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トーキョー・バビロン



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トーキョー・バビロンの評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

逃れられない作者の破滅への衝動

のっぴきならない事態に追い込まれた者や現状に満足できず燻っている者どもが起死回生の一手として選んだのが消費者金融のブラックマネー剥奪。

この作戦に乗るのは4人。
時代の寵児としてかつてマスコミに騒がれながらやくざのフロント企業に食い物にされ、膨大な借金を抱え、今や自分を破滅に押しやったフロント企業でかつての自分と同じ若きIT会社社長を食い物にしている宮前佳史。

やくざになりながら、宮前の見張り役として隠れ蓑として経営するフロント企業の社員に成り下がったことでくすぶり続けている稗田睦樹。

店の№1ホステスながら酒の飲み過ぎで内臓を壊し、酒が飲めなくなって№1の座を追われたホステス紀香こと柳町美和。

消費者金融の渉外担当として警察ややくざとの交渉の矢面に立たされ、頭の古い経営者の不祥事の尻拭いのために毎日心をすり減らし、そのストレスをギャンブルで解消しようと日々借金を積み上げている消費者金融ハピネスの総務課長小久保光之。

ギラギラしている4人が手を組んで大金を奪おうと画策するが、そんな欲望だけで集まった絆は脆く、分け前を4等分することが気に食わない。従って受け取る金額を増やそうと顔では嗤い、心の中では蹴落としてやろうと企んでいる。

馳作品の特徴は人生崖っぷちの人間が現状から逃げ出すためにギリギリの極限状態で這いずり回り、挙句の果てには周囲を巻き込みながらカタストロフィの穴に落ち込み、屍を築いていくという展開だが、今回は疲弊し、将来に不安を抱えていた者が出逢うことで運命が好転するという意外な方向を見せる。

警察に利用され、やくざに脅され、能無しの会長に無理難題を突き付けられ、挙句には趣味のギャンブルで借金を積み重ねている負の螺旋に陥った男小久保が酒が飲めなくなって得意先が次々とライバルのホステスに獲られていくホステス柳町美和と出逢うことで運気が上向いていくのだ。

小久保はギャンブルに勝ちだすようになり、美和は小久保が上客となって売上げ№1に返り咲く。

やがて美和はうだつの上がらない中年オヤジにしか見えなかった小久保に愛しみを感じ、二人で組んで宮前と稗田を出し抜こうと提案する。さらに会社の冴えない苦情処理係だった小久保も次第に頭の切れを見せ始め、2人のコンゲームの宿敵に成り上がっていく。

この辺の流れを見ると、美和は男を見る目がある女であり、さらに小久保にとって“あげまん”の女だったのだ。本書ではこの美和の存在が実に際立って面白い。

そしていつしか2人を応援する自分に気が付く。会社と警察とやくざの狭間でペコペコ頭を下げては神経をすり減らしていた中間管理職と落ち目だったが男を手玉に取ったら百戦錬磨のホステスのコンビがゲームの勝者になるのを知らず知らずに応援したくなってくるのだ。
下衆ばかりが出てくる世界で窮地を乗り越えようとする主人公も下衆な物語だから、全く共感も出来なかったが、今回は別。馳作品でこんな気持ちになったは初めてだ。

一方で小久保に目を付けて作戦を企てた稗田と宮前のコンビはいつも馳作品の登場人物らしく、疑心暗鬼に陥り、互いが互いをボロボロにして窮地に陥っていく。
稗田は妻をシャブ漬けにしたやくざ仲間を怒りのあまり殺してしまい、宮前はその妻に手を出して稗田の暴力に怯えてしまう。
この2人に関しては馳作品特有の転落人生劇場の主人公の道を真っ当に歩いている。

この展開は今までの馳作品にはない展開だったので、ハッピーエンドを期待したのだが、やっぱりそれは望むべくもなかった。

予定調和なんて存在しないとばっさり切り捨てる。
それが作者の持ち味なのだが、やはり物語だからこそたまにはハッピーエンドを体験してカタルシスを感じたいのだ。

作中象徴的なエピソードがある。
登場人物の一人稗田が大金強奪ゲームから脱落し、更にはやくざを殺したことで落とし前を付けられるため、車で搬送される最中にやくざ3人相手に立ち回るシーン。ゲームに負けて意気消沈していた稗田が仲間のやくざにどやされ眠っていた暴力への熱情が甦り、呟く。
「これがおれだ―」と。
前作『楽園の眠り』でやくざもマフィアも出ず、刑事と一般人を登場人物にしながら、死人を一人も出さずにノワールを描くという新機軸を見出した馳氏が、結局本書でやくざと金とセックスとドラッグの世界に舞い戻っていることから、この稗田の言葉は作者の心の言葉とも取れる。
やっぱり俺にはこれが一番似合っていると。

従って本書もまたいつもの馳作品に過ぎないという評価になった。非常に残念だ。
作者が自分の作風に執着するあまり、新機軸を描けなくなっている。馳氏が作家になった動機が自分が読みたい物語がないから自分で書くことにしたというのは有名だが、そのこだわりゆえに同じ話を読まされている気がする。
本当にこんな話ばかり作者は読みたいのだろうか?

さて本書の題名にある「バビロン」とはメソポタミア地方の古代都市の意味ではなく、旧約聖書のバベル、即ち“混乱”を意図してつけられた単語だろう。またバビロンとは退廃した都市の象徴として扱われているとのこと。
つまり本書は予め1つの盛り上がりとその後の祭りの後の虚しさが約束された物語であると読み取れる。つまり作者は最初からハッピーエンドなど望まないでくれと述べていたのだ。

しかしこれらの事は裏返せばなかなか一皮剥けない作家でもあることを裏付けているわけで、これを偉大なるマンネリと採るか否かで評価は非常に分かれるだろう。
私は…。


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