■スポンサードリンク
(短編集)
嘘でもいいから殺人事件
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
【この小説が収録されている参考書籍】
嘘でもいいから殺人事件の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.50pt |
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全6件 1~6 1/1ページ
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
『嘘でもいいから殺人事件』は、先に『島田荘司全集 VII』の中の『嘘でもいいから誘拐事件』を読了していたので、だいたい予想がついていたのだが、軽く軽快なスピードで展開していく。この2つの作品は、作者名を伏せてブラインド・テイストさせたらおそらく島田荘司の作品だとは分からないだろう。それだけ軽くて、ある意味、京極夏彦が『百鬼徒然袋』であの探偵を書いているときくらいに楽しそうである。こういう作品も書けるのか、と器用さに驚いてしまう。 おそらくは、周囲にそういう面白い連中がいて、そういう連中との付き合いの楽しさの中から、自然と生まれてきたのだろう。 『島田荘司全集 II』のあとがきには、それについても触れられていて、174ページには、『いきなり作風が変わって社会派風が二作と、あろうことか、ユーモア体裁の作も二作並んでいる。・・・・しかしフィールドの玄人筋の反応は、特殊性では済まなかった。こうなったのはそれなりに理由があったのだが、これは取りようによっては異様なまでに人を食った話にも見えて、評価不能、つまり論評のための定型文脈の不存在で、その筋を鼻白ませたりもしたのだろう』とある。 島田荘司としては、自信を持って世に出した『占星術殺人事件』が乱歩賞を逃し、講談社からは冷たくされ、作家として生き残るために必死であったが故の作品が、『フィールドの玄人筋』に叩かれる。散々である。しかし、実際に『占星術殺人事件』は日本のミステリー史上の最高傑作の一つであることは間違いなくて、それを乱歩賞にすら選出できなかった『フィールドの玄人筋』がダメなのであって、『乱歩』が何者であるかすら理解していなかった。松本清張に代表されるようなモノがミステリーの本道だと考える思考回路そのものが間違っていたのだ。 これは、現在でもある。恩田陸の『蜂蜜と遠雷』が、『ユウジ・フォン=ホフマンというピアノ演奏の大家が、風間塵を見出し養蜂の旅に付いてまで指導した』となっていて、クラシックの世界の大家というのは、自分自身の芸術の完成に全ての時間を費やしているヒトであり、そういうアーティストが『養蜂の旅にまで付いていって指導した』という発想がもうありえない、こんなことを小説家として書く事自体が、はっきり言って、滑稽でしかない。 にもかかわらず、そんな内容のこの作品が第156回直木三十五賞と第14回本屋大賞をダブル受賞したことは、日本という国のレベルがいかに低いかを世界に発信してしまったことになる。つまりは、文学界も書店も出版社も、この滑稽さが理解できないということになっている。 そういった状況下でありながら、『嘘でもいいから殺人事件』は明るい。そして、この明るさ・優しさはどこかで触れた感触があるなぁ、と思い返してみると、島田荘司の御手洗潔シリーズの短編集が思い当たる。御手洗と石岡くんとの間にある明るさと優しさの原点はここにある気がする。 そして、こういった散々な環境を乗り越え、島田荘司は完成し、読者は正しく評価した。何よりも世界の読者は正しく評価したのだ。 そういった背景を把握した上で読む『嘘でもいいから殺人事件』は全く違った感じになる。それは完成に向かう作者の絶対に必要だった一作だということなのだろう。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
『島田荘司全集 II』で未読だったのは、『嘘でもいいから殺人事件』だけである。これを読了すると、未読の作品は、最近の作品いくつかだけになり、ぼくの中で島田作品が初めから連続して繋がり、ほぼ網羅できたことになる。 そして、最初にいつものように『後書き』から読みだした。すっかり癖になっているようだ。ここでの4作は、作家として島田荘司が最も苦労していた時期にあたり、相当に辛い目にあっているのが分かる。胃痛に苦しみながら書き上げ、全て1984年に冷たかった講談社以外からリリースされている。 特にカッパ・ノベルスを有していた光文社の人たちとの交流は、心にしみる内容だ。吉敷誕生や、『寝台特急『はやぶさ』1/60秒の壁』のタイトル誕生の話など、島田荘司のファンとしては、驚くことばかりだ。 この苦しい時期に生み出された4作は、作家島田荘司のファンダメンタルをしっかりと確立した。この辛い時期を乗り越えなければ、『本格』も無かったのだなあ、と思ってしまう。 多くの読者は、この時期の作品を読み飛ばしてしまうような気がする。島田作品の一部だけを読み、こうした当時の経緯を知らずに語っている気がする。それでも良いのかもしれないが、それでは真の島田荘司の理解には至らないだろうとぼくは思う。 全てを読む。当時の状況も知る。それ無くしては絶対に真の理解へは到達しない。ぼくはそう確信している。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
こういう表現をすると皮肉と受け取られかねないが、掛け値なしの事実である。私は氏のほぼ全作品を読んでいるし、「斜め屋敷の犯罪」ほかの世評高い名作群の価値をも十分に認めているが、やっぱり何回目かの読み返しを終えて(数えてはいないが、5回は読み返している)本作の楽しさは格別だなと感じた。重厚シリアス路線が本領の作者だけに、ギャグにある種の力みや、さらには古さ(30年以上たっているのだ)は否定できないものの、それでもかなり笑えるし(話者を記さずに数人の会話が延々と続く個所など実にお見事)、本格ミステリ、ドタバタ小説、サバイバル小説、青春小説の4つの味わいがたっぷり盛り込まれている。作者ならではの大型のトリックも炸裂し、ドタバタの果ての幕切れは哀切だ。これからも数年に一度は取り出して読み返すことだろう。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
かなり古い作品ですが、状態も良く楽しく読ませて頂いております。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
作者本人もあとがきで、これ面白かったですか?・・・と吐露しているという初期の頃の何でも依頼されたら書いてやるモードだった島田氏のスラップスティックギャグミステリー。社会派のイメージの強い島田氏がギャグをやるとこんなにブっとんでしまうのかと驚きのハチャメチャな内容。キャラの設定が凄い。が、ギャグミステリーと言っても、トリック自体は普通の本格推理としても使えるレベルとなっている。が、この殺人事件が起こるまでが、長いし、文体も昭和軽薄文体がさらに壊れたみたいな感じなので真面目に読んでいると少々疲れる。はっきりと好みが分かれる作品だろう。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
かの”占星術殺人事件”の島田荘司によるユーモアミステリー。 ほとんどヤラセばかりのTVクルーが横須賀沖の離れ小島で殺人事件に遭遇する。しかし、台風で、警察にはなかなか連絡がとれない・・・という、推理小説的にはいつものアレである。 ただ、実際には、少々ひねりがあり、ちゃんと警察官が登場する。だがこれが美人だったり精神的に危ない刑事だったり、と現実味よりは「お話し」に重心を置いた設定になっている。 内容的に80年代の時代背景が濃厚であり、少々辛いものはあるが、ユーモアミステリーとして、一定の水準にはあると思う。 また、作者得意の音楽趣味が随所にちりばめられているので、そちらの方も楽しい。 この路線が「異色の」で終わっているのが残念な気がする。 | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!