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(短編集)
祈りの海
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祈りの海の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.93pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全28件 1~20 1/2ページ
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きょうから寝るまえの読書は、グレッグ・イーガンの短篇集『祈りの海』にしよう。このイーガンの短篇集は再読になる。一作も憶えていないけれども。おもしろかったかどうかさえ覚えていない。 1作目は、「貸金庫」精神寄生体の話。精神寄生体が人間の意識を持っているもの。その精神寄生体が語る経験。無数の人間に寄生した体験を語るというもの。 2作目は、「キューティ」人工的に子どもをつくれる技術があって、主人公の男は妊娠する。ただし、その子どもの寿命はきっかり4年と決まっている。男は子どもを育てる。 3作目は、「ぼくになることを」つぎのような文があった。「二十八歳ともなると、(…)」これはくどいほど書いてきたが、二十八歳という年齢が西洋文学では、子どもと大人の分岐点になることを示唆しているものと思われる。物語は脳にコンピューターを入れて、個人が生きているように、コンピューターが学習し、本物の脳が機能しなくなったときに、その代わりに働くというもの。主人公はなぜかそれを恐れている。しかし、じっさいはすでにそれがはじまっていたのであった。 4作目は、「繭」抗ウィルス、抗汚染物質、そしてゲイやレズビアンになる因子を除去するものを研究所がつくっていた。研究所の開発部が爆破された。主人公はゲイの私立刑事。真相に近づくと、犯人は、会社そのものだった可能性があった。 5作目は、「百光年ダイアリー」未来のことが分かっている主人公は、日記をつけていたが、それは未来から送られてくる情報をそのまま書いたものだった。戦争についても書いていた。あらかじめ知っていても、日記に書いたことは必ず起こった。 6作目は、「誘拐」妻を誘拐されたと思ったのだが、映像の妻はコンピューターでつくられたものだった。しかし主人公の男は、コンピューターでつくられた妻であっても身代金を犯人に渡した。 7作目は、「放浪者の軌道」メルトダウン後4年たつ。主人公は女とくっつき離れては放浪していた。 8作目は、「ミトコンドリア・イヴ」物理的装置を使って、人類の祖先を調べたら、共通のイヴも、共通のアダムもいなかったという話。 9作目は、「無限の暗殺者」無数にあるパラレル・ワールドで、ドリーマーの女を殺そうとしている男がいたが、その行為は無駄だった。 10作目は、「イェユーカ」癌の専門医がアフリカで体験した癌手術と盗賊に襲われた話。 さいごの11作目は、「祈りの海」植民惑星で思春期と青年期を過ごしたひとりの男の物語。10歳のときの経験で神がいることを実感したが、その後、大学に行き、卒業して、しばらくして、他の学者の研究の成果を見て、海に大気に多幸症的にする成分があることを知って、無神論者となる。 | ||||
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若かりし頃、夢中で読んでいたSF(と言われるジャンルの小説)をこの御年にしてまた読み始めているのだけど、最近の作家については殆ど予備知識も接点もないまま、いくつかの作品を読んでみた。 で、そのいくつかの作家の作品については正直なところ、これは!と膝を打ち手を叩くようなものがなかったのデス。 選んだものにもよるけれど、何となく自意識過剰で観念的で、そもそもの物語のダイナミズムを排除するようなエリート意識みたいなものも感じられて、なんだかなあと思ってた。これが「SF」の現在進行形か?と。 この作者も、ある長編の紹介文中に”ハードSF”とあったので、短編が中心の本書を読むまでは、コムズカシイ話を教えてあげますよ的な、逆の意味での自己中心的な作家なのかいなと長いこと思ってたが・・驚いた! 本書にはさまざまな物語があるけれど、そのどれもに科学的な知識や洞察と意表を突くアイディア、そして何より物語としてのカタルシスが横溢しているじゃありませんか!! 読み始めの数編から、もしや、と思ったが、読み進めるうちに、これはとんでもない作家(作品群?)なのではと思いは募り、読了後はそれが明確になった。 そして、読んでるうちから気が付いていたが、巻末の翻訳者のあとがきや解説を読んで、あらためてこの作家のテーマを確認した次第。う~む、やはりそうだよな。にしても、このテーマを様々な切り口で表現し追求しようとする、それも”人間”の物語としてのダイナミズムを損なうことなく果たしていることにホントに驚いた。 全11編の物語は、一つ一つが長編になってもおかしくないような密度をもった作品群で、いやあ、とにかく久しぶりに「SF」に瞠目させられました。まいった! とはいえ自分の頭がバカになってるせいか、文章に情報量がありすぎるせいか、一度読んだだけではなかなか理解しにくい、また撮像しにくいところがあったので、自分的にはほし4つ半です。 でも、ホントに驚いた!まだまだ「SF」という小説ジャンルの地平には遥けきものがありますね。 | ||||
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イーガンを読むのは4冊目(上下巻を含む)だけど、初めての短編集。 日本で独自に編まれた傑作選。20世紀の最後の日に出版されている。 初期のイーガンは短編の方が凄いという評価を聞いていたので、期待と不安半々で読み始めた。 長編と違って、アイデアとストーリーの構成がシンプルでわかりやすい作品もあるが、そうではない作品もある。 発表から20年~30年経っているが、古くなった感じはない。問題意識は今でも変わっていない。 11の中短編が収録されているが、評者の基準では傑作が2作、準傑作が3作、秀作が4作。十分理解できなかったのも2作あったが、水準以下と思うものはなかったので全体としての評価は5点とする。 個別に見てみよう。 「貸金庫」 分散化された自己。個人のアイデンティティはどこに有るのかを探る短編。『順列都市』のモザイク化された意識の原点のように思う。 「キューティ」 生命を自由に操作できるようになった21世紀後半、子供を欲しがらないパートナーと別れたぼくは自分でキューティを出産して育てることにする。倫理的な問題が気になる衝撃作。イーガンのSFとしては最初期の作品。 「ぼくになることを」 出生時に脳内に移植した電子装置で脳の機能をバックアップするのが一般化した時代。生身の脳が劣化して除去した時、そこにいるのは本当に自分なのだろうか? 「繭」 胎児の健康管理のために胎盤機能の研究を行っていた企業の施設が爆破される。社会的・心理的不安をテーマに推理小説風に描いた未来小説。正常とは何かと考えさせられる。傑作。 「百光年ダイアリー」 地球に住むすべての人が、100年過去に向けて1日当たり128バイトのデータを送ることが認められるようになった時代。未来のことがわかるようになった人々はどう生きるのか? 「誘拐」 仕事中のぼくにかかってきた映話に添付されていたのは誘拐された妻の映像だったがそれは偽物だった。本物とは何か?人は何を重視するのか?想像力と共感力はリスクでしかないのか?恐ろしいし、ひどい話だ。傑作? 「放浪者の軌道」 これまでに読んできたイーガンとはかなり異質な話。評価は高いらしいが評者は理解できない。人は必ず何かに所属しているという寓話か?理論もテーマも高難度。 「ミトコンドリア・イヴ」 人類学上の仮説をイーガンらしい架空の技術で検証する話。Y染色体アダム仮説は、学会に先行して発表されたのか? 「無限の暗殺者」 現実崩壊感、ぐちゃぐちゃ感は、ディックか平井和正のような雰囲気?ストーリーは読ませるのだけれど何を表現しようとしているのか理解できない。単なる娯楽作ではないと思うが・・・。これも高難度。 「イェユーカ」 社会派タイプの未来SF。「繭」の進化系か?若干、教条的過ぎる感じがしないでもないが、世界認識と思想のストレートさによるくすぐったさを除けば、作品としては良くできていると思う。 「祈りの海」 誰もが認める傑作らしい。遥かな未来の異星における人類の子孫の生態と文化をち密に構築。その社会における宗教の意味を問い直し、科学とは何かについて真正面から取り組んだ作品。確かに傑作。 | ||||
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「祈りの海」は、ファンタジー要素、恋愛要素、そして現実の社会問題を取り入れたバランスの良い構成となっており、それほど芸術色のある作品ではないものの、良い意味で無難な作品でした。 イーガンの特徴としてゴテゴテの理系SFで突っ走る作品がやや多い中、「祈りの海」はバランスの取れた美しい作品に仕上がっています。 | ||||
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SFといえばSFだが、登場人物の内面が色濃く描かれている。空想世界の羅列というよりは、自分の存在とは何か、というような哲学的なメッセージが強いと感じた。 かといって難解な文章ではなく、短編集ということもあり、サクサク読める印象。 もしかしたら、今自分が生きているこの世界も、、、と思ってしまうような展開に飲み込まれること間違いなし。 | ||||
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表題作はイーガンらしくない感じ、なんだか有機的で優しい 個人的には表題作より貸金庫という話が一番だった SF中級者向けという感じがする作風 自分とは何か?みたいな問いが多いイーガンだが本作は特にそれが端的に見えた気がした イーガンの中では読みやすく万人向けかも | ||||
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「ぼくになることを」「キューティ」などで顕著だが、イーガンの誘導にのら(れ)なければ「何を今さら」でしかない話も少なくない。これは「疑わずに読め」ということに等しく、ほめられたものではない。アイデアも描写も悪くないだけに惜しまれる。そういう話ばかりではないことは強調しておく。ついでにいうと、テッド・チャンは疑りまくって読んだほうがいい。 | ||||
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SFとしての発想は凄いと思うが、ぜんぶテーマが一緒なので途中で飽きた。まあ全部読んだけど。 「私とは何か?」「私と言う意識は何が決定しているのか?」 深遠なテーマではあると思うが、半分くらいならともかく全部そんな感じだと流石にうんざりする。 若い頃はこういう考えに取りつかれたし、攻殻機動隊などにもはまったが40にも近い今その問いに関してはさほど興味が無い。 後アイディアは良いが、どう話が転がるかと思ってると特に何も起きず終わる話も多かった。 | ||||
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辻褄が合わない事実は全て神のせいにして逃げるのが西洋合理主義の限界だ、と言ったのは誰だったか。その形而上学的事実を、グレッグ・イーガンは最先端科学のフィルターを通して、あくまでも実存主義的に説明しようと試みる。 イーガン入門書として『しあわせの理由』をあげる方が多いが、私などは本短編集の方がむしろとっつき易く感じられた。〈宝石〉〈タウ〉〈アトラクト〉…イーガン用語集にあまり馴染みのない私にさえ、各短編が言わんとするテーマがきわめて明確に伝わってくるのはなぜだろう。 仏教学者中村元は、捨てるべき自己と守るべき自己があると教え子たちに説いたそうだが、本短編集の主人公たちもまた、生前輪廻に人造赤ちゃん、脳内バックアップに未来日記、パラレルワールド等によってアイデンティティーをバラバラに引き裂かれてもなお、自我にこだわりもがき続ける姿がなんともいたましくかついとおしく感じられるのだ。 安易な信仰に頼ることもせず、科学的見地から自我を冷徹に観察する作家の視線は、ある意味悟りの境地に達した仏陀のようでもある。いわゆるSF的なオチもなく、ひたすら内省を繰り返す主人公たちの姿は地味でビジュアルにはむいていないのかもしれない。が、もしも映像化することができたとしたら、とてつもない名作映画になりそうな予感がするのだがどうだろう。 | ||||
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名作中の名作と言われる本書でしたが私には退屈で駄目でした。 宗教的な観念的で哲学的な内容と少々まどころっこしい翻訳が 原因なのか各短編の魅力が理解できなかった。 冒険もアクションもありませんが、考えさせられる、読者の想像力が 試される上質な作品なんでしょうね。 | ||||
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貸金庫、無限の暗殺者は面白かったです。ただ、2005年前後の時点では作中にあるようなアイディアがウケたのだろうが、 今の時代から見れば(CGで、誘拐してもいない人間を拷問する映像を作るところとか)どこか使い古されたようなネタが多く、 斬新さに欠けました。 全体的に医療と宗教に寄ったものが多く、SFを読んだという感じが薄いです。 | ||||
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だいぶ前に「宇宙消失」と「順列都市」を読み、その後イーガンは私の読書計画から外れていたが、ふとハードなSFを読みたくなり、この短編集を手に取った。以下は、その程度のイーガン読みレベルでの評である。 イーガンのネタの大半は、脳(意識、記憶、人格、心・・・)のコピーと、量子論的な並行宇宙。それらを背景にした、アイデンティティの分裂と自我の危機の問題である。 そこに、宗教と科学の相克、といった問題がからむ。 ネタの大枠としてはSFの読者ならそこそこ見慣れたテーマだが、さすがにイーガン、ハードSF的な処理や発想の奇抜さは群を抜いている。 とはいえ、SF的なアイディアや仕掛けを取っ払った後に残る根っこの部分は、20世紀全般にわたって飽きるほど量産された、あの「自分探しの旅」小説や不条理小説の亜流でしかないように感じる。 私としては、せっかく最先端の科学理論を駆使できる作者なのであれば、20世紀の作家がどうあがいても想像すらできなかったような、完全に異質で不気味で奇想天外な「自我の本質」のヴィジョンを、チョットでも垣間見せてほしかった。 そういった期待も込めて、21世紀のイーガンがどんな小説を書いているのか、再度この作家を私の読書計画に含めることにする。 | ||||
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SFは理系が好むもの。 それでも、グレッグ・イーガンは特異な存在だ。 プログラミングや哲学などを少しかじると辿り着く自己の概念、並行宇宙や時間の概念を小説の形に書き起こし、エンターテイメントに仕上げているからだ。 「貸金庫」:自分の存在を貸し金庫にしまわざるを得ない男の秘密。肉体が変わっても自己同一性は保てるものなのか。こんな形で考えたことは無かった。 「ぼくになることを」:自分の精神のバックアップが可能になったとき、バックアップは自分そのものなのだろうか。 「誘拐」:自己のバックアップによって不死の存在というのが可能になったとき、その不死を望むのは自分なのか、それとも配偶者なのか。 「無限の暗殺者」:並行世界の自分との同一性を考えてみる。独特のリズム感が好きだ。 | ||||
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短編集「」を読み、長編「」に取りかかっている間に読んだ「祈りの海」。個人的に好きな方向のSFとは少し違っていた。SFというよりは現代をテーマにした物語と言っていいものもあった気がする。でも、いろいろなタイプの作品が読めて、お得な1冊だった。 「貸金庫」。これはせつなかった。「わたし」は宿主から宿主へと移動しながら生きている存在。「わたし」が誰なのかは、ラストにわかるのだが、せつない…。 「キューティ」。子供が欲しい「僕」と欲しくないパートナー。不毛な議論は何度となく繰り返され、去っていったパートナー。それでも子供の欲しい「僕」は…。これもせつない物語なのだろうが、個人的には展開と結末には、やや不快感も感じる作品だった。 「ぼくになることを」。これはSF、と感じた作品。人類皆、頭の中には脳の他に「宝石」が埋め込まれている。脳も宝石も、同じ記憶を保持するのだが…。「わたし」とは何かを、いろいろと考えさせられた物語。ラストは怖かった。 「繭」。ジェンダーを取り扱った作品と言って良いと思う。推理小説にも近いものがある。 「百光年ダイアリー」。もしも、これから起きることを先に知っていたら、人間は果たしてどう生きていくのだろうか。著者は物語の中でそれを書き出しているが、私だったら、虚無感と絶望に囚われるかもしれない。知っていても絶対に回避できない悲劇を先に知っているとしたら…。 「誘拐」。著者が良く使うテーマがモチーフとなっている。しかし、ここに書かれている「私」のパートナーは、本当に「私」に愛情を持っているのか?なぜ一緒に暮らしているのか、疑問だ…。 「放浪者の軌道」。これも好きなタイプのSF。地球にあるときから起きた変化。人々の生き方はがらりと変わるが、それに適応できない人々もいる。だが…。 「ミトコンドリア・イブ」。信じることは結構だが、自分だけが正しいということがどれだけの狂気となるか、皮肉な思いで読んだ作品。「ぼく」は出会って間もない彼女を失いたくないがために、自分の信念を捨てて、あるいは曲げて、彼女の信念に付き合っていくのだが、それが情けなくしか感じられなかった。しかし結末はある意味爽快だ。 「無限の暗殺者」。これも好きなタイプのSF。パラレルワールドを扱っている作品で、読み応えがあった。 「イェユーカ」。これは貧富の差を描き出した作品かと思う。 「祈りの海」。この本の中では一番中長い作品。地球から遠く離れた星に移住して久しい人々。彼らがどんな姿をしているのか想像するのは難しい。人間にきわめて近い形だとは思うが、生殖の部分の描写はそうではないことも暗示させる。信仰がテーマにもなっている。 | ||||
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グレッグ・イーガン、オーストラリアのSF作家。彼の作品たちは素晴らしい。内容には触れずそれらに共通する様式美について言及しようと思う。 少し話は逸れるが、昔テレビで見た企画にこのようなものがあった。原宿を歩くギャルたちに彼女らの濃い化粧を落としてもらい、素顔を見るというものだ。 素顔を見て私が思ったのは、化粧を落とした、ナチュラルメイクの彼女たちの方がかわいいもしくは綺麗だということであった。TVに出演していた芸能人たちも同様の感想を述べていたのを覚えている。 話を戻すと、イーガンの作品は基本的に”化粧が濃い”。難解な設定、量子力学や生物化学についての様々な空想、それらの説明は作品中できちんとなされることもあればそうでないこともある。そして、我々にはその空想が本当に現代科学の延長上に存在しうるのかということは知りえない場合が多い。その難解な設定を前に読み手は進むことを躊躇してしまう。確かに、その内容が理解できれば作品を楽しむことができるであろう。 しかし、それが彼の作品を楽しむことの本質なのだろうか? ギャルに例えてみれば、日頃の濃い化粧を見ても本当の彼女に近づくことはできない。その化粧を取った彼女を知り、更に長く付き合うことで初めて近づくことができたと言えよう。その化粧に目をくらまされ、一晩を過ごした程度では何もわからないのである。 イーガンの作品たちに根付く様式美は、女性で言えば素顔であり、心の素顔でもある。その特徴は、現代社会における問題をSFと言う極端な例を用いて考えてみるというところにある。例えば、死生観についてなら、不老不死になった人類を考えてみるのである。 この様式美に気が付けばイーガンの作品はいっそう味わい深いものとなる。ハラハラ、ドキドキするだけの空想や夢から、物語の中にいるにも関わらずいっきに現実に引き戻される快感を味って欲しい。 イーガンの様式美を少しだけマネさせてもらった。濃いめの化粧に騙されないように気を付けてもらいたい。 | ||||
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これは古代から続く哲学問題『テセウスの舟』のSF版とも言える。 それゆえ根幹のアイデア事態は目新しいものではないが、SF作家らしい設定の導入によって珠玉の一品となっている。 何よりとてもその概念が理解がしやすいため私のようにSFに疎くても読みやすいのもいい。 一番のお気に入り。 | ||||
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永遠に生き続けるということは本当に幸せなのだろうか。 本作品集に収録された「ぼくになることを」を読んだとき,しばらく呆然となりました。 人間は寿命があり,いつかは死んでしまう。 科学が進歩し,肉体を別の代替物に変えることができても脳を変えるわけにはいかない。なぜなら,脳をかえるとそれは別人になってしまうから。でも,脳もやはり老化するので永遠に生き続けるということは不可能だ。 これが過去のSF小説においても常識的に考えられてきたことだ。 ところがイーガンは,とんでもない手法を思いつく。 なんと,脳をバックアップするというのだ。 脳の中にバックアップ用の「宝石」とよばれる物質を納め,脳の発達とともに「宝石」にもその情報がバックアップされる。 そして,脳が老化を始める前の若い段階で,本来の脳からバックアップ用の「宝石」にスイッチを切り替え,本来の脳を取り出し処分してしまう。「宝石」は本来の脳とまったく同じ働きをし,意識もそのまま引き継がれる。するとスイッチを切り替えた本人は,これまでと何ら変わることなく生活をすごすことが出来る。 老化しない「宝石」により永遠に人は生き続けることが可能となったのだ。 そこで,疑問が生じる。 「宝石」のぼくは本当のぼくなのだろうか。 以前イーガンの「宇宙消失」にチャレンジしましたが私には少し難しく感じました。本作品集においては「ぼくになることを」のほかにも「百光年ダイアリー」「繭」「誘拐」「貸金庫」と粒ぞろいの短編が収録されています(中には少し難しく感じる作品もありましたが)ので,イーガンに関しては,まずは短編集から入るのが良いかもしれません。 | ||||
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表題作を含む11作を収録した短編集。 毎日異なる他人の体で目覚める「私」、次々に並行世界を移っていく「私」、「私」とは一体何か? また、未来のことが全てわかっていてその通りにせざるを得ない行動、 化学物質によって否応無く覚える感情は、果たして「私」のものと呼べるのか? そういったアイデンティティについて扱った話が多い印象ですが、 同時に信じていたものが一瞬でひっくり返るような、いわば悲劇のカタルシスも 感じることができます。 ただし、普通に読んでいると「えっ、ここで終わり?」というような オチの理解しにくさもあるので、流し読みでは楽しみにくいかもしれません。 | ||||
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私はSFはたまにしか読まない。これまでのマイベストSFはホーガン『星を継ぐもの』。圧倒された。 雑誌のSF特集でオールタイム・ベストの1位にイーガンの『万物理論』が挙げられていて、「イーガン以降」という言い回しさえあるらしい。こりゃ、読むべし!だが、いきなり長編は途中挫折のリスクも大きいんで、まずは日本オリジナル編集の第一短編集である本書からトライ。 まず、冒頭の「貸金庫」から圧倒されたねー。地味なタイトルからは予想外の奇想天外の世界観。科学的にはありえねー設定なんだが、思考実験乃至幻想譚としては一級品。 続く「キューティー」は現在〜近未来にはさもありなん設定。子供の無い私には切実感強し。 3作目「ぼくになることを」これもボルヘス的な幻想譚として秀逸。自己意識とは何か、という問題に真正面から取り組んでいる。 「繭」・・・これも題名は地味だが、内容はスゴイ。主人公が、ごく普通にゲイで、同性愛者に対する差別を扱っている。しかも、生体的理論説明もいかにも本物っぽい。 「百光年ダイアリー」・・・タイム(予知)・パラドックスを最新科学風ガジェットを駆使してそれらしく理屈付けている。へー、って感じ。でも真剣に付いていこうとするとかなりシンドそう。 「誘拐」・・・ハリウッド映画にすれば面白そう。ってか、ハリソン・フォードを主役に想定して読んでいた。 「放浪者の軌道」・・・これは設定が良く分からなかった。量子力学的な説明なのかな? 「ミトコンドリア・イブ」・・・人類共通祖先を求める一種のカルトの対立。レイシスト(人種主義者)のパロディか? 「無限の暗殺者」・・・雰囲気的には映画『ブレード・ランナー』的世界観。だが、「可能世界」、「バージョン」という設定が難解、ってかかなり無理がありそう。 「イェユーカ」・・・アフリカを舞台にした、エイズみたいな難病に取り組む医師のヒューマン・ドラマ。ラストは結構、感動的。 「祈りの海」・・・ヒューゴー賞&ローカス賞受賞、ってんで期待して読んだが、うーん。宗教にたいするパロディだろうなあ。一神教の伝統の無い日本人にはあまりピンと来ないと思う 総合的評価=とにかく設定の突飛さ、世界観の多様さに眩暈がした。意図的に多様な傾向の作品を集めて編集したそうだが、非常に厚み・満腹感のある作品集と言えよう。でもSF慣れしていない読者には付いて行けないほど、科学的ガジェット(小道具・設定)は多用されているので、誰にでも薦められるシロモノではない。 | ||||
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イーガンの共通した命題である、人として人類としてのidentityを問う短編傑作集です。科学的手法を用いた人類のあくなき挑戦に対する絶賛の賛同と同時に、人類としての限界を認知することに対しての人類への慈愛の念が、最近の長編の難解さ無しで、ストレートに伝わってくる名作集です。初めてイーガンを読まれる方にはお勧めです。 | ||||
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