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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 1061~1080 54/57ページ

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No.77: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

中学生の課外授業で校内裁判???

3部作、それぞれが700ページを超える超大作で登場人物も多いが、人物関係が複雑ではないので、意外と楽に読むことができた。
クリスマスイブの深夜、校舎屋上から落ちて死んだ同級生の事故?、自殺?、事件?をめぐって、学校や親や警察を信じきれなかった中学三年生たちが、自分たちの手で真実を見極めるために法廷を開く・・・。まず、舞台設定で驚かせてくれる。しかも、主要な役割の人物はスーパー中学生というか、大人顔負けの論理的な論陣を張ってくる。「こんな中学生、いるわけないじゃん」と思った時点で、この作品はまったく面白くなくなるだろうが、そこはそれ、フィクションの面白さと思えれば、楽しめる青春小説を言えるだろう。
同級生は自殺したのか、だれかに殺されたのかという謎解きミステリーとして読むと、特別なトリックや驚くほどの動機や犯行形態があるわけではなく、さほど面白くはない。また、最後にどんでん返しがあるわけでもない(むしろ、勘のいい人なら途中で結末が予想できる?)。だれもが通ってきた道を振り返る、中学生の青春ドラマとして読むのが正解だろう。
ソロモンの偽証 第I部 事件
宮部みゆきソロモンの偽証 についてのレビュー

No.76:

冷血(上)

冷血

高村薫

No.76:
(7pt)

広漠とした高村ワールドへ

高村薫の最新作は、合田雄一郎シリーズの新作だけに、「晴子情歌」から前作まで続いてきた読みづらさが薄らぎ、エンターテイメントとして楽しめる作品だ。ただ、警察小説、ミステリーを期待していると裏切られる結果になるだろう。
物語は、実際の事件(いまだ未解決だが)を想起させる「歯科医一家4人殺し」の事件発生から裁判、死刑執行までを追うもので、犯人、被害者の背景描写から捜査の在り様、裁判過程における関係者の言動まで、いかにも高村薫らしい緻密な描写(ことに、犯人の歯痛、歯科治療の詳細さと言ったら・・・)で展開される。しかし、すべてが明らかにされたようでありながら、犯人の実像、心理、犯行動機などは、すべて霧の中での手探りの記録でしかなかったという茫漠さが最後に残り、きわめて微妙な読後感に悩まされることになる。作者は、合田雄一郎と読者を真実と虚偽が絡み合って延々と続く、広漠な精神世界に放り出すことを狙っているに違いない。
そこが高村ワールドであり、好悪が分かれるところだろう。
冷血(上)
高村薫冷血 についてのレビュー
No.75:
(7pt)

異色のヒロイン、異色のストーリー

引退した捜査官が断りきれない事情から再度、捜査現場に戻って活躍するというのはよくあるパターンだが、主人公が60歳近い女性と言うのは初めて読んだ気がする(すでにあるのかもしれないが)。しかも、本筋はサイコパスを追いかける異常心理ものなのに、犯人の心理や行動の描写は少なく、ヒロインの心理描写の部分が多いのも異色だ。
女性対象の性犯罪者を捕らえるための囮捜査のプロとして活躍していたFBI捜査官ブリジッドが、若い女性の囮の役目を果たせなくなり、後継者として育てたFBI捜査官が殺された「ルート66連続殺人事件」は、犯人を逮捕できないまま7年が経ち、ブリジッドは引退して新婚生活を送っていた。そこに、犯人逮捕の報が届くが、担当の女性捜査官コールマンは犯人の自白に疑問を持ち、真犯人かどうかの確認のためにブリジッドに協力を要請する・・・。
捜査権限がない立場での厳しい捜査に、果敢に立ち向かう中年女性。体力、気力とも現役に負けないのだが、いかんせん警察力を駆使できない弱みがあり、非常に苦しい戦いとなり、自分自身はもちろん、最愛の夫までも苦しめる展開になってゆく。
若い女性の役ができなくなった中年女性が、老嬢専門の連続殺人鬼に遭遇するところからスタートするストーリーは、異色と言えば相当に異色で、問題解決までの道のりにややご都合主義的なところもあるが、最後まで犯人が分からず面白く読めた。
主人公のキャラが独特過ぎて、シリーズにするのはちょっと難しいかなと思うが、次回作はあるかどうか? その点も興味深い。
消えゆくものへの怒り〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕
No.74:
(8pt)

パトリックとアンジーの関係は?

ボストンの2人組私立探偵、パトリック&アンジーシリーズの第2弾。解説に「チャンドラーの嫡流」と書かれているように、正統派アメリカン・ハードボイルドの美点を完備した傑作で、シリーズ第1作以上にハラハラ(いろんな意味で)する、読み応えのあるハードボイルド作品だ。
マフィアとのトラブルに悩む精神科医からの依頼で問題解決に乗り出したパトリック&アンジーは、奇怪な連続殺人事件に巻き込まれ、マフィアとサイコキラーを相手に絶望的な戦いを繰り広げることになる…。そうしてたどり着いた真相には、自らのアイデンティティーにも関わってくる地域社会の暗部が隠されていた。
前作からの登場人物はもちろん、今回だけの登場人物も丁寧に造形されており、話は複雑だが非常に読みやすい。さらに、今回の悪役は、いかにも現代的な不気味さが強調されていて、ストーリー全体に緊張感が高くなっている。
また、アンジーがとうとうフィルとの離婚を決意したことで、パトリックとの関係に微妙な変化が現れるのだが、一方のパトリックには夢中になっているグレイスとその娘・メイがいるため、すんなりと結ばれるわけにはいかない。シリーズの重要なサイドストーリーである二人の関係は、果たしてどうなっていくのか? 次回作以降でも気になる点である。
闇よ、我が手を取りたまえ (角川文庫)
No.73:
(7pt)

ル・カレは枯れず!

1931年生まれのジョン・ル・カレが2010年に発表した最新作。御年79歳での作品とは思えない、みずみずしい作品だ。
ロシアの新興マフィアのマネーロンダリングの第一人者が、犯罪組織を裏切って英国への亡命を希望し、イギリス人の若いカップルに英国情報部との架け橋を依頼したことから物語がスタート。果たして亡命は成功するのか? 最後まで先が読めないスリリングなストーリーが展開される。
本作品の最大の特徴は、登場人物がきわめて緻密に描かれていて、まさに生きて動いていることだろう。大学講師と弁護士のカップル、亡命しようとするマフィアとその家族、情報部のスタッフなど、主要な人物はすべて個性的で、その心理や行動に読者はリアルな共感や反発を覚えずにはいられない。ル・カレのスパイ小説には欠かせない神経をすり減らす情報戦の要素はやや薄いといえるが、それを補って余りある人間ドラマとしての面白さが光る。
ル・カレの本領ともいえる冷戦時のスパイ小説とはやや趣が異なるものの、人間観察の鋭さと人物造形の上手さで、スパイ小説ファン以外の読者にとっても読みごたえがある作品と言えるだろう。
われらが背きし者
ジョン・ル・カレわれらが背きし者 についてのレビュー
No.72:
(8pt)

ハードボイルド探偵小説の王道

パトリック&アンジー・シリーズの第一作。「ミスティック・リバー」からルヘインを読み始めた者としては、こんなに単純明快な小説を書いていたのかというのが、一番の驚きだった。
ボストンのあまり品が良くない地域の教会の中に探偵事務所を構える、パトリックとアンジーの二人組。ある日、上院議員から「失踪した掃除婦が持ち去った重要書類を回収してもらいたい」という依頼を受ける。掃除婦の家を探し出してみると、すでに何者かに家捜しされたあとだった。重要書類を探しているのは、上院議員の他にも誰かいる・・・。
ボストンの暗黒街を駈け回って掃除婦と書類を探す二人の行く手を阻むのは、命知らずのメンバーを抱える二つのギャング団だった。二人を助ける、サイコパスの巨漢、時には助け、時には敵対する刑事達など、ハードボイルド探偵小説ではおなじみの登場人物が揃い、ウィットを競い合うような会話と激しいアクションとおびただしい死体が繰り広げられる、まさに典型的なストーリー展開といえる。
定石通りとも、王道とも言える作品だが、背景にあるものが深いため、けっして安っぽいハードボイルドで終っていないところが、さすがにルヘイン。しかも、本作が処女小説だというのだから驚きだ。
しばらくは、このシリーズを楽しみたい。
スコッチに涙を託して (角川文庫)
デニス・ルヘインスコッチに涙を託して についてのレビュー
No.71: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

栴檀は双葉より

宮部みゆきの長編デビュー作。プロローグでの伏線の張り方から主人公の設定、周辺のキャラクター、事件の背景まで、実に巧みな設定で、さすがに宮部みゆき、栴檀は双葉より芳ばしである。ただ、最後の詰めが後々の長編作に比べると多少甘く、評価を減点せざるを得なかった。
まず、主人公が元警察犬・マサで、犬の視点からの一人称語りというのが、なんとも人を食っていて面白い。また、マサの飼い主である探偵事務所のスタッフや、一緒に真相究明に当たる被害者の弟などのキャラクターが青春小説っぽいところも、殺人の様相や事件の背景が凄惨であるにもかかわらず読後の印象がどろどろしない要因となっている。
ミステリーとしては物足りない部分も多いが、宮部みゆきの才能の芽が随所に感じられる佳作といえる。
パーフェクト・ブルー【新装版】 (創元推理文庫)
宮部みゆきパーフェクト・ブルー についてのレビュー
No.70:
(7pt)

文句無く楽しめるスパイ活劇

それぞれの時代性が重要なスパイもので、しかも25年以上昔の作品なのに、文句無く楽しめるスパイアクション。アメリカがロシアからアラスカを買い取った時の協定には、実は買い戻し条項があった! という、史実と虚構を大胆に組み合わせた“ホラ話”で最後までハラハラドキドキが楽しめる、アーチャーの名人芸が堪能できる良質なエンターテイメント作品だ。
ロシア革命時、皇帝ニコライ二世が条約書をイコンの裏にかくして国外に持ち出したことを確信したソ連指導部は、1966年5月19日、イコンの発見と奪還をKGBに命じ、最も優秀で非情な情報部員ロマノフが調査を開始する。定められた期限は1966年6月20日。そのころ、イコンはナチス・ドイツの高官が偽名で預けたままスイスの銀行に眠っていた。
そのイコンを受け取る正当な権利(必要な書類)は、父親の遺産としてイギリスの退役軍人、アダム・スコットに引き継がれ、スコットは中身の詳細を知らないまま、遺産を受取に行く。そこに待っていたのは・・・。
知力、体力、行動力をぶつけ合い、逆転に継ぐ逆転で突っ走るというストーリー展開はまさにスパイ小説の王道だ。さらに主人公が、アメリカでもロシア(ソ連)でもなく、第三国のイギリス人の退役軍人ということから巧みなユーモアも加味されており、アクション一本槍ではない面白さがある。

ロシア皇帝の密約 (新潮文庫)
No.69: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

お約束を楽しむ作品

「百舌」が登場しない「百舌」シリーズの第5作。主人公の倉木美希と大杉良太が警察内部の陰謀を暴いていくという、まあ、お約束のストーリーだが、今回は悪役がよく書けている分、面白く読めた。
暴力団を襲ってコカインや拳銃を強奪するという犯罪が続き、しかも現役の警官が関与している疑いがもたれ、大杉が捜査を進めるうちに陰謀に直面することになる。警察の捜査より、私立調査員の大杉の調査が事件の解明に通じるとあって、やや強引なストーリー展開が無きにしも非ずだが、犯人探しの面白さは十分に用意されている。
今回の悪役は、美人で評判の独身刑事、その奔放な異性関係に注意を与えるため倉木が面接するところからスタートし、お互いに探り合い、張り合うところが、もうひとつの読みどころと言える。
現在までのところ、本作が「百舌」シリーズの完結編となっているが、エンディングを見ると次作もありそうな…。
のすりの巣
逢坂剛のすりの巣 についてのレビュー
No.68:
(7pt)

巨匠の挑戦

前作「秘密」から4年ぶり、御年91歳で発表したP.D.ジェイムズの新作は、1813年に書かれたジェーン・オースティンの「高慢と偏見」の後日譚! 名作の誉れ高い「高慢と偏見」を受けてミステリーを書く、という、ある種、無謀とも思える挑戦を果たしたP.D.ジェイムズの創作意欲に、称賛の拍手を送りたい。
物語は、18世紀初めのイギリスの田舎貴族の生活に飛び込んできた殺人事件が引き起こす、さまざまな人間模様。犯人探し、動機解明のミステリーとしても読ませるが、それ以上に封建制度下の人々の生き方、とりわけ女性の生き方にまつわる話が面白い。
本家「高慢と偏見」を読んでいるに越したことはないが、「高慢と偏見」の世界はプロローグで簡潔にまとめて紹介されているので、原作を未読の人にもオススメできる。
高慢と偏見、そして殺人〔ハヤカワ・ミステリ1865〕
No.67: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

前作よりは面白い

“サーファー・ときどき探偵”のブーン・シリーズの第二弾。物語の舞台、主要登場人物は前作の流れを継承し、シリーズものとして確立しつつある。前作に比べてミステリーの要素が強まり、謎解きの部分が格段に面白くなった。それでもまだ“サーフィン小説”の部分が色濃く、サーフィン好き、格闘技好きには大受けだろうが、個人的には(なんといっても、ウィンズロウだから)いまいちの印象だった。
ブーンが依頼されたのは、サーフィン仲間の富豪の妻の浮気調査。意に染まないまま調査を開始したブーンはさらに、友達以上、恋人未満のぺトラから殺人容疑で逮捕されている少年の弁護のための調査を依頼される。この殺人事件の被害者は地元で敬愛されていた“伝説のサーファー”だっただけに、殺人犯側についたブーンはサーフィン仲間を始め地元全体を敵に回すことになる。少年の容疑に疑問を持ったブーンは、いつもは手助けしてくれる仲間から見放されながらも真実を追求し、ついにはサンディエゴを揺るがす巨大なスキャンダルを掘り起こすことになる…。
あくまでもノー天気なサーファーの世界の向こうには、金と欲望にまみれた現実が隠されている。それでもというか、だからこそというか、ブーンはサーフィンに生涯をささげる決心をする。次作もありそうなエンディングだった。
紳士の黙約 (角川文庫)
ドン・ウィンズロウ紳士の黙約 についてのレビュー
No.66: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ベテランの話芸に酔う

終わってしまったと思っていたマット・スカダーシリーズの復活! それだけでも驚きだが、74歳になったスカダーがミック・バルーに思い出話を聞かせるという構成の妙に脱帽した。さすがに74歳でN.Y.での探偵稼業はきついとみえて、そこで編み出したが炉辺夜話ということで、スカダー45歳のときの物語が展開される。
ストーリーは、幼馴染を殺害した犯人を探す話で、探偵ものとして十分に合格点の出来なのだが、読んでいるうちに犯人探しはどうでもよくなってくる。なにより、スカダーの人間性、人生観、他者とのかかわり方、恋人との関係の感じ方などが深く心を打ってくる。
読み終わったらスカダーをもっと身近に感じるようになる、シリーズファン必読の一冊だ。
償いの報酬 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
ローレンス・ブロック償いの報酬 についてのレビュー
No.65:
(7pt)

父と子の再会物語

「神は銃弾」で鮮烈なデビューを果たし、「音もなく少女は」で再注目されたボストン・テランの新作は、これまでの暴力性に「赦し」がプラスされ、前記2作とは異なる色合いの作品だ。
舞台となるのは、1910年のメキシコ。革命前夜の不穏な空気に包まれたメキシコにアメリカから、武器密輸の囮操作のために武器を満載したトラックと一緒に送り込まれるのが、若き捜査官・ルルドと殺人犯のローボーンの二人。実は、この二人は親子だった。
ストーリーは、武器を満載したトラックをメキシコに密入国させ、密輸組織を暴き出し、さらにアメリカに逃げ帰るまでの必死の冒険譚が中心。というか、それに尽きていて、話としては単純。それを補っているのが、親子である二人の微妙な心理劇で、幼い頃に捨てられた子供・ルルドはローボーンが父親であることに瞬時に気がつくが、ローボーンはまったく気付かず、ローボーンがいつ気付くのか、気付いたあとどう変わるのかが読者を引きつける。さらに、ルルドと耳の聞こえないメキシコ人少女との淡い恋物語が、ハートウォーミングな彩りを添えている。
“暴力の詩人”といわれるボストン・テランを想像して読むと、やや肩透かしを食らうかも知れないが、新しいボストン・テランを発見できるとも言えるだろう。
訳者あとがきによれば映画化の話が進んでいるとのことだが、いかにも映画になりそうなアクションや戦闘シーンが多く、またホロリとさせる場面もあり、映画化されればヒットするだろうと思う。ただ、そのときはタイトルを変更した方がベターではないかと思った。

暴力の教義 (新潮文庫)
ボストン・テラン暴力の教義 についてのレビュー
No.64: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

苛立ち、落ち込み、荒れる50男

スウェーデンを代表する警察小説・ヴァランダー警部シリーズの最新作。最新と言っても、翻訳が出たのが最新というだけで、本国での発表は1998年。今から14年も前の作品にもかかわらず、コンピュータ・ネットワークを駆使した経済犯罪と先進国をむしばむ社会の退廃の問題点が鋭く描かれており、社会派作家・マンケルの時代感覚の鋭さが光る作品である。
物語の発端は、19歳と14歳の少女によるタクシー運転手殺し。犯人の少女たちのあまりの社会性の欠如に愕然とし、苛立ったヴァランダーは取り調べ中に14歳の少女を殴ってしまったところを新聞記者に写真を撮られ、イースタ署内での居心地の悪さを感じるようになる。一方、取り調べ中に警察から逃げ出した19歳の少女は、変電所内で黒焦げ死体となって発見され、やがてコンピュータを駆使した不気味な犯罪につながっていく。
シリーズ第8作目の本作品では、ヴァランダー警部もついに50歳の大台に到達し、社会のIT化とグローバル化に着いていけない50男の苦悩にさいなまれ、何かにつけて苛立ち、怒りを相手にぶつけ、そのことに自分で傷つき、落ち込んでしまう。これまでも、何度も警察を辞めようと思ったり、1年以上の長期休職(精神的な理由での休暇)を経験したヴァランダーだが、今回は自分が「新しい芸を習うことができない老犬」であることを自覚しなければならない、新しい犯罪には新しい捜査指揮者が当たらなければならないとまで、自分を追い詰めるようになる。果たして老犬ヴァランダーは、これからも警察官として人生を全うできるのか?
最後の最後に、ヴァランダーをよみがえらせるエピソードが出てきて、シリーズファンは次作への興味を掻き立てられることになる。まだ、2作楽しめる。
ファイアーウォール 上 (創元推理文庫)
ヘニング・マンケルファイアーウォール についてのレビュー
No.63: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

シリーズは最初から読むに限る

ニューヨーク市警の敏腕刑事で氷の天使と呼ばれるマロリー・シリーズの第6作。
マロリーの同僚・ライカー刑事の情報屋だった娼婦・スパローが口に自身の金髪を詰め込まれて天井から吊るされるという猟奇事件が発生し、マロリーはライカーとともに事件の解明を進めるが、単なるストーカー殺人と思われた犯罪は複雑な背景の連続殺人事件に発展し、マロリーは自分の過去にも直面することになる。
現在の犯罪と過去の犯罪が捜査の進展につれてリンクされるころから、マロリーと養父・マーコヴィッツ、さらにはライカーやスパローの過去と現在が複雑に絡み合い、信頼する仲間同士が傷つけあうような重く悲劇的なエピソードが展開されることになる。
現実の犯罪捜査とマロリーの過去をめぐる回想が入り組んで、最初の内は戸惑うことが多く、ストーリー展開も遅いので退屈だが、第三の被害者が狙われ始めるころから話のスピードがアップしてどんどん引き込まれていった。
実は、このシリーズは本作が最初だったため、マロリーと養父の関連などの知識がなかったので、前半が退屈に感じたのだと思う。シリーズの読者ならいろいろな発見があって楽しめたのだろう。
この作品だけでもミステリーとして十分に楽しめる出来ではあるが、やはり、シリーズ作品は最初から読まないといけないと再認識させられた。
吊るされた女 (創元推理文庫)
キャロル・オコンネル吊るされた女 についてのレビュー
No.62:
(7pt)

歴史好きの方にはおススメ

現在のドイツ・ミステリーの巨匠と目されているフォルカー・クッチャーの日本デビュー作。ラート警部を主人公にした全8作のシリーズの第一作である。
1929年のベルリンを舞台に、ある事情でケルンから左遷?され、意に沿わない風紀課に配属されたてきたラート警部が思いがけなく殺人事件に遭遇し、希望する殺人課への異動のチャンスとばかりに独自の捜査を開始する。
第一次世界大戦の痛手から回復し、建設ラッシュに沸くベルリンでは共産勢力と民族派、台頭し始めたナチスが勢力争いを繰り広げ、そこに亡命ロシア人が絡んで、複雑で暴力的な謀略が渦巻いていた。誰が敵で、誰が味方なのか? はぐれ刑事のラートは疑心暗鬼に陥りながら鋭い推理で事件の解明を進め、やがて巨大な悪の存在に気づき、必殺の大芝居を打つ。時代が時代だけに、捜査手法は科学的な捜査より、聞き込みと推理が中心で、オーソドックスな警察小説の展開だが、途中で禁じ手ではないかというエピソードもあり、なかなか波乱にとんだ展開で飽きさせない。
警察小説ではあるが、舞台がワイマール時代のベルリンということで、史実と虚構が入り混じった歴史小説という側面も強い。好みが分かれるところだが、私としては現在のドイツを描いたネレ・ノイハウスの方が好みと言える。
濡れた魚 上 (創元推理文庫)
フォルカー・クッチャー濡れた魚 についてのレビュー
No.61: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

悩む男、苛立つ男、ヴァランダー

シリーズ4作目の本作は、主人公・ヴァランダー警部のキャラクターが際立つ、良質な警察小説に仕上がっている。
前2作が警察小説というより国際謀略小説みたいな展開になっていて、面白くはあるんだが小さな違和感が残っていたのに対し、本作は地元・イースタにとどまり、地道な捜査を重ねて巨悪を暴くという警察小説の王道の作品である。
前作で、正当防衛とはいえ人を殺したことに悩むヴァランダーは、一年半もの引きこもり休暇を過ごした末に立ち直ることができず、とうとう警察を辞める決心をする。引きこもっていたデンマークの海岸に訪ねてきた知人の弁護士の「弁護士である父親の交通事故死に疑問があるので捜査してもらいたい」という依頼も断り、イースタに戻って辞職願を出そうとする。ところが、当日の新聞で知人の弁護士が射殺されたことを知り、依頼を受けなかったことの罪悪感にさいなまれたヴァランダーは、再び捜査の現場に復帰する。
ストーリーの本筋は弁護士親子を殺害した犯人捜しだが、その背景には個人を超越して利益を追求するグローバル経済と個人の良心の対立があり、社会の変化についていけない警察組織の不協和音があり、ヴァランダーは常に悩み、苛立つことになる。さらに、妻とは離婚し、一人娘は家を出て独立し、身近に住む父親とは良好な関係が維持できない、孤独な中年男の悲哀が重なり、小説全体のトーンは重く、暗い、まさにスウェーデンの冬のようになっていく。
しかし、最後には、ヴァランダーの獅子奮迅の活躍で犯人を捕らえることができ、読者はほっとすることができる。
常連登場人物のキャラクターの深化に加えて新たなヒロインも登場し、シリーズの方向性が確立され、これからますます面白くなるという期待が膨らんでくる。
笑う男 (創元推理文庫)
ヘニング・マンケル笑う男 についてのレビュー
No.60: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

深い! 面白い!

今や“ドイツミステリの女王”と呼ばれているネレ・ノイハウスの本邦デビュー作。本作品は実はシリーズ全5作の3作目で、日本では次には4作目が出版されるという。シリーズものなので、警察小説ではおなじみの組織の軋轢や人間関係なども読みどころではあるが、事件捜査ものとしてきわめて高いレベルで完結しているので、シリーズの途中から読み始めたという違和感はまったく感じなかった。訳者によれば「ノイハウスの真価が分かる」作品から日本に紹介しようということのようだが、本作品だけでいっぺんにファンになりシリーズ全部を読みたくなったのだから、その作戦はずばり成功したといえるだろう。
物語は、ホロコーストを生き延びアメリカ大統領顧問まで努めた著名なユダヤ人が射殺死体で発見されたところから始まる。現場には「16145」の数字が残されていた。さらに、司法解剖の結果、この被害者がナチス親衛隊員だったことが発覚した。そして、第二、第三の殺人現場でも「16145」の数字が残され、連続殺人事件へとつながっていく。果たして、犯人は、動機は? ホーフハイム刑事警察署捜査十一課のメンバーは暗中模索の捜査活動に乗り出して行くが・・・。
ドイツでは総計200万部を突破している警察小説シリーズの一作だけあって、実に面白いストーリーに驚嘆し、緻密な構成にうならされ、本当に読み応えがあった。
最近、スウェーデン、デンマークなどのミステリを読む機会が増えていたが、今度はドイツのミステリの面白さを発見した。ノイハウス同様に評価が高いフォルカー・クッチャーも含め、今後の翻訳出版が大いに楽しみである。
深い疵 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス深い疵 についてのレビュー
No.59:
(7pt)

達人の話芸だなあ

東直己作品はけっこう読んでいるつもりだったのだが、探偵法間シリーズは知らなかった。
本作は雑誌の連作を集めた短編集で、さまざまに趣向を凝らしたお世辞の話芸が楽しめる。なにせ主人公は風采が上がらない、金がない、体力がない探偵で、唯一の取柄・武器がお世辞という、かなり情けないヒーローだけに、サスペンスやアクションとは全く無縁。ただひたすら口先だけで問題を解決していくのだから、これはこれで、凄い!
東直己氏のアイディアと文章力、独特の皮肉が効いた美学に、ただただ感心していれば楽しい時間が過ごせること、間違いなし。
探偵法間(のりま) ごますり事件簿
東直己探偵法間(のりま) ごますり事件簿 についてのレビュー
No.58: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

脱獄サスペンスを期待すると・・

本書の紹介文は「祭太鼓が轟くなかで、一人の模範囚が忽然と消え失せた。(中略)異変に気づいていたのは若手刑務官のみ。「白い夢」にアクセス出来る彼女だけが、逃亡先を知っていた……。仰天の仕掛け、感泣のラスト。内部を知悉する作家だけが成し得るサスペンス長篇。」というものだが、はっきり言って脱獄サスペンスを期待しない方がよい。
本作の一番の魅力は、元刑務官の作者が体験してきた女子刑務所での刑務官や受刑者の日常から丁寧に拾い上げて構築した心理ドラマだと思う。受刑者それぞれが背負う過去の重さ、受刑者間や刑務官との間の葛藤、刑務所という官僚組織内部の軋轢などが、しっかりした構成と巧みな描写で物語られ、女子刑務所という未知の世界がリアルに立ち現れてくる。
作者は本作が長編では二作目というので、これからどう変化して行くのか? 構成力、文章力は一流なだけに、サスペンスのアイデアの飛躍を期待したい。

脱獄者は白い夢を見る
壇上志保脱獄者は白い夢を見る についてのレビュー