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(短編集)

キラー・イン・ザ・レイン: チャンドラー短編全集1



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キラー・イン・ザ・レイン: チャンドラー短編全集1の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
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(7pt)

カタカナ表記の題名はちょっと…

村上春樹訳の『ロング・グッドバイ』の好評を受けて、早川書房がチャンドラーの全短編集を改訳し、発表順に編纂した独自の短編集第1弾。
創元推理文庫の短編集も併せてチャンドラーの作品は全て読破したと思っていたが、いやいやまだまだ未読の作品があったのだ。こういう作品が入っていないとこういう企画物には手を出さない私。逆に云えば、未読作品があるということで本の虫が騒いでしまった。
それでその未読作品というのが2作目の「スマートアレック・キル」と6作目の「スペインの血」だ。

「スマートアレック・キル」はダルマスという名の探偵が主人公。脅迫を受けているという映画監督の依頼から麻薬の密売と酒の密輸に関するいざこざに巻き込まれるという話。
2作目にして、流れに任せるような形でどんどん物語は進んでいき、これまたどんどん一癖も二癖もある男女が出てくるが、プロットはしっかりしており、明かされる真相は納得がいくし、かなり練られた物だなと思う。禁酒法なんか出て来た日にはもろハードボイルドだなと思った。なお題名の意味は「利口ぶった殺人」。依頼人デレクの自殺を装った偽装殺人を指している。

「スペインの血」はチャンドラーでは珍しく警官が主人公の話。とはいってもやはりチャンドラー、描く警官像が違う。サム・デラグエラという純粋スペイン人を主人公にし、周囲の差別に屈することなく、殺された友人の事件の担当を外されながらも自らの主義に従って捜査を進める。
このデラグエラの造形がいい。スペイン人であることに誇りを持ちながらも組織の中で疎外感を感じている。しかしその事は決して表面に出さない。一人の時には弱さも見せる。人に好かれたいと思っており、女性の罵倒にめげる女々しさもあるが、自らの矜持は絶対に捨てたくない。そして仕事は決して諦めない。しかし正義を盲目的に振りかざすでもなく、他者との折り合いも付ける。自分の目的・利益を損なわない限りでは。
チャンドラーがもし警察物を続けて書いたとしたら、このデラグエラを主人公に添えただろう。それもまた読んでみたかった。叶わぬことではあるが。

残りの4作は再読物。
1作目「ゆすり屋は撃たない」は探偵マロリーが主人公。女優が若かりし頃に書いた手紙がスキャンダルのネタになるとの事でそれを取り戻すよう依頼されたマロリーがその女優が誘拐されると同時に自らもまた悪徳警官に連れられてしまう。

「フィンガー・マン」でようやく我らがフィリップ・マーロウの登場である。市の有力者であるマニー・ティネンがシャノン殺しに関わっていたとされる証言を大陪審にしたかどで、マーロウはティネンの友人であるこの街の影のボス的存在フランク・ドーアに狙われる羽目に。しかし、そんな中、友人のルー・バーガーからボディガードの依頼をされる。カナレスのカジノでぼろ儲けをする手があり、ついては帰りの護衛をしてほしいとの以来を渋々引き受けたフィリップだったが、カジノの帰りに暴漢に遭い、そしてルーが殺されてしまうという最悪の結果を招く。しかしそれはフィリップに冤罪を着せるためにドーアが仕組んだ罠だった。

「キラー・イン・ザ・レイン」の主人公には名がない。単なる「わたし」という名の探偵だ。本作は『大いなる眠り』の原形とされる作品。
トニー・ドラヴェックなる大男から娘カーメンをスタイナーという男から取り戻してほしいという依頼を受ける。スタイナーはポルノ関係の本やフィルムの貸し出しをやっている男だった。わたしがスタイナーの家を訪れた矢先に家中より銃声が響き、スタイナーが死体となって横たわっており、全裸の女がカメラを前にして椅子に掛けていたが、薬中で意識が朦朧としていた。その女カーメンをドラヴェックの家まで届けた私だったが、カメラからカーメンが映っている乾板を回収する事を忘れた事に気付き、再びスタイナー邸を訪れるが、死体は既になく、しかも乾板も無くなっていた。

そして「ネヴァダ・ガス」。ヒューゴ・キャンドレスは自分の車を偽装した毒ガス車に乗り込み、殺されてしまう。それが全ての始まりだった。たれ込み屋のジョニー・デルーズはモップス・パリシを警察に売ったことで命を狙われる事を恐れ、街を離れようとするが、悪漢に連れられてしまう。そしてあの毒ガス車に乗せられてしまうのだった。しかし、咄嗟の機転で難を逃れたデルーズは自分を襲った相手に報復するため、再び街に舞い戻る。
再読してやはり面白いと感じたのはこの「ネヴァダ・ガス」だ。他の短編に比べ、いきなり毒ガス車で人が処刑されるシーンという読者を惹きつける場面から幕が開けるのがまず印象深い。この導入部はハリウッド・ムービーを想起させる。この時既にチャンドラーはハリウッドの脚本家として働いていたのだろう。

そして全ての短編に共通するのはその流れるようなストーリー展開でどのような着地に落ち着くのか全く先が読めないことだ。
正直、1作目の「ゆすり屋は撃たない」は十分に理解できていないほどの複雑さ、というよりもチャンドラー自身も流れに任せて書いているようで、プロット的には破綻しているように思われた。
しかしそれ以外は、最後はきちんと収まり、読後なかなか練られたストーリーだと感心する。その流れるようなストーリー展開から非常に粗筋を纏めるのが難しい作者なのだと気付く。しかしそれでいて読みながら物語と設定が説明なしにするすると入ってくるのだから、やはりチャンドラー、巧い、巧すぎる。

そしてこれらの短編に出てくる探偵マロリー始め、ダルマス、そして「キラー・イン・ザ・レイン」のわたしもまたマーロウの原形だろう。しかし、やはりマーロウ登場の「フィンガー・マン」を読むとやはりマロリーもダルマスもマーロウの原形とは云いながらも、やはりマーロウは彼らとは一線を画した存在だと云わざるを得ない。
自身が命を襲われる事態でありながらも友人の頼みとあらば堂々と世間に身を晒すし、女の涙には騙されない。権力者にも屈しない、苦境に陥っても(表面上は)動じず、脅迫されても主義は曲げない。警察にも一目置かれている(後の作品では警察からも睨まれる存在になるが)。

そして今作におけるフィリップ・マーロウは「マーロウ」ではなく「フィリップ」の方だ。そう、若いフィリップ・マーロウだ。銃撃戦にも身を投じ、不利な状況も機転と行動力で自ら脱する。これこそフィリップだ。
また表題作にはその後のマーロウの名作の萌芽が見られた。プロットは『大いなる眠り』だが、大男ドラヴェックは『さらば愛しき女よ』の大鹿マロイの原形だろう。全ての長編を読んだ今、こうやって改めて彼の短編を最初から振り返るのはチャンドラーの原点を知る意味では最良なのかもしれない。

そして今回、もっとも痛感したのが、チャンドラーが小説で描きたかったのがプロットではなく、ストーリーだったのだという事だ。彼はロスという街のもう一つの貌を描きたかったのだ。強請りやたかりで生計を立てる卑しき男どもの姿を。そんな男たちがやることなのだから筋が通っていなくて当たり前なのだ。なぜなら彼は彼らの矜持に従って生きている。彼らの主義を貫く事で生きているからだ。そして誰しもが他を出し抜こうと虎視眈々とチャンスを窺っているのだ。だからストーリー展開が先が読めない。これを読んでその面白さが解らない人がいるならば、理解する観点が違うのだ。チャンドラーの小説は理解する小説ではなく、雰囲気を味わう小説、小説世界の空気を感じる小説なのだから。

そしてもう1つ今回発見したことがある。この短編集に収められている作品に共通するのは、主人公である探偵の依頼人は全て最後に死んでしまうという事だ。
彼らは警察にも届けられない厄介事、もしくは誰にも相手にされなかった危険な揉め事を解決する最後の駆け込み寺として探偵の許を訪れる。チャンドラーはそこに救いを与えていない。これら初期の作品群は特にそうだ。
窮境に陥った者は人に頼ってはその運命からは逃れられないのだ、自ら克服していかなければならないのだと云っているわけでもない。みんな弱いのだ、そして探偵さえも、そう述べているように思える。一か八かの最後の賭けに出た者がそうそう成功するわけではない、しかしその印象は非常なまでに切って捨てているように見えないから不思議だ。みな踠きながらも一日一日を生きているのだ、その姿を描いている。
そしてそれは決して美しくない。みな卑しき街の住人なのだから。真っ正直な人間など実は一人もいなく、警察さえもそう。それが本当の世の中なのだ。それをチャンドラーは書いた、その思いがこれらの作品に込められている。

最後に今回の題名について。今回採用されている英単語をそのままカタカナ表記して題名しているというのはやはり、というかかなり抵抗を感じた。
「スマートアレック・キル」は「利口ぶった殺人」の方が、「フィンガー・マン」は「指さす男」もしくは「密告した男」の方が、そして表題作は「雨の殺人者」の方が断然いい。今の日本語で改訳するという今回の試みは非常に好ましく、その志に大いに賛成しているのだが、なぜ題名は「今の日本語」に改訳しないのか、かなり疑問が生じる。それとも英語が珍しくなくなった今、カタカナ表記こそが「今の日本語」なのか。
私はこれに対して断然NOを唱える。だから星は1つ減点。題名も内容の一部と考えるからこそ。

Tetchy
WHOKS60S

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