六の宮の姫君
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季節は春。 | ||||
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
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元々この『私』シリーズは短編連作で始まりました。 この『六の宮の姫君』は長編で、かつ「私」が大学卒業のための論文を書く話です。 しかも論文の内容は「芥川龍之介と菊池寛」。 はるか明治から続く日本の近代文学史で活躍していた二人の若い頃から晩年までを、丁寧に描いていきます。 そして、驚くべきことですが、この作品、小説を書くための教科書といってもよいぐらいなのです。 前期北村薫作品の最高峰、それがこの『六の宮の姫君』です。 | ||||
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家にあるけれど古い本なので、孫用に買いました。綺麗な本なので、読んでもらえそうです。 | ||||
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日常のミステリを期待しましたが、書かれているのは日常生活からは離れた芥川や菊池寛の文学史のウンチクの話で、期待外れでした。 これなら小説という形ではなく、論文や評論として書いた方がずっとよかっただろうと思います。小説としての面白さはほとんどなく、がっかりしました。 | ||||
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私は基本的に読書は娯楽だと思っている。 もちろん仕事関係や勉強などで実用書を読むことはあるが、小説に関して言えば暇つぶしの娯楽として読んでいる。映画を観たり、音楽を聴いたりするのと同じ。 しかし、本書は娯楽としての読書ができなかった。 文学部でもない人間にとっては退屈極まりない内容であり読んでいて苦痛だった。 作者のペダンチックな文章も鼻につく。 日本文学を専攻してる人間でもない限り、芥川龍之介や菊池寛の作品同士のつながりだとか、出典がどうだとか、発表された時期がどうだとかは全く興味がない。 ひたすら作者の衒学的な自己満足の文章を読まされるだけで全く面白くなかった。 娯楽としてのミステリーを期待していたのだが肩透かしを食らわされた。 前作の「秋の花」がかなり良かっただけに残念。 この内容を「円紫さんと私」シリーズ」でやらなくてもよかったと思う。 | ||||
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『米澤屋書店』(米澤穂信著、文藝春秋)の中で、米澤穂信の作家人生を決定づけた本として紹介されている『六の宮の姫君』(北村薫著、創元推理文庫)を手にした。結論を先に言ってしまうと、これは文学史の謎に挑んだ大傑作である。 文学部4年の女子学生の「私」は、卒論で芥川龍之介に挑戦しようと考えている。文壇の長老・田崎信から、芥川の自宅を訪問した際の、「・・・西洋の騎士物語から、話が流れて、誰かが芥川さんの『六の宮の姫君』のことに触れたんだ。芥川さんは銘仙の一枚小袖。煙草をくわえて、せわしなくマッチ箱を揺らしていた。それから、マッチを取り出すと火を点けて一服した。そして、いったな。『あれは玉突きだね。・・・いや、というよりはキャッチボールだ』」という体験談を聞かされる。「私は目を見開いてしまった。『六の宮の姫君』は題の示す通り、王朝物である。そんな言葉のおよそ不似合いな作品ではないか。『何ですか、それは』。先生は夢から覚めたようにふっと私の顔を見た。『分からんなあ。ぽつりと言葉を投げ出しただけだ。勿論、そこにいた連中もわけを聞いたけれど、笑って取り合わなかったな。髪の毛をかき上げると、すぐに話を替えてしまった。押してそれ以上聞くわけにも行かなかったよ』」。因みに、『六の宮の姫君』(芥川龍之介著、新潮文庫『地獄変・偸盗』所収)は、私・榎戸の好きな作品である。 芥川が言った「キャッチボール」とは、どういう意味か、なぜ、こういう言葉を口にしたのか。その裏に隠された謎を解こうと、私は『六の宮の姫君』を調べ始めた。そして、芥川の種本である『今昔物語』へと進んでいった。 【注意!】この先はネタバレになるので、結末を知りたくない人は読んではいけない。 キャッチボールというからには、当然、相手がいたはずだと思いつく。キャッチボールの相手になりそうな人物を探していき、紆余曲折を経て、芥川が「兄貴」のようだと言っていた菊池寛に辿り着く。そして、菊池の短篇『頸縊り上人』を探し当てる。この短篇の種本は『沙石集』である。 遂に、私は「キャッチボール」の謎を解くことができた。鎌倉時代の僧・無住の『沙石集』に反発した菊池が『頸縊り上人』を書く。『頸縊り上人』に反発した芥川が『六の宮の姫君』を書いたのである。親しい友人ではあったが、文学観の異なる菊池と芥川の間でキャッチボールが行われていたのだ。 米澤のみならず、私・榎戸にとっても、本書は大切な一冊となった。 | ||||
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