当たり前だといわれるかもしれないが、この作品をもう一歩深く読むための鍵は、直接書かれていない彼女たちの心理を想像することにある気がする。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.9
(4pt)

それでも出会いと友情を信じていきたい

人は他人のひととなりを彼・彼女が発言する日々の言葉や行動で
わかったつもりになっていきます。
そして、自分を正当化するために、相手の批判をくりかえしたりします。
本当の自分について理解されることなく、すれ違う日々がお互いに続きます。
人との付き合いが苦手でうとましくさえ思い、限られた世界で不安を抱えながら
存在していた小夜子が仕事をしようと一念発起し、出会った女性が対岸にいる
葵でした。
葵にとっても小夜子は高校生の時に途中で喪失した思いを彷彿させ、彼女なりの
踏み込み方で近づいていきます。
小夜子にとって、葵にとって、双方の生活や大切にしているものは理解ができず、
共感性が低いものです。
それぞれの行動の背景すら、理解ができません。
一回決裂したその関係。後に小夜子が前に進むことで、2人の関係は変化し次に進む予感を感じて、この物語は終わります。
人との距離の置き方は難しいと思います。
だからといって、価値観ややりかたを簡単に変えていけるものではありません。
自分が傷つくからといって出会うことをやめず、傷つかない方法を覚えながら
人との出会いを大切にして、新しい世界に踏み込んでいく。
そうありたいと思いました。
理解しようと努力し、背景を思い、共感する。
この姿勢で行きていきたいと思うのです。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.8
(5pt)

心の機微をすくいあげるのが、とても上手い作家だと思った

角田さんの本を初めて読んだ。
正直「○○賞受賞作品」とか、そういうものを軽くバカにしていた。そういう本に限ってつまらなかったり、小難しい事をこんな繊細な気持ち誰にも分からないだろう、とばかりに書いてあったりすると思い込んでいたから。
でも、これはどちらも違った。
もしこの本を買うかどうか悩んでるとしたら「ぜひ買った方がいい」と勧めたい。
この物語は2つの視点から描かれている。
専業主婦の小夜子は公園デビューも上手く出来ず、子供を遊ばせてやれないという思いから
保育園に預けるため働き始める。
姑にはイヤミを言われ、夫にもあまり良くは思われていない。
家事をできるだけ完璧にしようと心掛けるが、それは夫にとっては「頑張ってる事」ではなく「当たり前」の事なのだと気付く。
職場の人間関係や仕事の内容に少し辟易とし「こんな思いをしてまで働いている意味ってあるのだろうか」と思いながらも、少しずつ自分がそこで働いている価値を見出していく一方で
夫には「お前がいなきゃ支障が出るような仕事でもないんだろ?」と軽んじられ、傷付く小夜子。
小夜子の目には、社長である葵は明るく自由な独身女性に映る。
もう一つの視点は高校生時代の葵。
いじめられた中学時代から逃げるように、横浜から群馬へ引っ越す。
もういじめられることのないように、目立たないよう周りに合わせ、時には卑怯に生活する。
そんな中で出会う、少し変わり者ぽいクラスメイトのナナコ。
少女時代のピュアさと複雑な感情を抱きながら2人にある出来事が起きる…
一見タイプの違う小夜子と葵は、正反対のようで分かりあう事ができ、
そしてやはり「分かりあえない」…
途中、切なさや虚しさで涙が出た。
この物語の展開は実際に読んで知った方が幸せだと思う。
ミステリやサスペンスのようなどんでん返しではないが、それに匹敵する、或いはそれ以上の展開だと思う。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.7
(5pt)

初めてみる小説技法

 序盤は地味で読むペースが掴めなかった(注1)。しかし、小夜子が清掃業務の仕事に就職して、仕事現場で台所の清掃中に次の事を感じた。「油でベタベタしたステンレスの感触が、汚れの取れた部分は、手のひらの下でなめらかに滑った。汚れが落ちる瞬間がわかると、油まみれの台所の真ん中で、はいつくばって床や棚を磨き上げるのが楽しくなった。」そして「こびりついた油の層が薄くなるのに比例して、頭の中がどんどん真っ白になってく。」この文章を読んだとき、この本面白いと思った。
 この本は、心理描写が主だが、現実に誰にでも覚えのある想いや感情そして過去等を使いうまく表現されている。また解説(森絵都)を読み気づいたのだが、この小説は、2つの物語が交互に同時進行しているが特筆すべきは、主人公本人の視点から描かれた話と、他者から見た主人公の様子が描かれていることだ。この初めてみる技法は、解説を読んで気づき驚かされた。
(注1:序盤は誰が主人公なのかとわかりにくかった)
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.6
(5pt)

対岸の彼女

 自分達の信じる道を進んでいるつもりだったが,どこにも行くことは出来ず,どこに向かっているのかもわからなかった二人の少女.
 現実と理想との間にゆれながらも何とか道を切り開こうとする二人の女性.
 年を重ね経験をつみ,知識を身につけてもぶつかる問題は何ら変っていない.いつの時代も自分のことを棚に上げ,他者の足を引っ張るという人は大勢いるのだから.
 本質的なことは何も解決などしていない.ただし全てが無駄だたわけではない.かつて友人によって生き方を変えた少女が,大人になって他者に強い影響を与えるように.
 学び続ける姿勢を崩さなければ,年を重ねることはそれほど苦痛ではない.誰にも理解されず,幸福とはいえなかったが,強い輝きを放った儚い過去.それがあるから今の彼女がいてそれに魅せられる人もいる.
 対岸にいた二人が時に近づき,時に離れやがて一つに重なったとき,新しい世界が見えてくる.そこに必ずしも幸福があるとはいえないが,少なくとも希望はある.
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.5
(5pt)

出会い。信じること。

ほぼ主人公と同年代の私。子育てしながら働いて、と立場上は小夜子側なのだけれど、性格的にはどちらかと言えば葵と共通項が多いかな、と読み始めた途端、葵の過去に驚愕!!しかし、あの時のナナコとの出会いや共有した時間、ナナコからもらった友情に胸キュンとなった。切ない切ない。。。「もし私がみんなから無視されても葵もみんなと無視してて欲しいくらい。その方が安全だから。イジメなんて全然怖くない。そんなとこに私の大切なものはないし。」「いやならいやだと思うことに関わり持たなきゃいいんだよ。簡単だって、そんなの。」しかし、明るく言い放つナナコは想像絶するつらい環境で暮らしていた。
今度は大人になった葵が小夜子に「ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、一人でいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことの方が、うんと大事な気が、今になってする」と話す。旅行先の悲惨な事件を経て、人が親切にしてくれるのは当然ではなく、最低の人間もこの世に存在する。しかし、悪い方向ばかりを考えてしまえばこの状況は変えられない。自分は良い方に向かっていくと信じる。人ではない。自分が望む道ならば障害が発生する可能性もゼロではないと認識する強さ、あるいは割り切り。葵はそんな風に日々を刻んできていたのかな・・・。
最後に小夜子は気付く。「なぜ私達は年齢を重ねるのか。生活に逃げこんでドアを閉めるためじゃない、また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。選んだ場所に自分の足で歩いていくためだ」つらい経験はできればしたくないし、傷つきたくもない。だって、年いくほど立ち直りにかなりの時間を要するし、性格歪むし、人間不信になるし、自分を卑下しまくるし。
実際、私自身がその状況下で苦しんでいる。でも信じようと思った。出会いを。自分の脆さがいつか必ず強さに変わる日を。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.4
(4pt)

やっぱり直木賞作品。読んでみましょう。

みんな違うってことに気づかないと、出会えない。マニュアルってのは
あれしないさいとか、これが常識だって説明するだけで、違うって
感覚的にわかることを邪魔するんだと思う。
葵の中では、親しくなることは加算ではなく、喪失だった。
何故私たちは年齢を重ねるのか。生活に逃げ込んでドアを閉めるためじゃない、また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。選んだ場所に自分の足で歩いていくためだ。
なるほどなあ〜〜と思った作中の文章であります。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.3
(5pt)

専業主婦、独身キャリア・・・にこだわらず

「どうしてこんなに人間関係に臆病になってしまったんだろう」と思うことがある。30歳を過ぎてからだ。似た気持ちを抱いた経験のあるかたならこの本は響くと思う。痛快でスカッとして元気がわくという本じゃない。静かに背中を押してくれるような・・・
単行本刊行時、「専業主婦(小夜子)と独身女社長(葵)、正反対の二人に友情は成り立つのか」みたいな本として紹介されたと記憶する。「30歳以上、独身、子どもなし」(葵がそう)といったことが注目されていた頃だから尚更、そうした印象が強く刻まれている。けれどこれは物語の基本設定に過ぎない。
「現在の小夜子の物語」「高校生の葵の物語」が交互に語られる。正反対に見える二人が実はそうではないと次第にわかってくる。いじめの経験を引きずる高校生の葵に、現在の陽気な女社長の面影はない。一体今の彼女とどうつながるのだ?という興味で高校生部分を読む。それが徐々に悲しく、切実で痛いほど胸に染みる展開を見せていく・・ここに登場するナナコという友達が実に印象的だ。
本書の中に胸を刺されるような、胃が重たくなるような箇所を見つける女性は少なくないだろう。だがどちらか一方でなく、小夜子、葵それぞれに自分と重なる部分を見るのではないか。つまり、専業主婦/独身キャリア女性といったわかりやすい対立構造を借りつつ、二人の女性を通して、この年代に共通する心理−迷いや不安、停滞感や孤立感−をより深く描いているのではと思う。だからこそ、本書の中に見出せる希望も二倍、いやそれ以上になるのじゃなかろうか。
『対岸の彼女』というタイトル。当然対極にある二人を意味するものだと思っていた。でもそれだけではなかった。読了後、このタイトルがしみじみとした感慨と共に胸に迫るはずだ。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.2
(5pt)

「フィクション」と見るか「ノンフィクション」と見るかは、あなた次第

読み進み、終盤に差し掛かって思ったこと。
「対岸の彼女、タイトルが絶妙ですね」。
2者の視点で平行して進めて行くのは、よくある手法。
最後に、マッチをさせるのも、よくある手法。幸いなことに、
この手法を用いた作品のハズレを読んだためしがない。
今回も『対岸=川』をイメージすると、
見事なさじ加減、表現方法で2者のエピソードが『合流』する。
角田さんの作品を過去2作読み、
「独自の人間観察力をお持ちの方だな」との思いを抱いておりました。
これは、私にはついていけないよ、との諦めも含まれています。
しかし、今作に関しては、非常に登場人物に共感が出来た。
起きている内容は、非現実的だけれども、その全てが、
現実と紙一重に思えてならなかった。その危うさも捕まえた心を離さなかった。
久しぶりに、時が経つのを忘れて、没頭してしまいました(苦笑)。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057
No.1
(4pt)

なぜ私たちは年齢を重ねるのか。また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ

 高校生でも主婦でも、抱える閉塞感の質は変わらない。そこには、自らが求めたわけではないフィックスされた関係が存在するから。高校生だったらそれはクラスメイトであり、主婦だったら(まあ最初は自分で選んだのかもしれないけど)夫だったり姑だったり母親仲間だったりする。職場にだって、もちろんそれはある。そして、フィックスされた関係の中では、皆が円滑にうまく立ち回れる訳ではない。誰かが犠牲になったり、生け贄になったり、つま弾きにされたり。そして、自分がその立場になることの恐怖から、つるんだり、陰口をたたいたり、無視したり。
 そうした閉塞状況の突破口は、100人のクラスメイトではなく1人の友だちだ。高校生の葵は、「無視とかされても、ぜーんぜんこわくないの。そんなとこにあたしの大切なものはないし」なんてことをいう魅力的な女の子ナナコと友だちになる。それで、これが不思議なんだけど、そうした「出会い」って偶然っていうか理屈じゃないんだよね。意外に親友だと思ってる奴と、なんで知り合ったのか、どっちから声をかけたのか、どうして仲良くなったのか、なんてことは覚えちゃいない。でも、そうした「出会い」が人生の中でもほんとに稀なものであることは確かで、そうした友だちは決して交換可能な訳じゃない。
 葵は理不尽な理由でナナコと別れるが、その後社会人になった10数年後の葵は、まるでナナコのような生き方をしている。そして、かつてナナコに憧れた葵のように、葵に憬れる主婦小夜子との新しい「出会い」がある。  「なぜ私たちは年齢を重ねるのか。生活に逃げこんでドアを閉めるためじゃない、また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。」という小夜子の言葉にこそ、いや、そこにしか人の「希望」ってないんじゃないかな。
対岸の彼女 (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 対岸の彼女 (文春文庫)より
4167672057