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闇の子供たち
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闇の子供たちの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.84pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全116件 61~80 4/6ページ
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まず、、インターネットができる環境にあるのであれば著者の名前ぐらい調べてください。それからまず、本を手にとるかとらないかを決めてください。 wikipediaで調べてみればわかると思われますが、これはフィクションです。騙されないでください。また、著者は在日韓国、朝鮮人と書いてあります。 また、小説というのはフィクションであろうが、ノンフィクションであろうが本に明記する必要はない。それゆえ、ただ本に書いてあることをただ、ただ鵜呑みにするのは実に馬鹿げています。 それから読めばよろしい。碌に調べもせず、本の内容を信ずるのは甚だ愚かである。 | ||||
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児童売春・臓器売買など、貧しい国を取り巻く状況は確かに深刻なものである。 子供を愛している親でも、生活ができないから子供を売るしかない。 貧困問題は複雑であり、国際援助で金だけ送れば解決するような生易しいものではない。 それは分かる。 が、これは小説。 上記のような問題をどのように物語の中に組込み、キャラクターを配するかが作者の腕の見せ所。 今作では、正義役、悪役の2パターンのみを用意しひたすら正義側の苦闘と子供達の悲劇ばかりを繰り返すだけの構造にしかなっていない。 理想論ばかりを繰り返し、行き当たりばったりの行動を繰り返す主人公達には、正直うんざりしてしまう。 また、これだけ単純な構造にしたにもかかわらず、最後をまとめ切れず、キャラクターに無茶苦茶な言動だけとらせて終わりにしてしまっている。 作者の正義感をキャラクターの口から言わせるだけならば、小説などにせず、オピニオン誌などに載せればいい筈である。 きつねうどんを頼んだつもりが、油ぎとぎとのとんこつラーメンが出てきたみたいで、悪い意味で期待を裏切られたと言わざるを得ない。 | ||||
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幼児売春の残酷な描写のセンセーショナルさに頼りすぎなところがありました。 リアリティある箇所とない箇所がアンバランスで、とにかく救いがなさすぎて、 「発展途上国の子供たちがかわいそう」なんて、優等生的な共感をいだけるような作品ではありません。 残酷な箇所に興奮する人にいたずらな刺激を与えるだけかもしれないという、心配さえしてしまいます。 作中にも、NGOのスタッフがタイの人に教育の大切さを説くところがありますが、 きちんと取材をしてノンフィクションにし、貧困が、無知が問題であることを投げかけていただくか、フィクションに徹するかしていただきたかったです。 最後の永江朗氏の解説によるフォローで成立するような気がしました。 | ||||
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1週間掛けてようやく読み終えた。 何度も目を背けた。 恐怖は人を支配しどこまで追い詰めるのだろう。 あの子達はどれ程の恐怖を日々感じ 終わることのない絶望の中にも 小さな光を見つけようと必死で生きている。 子供は無垢で大事にされなくてはいけないと思う。 される義務があるのだと。 そんな当たり前の事が出来ないでいる。 大人のエゴの犠牲になるのはいつも弱い子供たち。 闇へ闇へ葬られ消えてく命は絶たない。 無力感に押しつぶされそうになる。 | ||||
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映画化もされた、幼児売買、幼児売春、臓器売買の商品として扱われるタイの子供たちを題材にした、梁石日(ヤン・ソギル)の衝撃作。 物語はタイ北部山岳地帯の貧しい農家が、8才の少女を人買いに日本円にしてわずか約3万6千円とウイスキー1本で売るところから始まる。それから、まったくもってひどい世界が次々と展開される。 本書では、外国人が売春宿で幼い子供を相手に性行為に及ぶ姿や、エイズに罹った少女が生きたままごみ処分場に捨てられる悲劇、貧しい子供が買われ、殺され、臓器のドナーにされている実態などが描かれる。それはあまりにもリアルで、思わず目を背けたくなるほどにグロテスクですらある。しかし、これは、今まさにアジアの貧しい国で起こっているまぎれもない現実なのだ。 果たして悪いのは、幼児を売買する貧困家庭や人買いか、幼児を性の玩具とする人々か、そして幼児の臓器を扱うブローカーや、それを求める外国人か・・・。 梁石日は、この小説でおぞましい現実をストレートに描くことにより、自らの豊かな社会を保っている私たちに対して、厳しい問題提起をしているのである。 | ||||
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映画化もされた、幼児売買、幼児売春、臓器売買の商品として扱われるタイの子供たちを題材にした、梁石日(ヤン・ソギル)の衝撃作。 物語はタイ北部山岳地帯の貧しい農家が、8才の少女を人買いに日本円にしてわずか約3万6千円とウイスキー1本で売るところから始まる。それから、まったくもってひどい世界が次々と展開される。 本書では、外国人が売春宿で幼い子供を相手に性行為に及ぶ姿や、エイズに罹った少女が生きたままごみ処分場に捨てられる悲劇、貧しい子供が買われ、殺され、臓器のドナーにされている実態などが描かれる。それはあまりにもリアルで、思わず目を背けたくなるほどにグロテスクですらある。しかし、これは、今まさにアジアの貧しい国で起こっているまぎれもない現実なのだ。 果たして悪いのは、幼児を売買する貧困家庭や人買いか、幼児を性の玩具とする人々か、そして幼児の臓器を扱うブローカーや、それを求める外国人か・・・。 梁石日は、この小説でおぞましい現実をストレートに描くことにより、自らの豊かな社会を保っている私たちに対して、厳しい問題提起をしているのである。 | ||||
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この作品に出会ってから、私はもう前の無知な自分には戻れなくなった。 今、その刹那にも大人達に汚され、弄ばれ、傷つけられ、エイズになるか、臓器売買か、もしくは薬の副作用か、いずれにしても成人出来ないであろう子供達。 目を閉じると、私も闇の子供達となった。 彼らの恐怖、砕け散った精神と生命力、絶望、生き地獄、子供達の叫び声、声にならない悲しみ、汚された傷の痛み 、殴られた打撲、薬の副作用の猛烈な嫌悪感 そして変わる価値観。つまりエイズになれば捨てられる。外にでられる。やっと死ねる。良かった。臓器売買で心臓を失えば、眠ったまま死ねる。もう、お客の相手をしなくてもいい。良かった。。。と。 売春、買春をする動物は人間だけです。人の英知を何故そんなことに使うのでしょう? 児童ポルノ、児童買春は犯罪です。 子供達を守れるのは、大人だけです。子供達が豊かな精神状態でない国は滅ぶでしょう。 これからは、今までの無知を脱却し、子供達の人権を守る運動をすすめようと思う。 無知は最大の罪であるから。こんな悪夢は青い地球への冒涜である。 | ||||
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何度「これ以上は読めない!」と本を閉じようと思ったことでしょう。 あまりにリアルな残酷な描写は、心を揺さぶるどころか、何かを抉り取られたような喪失感をもたらしました。 「買う」人間がいるからこそ「売る」ことが助長される。当たり前の図式が、どうしても是正されない。人間の欲望の底深さ、先進国と発展途上国の格差、さまざまなことを考えさせられました。 フィクションとはいえ、私たち恵まれた日本人が目を背けてはならない現実がこの本にはあります。 | ||||
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本書ではアジアの闇の部分をよりリアルに描写しているとともに、海外でボランティア活動を行う者にとっても考えさせられる内容も盛り込まれている。 アジアの最底辺で行われているもの。後を絶たない人身売買や児童買春、そして臓器提供の真実。しかし一見残酷そうに見える一方で、明日の希望も見出せない人々の魂の叫びのようなものが随所に感じられる。また、この宿命ともいえる先進国と途上国の関係性をリアルなままに描いている。 さらに、一向に解決の糸口が見えないこの諸問題に対し「1人でもいいから助けたい」というようなNGO職員のひたむきで純粋な姿勢と葛藤の日々をこれまたリアルに描いている。 衝撃は文中最後の南部の台詞である。あくまで日本人という台詞はボランティア経験者にとって一番触れられたくない部分であろう。最後の音羽恵子とのやりとりは、NGOの困難さや脆弱な部分を生々しく示している。 また、これは映画として実写化されているが、映画の中でも新聞社社員の清水がNGO活動をする音羽に対し「どうせ自分探しだろ」という台詞に、ボランティア活動が世のためではなく自己実現の手段として成り立っている現実をさらけ出している。しかし、NGO所長のように本当に奮闘している人が大半であると思うが、興味本位の国際協力活動がいろんな意味でどれだけ危険であるかを示している。 | ||||
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タイと日本を舞台に、幼児を売り買いしては性の道具として使い捨て、 あるいは生きたままその臓器を摘出して売りさばく闇の世界と それを阻止しようとするNGOの戦いを描いた小説。 人物造形は単純だし筋立てもありがちなものだから、二度三度読む価値はないかもしれない。 しかし一度目に読むときのショックは計り知れない。 児童売買において、子どもは愛玩動物扱いですらない。 膣を切り裂かれ、男性器にホルモン剤を注射され、道具として使い捨てられる。 または健康な子どもであれば、臓器摘出の対象にすら数えられる。 その凄まじさを、著者はこれでもかとばかりに抉り出してみせる。 仮に細部のリアリティに問題があるとしても、児童売買は現実のものなのだ。 そしてそれはほんのわずかな金の為に、時には親孝行の名のもとにすら行なわれている。 十歳で売春窟で客を取らされ、揚句の果てにエイズに感染して父親に焼き殺されたヤイルーン。 その炎を見ながら長老が言う「ヤイルーンは神様のところへ行った」この一言に 大人社会の欺瞞が凝縮されている。 こんな大人どもに囲まれて、誰にも知られずに死んでいく子どもたち。 彼らは何のために生まれてきたのだろう?そんな切ない疑問がこみ上げてくる。 ラスト、自分の手を握り締める子どもたちの手のぬくもりに 「自分はここに残って活動を続ける」と決意する音羽恵子の姿すら、救いには感じられない。 ただ戦いが続く。救いのありかは分からない。それだけだ。 決して救いのあるラストではないが、それこそが現実なのかも知れない。 | ||||
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映画で「闇の子供たち」を見ました。私にも小学校2年生と4歳の姪がおります。小学生の姪と同じ年齢のお子様が大人のストレス解消のための道具のように扱われ、心や体が深く傷つけられ、病気やけがで弱くなり、動けなくなった子供たちは病院で医師や看護師の診察を受ける事も出来ずに、ゴミ袋に入れられ、ゴミのように捨てられ、故郷に戻ってきたら、子供を愛すべき両親からも軽蔑され、父親に殺される。妹もお金で売られて日本人のあと半年の命のない子供たちのために、脳死になっていない、可愛く元気なお子様の命が犠牲になって良いのか考えてしまいました。私が小学生の姪に映画の話をすると、「私達だけ豊かになって、貧しい国の子供を殺したり、いじめるなんて絶対許せない」と言っていました。私もこれから姪に人間が生まれながらに持っている人間の権利を大切にし、平和を愛する優しい心を持つ事の大切さを教えて行きたいと思います。 | ||||
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これは女性の日本人NGO職員が児童買売春、内臓売買などの汚濁にまみれたタイの現実に直面する『小説』です。 ネタとしては新しくも無いですし、ストーリーもなんだか釈然としません。 例えばゴミ処理場から故郷に帰って焼死する女児の部分は凄惨さと残酷さを誇張しすぎていて無理やりな感じがしました。 施設の幹部がなぜか一人だけ殺されたり、ラストの記者に対して主人公が抱く感情もその前までの感情をまったく無視した整合性の取れていない文章になっていました。 描写も曖昧で、名前だけ違う顔の同じ人物がたくさん出てきたような感じがします。 また、主軸になると思っていた少女が内臓くりぬかれてしまう様ですがその描写もなく、途中から存在すら出てこなくなります。おそらく全ての話をリンクさせたかったのでしょうが、それは失敗に終わっています。全部の話がブチブチです。 児童を買いに来る人間が欧米人と日本人と少しのアラブ人という設定にも無理を感じます。ノンフィクションのルポでは朝鮮人や中国人が増えていて欧米・日本人の顧客は激減したと書いてありました。作者が朝鮮人なので自民族に不利なことは書きたくなかったのでしょうが、かなりセコいと思います。タイ人のマフィアが突如日本人は昔悪事をしでかしたんだからーと言い出すシーンもむちゃくちゃだと思います。 こういった問題は想像力だけで書いていいものではなく、緻密な取材が必須なのですが、作者はそれをまったく怠っています。義憤を抱く人もいるでしょうが、これは結局よくある小説であってポリ袋に入れられて捨てられた少女も作者の想像でしかありません。そこを無視してまるでノンフィクションのように扱っている一部の人間にこそ義憤を抱くべきではないでしょうか。 | ||||
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この本を読むまでは発展途上国で活躍する方の自伝であるとか、 いわば光の部分しか見ていなかったのだが・・・ ここの書かれてあるのは先進国が、そして途上国自身が無力なものを食い物にする、 完全なる闇の部分、その一側面である。 ストーリーに救いは全くない。 あのラストにさえ深い無力感を抱かせられた。 自分に何ができるか・・・を考えずにはいられないが深い憤りを感じながらも 読みながら途中までリアリティを感じなった自分は、 多くの人がレビューで書いてある通り明らかに作中のある登場人物の姿と重なる。 そしてそれは著者が読者に最も訴えたかったことであろう。 真実にどれだけ肉薄しているかはわからないが、大量の借款を受けているにも関わらず 発展途上国で未だ信じられないような問題が跋扈している、その理由についての理解は深まった。 | ||||
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そのシステムを悪用し、私腹を肥やしている人を糾弾しなければならない。何故、売春宿がなくならないのかというとその資金は裏社会に流れ、一部の政治家の手に渡っている。 NGOが子どもたちを助けだし通報し、避難所にいると襲撃をしてきた例がある。 その中に先程逮捕されたはずの人物がいた事があったという。警察とも繋がっている場合がある。 客やその裏社会の人間から覚醒剤をもらい、また苦しみを忘れるため薬物依存に陥り、借金を抱え、状況を変えられない事がある。 問題は根深く解決は遠い。 とにかく、すぐ出来るのは売春をとめる・貧困を防ぐ活動をしている良いNGOに対し募金をすることだ。 | ||||
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貧困国による幼児売買春をテーマに、 何とも言えない絶望感、あまりにも残虐な行為を淡々と描かれている描写に何度も嫌悪感を感じた。 何となく、こうゆう実態があるのだろうと思いながら、現実味を感じていなかった私に、 小説とは言えども、もの凄くリアリティを感じさせてくれた。 この小説に描かれていることは現実なんだという問題意識を持たす為にも、素晴らしい本だと思う。 ただ、この終わり方だと、 日本人女性の活動の勇気を讃えるようなヒーローもので終わってしまった感がある。 一読者として勝手な事を言わせてもらえば、 例えばラストに付け加えて、時間を遡って、臓器提供する少女の絶望感を描いて終わるとかして、 読後感に恐怖や憤りをより感じさせたほうがよいのではと思う。 もちろん、困難な状況で活動しているNGOの方たちも重視すべきではあるけれども、 この小説で一番伝えるべきことは、貧困によって幼い命が物として扱われる現実があるということだと思う。 | ||||
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作品に対する感想はだいたいココにレビューを書き込んでる方々と同じ。 でも、ラスト数行でがっかり。 な〜んだ、この作者はこのことだけが言いたかったんだ、 内容関係ないじゃん!と思いました。 ショッキングな題材を選んだのはそれを読ませる為だけなのね・・・ だから取材もおざなりだったのでしょうか? | ||||
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この物語に救いはありません。当然、現実にも救いはないのでしょう。そして、この現実の中で、私も含め全ての人は・・・きっと業を背負っているのでしょう。ただ知ることしかできない・・・読後にもかかわらず、途上国の人を見下している他人の私がいます。それが悲しい。私は変われないのでしょうか?自分に幻滅します。ただ、子供たちの絶望を考えると何かしなければいけないと思います。しかし、外国人である私は南部の考えにシンクロしてしまう部分があるのです。それがまた悲しい。なのにまだ思考が出来ません。何かを・・・恐怖と混乱があるだけです。 | ||||
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最初はノンフィクションかと思って恐る恐るこの本を手に取った のですが、フィクションだったのですね。しかしまるでノンフィ クションも同然の衝撃的な内容であり、これが東南アジアの現実 なのだと、目眩がしました。 かつて「忘れられた子供たち」という、フィリピンでゴミ拾いをしながら 暮らす子供たちを映したドキュメンタリー映画を観たことがあります。 ゴミ山の中で暮らしながらも、それでも希望を胸に抱きながら必死に 生きる子供たちの姿を見て感動というか、感銘を受けたことがありますが、 この「闇の子供たち」という小説には、希望どころか僅かな救いすら ありません。 あるのはただ、底なしの絶望と恐怖。まさにこの世の地獄です。 そしてその地獄に君臨するのは、幼児性愛者というこの世の悪魔です。 この悪魔たちが何食わぬ顔をして我々と同じ地上で善人面しながら生きて いるのかと思うと、吐き気がします。ある意味アフガンのテロリスト達よりも はた迷惑な存在でしょう。もう怒りを通り越して、泣きたくなります。 この本はフィションという形式をとっていますが、書かれていることは救いの ない現実そのものです。そしてその現実を前にしても何もできない自分自身を 徹底的に打ちのめします。読んでいてこれほど辛い本は他にはないでしょう。 だけどこの胸の痛みは決して忘れてはならないものだと思います。 この世のペドファイアに神の裁きが下ることを、心の底から祈ります。 | ||||
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読み終えてから、本当にこんなことが、実際起こっているんだろうな と考えさせられ、頭から離れない本。 前半は、なんだか読むに耐えない表現だらけだが、最後まで読むと つよく訴えかけるものがあり、感動する。 映画を見なかったのが残念、ぜひDVDで見てみたい。 | ||||
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私は映画は見てません。他の方のレビューを見て購入しました。 最初「アジアの黒い部分かちょっと興味あるな。そういえば少年を買うってどういう意味なのか知らない。評価いいみたいだし暇つぶしに」と興味本位で購入。 軽い気持ちだったのに最初からかなり真っ黒な展開で「は?」と目を疑いながら、暇つぶしの筈が寝る間を惜しんで読破。グロイ表現も細かいけど性的描写もポルノ小説並みに細かいのでとりあえずペドファイルという人達が何してるのか非常に良くわかりました。教えてくれてありがとう、今まで性的快楽を求めて外国行く人をTVで見ると軽蔑の目で見てきましたが、これからは殺意を持てそうです。 あとがきと作者に逆らうようですが私は最後に南部が言ったことが音羽(ヒロイン)が捉えたほどに悪い捉え方は出来ませんでした。 っていうか、こっちから頼んで協力してくれて大枚はたいて、デスクにさんざ掛け合って、主人公の失敗で挙句肋骨三本折るまで巻き込まれそのくせ音羽を守るきれなかったことを悔いる人に対して、たったひとことの為に「エゴの塊」と存在全否定・・・? 「あなたと私は違ったのね」とかならわかるけど、それはそれでひどいんですけど。 作者によるこの本を読んで「マスコミは話題が盛り上がっている時は煽るだけ煽って後シラネという姿勢だけど貴方達読者は一過性で終わらないで」というメッセージを含んでいるのでしょうが、正直南部と連携をとりながらという終わり方のが救いがあった気がする。確かにブンヤという商売上ここまでの協力は今後無理な可能性は高いけど、気を使って情報くらいはくれるだろうし関係者の仲介役もしてくれそうなのに。 これは私の個人的な意見ですし、いろんな人がいろんな捉え方するだろうけどとりあえず、ただこの本読んだだけで「タイの全貌を知った」みたいなこと思うような人が出たら嫌だな・・・と思います。 | ||||
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