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BRAIN VALLEY



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BRAIN VALLEYの評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
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(7pt)

膨大な情報量の海を越えて物語は思いがけない彼方へ

世に「理系ホラー」なる新語を定着させた衝撃のデビュー作『パラサイト・イヴ』では遺伝子工学の観点からミトコンドリアを題材にした瀬名氏が今回取り上げたテーマは題名にあるようにずばり脳。
島田荘司氏が21世紀ミステリの提唱として取り上げたのも大脳生理学という脳の研究学問の分野であり、もしかしたら島田氏は本書を読み、本書に書かれた現象の数々に触発されて、新たなる幻想的な謎の創作の端緒を得たのかもしれない。そんなことを感じさせる、とにかく色んな要素が詰まった作品である。

刊行された97年時点での最先端の脳科学研究の内容と日本の関東から東北との境にあると思われる山中の村落、船笠村に昔から続く“お光様”なる民間伝承、そして主人公孝岡が遭遇するエイリアンによる誘拐(アブダクション)体験、さらには臨死体験からサイバースペース内で培養される人工生命へ、そして動物とのコミュニケーションの確立と、理系、文系、そして超常現象、動物行動学とおよそ交わることのないエッセンスが並行に、時に交錯して語られる。私はこの物語は一体どこへ向かおうとしているのか、非常に不安でならなかった。ホラーとして超常現象をあるがままに受け止めるべきか、それともミステリとして合理的解決されるべきとして読み進むべきか、読者としての立脚点をどこに置くか、非常に悩まされた。

しかしそれらはやがて合理的に結び付いていく。これに関しては物語の核心に触れる事になるので後ほど語る事にしよう。

さて自身薬学博士である瀬名氏の作品へのアプローチは常に一研究者の立場として描かれ、作中で開陳される専門分野の説明は他の作者が付け焼刃的に調べて、門外漢である一般読者と同じレベルでの叙述に留まっているのに対し、かなり専門的で説明も細微に渡り、論文を読まされているのと同様の難解さを提示し、読者への理解に苦痛を強いる。
今回も脳科学についてかなりのスペースを割いて読者に本書を理解するための前知識としてその内容を披露しているが、やはりかなり難解だ。主人公の孝岡の言葉を借りて作者が云うには、一応一般読者へ理解しやすいように随分省略しているようなのだが。

しかしその難解な文章を読み解いて、100%とは云わないまでも自分なりに理解できた内容はかなり刺激的なものだった。
私が理解したなりに単的に云えば、孝岡が研究するレセプター(受容体)というのは記憶を司る大脳の海馬、大脳新皮質に刺激を伝達する神経伝達物質グルタミン酸を文字通り受容する云わば門であり、神経細胞間に空いているシナプスと呼ばれる隙間に存在している。これが人間に記憶させる働きを担っており、このシナプスに刺激が多く加わるとレセプターを閉じている栓の役割をしているマグネシウムイオンが解除されて、カルシウムイオンが細胞の中に流れ込み、それがタンパク質を活性化する。そのタンパク質がレセプターを更に活性化させてグルタミン酸に対する感受性をもっと強くし、それが記憶となって脳に焼き付けられるということだ。
そしてその刺激が強ければ強いほど、短期記憶を司る海馬から長期記憶を司る大脳新皮質への伝達が容易になる。そして更に強い刺激は刺激を伝達する隙間シナプスをも増大させる作用があり、シナプスが増えることで刺激は更に伝達しやすくなり、海馬から大脳新皮質への伝達を容易にする。これが記憶のメカニズムだ。

ここで私が閃いたのは傑作、駄作と云われる小説、映画、マンガなどの創作物と佳作と云われるとの違いは脳への刺激への大小にあると云えることだ。未だに長く記憶に留まる名作、例えばミステリで云うならば『占星術殺人事件』のあの驚愕のトリックに『異邦の騎士』の忘れがたいセンチメンタリズムと御手洗の勇姿、『十角館の殺人』のあの世界が壊れる音が聞こえる衝撃の一行、映画で云えば『ショーシャンクの空』の眩しいほどに美しい最後の海岸での邂逅シーン、『E.T.』の人差し指を繋げるシーンなどは我々の脳に刺激を与え、シナプスを増大させる作用があったのだ。
また逆に非常につまらない駄作-弊害が生じるので具体例を挙げるのはあえて避ける―の類いもそのつまらなさが逆に負の刺激になり、シナプスを増大させ長く記憶に留まる。この二律背反が非常に面白いではないか。

逆に可もなく不可もない凡百の作品は刺激も少ないから短期記憶となり、すぐに忘れてしまう。多くの作品がそうであろう。しかし見方を変えればそれら多くの作品が短期記憶の段階で留まっているからこそ、諸々の傑作が記憶の中で煌めいて頭に留まり続けるのだと云える。
しかし私は敢えてこのことについて2点、考えたい。

まず記憶の鍵となるタンパク質を活性化させるにはやはりタンパク質を常に摂取しておかなければならないということだ。読書好きで単に読破した本の冊数を誇るだけならばその限りではないが、一つでも多く読んだ本を記憶の留めたいならば三度の飯よりも読書ではなく、バランスの良い食事が読書の肥しになることを認識すべきだろう。
2つ目は佳作、凡作の類いであれ自分が読んだ本に対して記憶を少しでも多く留めたいのならば、単に読むのではなく、佳作でも凡作でも自分の脳に刺激を与えるような読み方、即ち行間を読むことを心がける事だ。本書で書かれた記憶のメカニズムに基づいて考えるならば、長く記憶しておく事とは即ちその人が刺激を受ける受け皿を常に用意している事によると考える。換言すればそれは好奇心をどれだけ持っていることかということだろう。
本作は単に脳の仕組みについて教えてくれただけでなく、今後も多く読むであろう本を記憶するにはどうしたらよいか―勿論それは読書に限ったことではなく、仕事、私生活、その他全てに当てはまる事だが―のいい指針となった。

知的好奇心を刺激される内容は他にもある。
特に非常に興味深かったのが、脳のメカニズムを科学的見地から突き詰めれば突き詰めるほど、感情や情動といった心の問題に行き当たるところだ。脳の各部位が何を司るのかは長年の研究の蓄積によって解明されつつあるが、では心は一体どこにあるのかという非常に原理的な問いに対してまだこれといった解答が得られていない。
そこには科学が超えられない歴然とした壁のようなものがあり、そこを突き詰めていくといつ人間は信仰を持つようになったのか、神の概念とは、といったような宗教的な論点に行き当たる。科学的に実証しようとしておよそ科学からは縁遠い神の存在へと行き当たるところにこの分野が抱える大きな闇があるといえる。

特にそれを象徴するのが人工生命という存在だ。それらはコンピューターのプログラムというサイバースペースで生きているのだが、プログラマーは単純な指令を2、3つ下すだけでコンピューターの中の生命は実に生物らしい振る舞いを行う。
なぜそれが起こるのかを論理的に説明するとなると研究者の数だけ定義が出てくると筆者は作中で述べている。そして結局のところ最も理解しやすい解釈というのが「機械が生命を模しているのではなく、機械もまた生命なのだ」という理だ。果たしてこれが真理かどうかは解っていないが、数式や論理といった無機質な世界に加え、気配、肌触り、手応えなる生命的直感を合わせて考えることでこの見えない壁が破れるかもしれない。これは茂木健一郎氏がいっている「クオリア」なる概念と何か関係があるかもしれない。

(以下はネタバレにて)


▼以下、ネタバレ感想

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