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蝦夷地別件
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【この小説が収録されている参考書籍】
蝦夷地別件の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.23pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全31件 1~20 1/2ページ
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| 上巻中巻と読み、ようやく下巻まで終わった。 ようやくとは言うものの、物語の圧倒的分量の割にかなり読みやすく一気に読めてしまったので読み始めてからはあっという間である。 本作、めちゃくちゃ面白い。船戸与一ファンの私であるが、高橋克彦作品がやや苦手で本作を読むのを敬遠していたのだが完全に間違いだった。 抗えない時代の流れ、抑圧される少数民族、少数民族内での抗争、暗躍する工作員、逆転し転換する関係性、少年の(予想外の)成長と船戸与一節がこれでもかと詰まっており最高。 この反乱が大規模な戦争にならなかったのは知っていたので顛末は想定内で読んでいたのだが、最終章で関係者から怒涛のツケ取り立てが行われるとは予想外だった。賛否あるかもしれないが私はこういうカタルシス大好きである。これがないとただああ無常で終わってしまうからね。 もしべらぼうキッカケで蝦夷に興味を持った人がいたら是非読むべき!末尾の手紙でも分かるように松平定信の目から見た歴史もとても新鮮である。 | ||||
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| べらぼうで蝦夷地に興味を持った人は必読である。かなりボリュームのある3巻組だが、第1巻からギリギリと締め付けるような怒りと無常感が満ちておりとても読み応えがある。 様々な人間を描きながら物語は緊張感を増し中巻へ続いた。もちろん続きを読むべきだろう。 | ||||
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| 長編をワクワクしながら読んだが、読後感は救われない気持ち。 | ||||
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| ゴールデンカムイを、観て昔読んだこの本を、探したけれど見当たらなくて、再購入です アイヌの方々に対し、幕府のやり方が酷くて、恥ずかしさを覚えた また、アイヌの方々民俗学みたいなめのを、知ることが出来る1冊です | ||||
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| 圧倒的に筆致に物語の持つ力、ダイナミックさ、その魅力を存分に感じる作品であった。 船戸作品は初めて。かの有名な満洲…を読もうと全巻買って本棚の肥やしに。そんな折に、ふと北海道旅行に行くことが決定。以前から、アイヌの人々が日本人(和人)から受けてきた略奪、陵辱、差別のことはちらっと、教科書に出てくるシャクシャインくらいしか知らなかった。 苛烈を極める差別。それが物語となり、セリフとして人から人から投げつけられる。目を背けたくなる。 1人の人間として一度は読まなくてならないと思う。 また、丁寧に人物の心の動きを追ってるので、コミュ力を付けるのに多少いいのかなとも感じた。 | ||||
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| 本作と小説のジャンルは違うけど、あまりに頭でっかちなSF(SFが頭でっかちではありません)を読んだおかげで疲れてしまったので、ダイナミックな物語を読みたいと考えたら船戸与一を思い出した。 古くは「猛き箱舟」(これは会社のトイレにも持ち込んでむさぼり読んだ)最近では「満州国演義」を読んで、相変わらずの物語の大きさに圧倒されていたが、大海の様な物語世界に自分を浮かべるには、この人の作品だろうと思い、未読だった本書を購入。 物語のテーマは、18世紀の蝦夷で起こった「国後・目梨の乱」の顛末なのですが、史実をベースに様々な人間が織りなす群像劇といったらいいのかな(かなり乱暴ですが)。 で、この物語に浮かべたジジイの船は、海中深く巨大な潜流を抱える船戸大海のうえで、時には凪いで時には波浪浪で、また遠くに暴風の雷鳴を覗き見つつ、そのなかに放り込まれたりしながら最後の沖まで一気に連れ去られてしまいましたわ(おかげで先の読後に抱え込んでいた閉塞感からも見事に解放された)・・。 しかしこういった史実はなかなか教科書からは学べないが、日本という国家のなかで蝦夷という民族の征服や文化の殲滅、例えば士農工商といった社会制度ではない支配されるものと虐げられるものの過去があったというのは、(自分の浅学を知りつつ)あらためて衝撃でした。アメリカ大陸に渡ってインディアンを駆逐したヨーロッパ移民やメキシコを侵略したスペイン人、あるいはナチスドイツといった海外の虐殺や差別といった歴史と行為には人並みに憤っていたけれど、自分の国でも同様の行為が行われていたということは、自国の民族が持っているであろう倫理観とか社会への忠誠心を揺さぶるものがありますね・・ 船戸作品には歴史的・民族的に虐げられた人間に寄り添うものが多いけど、その描き方は苛烈です。本作も史実とフィクションを編み合わせながら、人間の静謐と汚濁を描いてます。「小説は歴史の奴隷ではないが、歴史もまた小説の玩具ではない」は作者:船戸与一のことばだけど、本作もまさにその気概を圧倒的な質量で伝えてくれてます。ただ惜しむらくは、後半の復讐譚にフィクションとしてのリアリティがなかったことかな。 なので星よっつになりました。 作者が自分の愛読者は目方で本を買う(だったかな?)というくらい、本作も分厚い物語ですが、この熱量とダイナミズムを厭わない人なら、絶対に満足する圧倒的な物語です。乞読! | ||||
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| 陸続きの欧州の歴史観は特にフェルナン・ブローデルの『地中海』以降、グローバルな人とモノと情報の流れを捉えることが当たり前である。 だからこそ、EUや中近東やアフリカからの人の流れも受け入れられる。 一方で、島国日本人は「日本固有の歴史」みたいな幻想に囚われやすい。 だから、いまだに「単一民族神話」が支配的で、移民へにも不寛容なところがある。 この作品は、史実ではなくても、本当の歴史と言える。 「単一民族政策」なだけで「単一民族」なわけではない歴史。 鎖国してるから、海だから、外国の人も物も情報も入らない?普通に考えたらそんなわけないだろという歴史。 という意味では。 10年以上前に読んで、正直、細かいことは忘れてしまっているけど、一番印象的だったのは、日本史もブローデル的なグローバルな視野から再検証が必要なんだなと思わされたところ。 船戸はこの作品を書く上でブローデル(あるいはそれ以降の歴史観)は意識していたはず。 ルポの『国家と犯罪』では、世界システム論のイマニュエル・ウォーラーステインにも言及してた気がするし(うろ覚えだけど。なお、ウォーラーステインの前提のひとつはブローデル)。 | ||||
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| 深い、実に深い。そして本当に悲しい話。 人間の権限、善意。それらの殆ど全てが強力な力に踏みにじられる。 登場人物全員が救われない悲しい物語だけど、ただ一つだけ、最後の最澄から洗元への手紙だけが救われる。 | ||||
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| 蝦夷地別件は20年ほど前に読んだ作品である。 当時札幌に住んでいたこともあり、自分の知らなかった歴史が描かれた面白い作品だと思った。 個人的には「砂のクロニクル」に次ぐ船戸与一の傑作である。 時を経て満洲国演義、新雨月を読んだ後で蝦夷地別件を再読をしてみると、当時とは違った 船戸与一の問題意識がはっきりと見えてくるようになった。 船戸与一は常にこう問い続けていたのだ。 「日本とは何か?日本人(日本民族主義)とは何か?」 他の作品を読んでみると改めてその問題意識の片鱗があちこちに散りばめられているのが読み取れる。 ・「山猫の夏」の弓削一徳は父が帝国陸軍大尉であり、皇道派とされパージされブラジルに渡った。 ・「夢は荒れ地を」の丹波明和の母は関東軍相手に慰安婦をしていた。 ・「降臨の群れ」のアンボンは戦時に日本軍が占領していた。 ・「虹の谷の五月」のトシオの祖父は抗日組織に属していた。 読み直した本は現時点で限られているので他はどうかわからないが、いずれの作品にも 日本のかつての戦争の影がちらついているのである。 昔は単に辺境で日本人が活躍・暗躍する独特で素晴らしい冒険譚を書いていると思っていたが、それだけではなかったのだ。 つまり、船戸与一は数多の作品を通して「あの戦争は何だったのか?」を中心に 日本とは、日本人とは、をずっと問い続けていたのである。 そして、船戸与一が初めて書いた歴史小説「蝦夷地別件」では現在の日本の形をほぼ完成させる 蝦夷地の日本化の決定的な契機となる、国後目梨の戦いをテーマにしている。 当時はなぜ船戸与一が辺境の冒険譚ではなく歴史小説なのか、と不思議に思ったものだが、今となってはその必然が分かる。 蝦夷地は日本ではなかった。それが、いつからどのように日本になったのか。その秘密を解き明かしたかったのだ。 しかも、その視点は日本にとどまらずヨーロッパの動乱と関連付けているのだから恐れ入る。 そして、船戸与一は関心の核心である「天皇とは何か」着手するはずだったのだが、 構想だけで作品を完成させることなく倒れてしまった。つくづく惜しい人を亡くしたものだ。 いずれにせよこの作品は満洲国演義の関連作品として理解することで、大きな意義が理解できるようになる。 そして、船戸与一は同時に民族とは何か、国とは何か、人が生きるとはどういうことかを常に問い続けていた。 蝦夷地で何があったのか、日本とは何か、本書でしかと確かめてほしい。 踏みにじられるアイヌ、憤怒の咆哮の彼方に現在の日本があることを。 | ||||
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| 本件でなく「別件」。 タイトルの非情さは作者が読み手に突きつける 刃の切っ先のようではないか。 正史が圧殺した草民たちの咆哮と慟哭は あくまでも本件ではなく別件に過ぎない、 という非情さだ。 それぞれの憂国と、それぞれの救国は 血溜まりの中でもつれ合う。 物語全編は3人称1視点で描かれてはいるが、 視点は章ごとに異なる。 ひとつの章は、ひとりの登場人物の視点に限定されており、 神の視点で俯瞰される記述はない。 これは他の船戸長編にも採用されている手法だ。 章ごとに一寸の虫、つまり、ひとりの登場人物の五分の魂を 生々しく描き出す効果を、この手法はもたらしている。 だから描写は叙事に徹しておらず、 それ故に、この小説はハードボイルドではない、 と思うのだ。 物語の背骨は 18世紀のユーラシア大陸を串刺しにするダイナミックな歴史観だ。 東欧と極東を貫く、この壮大な視点は 多くの読み手を陶然とさせるが、 この切り口は実際の歴史研究の場でも 指摘されたり議論されていることなのだろうか。 作者による完全なフィクションなのだろうか。 ぜひ専門家の見解をうかがいたいものだ。 という事を考えたのは、 この物語で描かれるユーラシア大陸の東西のパワーバランスで 1939年のノモンハン事件を連想したからだ。 ソ連軍の主要軍力が欧州に集中する状況で モンゴルで発生したソ連と日本の武力衝突は その後のドイツとソ連によるポーランド侵攻に結びつき 第二次世界大戦へとなだれ込む。 スターリンがナチスドイツの動向を懸念している隙に 東を攻めようとする関東軍(ノモンハン事件)。 エカテリーナ2世の南下政策を妨害しようと奔走する 救国ポーランド貴族(蝦夷地別件)。 作者が到達する最終地点が満州国演義であったことと 無関係ではないのではないかと、 いや、まあ、これは想像するしかないのだけれど。 | ||||
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| 最終章ではハイフリナの変貌に息を呑みます。 現代でも無惨な戦争のあと、テロリストと化す人々は存在します。作者はそのリアルを描かねば納得できなかったのでしょう。 ツキノエのもとに謝罪にあらわれるマホウスキ。 ロシア、ポーランド、日本とのかかわりで、アイヌの古風はずたずたになってしまう……。 アイヌの復讐者として葛西政信と対決し、物語は終わります。 唯一、隣人(シサム)であった破戒僧の洗元は失明し、盗みの罪をかぶって八丈島へ遠島。だれ一人として幸せになる人はいません。 生き残ったキララ(小霧)は赤ん坊をかかえて、このあとどう生きるのでしょう? ゴスカルリは憎しみの心をすてて、キララとその子に手をさしのべるのだろうか? それとも? 作者はそこまで示唆せず、清澄の手紙でしめくくります。 登場人物の多さに幻惑されることのない構成力はみごと。日本人が目をそらしがちな、弾圧と異民族蔑視の歴史をエンターテイメントとして描ききる腕力には脱帽です。 | ||||
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| 長大さを感じさせずに読み進められる、とても面白いストーリーです。しかし後半になると、とにかく殺人ばかり、意味の無いような殺人までもあり、いかに物語とはいえ、気分が悪くなる。前半が良かっただけに、このぶっ壊れ方は、何とももったいない。 意味を持たない殺人が、ハードボイルドなのだろうか。 前半のストーリーがずば抜けて面白かっただけに、この読後感は、何とももったいない。 | ||||
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| 「いったん動き出した戦いへの気分はもう抑えられるものじゃなかった。脇大人だったわしの言葉ももう何の力もなくなっていた。」 鉄砲もない状態で国後のアイヌ達は戦いをはじめたが、目梨全体のアイヌの蜂起はかなわず、扇動者たちは松前藩に騙され、大量虐殺される……。 目の前で行われた惨状にセツハヤフは気を失ってしまう。 この蜂起を最後に、急激に変化していくアイヌ達の暮らしと、その後目覚めたセツハヤフの行動が描かれていきます。 謎は解き明かされ、物語は悲劇的な終息へと導かれていき、その様子に読んでいて息が詰まるようでした。 長編であるにもかかわらず、読みやすい文章で悲劇にかかわらずすらすらと読み進むことができます。 読みごたえがある本でした。 | ||||
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| 登場人物が多いため分かりにくいお話だ、と思いきや、内容は濃いです。当時のアイヌと和人との関係性がよく分かります。 | ||||
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| 偶然手に入れた船戸与一氏の作品を初めて読み その資料の駆使の仕方や フィクションの構成力などに圧倒され どうしても、下巻まで手に入れて読了したくて購入。 本ばかりが増えて居場所がなくなる部屋なので 手に入れた上中とも文庫本だったので 同じく文庫本で揃えた次第です。 | ||||
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| KindleアプリでiPad mini で読んでいます。上巻を終えてから次が下巻ではないと知った時は全体の長さに愕然としましたが、次は本当に下巻です。蝦夷パートはアイヌ語を頭に入れて消化するのに多少難儀しますね。それでも、1780年代 (黒船までまだ60年以上) の北海道と、同時代のロシアなどに興味のある方にはオススメできます。 | ||||
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| 登場人物がアイヌ人・ロシア人・松前藩士・ポーランド人・江戸の素浪人・若い坊さんなど多岐にわたっていて 2800枚の内容でも飽きさせない。裏切りや悲しみや陰謀や復讐など実に克明に描かれていて 何故もっと早く作者が直木賞や芥川賞が取れなかったのか、悔やまれる。 砂のクロニクルを読んだ後だけに別の色合いも感じさせる名作だと思う 砂のクロニクル〈上〉 (新潮文庫)砂のクロニクル〈下〉 (新潮文庫)。 | ||||
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| 北海道を舞台にしたアイヌと和人との戦いの物語。 どうしようもない力の差のもと、アイヌが苦汁をなめながらも民族を守るためにはどう行動すべきかを考えさせられる。 北海道にいると、アイヌも身近であり、先住民族としての権利を踏みにじられたくやしさが表現されており、考えさせられる。 やはり、発展するためには力で解決することが必要なのだろうか? | ||||
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| 北海道を舞台にしたアイヌと和人との戦いの物語。 どうしようもない力の差のもと、アイヌが苦汁をなめながらも民族を守るためにはどう行動すべきかを考えさせられる。 北海道にいると、アイヌも身近であり、先住民族としての権利を踏みにじられたくやしさが表現されており、考えさせられる。 やはり、発展するためには力で解決することが必要なのだろうか? | ||||
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| きっかけが無いとこの本と出合うことは難しいと思う。私自身、ひとから勧められて手にとった。読み進めるのに体力がいるかもしれない。最近では船戸与一もあまり知られた存在でないかも知れない。万人受けする作品では無いのだろうが、こんなに読み応えのある歴史小説も稀有では無いか。映像に浮かんでくるのである。その情景が。女性向けでは無いですね。この本を薦めてくれた先輩(50代後半だったかな)に感謝してます。 | ||||
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