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死の教訓



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【この小説が収録されている参考書籍】
死の教訓(上) (講談社文庫)
死の教訓(下) (講談社文庫)

死の教訓の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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(7pt)

自戒を込めた教訓か?

今回はルーン物でもなく、ジョン・ペラム物でもない純然たるノン・シリーズの1篇。
よくよく考えてみると本書は私にとってディーヴァーの初のノン・シリーズ物だ。そのせいだろうか今まで読んだ作品に比べて主人公を務める保安官助手ビル・コードの存在感が薄いように感じた。

今回主人公を務めるビル・コードは舞台となるニューレバノン市で生まれ育った男だが、過去にセントルイス市で刑事に就いており、ある事件が元で辞職をし、故郷に戻って来た際に保安官に再就職した男だ。彼の過去とはセントルイス市警在籍中に自分のミスで同僚を死なせたというもの。再就職の際はその件については触れておらず、いつそれが暴かれるか不安を抱えている。
人物設定としてはオーソドックスと云えばオーソドックスで、しかも過去に人に死に関わり、それがスキャンダルとなったという点ではジョン・ペラムに似ている。しかしそれが本書では有機的に物語には寄与せず、単なる設定だけになっているのが惜しい。ジョン・ペラムシリーズではそれが足枷となって彼を苦境に陥れていくのに本書ではそれがない。

本書に散りばめられているのは現代社会が抱える問題である。
ビルにはセアラという学習障害児の9歳になる娘がいるが、妻のダイアンはその事実を頑なに信じようとせず、寧ろセアラは非常に悪賢い娘でいつも知恵を働かせては親を困らせようとしていると、自身の都合のいい解釈の殻に閉じこもって譲らない。さらにビルもまた薄々感じながらもノイローゼ気味の妻を思って敢えてそれを口に出そうとしない。そしてそれがビルとダイアンの夫婦間の不和を生み出している。
そしてビルたちにはジェレミーというもう一人子供がいて、彼は障害も持たず、レスリング部でエースとして頑張っている家族の希望である。しかしこのジェレミーもまたある問題を抱えている。

さらに被害者のジェニー・ゲベンは複数の男と寝る尻軽女であり、その相手の1人である大学教授助手ブライアン・オークンは彼女以外の生徒をつまみ食いしている。
他にも夫のDVに悩まされるSF好きの空想癖のある高校生フィリップなど、病んだ世相を反映しているような人物が登場する。

しかし私にはこれらがもはや全く作り物めいて見えなくなっている。寧ろこの作品に出てくる人たちは我々の隣人にいても全くおかしくない、そう思えるようになってきた。
実際私も子供を持ち、色んな親子と交流し、また子育て関係のセミナーを受けに行くと、本書に挙げられているよりももっと酷い環境の家庭があることを見聞きしているからだ。従ってここに書かれた彼ら・彼女らは私にとって現実味のあるキャラクターたちであった。

しかし本書の事件の焦点となる地方大学オーデン大学は淫欲の巣と化した伏魔殿のようだ。教師や大学院生は教え子とヤリまくり、レズやバイセクシャルが蔓延し、教師達は愛欲に夢中になっていく。
地方大学という閉鎖空間で繰り広げられる精神の歪みを描きたかったのだろうが、かなりドロドロとした状況だ。もしかしてこういうのはザラなんだろうか?

さて本書が書かれたのは1993年。この時期のミステリシーンはデイヴィッド・マーティンの『嘘、そして沈黙』などトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』に端を発したサイコスリラーブームの只中にあった。
この洗礼をディーヴァーも例外なく受けたようで、出版社、もしくはエージェントの要請か解らないが、本書ではカルト狂信者の殺人がテーマにあり、殺人鬼の名前も“ムーン・キラー”と正にサイコキラーど真ん中のような名前のついた敵役が登場する。

しかしこれが読み進むにつれてディーヴァーの世に蔓延るサイコキラー物に対してのアンチテーゼであることが次第に解ってくる。保安官事務所の捜査方針が保安官がカルト狂信者による犯行だとみなしているのに対し、捜査主任のビルは盲目的にそれを信じることを拒み、関連性を見つけようとしている。そして決定的なのは大学の警備課長がビルの許へ持参する精神障害者による犯罪を分析した本について述べるところだ。読書の興を殺ぐので詳しくは書かないが、この内容は当時数多作られたサイコホラー物の中には安直に創られた狂者の論理による眉唾物の紛い物が出回っていたと告発しているように感じた。
私はここにディーヴァーの、安易に流行に流されまいとする作家気質を感じた。いや寧ろ流行を逆手にとってそれを自分流に料理しようとするしたたかさを感じた。

さて読むにしたがって次第によくなってくるディーヴァーだが、本書では特に上巻の引きに注目したい。アメリカの映画やミステリやホラーに出てくるいわゆるオタクの類の異性にもてない系の登場人物の1人が実に意外な人物であったという仕掛けだ。
知らぬ知らぬのうちに文章に散りばめられた人物描写に誘導されていたことがたった一行で知らされる。これがディーヴァーの技法かと感嘆した。

さらに彼のミスリードの手法がだんだんと見えてきた。つまり匿名性をたくみに利用して読者の錯覚を引き起こし、ある時点でそれを印象的な一行でズドンと爆弾のように喰らわせるのだ。つまり綾辻行人の『十角館の殺人』のアレと云えば、解りよいだろうか。

しかし今回はその爆弾を落とし損ねたのではないか?読みながら本書で作者が仕掛けた叙述トリックを見破ったと思った。

しかしなんとも暗い結末だ。読後は主人公ビルの境遇の救いのなさに同情してしまう。

この終わり方を見ると本書はどうも続編の構想があったのではないか。しかしディーヴァーが本国でブレイクしたのはこの後に出版された『眠れぬイヴのために』から。本書はさほど話題に上らなかったと思われる。ジョン・ペラムやルーンに比べれば個性もなく、シリーズキャラとしては弱い。

ディーヴァーにしてはちょっと構成力不足を感じる本書。もしかして本書の題名『死の教訓(The Lesson Of Her Death)』の「教訓(Lesson)」とはこの出来栄えを教訓として、今後の作品に活かすという作者の意図が裏には込められているのかもしれない。


▼以下、ネタバレ感想

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