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北極戦線



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北極戦線の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

脂の乗り切った頃のマクリーンは良い!

マクリーン第5作目の本書の舞台はもはや彼の独壇場とも云える極寒の地グリーンランド。国際地球観測年の観測隊の基地に突如不時着した旅客機の乗員たちを巡る物語だ。

5作目の本書でのマクリーンの筆致はまさに油に乗り切っている。極寒の地で我々の想像を超える世界と人間に降りかかる危難の詳細な描写は磨きがかかっており、読むだけで我々を氷点下100℃の世界へと誘ってくれる。

例えば観測隊たちが住んでいる組み立て式の建物ケビンは跳ね上げ式の扉がついているが、そこには叩き傷がついている。それはドアに付着した凍結した氷を砕かないと開けることが出来ないからだ。ナット1つ締めるのでも、凍りついたナットを手袋で温めなければ廻らない。
そんな細かいディテールが我々を極寒の地での生活にいざなってくれる。

そして金属に素手で触れるだけで手の皮は剥け、血まみれになり、スノーマスクとゴーグルをしなければ冷気で凍りついた空気中の水分が細かい刃となって目や喉を切り裂く。ほんの数分、外気に晒されるだけで凍傷に見舞われる。
そんな登山家でも音を挙げる厳寒の環境の只中にいるのは往年の名女優やセールスマン、上院議員に神父、等々とまさにこんな状況とは無縁の世界にいる人々たちだ。しかし彼らは生きるために馴れない環境でお互いに手を取り合って協力し合う。
そしてそうしている間にも刻々と彼らの命の灯火は削られていくのだ。次第に話し声も少なくなり、とにかく暖を取って無駄な体力を消耗せぬようにお互いに抱き合って蹲っていく姿は思わず唾を飲みこんでしまった。

そしてそんな中にも主人公メイスンたちを邪魔する人が潜んでいるサスペンス性もある。

不時着した旅客機の一行の中に潜んでいる悪党たちがいったい誰なのかと云う犯人捜しの妙味と極寒の地を苦難に次ぐ苦難、そして正体不明の犯人による心無い妨害と迫害が絶妙なバランスで溶け合い、サスペンスを盛り上げ、読者を飽きさせない。

しかし本書の前に書かれた『シンガポール脱出』や『最後の国境線』に比べてこのリーダビリティの高さは何故だろう?

それは本書の設定の明瞭さにあると私は思う。

正直に云えば本書のバックストーリーである最新鋭ミサイルの機密情報を狙う悪党と云う設定は単なる飾りに過ぎない。本書はやはりデビュー作と『ナヴァロンの要塞』に見られた厳しい自然環境の中で苦闘する一般の人々と健気で必死に生きようとする姿を描くことにあるのだ。

特に本書では主人公メイスンが観測基地に派遣された医師であり、それ以上でもそれ以下でもない人物であることが非常に興味深い。
今までのマクリーン作品は不屈の闘志を持つ軍人や仮の姿をしたプロのエージェントといった謎めいた主人公が多く、つまり常人を超えた能力を備えた人物が多かった。
しかし本書のメイスンは正真正銘ただの医師である。従って彼は見当違いの推理をしては誤りを繰り返し、また犯人に出し抜かれるような隙の多い行動が多く、失態を繰り広げる。だからこそ主人公を含めた登場人物たちに降りかかる災難が必然性を伴って感じられるのだ。

極端に云えば主人公メイスンは物語では狂言回しであり、、ヒーローは彼の部下で陽気で寡黙なエスキモー人ジャックストローであり、無線通信士のジャスであり、乗客の1人である若きボクサーのホープ、ジョニー・ザゲロであるのだ。

しかしこの頼りないリーダーが実に人間臭くていいのだ。医者でありながら早とちりをし、判断を見誤っては仲間たちに苦難をもたらす。しかしなぜか皆が頼りにするリーダーシップを備えているのだ。憎めないキャラクターだと云えよう。

さて本書の原題は“Night Without End”、つまり「終わりなき夜」だ。
13人の不時着した乗客の中に事故を起こし、また命を奪おうとする犯人が潜んでいる疑心暗鬼の中で生き残りをかけ、極寒の地を戦前のオンボロ雪上車で決死行に臨むメイスンたち一行の不眠不休の決死行を表すのに絶好の題名である。
それに比べると邦題の『北極戦線』は何とも味気なさを覚えてしまう。もっと小洒落た邦題は浮かばなかったのだろうか?例えば私なら『終わりなき北の決死行』とでも付けようか。

私はやはり妙に謎めいた設定を持ち込んで読者をじらさせる作風よりも本書のような明瞭な設定をリアリティ溢れる筆致で描くマクリーン作品の方が好みである。本書を読んでそれを改めて強く思った。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
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