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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1167件
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北欧ミステリーに、また新たなヒロインが誕生した。あの「ミレニアム」と北欧のミステリー賞を争ったというだけのことはある、傑作ミステリーだ。
旧友に頼まれてコペンハーゲン駅のロッカーに荷物を引き取りに行った看護師・ニーナが取り出した重いスーツケースには、裸の男の子が入っていた! という衝撃的な幕開けから、旧友の殺害、犯人からの男の子の保護と身元の割り出し、犯人との対決と問題解決までが、わずか一日半ほどの間に展開されるというスピーディーかつ緊迫したストーリーで、途中、だれるところがない、一気読みの面白さだった。 警官でもない、私立探偵でもない、普通の女性が子供を守るために獅子奮迅の活躍をするというのは、比較的良く見るパターンではあるが、本作では、ヒロイン・ニーナと子供が血縁ではないことと、スーツケースに入れられていた子供の実母もまた、子供を取り戻すために必死で動き回ることで、ストーリー展開に厚みが増し、新しい面白さを感じさせた。さらに、登場人物の数が少ないのでキャラクターをきちんと造形しているにもかかわらず人間関係が複雑ではなく、ストーリーを追うことに集中できるのも、読みやすさの要因だろう。 犯人像や逃亡劇のスリリングさには多少の物足りなさを感じるが、共著者が二人とも女性だということもあり、ニーナ、子供の母親をはじめとする女性たちの描き方の上手さが、物足りなさを十分に補っていると言えるだろう。 |
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北海道と四国を合わせたほどの島国で、人口はわずか32万人! 北欧5ヶ国の中でも、一般の人には一番印象が薄いと思われるアイスランドのミステリーが読めるのだから、最近の北欧ミステリーブームには感謝するしかない。
物語の始まりは、住宅街の一画の半地下アパートに住む老人がガラスの灰皿で殴り殺されていたこと。物色されたり証拠隠滅を図った形跡が無く、麻薬中毒者の場当たり的な犯行かと思われたが、死体の上には「おれは は あいつ」と書かれたノートの切れ端が残されていた。レイキャビク警察の捜査官・エーレンデュルは、被害者の机の奥に隠されていた、墓石を写した古い写真を発見したことから、被害者の老人の過去に犯行動機が隠されているのではないかと捜査を進めることにした。 主役のエーレンデュル捜査官は、20年前に離婚して以来一人暮らしの中年男。息子はアルコール依存症で少年更生施設への入退所を繰り返し、娘は薬中で金をせびる時しか顔を見せないという、崩壊家庭状態。同僚にはちょっと煙たがられながら、信頼もされているベテランで、地味でオーソドックスな捜査を粘り強く実行して行くのが持ち味といえる。そして、古い記録と記憶のかすかなつながりをたどってきた捜査陣が行き着いのは、40年間隠されてきた「過去の忌まわしい出来事」だった。 「派手な銃撃戦もカーチェイスも似合わない街」レイキャビクのミステリーは、あくまでも人物と人生が主役で、重くて暗いけど、読む者を引き付けて放さない迫力に満ちている。アクションよりサスペンスを好む読者にはオススメだ。 |
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ジェフリー・ディーヴァーの初短編集。16作品、580ページほどの分厚い文庫本だが、とにかく楽しめる作品ぞろいで一気読みしてしまった。
もちろん、長編作品のようなお得意の「ジェットコースター」的な展開はないが、どの作品をとっても「捻り」が効いていて、読者を驚かせよう、喜ばせようという作者の熱意がひしひしと感じられる。読者はきっとクリスマスの朝、お菓子がいっぱいに詰まっている長靴を見つけた子供の気持ちになれるだろう。 |
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あの傑作「解錠師」のスティーヴ・ハミルトンのデビュー作。「私立探偵になりたくなかった私立探偵」シリーズとして、現在までに10冊が刊行されている(日本語訳は1~3作が既刊)らしいが、日本では2000年に出版され一度絶版になっていたものが、「解錠師」のヒットを受けて新版として再登場したといういわくつきの作品だ。
「私立探偵になりたくなかった私立探偵」アレックスは、元デトロイト市警の警官だが現在は、カナダ国境に近いミシガン湖畔の静かな町で父親が残した狩猟用貸ロッジの管理人として生計を立てている独り者。ロッジ管理人で十分に満足しているのだが、知り合いの弁護士に頼み込まれ、しぶしぶ探偵仕事を引き受けたことから、連続殺人事件に巻き込まれることになる。 アレックスには、14年前、警官時代に拳銃で襲われた時の銃弾がひとつ、摘出されないまま心臓のそばに残っているという体の傷とともに、襲撃され、相棒が殺害された現場で血の海を見たときの恐怖がトラウマとなって残っていた。そんなアレックスをあざ笑うかのように、州刑務所で服役中のはずの襲撃犯・ローズから「自分が連続殺人に関係している」という不気味な電話や手紙が届き始める。果たして、ローズは脱獄したのか? あるいは誰かがローズに成り替わっているのか? 「服役中の犯人からの脅迫」というのは、これまで何度か目にしたパターンで、スティーヴ・ハミルトンはどういうトリック(仕掛け)で驚かせてくれるのか興味津々だったが、予想を裏切る展開で最後まで謎を明かさずに引っ張ってくれた。 メインのストーリー、登場人物のキャラクター、謎解きの面白さ、情景描写の巧さなど、どれをとっても合格点で、デビュー作とは思えない上手さを感じる作品だが、ぜいたくを言えば“整いすぎている”感が否めない。多少の破たんはあっても、もっとインパクトがある方が好ましい。そこが、3作目までで翻訳がストップしている理由かなと思った。 ハードボイルド、サスペンスより抒情重視の読者におススメかな? |
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酒とギャンブルで身を持ち崩し、退職の瀬戸際に追い込まれた刑事が企んだ、起死回生の秘策とは?
ロンドンの高級住宅地で一人暮らしの大富豪の男性が行方不明になった。捜査を担当することになったベルシー刑事は、豪邸内の食料や酒をいただくばかりでなく、誰もいないのをいいことに寝泊まりし始め、さらには現金やキャッシュカードを使い、家財道具を売り払うことまでするようになった! これだけでもとんでもない悪党だが、さらに富豪に巨額の隠し財産があるらしいことを発見し、財産と身分を乗っ取って海外に逃亡しようと企てる。 いや〜、とんでもない悪徳警官がいたものだが、このベルシー刑事はなぜか自分の身の安全より事件のなぞの解明に心を奪われるようで、財産乗っ取り&海外逃亡計画と並行して、富豪の行方不明の追求にも身を入れ、とうとう自分の命まで狙われるようになる。果たして、ベルシーは富豪に生まれ変わって、大金とともに無事に海外逃亡できるのか? まずなにより、刑事でありながら犯罪者という、主人公の設定が面白いし、キャラクターの設定も上手だと思う。さらに、富豪の行方不明に絡む謎解きもしっかりした構成で、ミステリーとしての完成度も高く、これがデビュー作という作者の力量に感心した。 それでも評価を「7」にしたのは、文庫本で600ページという長さがマイナス。これが400〜450ページぐらいなら、もっと緊迫感のある作品になっていただろうと思うと、ちょっと残念。 それと、これは作者には関係ないことだが、表紙のイラストが「フロスト警部」シリーズと同じイラストレーター、同じタッチなのが、非常に残念。「早川さん、これは無いよ!!」 |
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ドイツの実力派ミステリー作家の最新作。とはいっても、著者フライシュハウアーはこれまで日本では一冊しか翻訳されておらず(それも2002年に出版)、実質的には本邦初登場と言えるだろう。こうした作家の新作が読めるのは、現今の北ヨーロッパミステリー・ブームのおかげと言えるかもしれない。
物語の発端は、ベルリンの廃墟ビルで凍った女性の胴体が発見されたこと。しかも、死体は頭部が切断され、山羊の頭に付け替えられていた。さらに同じ夜に、今度はナイトクラブの掃除用具置き場から異様な演出を施された羊の死骸が発見され、羊には死体から切り離されたと思われる腕が隠されていた。これは果たして、連続猟奇殺人事件の始まりなのか? ベルリン州警察のツォランガー警視正が率いるチームが捜査に乗り出すが・・・。 同じころ、兄の自殺に疑問を抱く若い女性が、真相究明を求めてツォランガー警視正に面会を求めてくる。さらに、ドイツの大物銀行家の娘が誘拐される事件が発生した。一見、無関係に見える三つのエピソードが複雑に絡み合い、捜査が進むにつれて東西ドイツ統一を背景にした驚くべきドラマの真相が見えてくる。 「羊たちの沈黙」を想起させる異様な幕開けで、サイコパスものかと思って読み進めると、ストーリーは二転、三転し、ドイツ統一に絡んで発生した金融スキャンダルの告発、さらにはドイツとは何か、ドイツ人とは何かを問う社会派ミステリーとして完結する。 途中、「これは掟破りでは?」という展開になり、頭の中に?マークがいくつも浮かんだが、最後にはきちんと説明を付けてくれた。 ネレ・ノイハウス、クッチャー、フォン・シーラッハなど多士済々のドイツ・ミステリー界に、また新たな実力派が加わったのは間違いない。 |
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コペンハーゲンの女性刑事ルイース・リック登場。デンマークでは人気を博しているシリーズで、本作はシリーズ第2作に当たるが、日本語では初お目見えとなった(英訳されているのも、第2作、3作のみ)。
出会い系サイトで知り合った男とデートした女性が激しい暴力を受け、瀕死の状態で発見された。事件を担当することになった殺人捜査課の刑事・ルイースは、心を開こうとしない被害者、少ない物証に苦労しながら捜査を進めるが、捜査が進展しないうちに第二の事件が発生してしまう。警察は事態の拡大に苦慮しながら、サイバー空間での捜査と現実社会での捜査を重ね合わせて、地道に犯人を追いつめていく。そして判明した犯人とは・・・。 犯罪捜査だけに限れば、まあありきたりな部分が多く、さほど目新しくもないし、スリルに満ちているわけでもない。しかし、それでも読ませるのは、30代後半、独身(パートナーあり)、刑事としてはタフでクールでカッコいいが、私生活ではさまざまな悩みを抱えているルイースの私生活が丁寧に描かれているからと言える。最近の北欧ミステリー・ブームは目覚ましく、新たなヒーロー、ヒロインが続々と紹介され日本でも人気を呼んでいるが、本作のヒロインもまた人気を呼ぶことだろう。 シリーズ2作目ということで前作のエピソードにちょっと触れられたりしているが、前作を読んでいないと分からないという部分はまったく無いので、ご安心を。 |
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死神を主人公にした作品6編で構成された連作短編集。それぞれ独立した作品として成立しているが、ある作品の登場人物やエピソードが、あとの作品でストーリーのポイントになっていたりするので、最初から順番に読むことをおススメする。
主人公の死神は、ある人が死を迎えるべきか否かを判断する重要な役割でありながら、たいていの場合は死を迎えるのが「可」と結論付けるし、その判断基準もきわめてあいまいで個人的で、「生と死を分ける」にしては緩いキャラクターといえる。半面、生きることにも死ぬことにも執着しない、ある意味ピュアな性格で、その言動は巧まずして人間社会の矛盾やあいまいさ、いい加減さをあぶりだしてゆく。死神とかかわりを深めるにつれて、判定を下される側の人間の本質がだんだん露わにされ、読者は普遍的な人間性について考えさせられるようになってくる。ミステリーというよりは、明るい人情話と言った方が妥当だろう。 死神は、情報部からのデータを頼りに判断対象に接触する“調査部員”という身分だった! あるいは「ミュージック=音楽」が大好きで、CDショップに入り浸っては試聴機のヘッドホンを装着している、あるいは人間界に来るときには様々な年齢や外見に自由自在に変身できる、あるいは死神が人間に素手で触ると、たちどころに人間は意識を失い、寿命が一年縮まる、などなど。読み進めるほどに死神の謎がどんどん明かされていくのが、なんとも面白かった。 |
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スウェーデンで人気が高い女性弁護士レベッカ・シリーズの第一作。北欧の中でもひときわ厳しい自然環境で暮らす北極圏の町と人の閉塞感が良く描かれた、いかにも北欧ミステリーらしい作品だ。
首都ストックホルムで税務弁護士として働いているレベッカのもとに、北極圏にある故郷キールナでの殺人事件のニュースが届く。被害者となった説教師の青年はレベッカの古い知り合いで、死体を発見した被害者の姉でレベッカの親友でもあったサンナが助けを求めて電話してきた。苦い思い出が残る故郷を捨ててきたレベッカは最初は協力を拒否するものの、古いしがらみにとらわれて徐々に事件に巻き込まれ、サンナが犯人として逮捕されたことから弁護人として真相究明に奔走することになる。 事件の背景になるのは、極北の小さな町における教会を中心とした閉鎖社会のドロドロした人間模様。宗教と共に生きる生活の平安と愚かさが、21世紀の今なお根強く支配しているコミュニティーの様相がリアルに描かれている。 犯行の動機や態様、犯人判明のプロセスなど、ちょっと物足りないところもあるが、人物描写、背景描写にすぐれているので非常に面白く読むことができた。またひとつ、今後が楽しみなシリーズと出会えたと言える。 |
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トラベルミステリーの古典というか、時刻表トリックの傑作として名高い「点と線」。東京タワーも新幹線も夢のまた夢だった、半世紀以上前に書かれた作品だが、今読み返しても十分に楽しめた。
本作のポイントは、時刻表を使ったアリバイ作りと警察によるアリバイ崩しのプロセスで、鉄道のダイアグラム図上のトリックと、捜査陣の頭上の謎解きのどちらが勝つか? 事件解明のための伏線やヒントも丁寧に書かれていて読者も謎解きに参加できる楽しさがあった。ただ、時刻表トリックに力を入れ過ぎており、犯罪の実行や動機に関する部分はちょっと物足りなさを感じたのも正直なところ。これはおそらく旅行雑誌「旅」での連載であったことが大きな影響を及ぼしたのだろう。 事件の背景が中央官庁と業者の癒着というところが社会派・松本清張らしさで、事件関係者の行動心理の分析の鋭さは、まさに面目躍如と言える。 |
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オリヴァー&ピア・シリーズの2冊目(本来はシリーズの4作目だが、現在までに翻訳されているのは3作目と4作目のみ)。前作同様に、過去と現在が入り乱れ、登場人物が数多く、ストーリーの流れを把握するまでは読みづらいが、全体像が見えて来てからはどんどん読み進められた。
ドイツの片田舎で、二人の少女(17歳)を殺害したとして服役していた青年が11年の刑期を終えて帰ってきた。本人は冤罪を主張していたが、村人はこぞって彼を犯人だと断定し、彼が帰ってきたことに嫌悪感と反感を隠そうとしない。折も折、閉鎖された空軍基地跡地の燃料貯蔵庫から白骨死体が発見され、11年前の被害者の一人であることが判明する。さらに、出獄した青年が自宅で暴漢に襲われ、別れて暮らしていた彼の母親が歩道橋から突き落とされて大けがを負う事件まで発生した。どちらの事件も犯人は村の住人だと思われたが、村人たちは誰一人、犯人について言及しようとしない・・・。 困難な捜査を進めるオリヴァーとピアを中心とした警察は、運命共同体として縛り付けられている田舎(まるで八つ墓村みたい)にうずくまっている暗黒の歴史に翻弄され、なかなか事件の全容をつかむことができず、新たな少女(高校生)行方不明事件まで発生してしまう。 物語全体の構図は、過去の出来事が現在の悲劇を引き起こすという、よくあるパターンだが、真犯人がなかなか判明せず(怪しい人物は、かなり登場するが)、最後までフーダニット、ワイダニットの緊張感を引っ張っていく。また、シリーズものならではの読みどころ、レギュラー登場人物の人生の変化もいろいろあって、次作への期待も持たせてくれる。 できれば前作「深い疵」から読むことをおススメするが、本作だけでも十分に楽しめることは間違いない。 |
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かつて「死ねばいなくなる」として刊行された短編集が、文庫化に際して改題されたもの。収録されているのは、「探偵はバーにいる」(1992年)でデビューする前の作品5点と書き下ろしの1点。つまり、本格的な作家として認められる前の作品が中心なのだが、どの作品もきわめて完成度が高いのに驚かされる。さらに、作品のジャンルというか、作品傾向が「ススキノ探偵シリーズ」の軽快なハードボイルドにとどまらず、コミック系、シュール系、SFとか幻想とかに区分されそうなものなどなど、非常に幅広く、しかも読み応え十分なことに舌を巻いた。
ススキノ探偵ファンはもちろんのこと、軽妙な短編集ファンにもオススメしたい。 |
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著者のデイヴィッド・ダフィは、これがデビュー作品だというから驚かされる。MWA最優秀新人賞にノミネートされたというのも納得の、完成度が高い私立探偵小説である。
主人公は、旧ソ連の強制収容所育ち(ソ連では、犯罪者同様の扱いを受ける)でKGBの辣腕エージェントとして活躍しながら、ある事情から退職し、現在はニューヨークで独立した調査員として生計を立てているターボ・ブロスト。彼のもとに、ある銀行の会長から「誘拐された娘を救出してほしい」という依頼が入る。その銀行家のビジネスに好感が持てなかったターボは、依頼を受けるかどうか未定のまま銀行家の家を訪れるのだが、なんとその目前で、銀行家がFBIに逮捕されてしまう。さらに、そこに現れた銀行家の妻は、二十数年前にソビエトで別れたターボの元妻だった。 物語の発端からして驚きの展開だが、誘拐された娘を発見するプロセスでは、ターボの過去と現在を作り上げてきた因縁ある組織と人々が続々と登場し、単なる誘拐事件では終わらない、ソ連とロシアの歴史に根差した陰謀劇が繰り広げられることになる。 本作品の優れている点は、過去の因縁に基づく陰謀と復讐の話にとどまることなく、現在のアメリカ社会をむしばみつつあるロシア・マフィアの問題も取り込み、きわめて現代的な物語に仕上がっているところだろう。 とは言いながら、作品の基本テイストはハードボイルドの王道そのものであり、社会派ミステリーファンからPIものファンまで、幅広いジャンルの人々に受け入れられることだろう。すでに、同シリーズの第2作が発表されているというが、今度はどういう展開で驚かせてくれるのか、期待が高まるばかりである。 |
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ベルリンで、67歳のイタリア人労働者コリーニが著名なドイツ人老実業家を射殺する。現場から逃げようとしなかった犯人は逮捕されたが、動機についてはまったく語ろうとしない。
弁護士資格を取得してから4ヵ月の新米弁護士ライネンは、回ってきた国選弁護人の仕事を引き受けることにする。ところが、犯人は弁護士にも心を開かず、さらに被害者が、今は亡き親友の祖父で、昔、自分も可愛がってもらった人物であることが判明し、ライネンは弁護人を辞任しようとする。しかし、被害者側に雇われたベテランの辣腕弁護士に弁護士としての在り方を説かれ、辞意を撤回し、全力で弁護活動にあたり、事件の背景に隠されていた苦い真実を発見する。 さらに、犯罪の実相に正義の裁きを下そうとしたとき、ある法律が大きな壁となって立ちはだかってくる。法と正義は矛盾するものなのか? 正義が法に阻まれるとき、人は何をなすべきなのか? すべての関係者に難題が突きつけられた・・・。 ナチスドイツ時代の戦争犯罪と、それを償うための戦後の取り組み。それはドイツ国民に課せられた歴史的課題であり、今なおドイツ社会に大きな影を落としている。しかし、本作品でも分かるように、ドイツは市民も社会も国家も真剣に過去に向き合い、たとえ痛みを伴っても真摯に解決策を追求し、いまだに問題に取り組んでいる。そうした態度こそが、周辺諸国からの“新しいドイツ”への信頼の回復につながっていると言えるだろう。ひるがえって、現在の日本の状況を見るとき、その落差の大きさに愕然とし、果たしてこのままで良いのだろうかと考えさせられる。 そうした社会的な側面は置くとしても、法廷ミステリーとして非常に面白く、多くの人にオススメしたい。 |
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デンマークの人気警察小説シリーズの第4作は、良質なエンターテイメントであると同時に、社会派の作品としても高く評価できる傑作だ。
物語の発端は、23年前のエスコート・サービス経営の女性の失踪事件。未解決事件の再捜査が専門の特捜部Qが調査を始めると、同時期に5人もの行方不明者が出ていることが判明し、カール・マーク警部補を始めとするQのメンバーは本格的な捜査を開始する。すると、デンマークの歴史の恥部ともいうべき事態が明らかになり、しかもその驚くべき犯罪は現代の社会にも影響を及ぼそうとしていた・・・。 物語の最初から犯人と犯罪の概要は明らかにされており、また犯罪の背景となる社会病理についても読者に提示されている。従って、犯人探しは本作の主題ではなく、犯行に至るまでの犯人の人生、それを左右してきた社会悪の追求が主題となっている。 1920年代から欧州を中心に台頭してきた「優性思想」に基づく人権侵害。その行き着く先がナチス・ドイツだったわけだが、同様の気運は欧米諸国にも広がっており、デンマークでも1923年から1961年まで「女子収容所」が存在し、倫理に反した女性、知的障害がある女性に対し、監禁や望まない不妊手術が行われていた。その史実に衝撃を受けた作者は、こうした社会病理が過去のものではなく、現代のデンマーク社会にも大きな影響を及ぼしていることを鋭く指摘し、大きな警鐘を鳴らしている。 人種差別を筆頭に、あらゆる社会的弱者への差別、「生きるに値する者と値しない者」の選別、人権の軽視などは、デンマークだけの問題ではない。現在の自民党の主流派、維新の会などにも同じ思想が隠されており、日本の社会にとっても真剣に対応しなければならない問題である。 |
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お馴染の道警シリーズの第6弾。今回は、警察内部の腐敗を追求するのではなく、人質事件を通して、官僚機構と政治家の腐敗を描いている。
えん罪で4年間の服役をしいられて出所した中島が、逮捕当時の県警本部長(現在は、警察庁の刑事局長)の妻、娘、娘婿、孫を監禁し、刑事局長に「人間として謝ってもらいたい」と要求する。中島の仲間として、支援者を自称する刑務所仲間が加わっていた。現場は札幌郊外のワインバーで、そこにたまたまシリーズの登場人物、小島百合巡査部長が居合わせたことから、おなじみのメンバーが事件解決に奮闘する・・・。 一方、北海道を地盤にする国会議員の下に脅迫状が届き、絶対に表に出せない金の所在を指摘し、三億円を払うように要求された。単なるいたずらとして片付けようとした議員、秘書たちだったが、いたずらとは言えない事実が判明し、追い込まれて行く。 監禁事件の膠着状態が続く内に、関係なく見えた二つの事件がつながり、事件の構図が逆転し始めて行く。 これまでの道警シリーズに比べると、ストーリーがやや緊迫感に欠けるし、組織対正義派のぴりぴりしたエピソードが無くて、ちょっと物足りない感じは残るが、物語の構図のユニークさで十分に楽しむことが出来た。 |
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冒険小説界の大型新人と言われるトム・ウッドの第二作は、前作に続く暗殺者ヴィクターの冒険アクション小説だ。前作「パーフェクト・ハンター」が大ヒットしたということで(未読)、同じ路線で、緊迫感とアクションをさらに高めたということのようだ。
CIAから世界的な兵器密売買の大物ディーラーに絡む暗殺を依頼されたヴィクターは、様々な困難な状況に直面しながら持ち前の技術、体力、知力を総動員して仕事を遂行して行く。そして、これが終れば自由の身になるという確約の下に最後のターゲットを指示されるが、そのターゲットは思いもかけない人物だった。それでも着実に仕事をこなして行くヴィクターの周りに謎の組織が出没し、行く手を阻もうとする。果たして、ヴィクターは最後の任務を無事に果たして自由の身になれるのか? 最初から最後まで、ヴィクターの超人的な暗殺者ぶり、スナイパーぶりに圧倒される。いわば、ゴルゴ13とランボーを合わせたような活躍ぶりなのだ。 暗殺と国際的な陰謀を絡めたサスペンス・アクションといっても、フォーサイス「ジャッカルの日」よりラドラム作品の方が好き、という方にオススメしたい。 |
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12年ぶりに発表されたパトリック&アンジー・シリーズの第6作は、第4作「愛しき者はすべて去りゆく」の後日談であり、最終作でもある。
アンジーと結婚し4歳の娘を育てているパトリックは、アンジーとの共同の探偵事務所をたたみ、今は超上流階級を顧客に持つボストンの老舗調査事務所から仕事を貰いながら、健康保険、保育費などを心配する日々を過ごしていた。折からアメリカ社会はリーマン・ショックの後遺症で不況にあえいでおり、パトリックは調査事務所の正社員として雇われることを願っていたが、ストリート育ちの正義感から生まれる上流社会の鼻持ちならない人々への反感は隠しようもなく、正社員への道は閉ざされたままだった。 そんな折、パトリックとアンジーが12年前に誘拐犯から救け出したアマンダという少女の叔母から、16歳になっているアマンダがまた姿を消したので探してほしいという依頼を受ける。気乗りしないパトリックだったが、アマンダの救出にまつわる苦い思い出と、依頼の直後に「アマンダに手を出すな」と脅迫されたことがあいまって、再びアマンダを探すことにする。中年期に差し掛かって気力、体力が衰えてきたことを自覚し、守るべき家族もかかえるパトリックはかつて自分が過ごした暴力の世界からは身を引くつもりだったのだが、捜索の過程でいやおうなくその世界へと引きずり込まれていく。 シリーズの終わりにふさわしい、感傷的で穏やかなラストシーンが印象的だった。 |
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聞いたことが無い作家だし、ブッカー賞の最終候補作になったという触れ込みなので、果たしてミステリーと呼べるかどうかと疑問を持ちながら読んだのだが、そんなジャンル分けがまったく無意味に感じられる、非常に面白い小説だった。
ちょっとふざけたタイトルの意味は、チャーリー・シスターズとイーライ・シスターズの殺し屋兄弟が主人公だからという、ひとを食ったところが、この作品の奇妙な風合いを良く表しているといえるだろう。 物語の舞台は、1851年のゴールドラッシュに沸き返るアメリカ西海岸。凄腕の殺し屋兄弟「シスターズ・ブラザーズ」は雇い主である“提督”から請け負った、ある山師を消す仕事のためにオレゴンからサンフランシスコへと旅立って行く。一獲千金を夢見る男達が集結した半ば無法地帯で、凄腕兄弟は知恵と度胸を駆使して暴れ回り、苦労の末に目的の山師に遭遇する。そして二人は・・・ 言ってみれば、一種の西部劇であり、悪漢小説であり、青春小説でもあり、アクションミステリーでもあり、ユーモア小説でもある。最初から最後まで血まみれで、数え切れないほどの殺人が、それも非情な殺人が描かれているにもかかわらず、それほど悪い読後感ではなかった。その理由は、一人称語りで物語を進めて行く弟のイーライが人の好さを残した憎めない悪人で、苛酷な環境の中でも新たな生き方を見つけようとする、ある種の成長物語とも読めるところにある。 「面白い小説」をお探しの多くの方にオススメしたい。 |
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ハリー・ボッシュでもなく、リンカーン弁護士でもなく、新聞記者・ジャック・マカヴォイが主役のサイコ・ミステリー。
LAタイムズからレイオフを宣告され、新人への引き継ぎのため最後の2週間を勤めることになったマカヴォイは、殺人で逮捕された黒人少年の祖母から「息子はやっていない。あんたの記事はデタラメだ」という電話を受け、とりあえず取材を始めた。すると、思いもかけない連続殺人の疑惑に遭遇し、最後の特ダネとして真剣に取材し始めたことから、ネットを駆使する天才的な殺人鬼から命を狙われることになる。 マカヴォイが、優秀なプロファイラーでFBI捜査官のレイチェル・ウォリングと組んで犯人の正体を暴き、追いつめるのがストーリーの中心ではあるが、実は真犯人は最初から読者には分かっている。それでもなおかつ、犯人追求のサイコ・ミステリーとして非常に面白く読めるところは、さすがマイクル・コナリー! 謎解きでもなく、アクションでもなく、人間心理を描くことで良質なエンターテイメントに仕上げて楽しませてくれた。 本編が終ったあとに、「作者質疑応答」という付録があって、マイクル・コナリーが新聞業界の行方についての懸念を率直に語っているのが興味深かった。ここで取り上げられている問題は、まさに今、日本の新聞業界が直面している課題でもあると思った。 |
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